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中国の「日本産食品の禁輸措置」は日本経済に影響なし

福島処理水の海洋放出を口実に、中国が日本産食料品の事実上の禁輸措置を講じている、とする記事が出てきました。ただ、「数字」で見ると、そのことが日本の経済、産業にどこまで揺さぶりとなるのかは疑問です。いや、もっといえば、もしも日本が対抗措置を講じた場合、むしろ中国経済に生じる影響の方が大きいのです。どうして中国当局はここまで頭が悪いのでしょうか。

観光と農業、伸び代はあるが…

日本がこれから伸ばしていく産業分野は、いったいどこでしょうか。あるいは、日本がこれから重点を置かねばならない産業は、いったいどこでしょうか。

これについて、役所の関係者やメディア関係者に尋ねると、最近はだいたい、「観光」と「農業」という答えが返ってくるようです。

観光については『月間訪日外国人200万人突破も…観光振興の落とし穴』を含め、当ウェブサイトでは以前からお伝えしているとおり、たしかにインバウンド(訪日外国人)は増えています。

この点、多くの外国人が日本に観光客としてやって来て、日本で素晴らしい体験をし、日本を好きになって帰って行ってくれることは、結果的に「日本ファン」を世界中に増やすことになるため、望ましいことではあります。過疎地の振興などの目的も果たせるかもしれません。

また、農業については、「おいしい日本の食べ物」を世界に輸出することで、産業の振興になるだけでなく、やはり同様に日本の食文化を世界に伝えることにもつながりますし、こうした行動が世界中に日本ファンを増やすきっかけになるかもしれません。

しかし、それと同時にこれらの産業、たしかに今後の伸びしろはあるかもしれませんが、現状として見れば、日本経済を牽引しているというものではありません。

日本の上半期の貿易を品目別にみてみると…

これを、数字で確認しましょう。

日本の貿易高は2022年実績で、輸出が98兆1842億円、輸入が118兆1635億円、輸出入を合計した貿易額が216兆0581億円でした。また、23年上半期(1~6月)に関しては、輸出が47兆3536億円、輸入が54兆3136億円、合計の貿易額は101兆6672億円です。

そして、2023年上半期の輸出高と輸入高をそれぞれ品目別に分解してみたものが、次の図表1図表2です。

図表1 日本の輸出額(2023年1月~6月)
品目 輸出額 割合
食料品及び動物 4494億円 0.95%
飲料及びたばこ 1073億円 0.23%
原材料 7410億円 1.56%
鉱物性燃料 8332億円 1.76%
動植物性油脂 226億円 0.05%
化学製品 5兆3621億円 11.32%
原料別製品 5兆6506億円 11.93%
機械類及び輸送用機器 27兆0499億円 57.12%
雑製品 2兆5952億円 5.48%
特殊取扱品 4兆5423億円 9.59%
合計 47兆3536億円 100.00%

(【出所】普通貿易統計をもとに著者作成)

図表2 日本の輸入額(2023年1月~6月)
品目 輸入額 割合
食料品及び動物 4兆0709億円 7.50%
飲料及びたばこ 5169億円 0.95%
原材料 3兆5857億円 6.60%
鉱物性燃料 13兆9412億円 25.67%
動植物性油脂 1502億円 0.28%
化学製品 5兆7772億円 10.64%
原料別製品 4兆5174億円 8.32%
機械類及び輸送用機器 15兆0514億円 27.71%
雑製品 5兆7810億円 10.64%
特殊取扱品 9218億円 1.70%
合計 54兆3136億円 100.00%

(【出所】普通貿易統計をもとに著者作成)

「食料品及び動物」の輸出額のシェアは1%未満

「食料品及び動物」、「飲料及びたばこ」のカテゴリー、輸出額に関してはそれぞれ0.95%、0.23%であり、輸入額に関しては7.5%、0.95%に過ぎません(余談ですが、日本の食糧自給率が低いことを問題視する人もいるのですが、食料の輸入が金額ベースで日本の輸入全体の10%に満たないのも興味深い点です)。

つまり、普段から「数字」を見ている立場からすれば、「農業」に関していえば、日本の輸出入に占める割合は決して多くないのです。

また、観光庁が公表した『訪日外国人消費動向調査結果概要』によれば、2023年4月-6月の訪日外国人旅行消費額は1兆2052億円であり、これは決して少ない額ではありません。このペースだと観光需要が本格化すれば、年間5兆円の大台達成も夢ではないでしょう。

中国人の観光客が戻ってきていない中で、たった3ヵ月で1兆円を超えるというのは凄い話ですし、実際、コロナ前の2019年も4兆8135億円を外国人観光客が日本で使っていたことを思い出しておくと、観光産業は一見、日本経済に大きな影響を与えているようにも見えます。

しかし、5兆円という数字、あるいは半年に換算したら2.5兆円、たしかに巨額ではありますが、日本の上半期の輸出額全体47兆3536億円と比べてせいぜい5%前後に過ぎません。

図表1でも明らかであるとおり、日本の輸出を牽引しているのは機械類および輸送用機器の27兆0499億円であり、日本経済はとりわけ「モノを作るためのモノ」(資本財や中間素材)に強みを持っています。これが日本経済の現状です。

もちろん、著者自身も農業や観光業については、まだまだ伸びしろがありますし、やりようによっては未来がある産業だと考えているのですが、それと同時に現状で見るならば、少なくとも「外貨獲得」という側面では、シェアは決して多くないのです。

(※ただし、日本の農業については別のルートで巨額の外貨を獲得しているのですが、これについては当ウェブサイトにて報告することはありません。もしも「秘密のメルマガ」などの機会でもあれば、報告するかもしれませんが…。)

中国が日本の農業に「いやがらせ」

こうしたなかで、ウェブ評論サイト『JBプレス』に31日、やや気になる記事が掲載されていました。

日本の食品輸出がピンチ、中国が処理水を口実に日本のコメ、菓子にも嫌がらせ

―――2023.7.31付 JBプレスより

副題に、『中国の税関で留め置かれる日本の水産物や農産物、食料を使った露骨な揺さぶり』、とあります。福島第一原発処理水の海洋放流を巡って、中国当局がそれを口実に、日本産の食品等に揺さぶりをかけている、というわけです。

中国が輸入検疫で外国に嫌がらせをするという話はよく聞きます(たとえば2012年にはフィリピンのバナナが、2021年には台湾のパイナップルが、それぞれ輸入禁止を喰らっています)が、これと同じ被害を、日本の農産物なども喰らっているのでしょう。

リンク先記事には、こう書かれています。

日本から輸出した水産物が、中国各地の税関で長い間、検査のために留め置かれる。水産物は冷凍でも日持ちがしない。税関に留め置かれることで、中国には輸出ができないことになる。事実上の中国による輸入禁止措置だ」。

これだけを見ると、たしかに、大きな問題です。

食料品及び動物の対中輸出額は僅少

ただ、ここで浮かぶシンプルな疑問があるとすれば、「それによって日本経済全体がどこまで大きな打撃を受けているのか」、です。

図表3は、同じく普通貿易統計から集計した、日本から中国への輸出を品目別に分解したものです。

図表3 日本の中国への輸出額(2023年1月~6月)
品目 輸出額 割合
食料品及び動物 865億円 1.06%
飲料及びたばこ 288億円 0.35%
原材料 2350億円 2.89%
鉱物性燃料 806億円 0.99%
動植物性油脂 9億円 0.01%
化学製品 1兆4917億円 18.32%
原料別製品 9450億円 11.61%
機械類及び輸送用機器 4兆1888億円 51.45%
雑製品 5306億円 6.52%
特殊取扱品 5534億円 6.80%
合計 8兆1413億円 100.00%

(【出所】普通貿易統計をもとに著者作成)

はて。

日本から中国への輸出額(半年で8兆1413億円)のうち、「食料品及び動物」カテゴリーは865億円、割合にしてたった1%少々に過ぎません。「飲料及びたばこ」カテゴリーに至っては0.35%です。

また、図表1でも確認したとおり、日本全体の「食料品及び動物」カテゴリの輸出額は4494億円で、たしかに中国向けは全体の20%を占めているのですが、この程度であれば中国以外の国に販路を見出すことができるレベルです。

ちょうど台湾がパイナップルの禁輸措置を喰らった際、日本に輸出先をシフトして大成功を収めたようなものでしょう。

あるいは、中国が嫌がらせ目的に日本の農産物の検疫を強化しているのだとしたら、そのことは結果として、中国に暮らす人々の口に、日本産の美味しい食品が入らない、ということを意味します。なんだか「くだらないセルフ経済制裁」に見えてなりません。

もし日本が対抗措置を講じたら…むしろ中国に大きな打撃!

しかも、中国当局者は気付いているのかわかりませんが、自分たちが輸入規制をすれば、同じことをされるリスクを高めます。じつは、「食料品及び動物」カテゴリーでは、日本から中国への輸出額よりも、中国から日本への輸入額の方が、金額が大きいのです(図表4)。

図表4 日本の中国からの輸入額(2023年1月~6月)
品目 輸入額 割合
食料品及び動物 5524億円 4.69%
飲料及びたばこ 23億円 0.02%
原材料 1107億円 0.94%
鉱物性燃料 1093億円 0.93%
動植物性油脂 49億円 0.04%
化学製品 9747億円 8.27%
原料別製品 1兆4004億円 11.88%
機械類及び輸送用機器 6兆0303億円 51.16%
雑製品 2兆4574億円 20.85%
特殊取扱品 1447億円 1.23%
合計 11兆7870億円 100.00%

(【出所】普通貿易統計をもとに著者作成)

「食料品及び動物」ジャンルに関しては、中国からの輸入額が1月~6月の累計で5524億円であり、日本から中国への輸出額(865億円)の、なんと6倍(!)です。

もしも日本が対抗措置として、中国からの輸入品目の検疫を強化し、事実上の輸入禁止措置を講じれば、むしろ中国経済の方が大きな打撃を受けるのではないでしょうか。

中国当局者、昔から頭が悪いことで有名でしたが、その頭の悪さは現在でも変わっていないのかもしれません。

余談:中国の産業には未来がない?

なお、図表3と図表4の合わせ技でわかるとおり、日中貿易額は、日本の一方的な貿易赤字状態となっており、その大きな原因を作っているのは、「機械類及び輸送用機器」ジャンル(PCやスマートフォン)、雑製品(衣類、雑貨)です。

これらの品目は、日本が得意とする資本財、中間素材などと異なり、見かけほど付加価値は大きくないため、円安と海外物価高がさらに進行するようなことがあれば、比較的容易に日本国内に戻ってくることができます。

このように考えていくと、巷間で唱えられている「中国脅威論」の正体も、ときとして現実の数値を無視しているのではないかと思えてならないのです。

いずれにせよ、中国の高付加価値化は、彼らが思っているほどには進んでいないのが実情でしょう。そして、日本が先日、中国に対し、半導体製造装置の一部の輸出を厳格に管理する措置を講じましたが、こうした動きも、中国の高付加価値化の障害となるのかもしれません。

そんな中国の産業には、未来がないのかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (18)

  • 「例え、日本経済に影響なくても、中国が日本産食品を禁輸していることが問題なのだ」と、朝日新聞や特定野党が言い出すでしょう。

  • 個人的な体験ですが、「汚染された日系農水産物を同じ製造ラインで作っている」という名目で、第三国の食材が中国の保管庫で放置された事案を知っております。日本の食材を取り扱うと輸出できないという圧力になっているようです。

  • >「くだらないセルフ経済制裁」に見えてなりません。
    中韓共に、CPTPPへの加盟を断念したのでしょう・・。

  • 中国は福島原発の処理水の海洋放出に抗議するという理由で今回の措置を行うと言っていますが、自国はあのコロナウイルスを世界中にばらまいた(彼らは決して認めませんが、そう思っている人は多いだろう)くせにと思います。

  • ドンパチ戦争するわけじゃなし、外務省、経産省はこの問題で真正面から中国と徹底的に闘って欲しい。林君、西村君、岸田首相の右腕、木原君、頼んだぞ!

  • 良い機会ではないでしょうか。
    CPTPPの加盟審査について、中国の方が台湾より早く申請していますが、台湾を先に審査すると発表すれば良いのです。
    ただし、そうなると駐在員を捕まえたり、暴動を起こしたり、ありとあらゆる嫌がらせをしてくるでしょうが、そうなることを見越して中国で働いている技術関係の職員を、アメリカの様に帰国させるように日本政府が働きかけるべきではないでしょうか。

  • 福島「オセン」水の放出なんてのは、ただの言いがかりというのは、彼ら自身十二分に承知した上でやっているでしょう。アメリカとグルになって、高度半導体製造機器を禁輸しやがって。その報復というか、撤回しないなら、これからますます遣り口をえげつなくするぞと、すごんでいるってことでしょう。

    かつて、武漢肺炎の調査を中国に入れろと、オーストラリアの首相が口にした途端、鉄鉱石、石炭、大麦、ワイン等の輸入を差し止めて見せたのと同様の手口です。

    オーストラリアが一向怯まず、国内への悪影響の方がむしろ大きくなってきたために、こっそり必要量だけは輸入再開なんて、却って赤っ恥をかく結果となったんですが、瞬間湯沸かし器みたいな反応をしだしたのは、まるでどこかの国そっくりに見えてしまいます。かってはその老獪さにかけては、日本の政治家などとてもじゃないが太刀打ちできない。などと評されていた、あの国の指導層の、現今の劣化を如実に物語っているように思えてなりません。

    しっぺ返しを考えるなら、化学物質含有量の検査の厳格化辺りを口実に、中国産ウナギの輸入を停めてしまえば、アチラの被害は甚大ということになるでしょうが、アチラは国内業者の窮状なんて意にも介さない、こちらは消費者のブーイングが大いに堪える、は見えているんで、まず無理かなぁ。

    やっぱり、民主国家が強権独裁国家と渡り合うのは、並大抵のことではないですね(笑)。

  • 農業生産額約9兆円、輸出額約1.4兆円、業種的には他産業並みに輸出依存度は大きい。
    日本産の農産品は価格競争力がないから高品質を売りとして高価で販売だから、買ってくれる輸出先は限られる。大間のマグロの初セリで1億以上で買うのは香港ぐらいのものでしょう。ミクロ(個々の生産者)では特に影響が大きい。
    中国産食料品をストップしたら外食産業、食品加工産業はやっていけないでしょう。食品価格の高騰は必至。ただでさえ物価が高いと喚いてる層は飲まず食わずで生活することになりますね。

    • 今回の措置は日本産の農産物の中国への輸入の禁止ですよね。中国産の農産物の日本への輸出も禁止されたのでしょうか?ご教示頂ければ幸いです。

      • コメントはブログ記事に対するコメントです。
        対抗措置で中国産を禁止したら日本にも影響は大きいだろうということ。

        原文テキスト→
        6 もし日本が対抗措置を講じたら…むしろ中国に大きな打撃!

  • 日本が対抗措置を取るって、まずないんじゃないかな。
    むしろ「何とかしてください。お代官様~」ってな具合に、リン外相あたりが懇願しに行きそうです。そして足元を見られる。
    本来であれば、相互主義に基づいて、日本も中国産の検疫を強化するべきですけどね。

    日本の輸出に占める割合が小さいとはいえ、当事者の農家や漁業関係者の方は大変だと思います。
    日本政府がすべきことは、中国の検疫強化と、台湾パイナップルのような成功体験に基づく、売り先の多様化ではないかなと思います。

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