外貨準備が急減し、為替レートも急落しているトルコが、サウジアラビアとの通貨スワップを検討している、といった報道が聞こえてきました。ただ、方式としては単純なスワップではなく、サウジアラビア側が50億ドルの現金をトルコ中銀に預け入れる、という「預金方式」も検討されているようです。もっとも、新興市場諸国同士でスワップ網が広がることは、世界経済に対するリスクでもあります。
米金利上昇で通貨危機多発のリスク
一般に米国が利上げ局面に入っている際には、新興市場諸国を中心に資金フローが変調をきたし、資本流出が発生することが多いです。米国の金利が上がれば、それまで新興市場諸国に投資されていた資金が引き揚げられ、為替レートも下落するからです。
このあたり、「両国の金利差が拡大すれば為替レートも動く」という点については、最近、日本でも一時1ドル=150円近くにまで円安が進んだためか、日本国内でも認識する人が増えています。
日本の場合は自国通貨がいわゆる「ハード・カレンシー」、つまり国際的に広く通用する通貨であるのに加え、GDPと比べ、外国から外貨で借り入れているおカネが非常に少ないという事情もあり、基本的に通貨危機は発生しません。
しかし、新興市場諸国の多くは自国通貨が「ソフト・カレンシー」、つまり国際的に通用しない通貨であり、また、外国から少なくないおカネを借り入れていることも多いため、米国などとの金利差が拡大すれば、外貨が流出して通貨危機に発展するというケースはままあることです。
アルゼンチンとトルコの政策金利がすごい!
こうしたなか、当ウェブサイトで以前から注目している「通貨危機の筆頭候補国」があるとしたら、アルゼンチン、トルコ、スリランカの3ヵ国でしょう。ただ、スリランカについてはすでに外貨建債務のデフォルトを発生させているため、やはり注目に値するのはアルゼンチンとトルコの2国といえるかもしれません。
とくにこの両国の場合はG20参加国であり、地域大国であるという事情もあるのですが、やはり、国単位で再びデフォルトが発生すれば、新興市場諸国を巻き込んだ世界的な通貨危機に発展しかねないという懸念は払拭できません。
ためしに、両国の政策金利水準について、米国のそれと比較してみましょう(図表1)。
図表1-1 アルゼンチンの政策金利
図表1-2 トルコの政策金利
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) データより著者作成)
どちらのグラフの左右の軸でスケールが異なっている点にご注意ください。
米国はFF金利上限を4%に設定していますが、トルコは10.5%、アルゼンチンに至っては75%(!)です。ただ、金利の絶対水準は両国ともに米国のそれを上回っていますが、それでも両国からの資金流出は続いています。
為替レートも急落中
ちなみに両国通貨の対米ドル相場(アルゼンチンはUSDARS、トルコはUSDTRY)については、いずれも大きく「上昇」している(つまり米ドルに対して急落している)ことが確認できます(図表2)。
図表2-1 USDARS
図表2-2 USDTRY
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データをもとに著者作成)
アルゼンチンの場合は現在、公定レートで管理されているようなのですが、トルコの場合もなかなかに激しい下落が続いています(最近ではやや落ち着きも見られますが…)。
こうしたなか、やはり気になるのは両国の外貨準備の状況です。
国際通貨基金(IMF)のウェブサイトには『IRFCL』というデータベースが用意されています。データベースの英語の正式名称は ” International Reserves and Foreign Currency Liquidity” であり、これで世界の主要国の外貨準備に関する状況を確認することができます。
両国の外貨準備の共通点
両国の外貨準備の状況を確認すると、興味深い共通点が浮かび上がります(図表3)。
図表3-1 アルゼンチンの外貨準備高
図表3-2 トルコの外貨準備高
(【出所】 International Monetary Fund, “International Reserves and Foreign Currency Liquidity” より著者作成)
アルゼンチンについて、データ(外貨準備の内訳)がところどころおかしいのは元データの不具合によるものと考えられます。ただ、ここで注目したいのは、いずれの国も外貨準備に占める「証券」の割合が極端に低く、預金の割合が非常に高い、という点です(トルコの場合はこれに加えて金の割合も高いです)。
ただ、アルゼンチンについては2022年9月末で外貨準備が376億ドルと、すでに400億ドルを割り込んだ状況にありますが、トルコは意外なことに、2022年10月末時点で1135億ドルと、1000億ドルの大台については維持しています。
トルコといえば通貨スワップ
では、トルコは一体どうやって外貨準備水準を維持しているのか――。
一部ではトルコが中国や韓国との通貨スワップを活用し、外貨を引き出しているからだ、といった報道もありますが(『トルコが中国との通貨スワップを実行し人民元を引出す』、『トルコが韓国から通貨スワップで資金を引出し=現地紙』等参照)、これが事実なら、なかなかにアクロバティックです。
トルコが外国とスワップを締結し、外国から資金を引き出すことで、通貨危機を外国に輸出する可能性があるからです。なお、トルコ中央銀行などの発表に基づき、トルコが外国と締結している通貨スワップの一覧を挙げておくと、図表4のような具合です。
図表4 現時点でトルコが保有している通貨スワップ
相手国と締結日 | トルコリラとドル換算額 | 相手通貨とドル換算額 |
---|---|---|
UAE(2022/01/19) | 640億リラ⇒約34.4億ドル | 180億ディルハム⇒約49.0億ドル |
中国(2021/06/15) | 460億リラ⇒約24.7億ドル | 350億元⇒約49.5億ドル |
カタール(2020/05/20) | リラ(金額不明)⇒50.0億ドル | リヤル(金額不明)⇒150.0億ドル |
韓国(2021/08/12) | 175億リラ⇒約9.4億ドル | 2.3兆ウォン⇒約17.3億ドル |
合計 | 約118.6億ドル | 約265.9億ドル |
(【出所】トルコ中央銀行ウェブサイト等を参考に著者作成。為替レートは国際決済銀行の2022年11月22日時点のものを使用)
引出上限は300億ドルにも満たないものですが、引き出せる通貨も米ドルではなく相手国の通貨であり、米ドルとペッグしている湾岸諸国とのものを除けば、どうにも心もとないものでしょう。
こうしたなか、トルコといえば、ほかにもさまざまな国との通貨スワップを検討していると報じられており、最近だとマレーシアと「イスラム国同士のよしみで」スワップを締結することが検討されている、といったものもありました(『融通手形?トルコとマレーシアの通貨スワップの危険性』等参照)。
脆弱通貨国同士の通貨スワップ協定には、通貨危機を世界に広めかねないというリスクがあります。こうしたなか、次なる通貨危機の候補国のひとつはトルコでしょう。そのトルコでは今年6月に外貨準備高が1000億ドルの大台を割り込み、為替相場も1ドル=18リラの大台を史上初めて突破する可能性が出てきています。そのトルコがマレーシアと通貨スワップ協定を結ぼうとしているようなのですが、これをどう考えれば良いでしょうか。ドル高基調と通貨安への対処雇用統計受け全面的なドル高に先週末に米労務省が公表した雇用統計( “non-far... 融通手形?トルコとマレーシアの通貨スワップの危険性 - 新宿会計士の政治経済評論 |
サウジアラビアとの通貨スワップ
ただ、マレーシアとのスワップについての続報は見当たらないのですが、そのかわりについ先日、こんな報道がありました。
Saudi Arabia says it is close to making $5 billion deposit with Turkey
―――2022/11/23 12:03 GMT+9付 ロイターより
ロイターによると、サウジアラビア財務省報道官は火曜日、トルコ中央銀行に対して米ドルで50億ドル相当を預金する方向で議論を進めていると明らかにしたのだそうです(ただしトルコ側は本件についてコメントを差し控えているそうです)。
また、トルコ中銀関係者によると、現在、両国はスワップ方式にするか、サウジアラビアがトルコ中銀に米ドルを預金するかを巡って、最終的な協議中だと明らかにしたのだとか。
現在のトルコにとって50億ドルは「焼け石に水」という可能性はさておき、ロイターによれば、今回の「スワップまたは預金」という合意は、2023年6月に選挙を迎えるトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領にとっての「目玉」のひとつとなり得る、などとしています。
また、サウジ側にとっても「スワップライン」で提供するよりも、トルコに直接差し入れることで利息を取るということであれば、外貨準備の運用としては妙味がある、という判断なのかもしれません。
ただ、サウジアラビアといえば外貨準備が豊富だったはずの国ですが、先ほど紹介したIMFのデータで見ると、いつのまにか外貨準備は5000億ドルを割り込んでいたようです(図表5)。
図表5 サウジアラビアの外貨準備
(【出所】図表3と同じ)
また、トルコが近い将来、外貨準備を溶かすようなことがあれば、サウジ・トルコ両国関係は再び険悪化する可能性もあるのではないか、という気もします。
いずれにせよ、トルコの積極的なスワップ外交を眺めていると、新興市場諸国同士の金融面での結びつきがアジア通貨危機当時とは比べ物にならないくらい広範囲に広まっているという点において、どうも不安を覚えざるを得ない今日この頃です。
View Comments (6)
アルゼンチンペソやトルコリラは,通貨の3機能のうち「保存」の機能のない不完全な通貨です。アルゼンチン国民は米ドルで,トルコ国民はユーロで貯金するのが普通だと思います。アルゼンチン国債は過去に何度もデフォルトしているので,ジャンク債でしょう。
サウジアラビアは原油の関係でアメリカと距離を置いてロシアに接近している国です。そのため,ボスポラス海峡を押さえているトルコと仲良くしておくことが大切なのでしょう。トルコと商売をしようという意図ではないと思います。
トルコも韓国も困った時の軍需頼み…かな
なんだか世界中がきな臭くなる一方だな。
あんまり報道されないけど、アフリカもエチオピアあたりはじめごちゃごちゃやってるしシリアやイラクも滅多な事じゃ外出出来ない有り様。
ミャンマーも相変わらずだし南米も変…
カナダと中華人民共和国とオーストラリアの関係も緊張増すばかり。
ロシアのエネルギー源と食糧を質にとっての恫喝も加わり更に先鋭化・広範囲化する絵図しか見えない。
これから始まる北半球の冬ってどうなるんだろう?
終わっている(いた?)アルゼンチンと、反欧米で衰退している最中のトルコを比較するのはどうなんでしょうか?
捨てるお金があったら、当然10年位のスパンでトルコ国債を買います(笑)。
サウジがトルコをお金で買い取る覚悟があればなんだって出来ますね。
ちなみに銀行への預金って、銀行へ融資するのと同じことなんです。金利、利息の動きに注目してください。ほら同じだ。
図表1中の”米国の政策金利(B)”はどちらも 左軸ではなく右軸ですね。
やはり、”金利差でドル高になる”とは、”両通貨の信認が同程度の場合と言うのが前提”という事が良く判りました。
サウジの外貨準備高が減っているようですが
サウジにとり、特に問題があるようには
思えません。
何といっても、現在は石油が取れるからです。
問題が起こるとすれば、石油が枯渇した時でしょう。
だから、多すぎると思って減らしたのだと思います。
それより、サウジでしたっけ?
砂漠に一直線の都市機構を作ろうとしていますが
アレどうするのでしょう?
地域の気候風土を無視したモノを作れば
しっぺ返しがきます。 都市機構の気温を
調節するだけで、スゴイ電力が必要になります。
太陽光発電で賄うとしても、何かな~。