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「円はアルゼンチン、トルコと同類」=欧州銀レポート

これだけ前提条件が異なるものをよく同列に置けるものだ

悪い円安論の次に出てきたのは、「日本円はアルゼンチンペソやトルコリラと同類だ」、などという主張です。ブルームバーグの報道によると、これはドイツ銀行の顧客向けレポートで出てきたものだそうですが、報道の通りなら、控え目に申し上げて支離滅裂です。外貨準備1.3兆ドル、マイナス金利を採用する日本が、外貨準備枯渇寸前で政策金利が35%(!)のトルコや133%(!!)のアルゼンチンと同列に置かれているという時点で、なかなかに強烈です。

悪い円安論の典型的なロジック

このところ、毎日のように「悪い円安」論を見かけるようになりました。

円安で日本が滅びてしまう、とでも言いたいのか、それとも円安で日本経済が復活してしまうと困るというホンネを隠し切れないからなのかは知りませんが、こうした「悪い円安」論は、とめどなく出てきます。

たいていの場合、こうした「悪い円安」論の主張のパターンが、こんな具合です。

「円安が進んでいる」。

「輸入品物価が上昇し、生活が苦しくなる」。

「円安の原因は日銀の緩和だ」。

「円安を止めるためには日銀の緩和を止めさせなければならない」。

多くの場合、本当に判で押したように、だいたい「輸入品物価が上がっている」、からの「物価上昇批判」で、たいていの場合は日銀の金融緩和が悪玉とされます(もしかしたら、そっちが主目的なのでしょうか?)。

あるいは日銀が国債を大量保有しているという事実をベースに、「国の借金が増えて返せなくなったら日銀が債務超過になる」、「だから日銀は今すぐ緩和を止めるべき」、ついでに「国の借金を減らすために税金を上げざるを得ない」、にまで行くこともあるようです。

せめて基本知識くらい勉強してほしいが…

しかも、これらの主張をする人は、たいていの場合、経済・金融の素人です。そもそも「インフレ率と失業率に逆相関関係がある」、といった「フィリップス曲線」などの基本的な理論の話も出てきませんし、当然、日銀の金融緩和の目的が「脱デフレ」にあるという点についても、ほとんど理解しているフシはありません。

それどころか、「1ドル=100円から1ドル=150円に円安が進めば、1万円の価値は6,667円に落ちる」、などとする、なかなかに強烈な主張もあります(『円安デメリット主張なら金額単位くらいは合わせるべき』等参照)。

比較をするなら単位くらい合わせるべきです。「円安が進めば1万円の現金はドル建てで6,600円になる」などと主張するユーザーがX(旧ツイッター)に出現したのですが、これはこれでなかなかに強烈です。「円安悪玉論」の支持者の方なのだとは思いますが、単位が異なるもの同士をむりやり比較したら、結論がメチャクチャになります。インフルエンサーの出現インターネット環境が発達するなかで、個人ブログ、独立系ニューズサイトなどが乱立するだけでなく、X(旧ツイッター)など、インターネットのライトユーザーでも気軽に使用でき...
円安デメリット主張なら金額単位くらいは合わせるべき - 新宿会計士の政治経済評論

当たり前ですが、日本国内で日本円を使って生活をしていれば、1ドルが100円だろうが150円だろうが、1万円は1万円です。

もちろん、たとえば海外旅行に出かけて1万円札を外貨に両替したときに、1ドル=100円ならば100ドルもらえたものが、1ドル=150円になれば66ドル66セントしか受け取れない、という違いはありますが、それは「外貨建ての話」であって、「円建ての話」ではありません。

また、円安になれば外国から買ってくる商品の値段が上がりますが(つまり輸入品物価は上昇しますが)、もともと国内で製造されている品目については、輸入品物価上昇の影響はあまり受けません(※厳密には、物価には為替感応度というものもありますが、その論点については本稿では割愛します)。

いずれにせよ、円安という「経済の話題」を取り上げるならば、せめて円高と円安のメリットや、現在の日本経済がどういう状況にあるかという基本的な論点(たとえば図表1)を把握してからにしてほしいものですが、「悪い円安」論者の皆さんは、この「デメリット」の論点ばかりを抽出しているのかもしれません。

図表1 円高・円安のメリット・デメリット

©『新宿会計士の政治経済評論』/出所を示したうえでの引用・転載は自由

日本円の下落率は主要通貨中5位

ところで、為替変動が日本経済に与える影響には常に良い面と悪い面双方があるのですが、『前提無視の強引な「悪い円安論」』などを含めてしばしば指摘してきたとおり、現在の日本経済の条件に照らして「総合的に見れば」、円安が日本経済にもたらす影響は、好ましいものです。

ただし、国際決済銀行(BIS)が公表するデータによると、日本円の年初来から10月30日までの米ドルに対する下落率は13.55%であり、これは収録されている62通貨のうち、5番目です(図表2)。

図表2 米ドルに対する主要通貨の下落率(2022年12月31日→10月30日の変化)
通貨 1ドルあたり 騰落率
1位:アルゼンチンペソ 177.1283→350.0083 97.60%
2位:トルコリラ 18.7183→28.2395 50.87%
3位:ロシアルーブル 70.3375→93.5616 33.02%
4位:イスラエルシェケル 3.5209→4.0512 15.06%
5位:日本円 131.8770→149.7407 13.55%
6位:ノルウェークローネ 9.8573→11.1179 12.79%
7位:ニュージーランドドル 1.5749→1.7138 8.82%
8位:マレーシアリンギット 4.4050→4.7625 8.11%
9位:チリペソ 859.5100→928.4100 8.02%
10位:韓国ウォン 1260.1631→1348.7694 7.03%

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) をもとに著者作成)

日本円以外だとアルゼンチンペソ、トルコリラの両通貨が年初来では「暴落」と述べて差し支えないほどの水準にあり、これにロシアルーブルやイスラエルシェケルが続いており、これらの通貨と並んで「通貨安」が進んでいるという事実は、たしかに印象的ではあります。

円はトルコリラ、アルゼンチンペソと同類

さて、ウェブ評論を行っていると、たいていのことには驚かなくなるものですが、その「たいていのこと」を超えるような事象に出会うこともあります。長く生きてみるものですね。こうしたなか、大変に久しぶりに驚く記事を発見してしまいました。

円はトルコ・リラやアルゼンチン・ペソと同じ部類、ドイツ銀が指摘

―――2023年11月2日 3:45 JST付 Bloombergより

ブルームバーグによるとドイツ銀行の為替調査グローバルヘッドが顧客向けに執筆したレポートで、日本円を「トルコリアやアルゼンチンペソと同じ部類だ」、などと位置付けたのだそうです。

ちなみにブルームバーグが報じたレポートの内容は、こんな具合だそうです。

  • 利回りや対外収支といった円相場を動かしている要因を一見すると、円はトルコリラやアルゼンチンペソと同じ部類に属する
  • 円を防衛する日本の介入は良くて無力、最悪の場合には状況を悪化させることになるだろう

この文章がレポートの全体のいかなる文脈で出てきたものかについてはよくわかりませんが、もしレポート内容が報道の通りなら、なかなかに強烈であるとともに、控え目に申し上げて支離滅裂です。そもそも論として置かれている経済環境がまるで異なるからです。

たとえば政策金利はトルコが35%(!)、アルゼンチンに至っては133%(!!)ですが、これに対し日本は「マイナス0.1%」、です。外貨準備も両国が枯渇しそうになっているのに対し、日本は依然として1.3兆ドルで世界第2位です(図表3)。

図表3 政策金利と外貨準備の比較
政策金利 外貨準備
アルゼンチン 133% 556.4億ドル
トルコ 35% 1,166.5億ドル
日本 マイナス0.1% 1.3兆ドル

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) 及び International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity データなどをもとに著者作成

アルゼンチン・トルコ両国の通貨と日本円――。

これだけ前提条件が異なるものをよく同列におけるものだと、逆に感心してしまいます。

個人的に欧州と聞くと「金融危機とAT1償却とインチキ会計基準IFRSの本場」というイメージしかありませんが、いちおう、言論は自由でしょうから、何を述べるのもご自由にどうぞ、といったところでしょう。

いずれにせよ、今回のレポートも、もしかしたら日本の「悪い円安」論者の皆さんによって、「ドイツを代表する一流銀行のレポートに、日本円はアルゼンチンペソやトルコリラと同類だと書かれた!」などとさかんに引用されるのかもしれませんが、アナリストレポートも色々であることだけは間違いないといえるでしょう。

新宿会計士:

View Comments (25)

  • おはようございます。

    ドイツ銀行といえば、数年前からデフォルトの噂が絶えなかったと記憶してます。日本銀行とは違い、単なる民間企業ですし(ドイツのメガバンクではあるそうです)。

    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E9%8A%80%E8%A1%8C

    ドイツ銀行のレポートだと聞くと、
    「日本国の心配をする前に、自分の銀行の株価やCDSの心配をすべきでは?。」
    とツッコミを入れたくなります。

  • >「過去2年間の幅広い円安が反転するのは、あるシンプルなことが起きる時だけだ。それは日銀の利上げ開始だ。金利をゼロに戻す小さな動きではなく、はるかにもっと引き上げることだ」と論じた。

    シンプルに言ってるけど、それがいつどんな規模でどう行われるか予測を書いてもらわないと、「信じるか信じないかはあなた次第」ってだけなのでは?って元記事を読んでに感想です。

  • ”通貨安”って事象だけを捉えて、コントロールを失った通貨と同列に並べないで欲しいですね。

  • この記事を引用するのが出てくるよ。
    ドイツ銀行がドイツの中央銀行という誤認をさそいながら。

  • ここは一つ、解像度を上げて、ドイツ語原典を読み解いて下さる方が欲しい。

  • 時々こういう意見見かけるんですよね。
    私はド素人なので為替変動の細かい要因は知りませんが。日本が金利を上げなくてもアメリカが金利を下げ始めるだけで円高に振れるような気がします。
    もっと酷いのになると「円が市場の信頼を失ってるから今後ますます暴落する」なんて言う人までいます。
    経常収支が黒字で外貨準備もたっぷりあるのに、どういう仕組みで暴落するのかサッパリ分かりません。

    経常収支が黒字なのに円高になってるのは、日本人が受け取ったドルを円に換えずにドルのまま投資してしまうからですよね?
    であれば、アメリカの金利が低下してドルのまま持ってても儲からないという状況になった時点で、日本人は手持ちのドルを円に換えることになるし、円キャリートレードでドル投資してた外国人はドルを円に換えて返済することになる。
    どう考えても円高になる未来しか見えません。
    今のうちに色々言い訳してドル売り介入して外貨準備減らしておいて、1ドル100円ぐらいまで円高になったら円売り介入すれば日銀儲かりそうだなあとか思ってます。

  • 円安の要因である日銀政策金利について。三菱UFJ銀行が定期預金利率を0.2%に引き上げたのですがもともと日本は自由金利なので儲かっている銀行は多少上げてもいいと思います。政策金利と市場金利に差が出ると、世界の視点が変わるかもしれない。銀行は株主に対して配当還元しているが預金者には冷遇している。

  • ドイツ銀行のアナリストgeorge saravelos氏のニュースを最初に報じたのはBusiness Insiderのようで、各社そのコピペを機械的に配信したようです。
    https://markets.businessinsider.com/news/currencies/japan-yen-outlook-argentine-peso-turkish-lira-yield-curve-intervention-2023-11

    ブルームバーグはそこに一応は否定的な解釈を加えているようですが。
    為替相場ってこんなのが流れるたびに反応するんですよね。
    で、肝心の本人が発表した「レポート」なるものには辿り着けていません。ほんとに出したのやら。

    ただ、FTの記事ではレポートの元となっていると思われるグラフが貼り付けられていました。Fig.1
    https://www.ft.com/content/df9f7ec9-273f-4162-bd00-5ca27e0ada80

    横軸Rank of real yield、縦軸Rank of broad basic balanceとあります。
    よくわかりませんが、これ以上調べる元気も湧かないのでここまで共有しておきます。(笑)
    まあ、このグラフだけから結論を導いたのだとすると、ちょっとアレですね。

  • 「日本円の信用が失墜している。
    通貨スワップ増額で 韓国さんにたすけてもらおう。」
    とんでも理論を マスコミが 扇動しそうです。

    • そうだ、岸田政権の救世主ユンちゃんが(きっと)助けてくれる。
      というロジックですね、分かります。

    • 日韓関係良好を演出しさえすれば、新聞もTVもむやみに政権を攻撃して来ないだろう。
      メディアの小細工と失政与党のずぶずぶ関係、これまでもあったと当方は思います。

  • 日経新聞が喜んで飛びつきそうな記事ですね。
    これはドイツ銀行の円高催促記事ではないですか?
    多分ドイツ銀行には、そろそろ円高になって貰わないと困る事情があるのでしょうね。
    円建てで何かを保有しているのでしょうか?
    あるいは、円安で中国から製造拠点を移す企業が増加しているので、中国を応援するのが目的かも知れません。

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