小選挙区の怖さと「有力政治家」が落選することの意味

小選挙区の怖さは、ほんの数パーセント、票が動くだけで、各政党の議席数が大きく変動する可能性がある、という点にあります。こうしたなか、選挙戦に向けて、各政党の動きが出てきました。注目点は有力政治家の地盤である選挙区で大きな変動が生じるかどうかではないでしょうか。実際、2021年の衆院選では、枝野幸男・立憲民主党代表があやうく小選挙区で落選するところでしたし、甘利明・自民党幹事長に至っては小選挙区で落選しています。

小選挙区では得票率のわりに圧倒的な議席を確保する傾向がある

今朝の『たった数パーセントで結果が大きく動く小選挙区の怖さ』では、総務省ウェブサイトの選挙関連のデータをもとに、衆議院議員の「小選挙区」の特徴を概観してみました。これは、第1党は衆院小選挙区で圧倒的な議席数を獲得するものの、得票数で第2党との間にそこまで大きな差があるわけではない、というものです

実際、2021年10月の衆議院議員総選挙では、自民党は全部で289の小選挙区のうち、187議席をかっさらいました。じつに全体の3分の2近くです。

というよりも、2009年以降のデータに関していえば、自民党が惨敗を喫した2009年の選挙を除けば、自民党は小選挙区の7~8割を占有し続けています。

小選挙区における自民党の戦績
  • 2009年…300議席中*64議席(21.33%)
  • 2012年…300議席中237議席(79.00%)
  • 2014年…295議席中222議席(75.25%)
  • 2017年…289議席中215議席(74.39%)
  • 2021年…289議席中187議席(64.71%)

2021年の「議席占有率64.71%」というのは、それまでの過去3回分の選挙と比べ、むしろ少ないくらいです。

ただ、自民党が7~8割の票をかっさらっていたのかといえば、決してそんなことはありません。自民党の得票率は高い方ではあるにせよ、過半数を超えたことはないからです。

小選挙区における自民党の得票率
  • 2009年…27,301,982(38.68%)
  • 2012年…25,643,309(43.01%)
  • 2014年…25,461,449(48.10%)
  • 2017年…26,500,777(47.82%)
  • 2021年…27,626,235(48.08%)

2009年の場合、自民党の得票率が40%を割り込んだだけで獲得議席は64議席に激減し、占有率がたった20%少々にまで落ち込みましたが、その3年後の2012年の選挙では、得票率がたった4.33%ポイント上昇しただけなのに、獲得議席は237議席に激増し、占有率も79%に達しました。

枝野氏の事例

これにはもちろん、「野党同士が選挙協力をしているかどうか」、「有力な野党が存在しているかどうか」などの事情もあるため、一概には断定できませんが、それでも得票率がほんの数パーセント動いただけで自民党が3分の2近くの議席を得て圧勝したり、過半数を割り込んで惨敗したりする、という点については、注意が必要です。

そして、この小選挙区制度の怖いところは、相手政党にとって「象徴的な人物」を、小選挙区で追い詰めることがある、という点にもあります。その実例を、2021年の衆院選から2つほど挙げておきましょう。

ひとつは当時、立憲民主党の代表だった枝野幸男氏です。

総務省の資料によると、埼玉5区では枝野氏が113,615票を獲得して当選しましたが、最有力の対立候補である牧原秀樹氏は落選したものの、107,532票を得ました(牧原氏は比例復活当選)。得票差はわずか6,083票でした。

そして、党首の落選はその政党にとって大きな打撃です。実際、2014年の衆院選で、当時の民主党代表だった海江田万里氏が小選挙区(東京1区)で落選し、比例復活もできなかった、という事例があります。これにより海江田氏は党代表の辞任に追い込まれています。

もし当時、現在巷間を騒がせている「小西問題」などの逆風が吹き荒れていたら、枝野氏も小選挙区で落選していたかもしれません(ただし、枝野氏は小選挙区では辛うじて勝利しましたが、立憲民主党が議席を減らしたことの責任を取り、結局は党代表を辞任しています)。

甘利氏の事例

ただ、こうしたケースは、立憲民主党にだけ発生するものではありません。たとえば、自民党の甘利明幹事長(当時)は小選挙区で落選しています(比例復活)。

総務省の資料によると、神奈川13区で甘利氏は124,595票を獲得したものの、対立候補である立憲民主党の太栄志(ふとり・ひでし)氏が130,124票で甘利氏と比べ5,529票上回って競り勝ちました。

僅差であるとはいえ、負けは負けです。というよりも、自民党幹事長ともあろう人物が「僅差で競り負ける」というのは、大変に情けない話でもありますし、実際、甘利氏は比例復活こそ果たしたものの、党幹事長を辞任しています。

当然、選挙戦では、その政党を代表する候補者の選挙区に「刺客」を送る、といったことも行われます。というよりも、熾烈な選挙戦では、これはある意味、当然のことです。

平岡元法相が岸信千世氏の対抗馬として再び出馬か

こうしたなか、気になる報道が2つありました。

次期衆院選・立憲民主党が山口2区に平岡元法務大臣擁立の方針固める

―――2023/05/24 12:27付 Yahoo!ニュースより【tysテレビ山口配信】

テレビ山口によると、立憲民主党は次期衆院選に向け、山口2区で平岡秀夫・元法相を擁立する方針を固めたことが24日に判明した、としています。

「山口2区」「平岡氏」で思い出すのは、先月の衆院補選でしょう。

山口2区といえば、安倍晋三総理大臣の実弟でもある岸信夫・前防衛相が体調不良により衆議院議員を辞職したことに伴い、岸氏の子息である信千世氏が出馬して当選しています。

しかし、この選挙では、平岡氏が55,601票と、信千世氏にわずか5,768票差にまで詰めており、信千世氏の勝利はまさに薄氷を踏むがごときだったのです。

図表 衆院・山口2区補選(確定/敬称略)
候補者票数得票率
(当)岸 のぶちよ(自由民主党)61,36952.47%
平岡 秀夫(無所属)55,60147.53%
有効票数合計116,970100.00%

(【出所】山口県、総務省)

しかも、平岡氏は「保守王国」である山口2区で2000年に自民党の佐藤信二・元通産相を破って当選して以来、2005年を除いて小選挙区で勝ち続け、12年12月の選挙で落選するまで衆議院議員を務め続けたという「実力者」でもあります。

こうしたなかで、「保守王国」という地盤で平岡氏が立憲民主党の公認を得て選挙に打って出たうえで、安倍総理の甥・岸信介の曾孫・安倍晋太郎の孫という「サラブレッド」である岸信千世氏を打ち負かせることができれば、自民党にとっては大打撃です。

余談ですが、山口県では現在4つある選挙区が3つに減りますが、「新3区」に立候補するのは、安倍総理の「地盤」で昭恵夫人の応援を受けて先月の補選で当選した吉田真次氏なのか、それとも2021年の選挙で参院から「鞍替え」したばかりの林芳正外相なのか、まだその調整はついていないようです。

維新も立憲幹部の選挙区に候補を擁立

その一方で、共同通信は23日付で、こんな記事を配信しています。

維新、次期衆院選で立民代表に対抗馬擁立へ

―――2023/05/23 19:12付 Yahoo!ニュースより【共同通信配信】

これによると日本維新の会は立憲民主党の泉健太代表(京都3区)、岡田克也幹事長(三重3区)でそれぞれ対立候補を擁立するのだそうです。

といっても、京都3区では、維新はすでに2021年の衆院選の時点で候補を立てていますが、泉氏が89,259票を得て当選しており、次点の自民党・木村弥生氏(61,674票)、3位の日本維新の会・井上博明氏(34,288票)にそれぞれ大差をつけています。

その一方、三重3区では岡田氏は144,688票と、自民党の石原正敬氏の81,209票に大差をつけています。この得票数だと、維新が候補を擁立したとしても、よっぽどの「風」でも吹いていない限り、「壁」を破るのは難しそうです。

ただ、選挙というものは、少しずつ相手の票を削り取るという意味もありますし、対立候補が増えれば増えるほど、有権者にとっては選択肢が広まるということを意味します。

とりわけ有力政治家の地盤でその相手を打ち負かすのは容易ではありませんが、2021年の総選挙では立憲民主党の辻元清美氏(大阪10区)が66,943票にとどまり、80,932票を得た日本維新の会の池下卓氏に敗れたという事例もあります(辻元氏はその後、2022年の参院選・全国比例で当選)。

その意味では、挑戦する側は有力政治家の地盤に果敢に挑戦し、有力政治家の側ものんびりと構えてはいられないというのは、民主主義が健全に機能している証拠そのものではないでしょうか。

もちろん、こうした選挙戦で注目を集めるのは候補者ですが、あくまでも選挙結果を決める「主役」は、私たち有権者自身なのだという点については、いくら強調してもし過ぎではないと指摘しておきたいと思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. はにわファクトリー より:

    >小選挙区制度の怖いところは、相手政党にとって「象徴的な人物」を、小選挙区で追い詰めること

    恫喝上等ワニ顔議員と揶揄された平井卓也候補は香川一区で立民に敗れて落選し、比例で党に拾ってもらっています。おや、映画になっているって? エンタメじゃなさそう。

  2. Sky より:

    甘利候補の落選。候補者本人が他の候補の応援演説で不在の間、立憲民主党からそれはそれは酷い中傷演説をされていた様子でした。
    ここで文句を言おうものなら、表現の自由の侵害、と、マスコミに言いつけて大喜びしたことでしょう。

    1. nanashi より:

      Sky 様

      あと、郷原信郎という弁護士が落選運動をしていましたからね。

  3. 匿名 より:

    別にツッコミをするのでは無いのですが、枝野氏や余利氏が有力政治家という認識は全くないので、名前だけ売れていて、中身の無い政治家が消えて行くのは、小選挙区制の良い面かもしれません。あと、岩手の小沢氏。比例復活したのが残念。菅直氏も比例復活?石原伸氏は、比例復活もならず。スッキリした。この人、父親と叔父の名前だけで、その有利な力で何か国の為になる事をしたか?と言えば何の実績も無い。選挙は、軍団頼み。軍団が解散したら呆気なく落選。
    小選挙区制には、こういうのを掃除出来るメリットはあります。

    1. 匿名 より:

      すみません。甘利氏でした。

  4. シゲ より:

    色々と問題の多い今の小選挙区制比例代表選挙制度は変えて、中選挙区制度に戻すべきと思えます。更に少数政党に配慮する制度止めて貰いたい。国会での質問時間も当選政党に比例したものにしなければ国民の支持した政策が実現されない。近年のでっち上げの森友加計問題虚像の桜問題、更に統一協会問題、小西文書問題等々国会費用時間を無駄遣いした。今の自民党にも堂々とキシダ政権に厳しく問い質す議員も数多く存在する。少数政党に配慮すぎると選挙で示された民意が国会で活かされない。この偽善丸出しの国会を変え無ければ世界からドンドン取り残されるか官僚支配が続くか⁉️現実政党の現実討議だけ必要です‼️

  5. がみ より:

    うううっ…いいなぁ…
    私の生まれ育った神奈川の選挙区では市議会・市長・県議会・県知事・国会議員とも…
    いったいどこのどいつがこんなもん宛がったんだ…
    …的な候補者しか歴代おりません。
    投票権を持つ者はやたら多く当選するのにはかなりの得票数が必要なのですが…

    他地域の自治体の市区町村選挙で1000票台で当選とかやたら議席のある議会をお持ちだと羨ましさを通り越して
    「そんな議会要るのかよ!」
    と、色々大にして言いたくもなります。

    政治家さん小粒過ぎるんだよなぁ。
    一票の格差で苦しんでるの野党だけじゃないぞ…と。

    1. 引っ掛かったオタク@ヒネクレタ見方 より:

      選挙権を持っておられる方々はカナリの割合で被選挙権もお持ちかと存じます。
      片方しか行使できない方ならまあ、さもありなん
      さりとてどなたかを立てることは出来なくもありますまい。
      両方行使できる権利をお持ちならば…トモスレバ”民主主義”への御自身の怠慢を憂いる声明ともトラレカネマセンゾ

  6. CRUSH より:

    どういう選挙制度でもエエと思うのですよ。
    どうせ一長一短ありますから。

    ポイントは、
    「その一長一短を理解して(=納得して)投票したかどうか」

    文句ばっか言う人が多いけど、得票通りの議席数になる(=番狂わせゼロ)全国区にしたらしたで文句を言う人が減ることはないので、選挙制度を変えたってその解決にはならんのです。

    私見ですが、小選挙区は
    「政権交代が現実的にありえる二大政党制」
    をめざして導入された。
    首尾よく政権交代も50年ぶりに実現した。

    ところがところが、野党側に有利なようにイカサマを仕組んだのに、野党側が想像を絶するレベルでアホだったから、その仕組みのおかげで逆レバレッジがかかって野党側がジリ貧になっているのが、現状。

    風さえ吹けば一発逆転(ドミノ倒し)があり得る小選挙区制は、捨てられない。
    でも、そのせいで圧倒的な惨敗続き。
    策士が策に溺れてますよね。

    要するにズルしないで普通に多数意見に合わせた政策提言すればエエだけなのに、少数の極左に絞り込んだ政策のままで多数派をダマして引き込もうとしてるから、破綻する。

    あの人たち、アホですね。
    自分たちを変えずに選挙制度など外部環境を変えて勝とうとしてますが、自分たちが変わればエエだけなのにね。

    1. 匿名 より:

      正論過ぎる正論!

      要は、マーケティングですね。
      しかし、これが出来る人であれば、政治家にはならないですね。超優秀なコンサルタントになります。そして、人に頭を下げずに先生と崇められて、政治家の何倍の収入を得られます。
      同じ先生と呼ばれても真逆の差です。

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