コロナ防疫名目にジワリと進む国際企業の「香港脱出」

香港当局が帰任呼びかけの一方、オフィス空室率は倍増

アジアのビジネス拠点といえば、長らくは香港がその地位を占めていました。しかし、2019年の民主化デモに加え、新型コロナウィルス感染症(武漢肺炎)対策の厳格さなども手伝い、金融、証券などの幅広い分野で、ジワリと「香港脱出」の動きが進み始めているのかもしれません。日本の対港国際与信も低落傾向にあるのに加え、オフィスの空室率も上昇しているのだそうです。

BIS統計で読む日本の国際与信

当ウェブサイトで「定点観測」しているデータのひとつが、国際決済銀行(BIS)が公表している「国際与信統計」(Consolidated Banking Statistics, CBS)と呼ばれているデータです。

これは、世界32ヵ国・地域の金融当局がBISに報告したデータをもとに、金融機関の国境を越えた与信を国ごとにまとめたもので、データの性質上、債権国側のデータは32ヵ国分しか存在しませんが、債務国側のデータについては基本的に世界のすべての国・地域のものが存在します。

このため、BISへの報告国以外の国(たとえば中国)が債権国となっているケースについては、データそのものが存在せず、したがってたとえば「中国がロシアに対しどれだけの与信を積み上げているのか」、「中国の一帯一路金融の実態がどうなっているか」、あどを調べることは難しいのが実情でもあります。

ただ、少なくとも国際与信の世界で主導権を握っているのは基本的には西側諸国(とくに日本、米国、英国、ドイツ、フランスなど)であり、その西側諸国のデータがひととおり揃っているという意味では、この国際与信統計のデータは非常に有益でもあります。

こうしたなか、著者自身は現在、BISが公表した最新データを眺めているのですが、このなかで日本の国際与信に占める割合を追いかけていくと、興味深いことがいろいろと判明するのです。

まずは日本の2022年6月末時点の与信総額を確認しておくと、図表1のとおりです。

図表1 日本の国際与信総額(上位20位・最終リスクベース)
相手国2022年6月時点の金額構成割合
1位:米国2兆0225億ドル43.73%
2位:ケイマン諸島6088億ドル13.16%
3位:英国2063億ドル4.46%
4位:フランス1840億ドル3.98%
5位:オーストラリア1395億ドル3.02%
6位:ルクセンブルク1182億ドル2.56%
7位:ドイツ1172億ドル2.53%
8位:タイ1031億ドル2.23%
9位:カナダ907億ドル1.96%
10位:中国906億ドル1.96%
11位:シンガポール780億ドル1.69%
12位:オランダ667億ドル1.44%
13位:香港638億ドル1.38%
14位:アイルランド576億ドル1.25%
15位:韓国502億ドル1.09%
16位:インドネシア477億ドル1.03%
17位:イタリア468億ドル1.01%
18位:インド420億ドル0.91%
19位:台湾410億ドル0.89%
20位:スペイン394億ドル0.85%
その他4106億ドル8.88%
合計4兆6248億ドル100.00%

(【出所】日銀『データの一括ダウンロード』のページより『BIS国際与信統計(日本分集計結果)・最終リスクベース』データを入手して加工)

香港に対する与信はむしろ微増

以前の『邦銀対外与信「5兆ドル」大台に』では、2022年3月末時点で日本の対外与信が5兆ドルの大台に乗った、という話題を取り上げたのですが、それから3ヵ月後の6月末時点では5兆ドルを大きく割り込み、4.6兆ドル程度に減ってしまいました。

推察するに、おそらくは世界的なドル高を受けて、米ドル以外の与信(たとえば円建ての与信など)のドル換算額が目減りしたからなのでしょう。

もっとも、前回8位だった中国は今回は10位に、10位だったタイは今回は8位に浮上するなどを除けば、ランキングには大きな変動は生じておらず、相変わらず日本の金融機関にとって最大の国際与信相手国は米国であり、それにケイマン諸島、欧州諸国などが続いています。

ただ、個人的にひとつ関心があるのが、「アジアの金融センター」としての香港の地位が急激に落ちているように見受けられる、という点です。

実際、日本の対外与信統計を見ても、香港に対する与信額とそのシェアは低落傾向にあることが認められます。図表2は、香港に対する与信ですが、金額・シェアともに上昇しているように見えるのは、おそらくは香港ドルが米ドルにペッグしているため、ドル建ての与信額が増えたに過ぎないのではないかと思います。

図表2 香港に対する国際与信(最終リスクベース)

(【出所】図表1に同じ)

香港証券先物委、投資会社や証券会社に帰任呼びかけ

こうしたなか、国際与信データの分析に先立ち、ブルームバーグにこんな記事が出ていたのが気になります。

香港に従業員帰任を、当局が金融各社に呼び掛け-関係者

―――2022年9月19日 21:53 JST付 Bloombergより

ブルームバーグによると、投資会社や証券会社でマネージャーらの香港不在が長期化しているとして、香港証券先物委員会(SFC)が懸念を深めていることを、「非公開の協議内容」だとして匿名を条件に関係者が明らかにしたのだそうです。

というのも、香港では新型コロナウィルスの世界的な大流行を受け、多くの投資会社・証券会社では有資格者である従業員らが外国からリモートで勤務を続けているらしく、「SFCはライセンスを付与された企業が香港に責任あるマネジャーを置かずに事業を遂行することへのリスクを危惧している」(関係者)のだそうです。

もっとも、ブルームバーグは「現在のコロナ対策措置が維持されている限り、バンカーやファンドマネージャーらには香港に戻る意思はほぼないと見込まれている」などと伝えているのだそうです。

正直、新型コロナウィルス感染症(武漢肺炎)に伴う厳格な防疫措置が原因なのか、それともそれ以外に何らかの原因があるのかは知りませんが、現在の香港からは、欧米系のマネージャー、ディレクターらが退避している、との話は、よく聞こえてきます。

香港のオフィス空室率は2年前と比べ倍増

こうしたなか、マレーシアのニュー・ストレイツ・タイムズ(NST)によると、香港ではオフィスの空室が目立ち始めているのだそうです。

Hong Kong office vacancies double after protests, pandemic

―――2022/09/15 17:40付 NEW STRAITS TIMESより

NSTによれば、不動産投資会社CBREは今年3月までの3年間で「グレードA」のオフィスの空室が420平方フィート(39万平方メートル)から960万平方フィート(89万平方メートル)へと、2倍以上に増えたとするレポートを発表したそうです。

これについてNSTは、「このデータはビジネスハブとしての香港の魅力が政情不安とそれに続く取り締まりによって鈍化したという状況を警告するものだ」、などと指摘。そのうえで、かりにコロナ対策が解除されたとしても、香港のオフィス需要は低迷する可能性がある、などと述べています。

じつは、著者自身も金融業界のほんの片隅にひっそりと生息している人間のひとりではあるのですが、たしかに香港における政情不安以降、拠点の一部または全部をシンガポールなど、代替地に移す動きは、しばしば耳にします。

もちろん、会社というものは、簡単に閉じたりすることはできません。香港の場合、会社の設立も清算も、手続自体は簡単ではありますが、とくにアセット・マネジメント業の場合、「同一業者のトラックレコード(運用実績)」も重視されるためです。

このため、「香港法人を清算してシンガポール法人に事業を移管する」という動きが大々的に生じているわけではなさそうですが、ひそかにファンドのアドミニストレーション業務を香港からシンガポールに移管した、といった話題を聞くこともあります。それだけ香港リスクが意識されている、ということかもしれません。

約束破りの中国が信頼されないのは当然?

いずれにせよ、2020年のコロナ禍から世界経済が回復しようとしているなか、香港の2019年の大規模なデモとそれに続く取締が、香港には大きな禍根を残している、ということかもしれません。考えてみれば、もはや香港は言論の自由が保障される街でもなく、こうした統制がいつ金融に及ぶかもわからないからです。

ちなみにNSTの記事によると、外国企業は香港における厳しい国境管理に不満を抱いており、地域本部や一部のスタッフをシンガポールなどのライバル都市に移転させるという事例も相次いでいる、などと報じられています。

(※余談ですが、香港から脱出した企業が東京ではなくシンガポールに逃げてしまうというのは、日本の税制や社会保障制度が複雑怪奇過ぎ、かつ、租税・公租公課負担なども非常に重い、という事情があるように思えてならないのですが、このあたりは研究テーマとしては興味深い点でもあります。)

そのうえで、現時点では「香港から広範囲に企業が撤退している証拠はない」、などとしつつも、欧米などの企業の香港脱出は着実に続いており、「中国本土の企業のオフィス占有率が緩やかに上昇しつつある」、というのがCBREのレポートの指摘だそうです。

いちおう、香港は返還後50年間、旧英国植民地時代の法制度などを維持することが英中間で合意されていたはずですが、2019年のデモ活動は中国が国際合意を平気で破る国であるという点を全世界に示した格好でもあり、こうした「約束破り国家」を欧米企業などは嫌気しているのかもしれません。

だからこそ、コロナ禍を理由に、欧米企業などのリモートワークを名目とした香港脱出がステルス的に進み始めているのだとしたら、今後、急速に香港がビジネス拠点としての地位を喪失していくのは、意外と時間の問題ではないでしょうか。

1997年の返還から25年が経過した現在、あの自由闊達だった都市・香港も、これからは急速に中国化が進むのかもしれません。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. より:

    4, 5年前まで香港・マカオには年に2, 3回のペースで行ってました。現状のような入境規制が解除され、特に制約なく行けるようになったら、また行ってこようとは思っています(手元に結構な額の香港ドルもありますので)。
    おそらく数日の短期滞在では、一見以前と何も変わってないかのように見えることだろうと予想していますが、もしかすると、どこかに翳りらしきものを感じられるかもしれません。香港を香港たらしめてきた「自由」を習近平同志はお嫌いなようですので、少なくとも街角のニューススタンドは以前ほどカラフルではなさそうです。

    まあ、お気楽な短期旅行者は「表面的にはほとんど変わらない香港」を楽しんでくればいいのですが、長期滞在者はそうもいかないでしょうね。うっかり総書記同志を誹謗中傷したりしたら、突然「行方不明」になりかねませんし、ビジネスでも「簿外コスト」が大陸並みにかかるようになるかもしれません。利に聡い方々が逃げ腰になるのも当然でしょう。

    さて、来月の党大会以降、どうなることやら。

    1. ひろた より:

      私も最後に行ったのが2019年でこんなことになるとは。
      家賃問題などで行きつけだったお店がどんどんなくなり、九龍城砦あたりも再開発の予定であの下町の雰囲気もなくなりそうです。
      先日はハモニカで「香港に栄光あれ」を演奏していた少年が連行されました。
      年に数回でも長く続けるとかえって変化がわかったりします。
      香港人の友人の1人は香港を脱出していますし。

  2. 古いほうの愛読者 より:

    金融関係は香港→シンガポールが多いでしょうが,中国から脱出した工場はどこの国に移転するのでしょう。ついでに,日本から脱出するのが「お金持ち」だそうです。相続税は懲罰的ですし,所得税率も高いようです。昔,CITI BANKもほぼ撤退しましたね。口座があったのですが。

    1. はるちゃん より:

      >日本から脱出するのが「お金持ち」だそうです。

      お金が命よりも大切な方はシンガポールにでも行けばよいと思います。
      私は、お金よりも自分の住む場所を大切にしたいと思います。
      そんなに沢山のお金はありませんが。
      人はお金のために生きているのでしょうか?

    2. 匿名 より:

      相変わらず、データも出さずに反日活動、おつかれ!

    3. 匿名 より:

      ソースは中田敦彦とその仲間たち!(ドヤッ!

    4. WindKnight.jp より:

      シンガポールって、小さいことを徹底的に利用している国だからねぇ。
      他が真似できないレベルで。

      小さいことを利用して、税金を下げ、
      小さくても経済が回るように、金持ちを優遇し、
      小さいので、入出国の管理を徹底する。

      まあ、飲料水すら輸入している国なので、そうしないと不味いのですが。

  3. がみ より:

    香港も台湾も中華人民共和国が古代に存在した中国国家のように長い時間をかけて懐柔していけば関税回避やなにかと便利なフロント企業窓口や金融センターとして便利に使えて、よっぽど中華人民共和国の為になったのに…

    中共は気が短くてどうしようもない。
    やっぱり一人っ子は我慢が足りないのかな?

    1. 匿名 より:

      横から失礼します。
      私が思うに「中国にとって時間は味方だが中共にとって時間は敵である」のではないでしょうか。
      このまま社会の不満が溜まり、未来から明るい展望が潰えたとき、それは共産党に対する革命が起きうるのかもしれません。
      彼らがそれを恐れているのは、これまでの言動からも明白だと思うのです。
      だから、必死になって俺は強いんだと集近閉同志は内外に対しオラついてみせるのではないかなぁ、と。

      1. がみ より:

        匿名様

        結局原始共産制を除き共産主義が破綻しなかった国家は存在せず、欧米の社会主義すらLGBTQに垣間見られる様な権利要求の社会破壊・階層構築・分断しか起こさず利権だけが残る。
        せいぜい100年しか維持出来ない砂上の楼閣理論に基づく虚構のパラダイス理論なのだと思います。

        勝手にマルクスあたりが命名した「資本主義」制度のなかで内部留保が現実に運用出来た日本や日本企業が人類史上に残る大惨事のコロナ禍でも生き残ったのが現実です。

        もうこれ以上、人命喪失と環境破壊を伴う社会主義・共産主義の社会実験は懲り懲りです。

        1. がみ より:

          追記

          私は習近平・プーチン・金正恩たちの体制は、最も不様で醜悪な形態の「王政」だとしか思っていません。

    2. WindKnight.jp より:

      これだけ、インフラが発達した状況では、
      台湾や香港の繁栄は、他の地域の Hate を集めているんじゃないかな。

      中央としては懐柔策もありでしょうけど、地方はそうはいかないし、
      人民の反乱は、中央として望ましくないわけで。

      中華帝国を維持するには、ある程度の均一さは必要だと考えられても、
      不思議ではありません。

  4. sqsq より:

    返還前の香港に1996年に行き、次が2002年。返還前後で町並みは変わらなかったが香港人は変わったなという印象があったのを覚えている。

    商売っ気が弱くなった。返還前は一度店に入ったら買うまで帰さないというような気迫があった。

    香港は金融と不動産でもっているところ。両方ダメになると没落ははやいんじゃないかな。

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