ロシア中銀、ルーブル安で外貨両替を年内いっぱい停止

ロシアの通貨・ルーブルが、昨年3月以来、約1年5ヵ月ぶりに1ドル=100ルーブルに達しました。これを受けてロシア中銀は市民に対し、年内いっぱい、国内での外貨両替を停止する措置を導入するそうです。ただ、ルーブル安に対するロシア当局の対応は案外狡猾であり、これまでもルーブルは危機を乗り越えてきました。西側諸国の対ロシア制裁が十分に機能していないカギのひとつは、やはり人民元にありそうです。

為替変動は人為的に抑制可能

普段から当ウェブサイトにて説明している通り、為替変動は人為的に抑制することが可能です。

俗に国際収支のトリレンマなどと呼ばれる法則によれば、どんな国も「資本移動の自由」、「為替相場の安定」、「金融政策の独立」という3つの政策命題を同時に満たすことはできません(※余談ですが、それをやろうとして2015年1月に盛大に失敗したスイスという事例があります)。

こうしたなかで、ある国の通貨が暴落している場合、その暴落を食い止める方法のひとつが、資本移動の自由に制限を加えることにあります。

わかりやすくいえば、たとえば国民に対し、外貨交換を禁止することです。

通貨が暴落するときは、たいていの場合、その国の国民が自国通貨を信頼しなくなり、自宅で「外貨タンス預金」をしたり、資金を国外に送金したりしているのですが、当局としては預金の引き出しを制限したり、外貨現金の両替を制限したり、送金規制を導入したりするものです。

ルーブル安:1年5ヵ月ぶりに1ドル=100ルーブル

その非常にわかりやすい事例が、ロシアかもしれません。

しばらく見てなかったうちに、ロシアのルーブルの対米ドル相場(USDRUB)が、なかなか大変なことになっているようです。

国際決済銀行(BIS)が公表しているデータによると、USDRUBは8月4日時点で1ドル=94.81ルーブルであり、これはロシアのウクライナ侵攻直後の2022年3月11日に記録した1ドル=120.38ルーブル以来の安値水準です(図表1)。

図表1 USDRUB

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)  データを参考に著者作成)

ルーブルの苦境は、それだけではありません。情報ベンダーで調べてみるとルーブル安は先週を通じてさらに進行しており、米国時間8月11日引け時点で1ドル=100.00ルーブルと、昨年3月24日以来、約1年5ヵ月ぶりに100ルーブルの大台を付けているようです。

アルゼンチン、トルコに続き下落率は3位

また、BIS統計に掲載されている61通貨について、年初から8月7日までの対米ドルでの騰落率ランキングを作成してみると、アルゼンチンペソ、トルコリラに続き、ルーブルは堂々3位に入っていることがわかります(図表2)。

図表2 騰落率ランキング(61通貨)
通貨1ドルあたり騰落率
1位:アルゼンチンペソ177.1283→278.283357.11%
2位:トルコリラ18.7183→27.000644.25%
3位:ロシアルーブル70.3375→93.779233.33%
4位:日本円131.8770→142.21607.84%
5位:イスラエルシェケル3.5209→3.67224.30%
6位:人民元6.8987→7.19014.22%
7位:ニュージーランドドル1.5749→1.63914.08%
8位:韓国ウォン1260.1631→1307.70213.77%
9位:モーリシャスルピー44.1005→45.69503.62%
10位:マレーシアリンギット4.4050→4.55903.50%

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)  データを参考に著者作成)

こうした通貨安のためでしょうか、ロシアの中央銀行は9日、同銀が年内いっぱい、国内市場で外貨購入を停止すると発表しています。

ロシア中銀が外貨購入停止、1ドル=100ルーブル接近で通貨下支え

―――2023年8月10日 3:41 JST付 Bloombergより

同記事によるとルーブル安の主因は「▼政府支出の膨張、▼エネルギー収入の減少、▼ロシア市民が外国の口座に資金を移す動き」――などとしていますが、今回のロシア中銀の決定も、ロシア市民が外貨を入手することがいっそう困難となるであろうことを示唆していると考えて良いでしょう。

この点、ロシア中銀総裁は、ルーブル下落の主因は「対外貿易環境の悪化」だとしている一方、同銀がルーブル相場を支えるために為替介入をしているとの説を否定しているのだそうで、実際、今回の措置についても、あくまでも「金融市場のボラティリティ抑制が目的」だと説明している、などとしています。

しかし、金融市場関係者の間で、こうした説明を真に受ける人は皆無でしょう。実際、ロシアはこれまで、「ルーブル危機」を、利上げや資本規制の強化により、何度か乗り切っているからです。

ロシアは昨年、20%にまで利上げした

そもそも先ほどの図表でも判明する通り、ルーブルの動きはかなり不自然です。

実際、ロシアの中央銀行はウクライナ侵攻の直後である22年2月28日に、それまで9.5%だった政策金利を、一挙に20%にまで引き上げていますが(図表3)、これは一般に通貨防衛を目的とした動きと考えておいて良いでしょう。

図表3 政策金利・米露比較

(【出所】The Bank for International Settlements, “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) データをもとに著者作成)

さすがにここまでの高金利負担にロシア経済は耐えられなかったのか、ロシア金融当局が国際資本規制を強化するなかで、政策金利は徐々に引き下げられ、昨年9月19日以降は7.50%で推移してきました(ただし、7月25日に8.50%に引き上げられています)。

また、政策金利が7%台でも、昨年後半を通じ、ルーブル相場が安定していたのも、ロシア当局による資本規制の有効性の証拠といえるでしょう。

ロシアと人民元の密接な関係

ちなみに西側諸国がロシアを制裁しているわりに、ロシア経済が破綻しないのは不思議だ、などと感じる人も多いかもしれませんが、これについては中国の通貨・人民元の動向とも密接に関わってきます。

先月の『外貨準備の世界では意外と広まっていない人民元の利用』でも紹介したとおり、国際通貨基金(IMF)のデータで確認する限り、世界の外貨準備に占める人民元のシェア、金額が近年、増えていたことは事実ですが、実際のところ、その3分の1以上はロシアにより保有されていると考えられます。

IMFによると、2023年3月末時点における世界の外貨準備のうち、通貨別構成の内訳が判明しているのは11兆1505億ドルですが、その内訳は米ドルが59.02%、ユーロが19.77%、日本円が5.47%、英ポンドが4.85%となっており、人民元は2.58%でポンドに続き第5位です。

しかし、人民元建て資産の金額(米ドル換算)は2881億ドルであり、このうち1000億ドル以上はロシアが一国で保有していると考えられ、しかもその中国はインド、ブラジルなどとともに、西側諸国による経済制裁には参加しようとしません。

西側諸国がロシアの外貨準備を凍結したにも関わらず、ロシア経済が崩壊していないのは、まさに「人民元決済」のおかげである、という言い方もできます。そして、ロシアには石油などの売却による外貨収入があるため、今回の資本規制がうまく機能すれば、ルーブル相場も落ち着きを取り戻していくでしょう。

この点、昨年から何度かルーブル危機を乗り切ってきた手腕からもわかるとおり、ロシア中銀によるこのあたりのコントロールは、案外狡猾ですし、これを中国が支援しているという事情があることもまた間違いありません。

このように考えていくと、人民元という、西側諸国のルールに従わない国の通貨を、いつまでもIMFの特別引出権(SDR)に指定し続けることが適切だとは考えられません。西側諸国としては、「さらにもう一歩踏み込んだ対策」を、そろそろ考えるべきかもしれません。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. たろうちゃん より:

    以前の通貨安の時は、ソ連邦崩壊でロシア国民あげて耐乏生活に耐えなんとか乗り切った。だがマクドナルドやスターバックスに代表されるように、西側の文化
    を享受した今、以前のような窮乏生活に耐えられるのだろうか。代わりの施設はあるそうだが、西側撤退が続き、天然資材はあるかもしれないが、安値で買い取られるのが関の山だろう。中国元が下支えしているのだろうが、西側諸国の企業撤退続き、中国自体の足下がキナ臭い。そう遠くない時期に、中国にも見放されるのではないか。千載一遇のチャンスかもしれない。外貨不足に悩むロシアに取って、日本の資金は魅力だろう。北方四島の奪還のチャンスだ!左翼陣営におどらされることなく、悲願達成を願う。岸田が総理大臣でなければ可能かもしれない。

    1. 迷王星 より:

      アメリカを始めとする西側先進国が足並みを揃えてロシアに対する経済制裁を行っている時に,元島民の僅か数パーセントしか帰りたいと思っていない北方四島のために大金を払うという抜け駆けで経済制裁を台無しにしてしまい米英など西側諸国からの信用をドブに捨てようなんて,たろうちゃんは正気ですか?

      率直に言って,純粋に経済的な面だけで見れば北海道でさえ持て余してしまっている(だから鉄道や道路など北海道のインフラはどんどんボロボロになり続けて来た)という体たらくなのが今の日本の実態ですよ.

      そのような情けない今の日本の実情では,北方四島に大金を投じて買い戻したとしても,マイナスにこそなれ北方四島の有効活用など全く期待できない.

      それ以前に,北方四島はロシアにとってはオホーツク海を戦略弾道ミサイル原潜のサンクチュアリとする上での必須アイテムです.だからいくら外貨不足だからと言って,北方四島を(例えば日本の国家予算1年分と同程度の)数十兆円ごときのはした金で日本に売ったりはしませんよ.

      そもそもロシアにとっては中共経済圏に入ってしまえば何とかなることが既に実証され始めていますからね.そして国土が広い割に地下資源に乏しい中共にとってはロシアの種類も量も極めて豊かな地下資源はそれこそ喉から手が出るほど欲しい逸品とも言うべきものですから,今の中共の経済圏にロシアが入ってタッグを組んでいる状況は取り敢えずは中露ともにそれほど悪くないと考えているのは間違いない.

      無論,「両雄並び立たず」という諺通り,少なくとも20年程度のタイムスパンで考えれば最終的に両国は決裂するか,ロシアが経済的な行き詰まりから解体され一部は中共に吸収される事態となると予想しますが,当面は現状の中露同盟状態は両国共にメリットが大きい.

      要は国士様たちのプライドを満足させるためだけに北方四島なんて実用面では殆ど使い道のない(だって旧島民やその子孫でさえ殆ど誰も北方四島に帰って住もうとは思っていないのですから)辺境の地を買収することで同盟国アメリカからの信用を大きく傷つけるリスクを冒すなんてのは全くの愚の骨頂ですよ,仮にロシアが(愚かにも)戦略ミサイル原潜のサンクチュアリのオホーツク海を目先の数十兆円ほどのお金で手放す気であったとしてもね.

      1. CRUSH より:

        ゼレンスキーもウクライナ議会も、
        「北方領土は日本のもの」
        という公式見解です。

        ウクライナがモスクワまで進撃することは考えにくいですが、ロシアが内部分裂してプーチンが失脚し、親ウクライナ派が次の政権を担うなら、比較的にコスパよく奪還できるかもしれませんよ。

        宗男は論外ですが、保守の政治家の言ってることやってることは、とりまフリーハンドで何年か経過を見守る外野席のマナーも必要かと。

      2. たろうちゃん より:

        北方四島の奪還には漁場開拓という、メリットもある。いまは、北海道の漁船がロシア側の取締り船からにげながら漁をしているのをごぞんじか。年に何舵かは、捕縛されている。海底資源も潤沢に眠っているとの話しもある。ただロシアの資金と技術では開拓できないから、返還をちらつかせ日本からカネをひっぱろうと算段している。「もと島民の数%、、」とありますが、北朝鮮による拉致被害だって全国民からしたら数%です。でもゆるせますか。北海道が疲弊しているのは知ってます。国際的な制裁をおこなっているのもわかってはいます。だけど領土なんですよ。日本の領土。

  2. カズ より:

    中露通貨スワップの行使に際し・・

    スリランカの例に倣えば、後付けの条件提示(自分ルール)が得意技の中国のことです。
    あまりにルーブルの相場が崩れすぎると、追加証拠金を要求され兼ねないですからね。

    習:追加証拠金を払ってくれないか?
    プ:おい、しょう もない話すんなよ!
    (内心:追証のない話にしてくれ!)
    ・・。

  3. 雪だんご より:

    中国としては、ロシアが潰れてしまったら今後は世界の「悪い子はいねぇがぁ~」な視線が
    自分に集まるのだから、ロシアが完全に潰れるのだけは阻止したいのは当たり前でしょうね。

    その中国の妨害すらをも上回れる、もしくはかいくぐれる処置となると……なんだろう?
    パッとは思いつかないな……

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