「NATO東京連絡事務所」開設は改組に向けた布石?

NATOのリエゾン・オフィスが東京に設置されるという報道が、話題になり始めています。もともとは日経アジアがゴールデンウィーク中に報じたものですが、林芳正外相がCNNのインタビューでその交渉の事実を認めたためです。これについて、べつに日本がNATOに参加することが確定した、というわけではありませんが、それでもこうした動きは歓迎すべきでしょう。

日経アジアの報道とCNNの続報

ゴールデンウィーク中の5月3日、日経アジア(NIKKEI Asia)は北大西洋条約機構(NATO)が日本に事務所を開設すると報じました。

NATO to open Japan office, deepening Indo-Pacific engagement

―――2023/05/03 12:00 JST付 NIKKEI ASIAより

日経アジアによると、NATOはアジアで初となる連絡事務所(リエゾン・オフィス)を東京に開設する予定で、これによりNATOが日本や韓国、豪州、ニュージーランドといった「地域の主要パートナーとの定期的な協議」を行うことができる、などとしています。

また、米メディア『CNN』は水曜日、これに関しての「続報」を出しています。

日本、NATOの事務所開設に向け協議中 林外相が語る CNN EXCLUSIVE

―――2023.05.10 17:26 JST付 CNN EXCLUSIVEより

これは、林芳正外相が10日、CNNとの単独インタビューに応じたというもので、日経アジアが報じた事務所開設に関しては「詳細はまだ決まっていない」としつつも、日本とNATOの両者がすでに話し合いを進めていることがわかった、などとしています。

最近、あまり存在感がない林外相がCNNに述べたという点は若干気になるところではありますが、少なくとも日本にNATOが連絡事務所を開設することを話し合っていることは間違いなさそうです。

日本がNATOに加盟するわけではないが…

では、これをどう見るべきでしょうか。

これについて、インターネット上では「日本がNATOに加盟する布石だ」、「NATOの事務所が東京に開設されるということは、東京を攻撃したらNATOが攻撃を受けたことになる」、といった解釈もあるようですが、これらはさすがに行き過ぎでしょう。

日経アジアの記事を読んでみると、開設されるのは「1人用の連絡事務所」で、しかも費用負担については日本側とNATO側がまだ交渉中だ、などと記載されています。単純に連絡事務所を開設しただけで、なぜ日本がNATOに加盟したことになるのか、よくわかりません。

もっとも、日本とNATOの協力関係が深まることは、間違いなく歓迎すべきことです。

そもそも日経アジアが報じたこの「リエゾン・オフィス」、いったい何をする目的があるのでしょうか。

リエゾン・オフィスの役割

日経アジアによると、同様の事務所はすでにニューヨークの国連本部やウィーンの欧州安全保障協力機構に加え、グルジア、ウクライナ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モルドバ、クウェートなどにも設置されている、などとしています。

NATOはまた、2017年までリエゾン・オフィスをウズベキスタンにも設置していたそうですが(こちらは「予算上の理由で」閉鎖されたそうです)、その目的としては、やはり中央アジアのパートナー諸国との対話と実務的関係の維持にあったとしています。

そして、これらのうちのジョージアのリエゾン・オフィスに関しては、NATOのウェブサイトにこんな趣旨のことが書かれています。

NATOの駐ジョージア・リエゾン・オフィスの役割
  • ジョージアにおけるNATOの代表部
  • NATO加盟に向けたジョージアの努力を支援するため、NATO・ジョージア・コミッションのもとで政治的・軍事的対話と実務的な協力を推進する
  • 年次国家計画に示された欧州・大西洋統合目標を支援するために、NATOとジョージア政府間の民間・軍事協力を強化する

(【出所】NATOウェブサイト “NATO Liaison Office (NLO) Georgia” を参考に著者作成)

ジョージアは「南コーカサス」と呼ばれる地域にある共和国で、地政学的に見るとロシアのすぐ南でもあります。ウクライナとともにジョージアがNATOに参加するようなことがあれば、ロシアはもちろん、場合によっては中国に対する牽制にもなり得るでしょう。

ただし、外務省ウェブサイトに掲載されている『北大西洋条約機構(NATO)について』【※PDF】と題した資料によれば、NATOは「欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」(第5条)というものです。

基本的価値を共有していない国や、地理的に「欧州または北米」から外れる国が参加するのは難しいのではないでしょうか(※実際、トルコは昨年、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に反対していたという実例もあります)。

NATO改組→大西洋・太平洋・インド洋全体を対象に!?

もっとも、日本はNATOとの間で、「自由、民主主義、人権及び法の支配という共通の価値並びに戦略的利益を共有している」との宣言も行われています。

今年1月、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長が来日し、岸田首相と会談を行った際に公表された共同声明の冒頭には、こんな記述があるからです。

両首脳は、自由、民主主義、人権及び法の支配という共通の価値並びに戦略的利益を共有する、信頼できる必然のパートナーである日本とNATO間の協力の深化にコミットすることを再確認した」。

ロシアによるウクライナ侵攻、中国による東シナ海や南シナ海などにおける軍事的威圧、そしてなにより中国の急速な軍拡は、ルールに基づく国際秩序が脅威に晒されているという危機感を、欧米諸国と日本が共有するきっかけになっていることは間違いありません。

このように考えていくと、まずは常設の連絡事務所を設置することは、日・NATO連携を深めるうえでの確実な一歩でもあります。

また、英国がCPTPPに参加するほどの時代ですから、NATO、すなわち「北大西洋」条約機構という地理的な要件にいつまでもこだわる必要もないでしょう。

NATOは「大西洋・インド・太平洋」全体を対象にした条約機構に改組し、そこに日本や豪州、ニュージーランドなど(プラス、できれば台湾)といった自由主義国家群が参加するというのは、日本にとっても悪い選択肢ではないと思うのですが、いかがでしょうか?

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. 引きこもり中年 より:

    そもそもNATOは、旧ソ連軍の侵攻を想定した軍事同盟なのだから、その旧ソ連を引き継ぐロシアをけん制するためにも、極東ロシアを睨むところに、拠点(?)を開設することは戦略的に正しいことではないでしょうか。ということは,理屈の上ではモンゴルや中国東北部に、NATO連絡事務所を開設することもあり得るのではないでしょうか。(もちろん、理屈上で、実際に開設されることはないでしょう)
    蛇足ですが、韓国が「ソウルにもNATO連絡事務所を開設しろ」と言い出す可能性もあるのではないでしょうか。「ロシアが北朝鮮と組んで、韓国に侵攻する可能性がある」と言い出して。

    1. CRUSH より:

      >韓国が「ソウルにもNATO連絡事務所を開設しろ」と言い出す可能性もあるのではないでしょうか。

      大笑い。あり得ますね。

      戦略的に意味があるかどうかじゃなくて、
      「日本にあるモノはなんだって欲しい!」
      というビョーキに罹ってる人たちですから。

      そんなものが「国の格」なのだそうですから草も生えますわ。

      1. 匿名 より:

        どこかの公金チューチューNPO法人みたいに、
        古いアパートの一室に無人で
        電話だけ置いて
        NATOソウル支局ニダよ。

      2. 引きこもり中年 より:

        中国が「NATOソウル連絡事務所に反対する」と言い出したら、韓国はどうするのでしょうか。もっとも日本も、朝日新聞や立憲のことを考えたら、他国のことは言えないかもしれませんが。

  2. めがねのおやじ より:

    リエゾン・オフィスと聞いて真っ先に「ワンオペ」事務所かな〜と失望しましたが(笑)決してそんな事では無く、東京事務所では名前は出ずとも、支えるスタッフがたくさん居る事でしょう。対ソ連戦の為に作られた組織なのでNATOという名前ですが、今は中国や北などの愚連隊国組織を含む敵対勢力をも共同の敵とみなすと、拡大すれば良いでしょう。

    NATO+日豪NZ台という自由主義国家群が参加する新しい組織ですネ。

  3. ねこ大好き より:

    ますます憲法改正は避けられなくなりました。
    守ってもらうのであれば、守ってあげなくてはなりません。法解釈にも限界があります。

  4. はるちゃん より:

    今回のNATO東京事務所設置は、東アジアや太平洋地域の情報を自前で収集する目的のようです。
    NATOは以前は地域性の強い組織でしたが、欧州の安全保障のためにも世界中の情報収集が必要であり、特に中国を中心とする東アジア地域で、自前の情報収集活動が必要であるという判断ではないでしょうか?
    フランスやドイツは中国の脅威に対する理解がまだまだ浅いと思います。
    足並みが乱れがちな欧州とアメリカの連携を強固にするためにも、NATO東京事務所に期待したいと思います。

  5. 農民 より:

    [North Atlantic Treaty Organization]で北大西洋条約機構。これを日本も含める条文に改正し、北大西洋-東京条約機構として
    [North Atlantic and Tokyo Treaty Organization]

     すなわち「NATTO」として改組すると。

     まぁ真面目な話、域外協力国があってはならないという縛りはなく、参加国への攻撃には共同して反撃するという規定も現在の日本ではむしろ厄介な点なので、むしろ好都合な段階かもしれません。憲法議論の加速にも繋がりそうな話です。

    1. 匿名 より:

      「納豆」ですか?
      何か、偶然とは思えない略称ですね。

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