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ロシア外相「他国を犠牲にする国々の野心は失敗する」

「他国を犠牲にして自分たちの問題を解決しようとする個々の国の野心が実を結んだことはない。こうした破壊的な政策は、今日においては失敗する運命にある」。この発言、いったい誰のものか、わかりますか?なんと、驚くことに、国際法を無視してウクライナに軍事侵攻したロシアという無法国家の外交トップの発言です。見事な自己投影であり、見事なブーメランです。

自由主義、民主主義、法治主義の重要性

当ウェブサイトでは何度も繰り返しているとおり、日本は「自由・民主主義国」であり、「法治国家」です。

ごく簡単にいえば、自由主義とは「法の許す範囲内であれば何をやっても良い」という考え方であり、民主主義とは「法やルールはみんなで決めていきましょう」という考え方、そして法治主義とは「みんなで決めた法によって国や社会が運営される」という考え方のことです。

このあたり、『受験秀才、「国の借金論」のウソ論破されるのを警戒か』などでも触れたとおり、残念ながら、日本ではこうした「自由」「民主主義」「法治」から逸脱している者たちが、少数ながら存在していることは事実です(財務省、NHK、大手新聞・民放テレビ局、特定野党などがその典型例です)。

著者自身、社会のインターネット化が進み、人々がより賢くなっていけば、これらの存在の影響力については自然と日本社会から排除されていくと信じています。なぜなら、官僚、メディア、野党議員らはお互いにおんぶにだっこの状態にあり、社会のネット化でオールドメディアが崩壊すれば、残り2つも自然に弱体化するからです。

「民主主義を過信するな」という批判

ただ、こんな話を当ウェブサイトで展開すると、ごく一部の方は、「民主主義に過度な信頼を置くべきではない」、「行き過ぎた自由経済競争については制限しなければならない」、「法律だけですべての社会問題を解決できるわけではない」、などとする反論を寄せてくることがあります。

こうした反論については、じつは、部分的には正しいといえます。なぜなら、自由主義、民主主義、法治主義は、いずれも「ある前提」を置いているからです。

それは、「社会の構成員である国民が、ちゃんと国の代表者を自ら賢く選択することができる」、という前提です。残念ながら、この前提条件は、ときとして機能しないことがあります。とくに、経済が疲弊したときに、その国の国民が理性的でない選択をする、ということは、歴史上も事例があります。

その典型例が、ナチスドイツの台頭でしょう。

ナチス(正式名称は „Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei” で、直訳すれば「国家社会主義ドイツ労働者党」)は第一次大戦後の巨額賠償などでドイツ経済が疲弊し、社会不安が蔓延するなかで勢力を伸ばしていきました。

こうした経緯を踏まえるなら、「民主主義は絶対に失敗しない」、というものでは決してなく、むしろ民主主義が失敗する、あるいは自壊する、といったケースは、歴史上も枚挙にいとまがないのです。自由主義、法治主義も同様でしょう。

「民主主義は最悪の政治形態だ」の意味

ただ、「民主主義がときとして失敗する」からといって、民主主義を全否定するという考え方は、いただけません。考えがあまりにも幼稚過ぎます。

やはり数々の失敗を積み重ねながらも、自由主義や民主主義、法治主義が支持されている理由は、これらの考え方が、これまでのところ、人類が生み出してきた社会体制として最も効率的で最も透明性が高いものだからです。

民主主義は最悪の政治形態だ、ほかに試みられたあらゆる形態を除けば」。

これは、ウィンストン・チャーチルの言だと伝えらえていますが、国際チャーチル・ソサエティの説明によると、この原文は次のとおりだそうです(Winston S Churchill, 11 November 1947)。

“Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed it has been said that democracy is the worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time.”

これがすべてでしょう。

そして、結局のところ、米国、英国を筆頭に、自由主義・民主主義・法治主義を掲げる国が最も強いのであり、現にこれらの国々は少なくとも金融、軍事、経済などの分野において、100年以上、世界をリードし続けています。

昭和天皇が日独伊三国同盟を快く思われず、英米との対決をお望みにならなかったというのは、さまざまな史料からも明らかですが、もしも日本も最後まで英米との対決を回避することができていれば、歴史は変わっていたかもしれません。

日本はFOIPを提唱する国になった

さて、話は現代に飛びます。

先月暗殺された安倍晋三総理の最大の置き土産のひとつが「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)であるということは、当ウェブサイトでも常々議論しているとおりですが、このFOIP、わかりやすくいえば、「自由、民主主義、法の支配、人権」などの普遍的価値を大切にする国同士の連携構想のようなものです。

この点、「法治主義」と「法の支配」は厳密にいえば異なる概念ではありますが、ただ、「独裁者が事前に決められた法を無視して勝手に振る舞っても良い」、といった考え方を否定するという意味では、基本的には共通しています。

そして、「法の支配」を公然と無視する国の典型例といえば、中国であり、ロシアであり、北朝鮮であり、韓国でしょう(中露朝韓4ヵ国は、さしずめ「赤クアッド」、といったところでしょうか)。

自由主義、民主主義を採用しているロシア、韓国のような国もあれば、全体主義国である北朝鮮、社会主義市場経済というヌエのような中国など、社会体制はさまざまですが、国際法、あるいは遡及立法の禁止などの自然法に背く行為を繰り返しているという点では、立派な無法国家群です。

とりわけ強烈なのは、半年前、国際法を無視して違法にウクライナ戦争を開始したロシアでしょう。

ロシアはいまだに自分たちの戦争を「特殊な軍事作戦」などと言い張っており、あたかも自分たちの側に正義があるかのような言い分を続けていますが、客観的な証拠で見る限りは、ウクライナ戦争におけるロシアの違法性は明白でしょう。

ラブロフ外相の強烈過ぎる発言

こうしたなかで、やはり無法国家は無法国家なりに、強烈なことを言い出す者が政権幹部にいるという事実を痛感するような記事を発見しました。ロシアの『タス通信』(英語版)に昨日掲載された、こんな記事です。

Western-imposed order provides for racist division of world — Russia’s top diplomat

―――2022/08/27 17:57付 タス通信英語版より

タス通信によると、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、「ルールに基づく秩序」を「西側諸国が押し付けているもの」であり、「世界の人種差別的な分断の原因となっている」、などとする見解を示したうえで、次のように強調したのだそうです。

我々は、米国主導の西側諸国が押し付ける新植民地主義的な『ルールに基づく秩序』を断固として拒否する」。

この発言は「第5回世界青年外交官フォーラム」におけるビデオ演説でなされたもので、ラブロフ氏は「ロシアは国連憲章の基本原則を順守している」としたうえで、「ロシアは一貫して民族の文化的多様性と自らの道を決定する権利を支持してきた」、などと述べたのだそうです。

本当に強烈過ぎて、頭が痛くなります。やはり、ウソをつきすぎると、認知そのものが大きく歪むのでしょう。国際法を無視してウクライナを「解放」しようとしたロシアに、国連憲章順守を騙る資格などありません。

ちなみにラブロフ氏がいう「ルールに基づく秩序の問題点」については、よくわかりません。ただひたすら、「米国が主導する西側諸国が押し付けている新植民地主義的なルール」としか述べていないからです。

ただ、こうした発言からは、ロシア自身が「ルールに基づく秩序」を破壊しているという自覚が垣間見えるのも間違いありませんし、また、日本が提唱するFOIPの考え方に、ロシアが参加する資格を有していないこともまた間違いありません。

自己投影、あるいはブーメラン

ちなみにラブロフ氏の発言には、ほかにも強烈な部分がいくつかあります。たとえば、こんな発言です。

他国を犠牲にして自分たちの問題を解決しようとする個々の国の野心が実を結んだことはない。こうした破壊的な政策は、今日においては失敗する運命にある」。

見事な自己紹介です。

そして、ラブロフ氏自身が述べたとおり、「他国を犠牲にして自分たちの問題を解決しようとする国の野心」がみじめな失敗に終わることは間違いなく、その「失敗する運命にある」のは、ほかならぬラブロフ氏が所属する国家なのでしょう。

それにしても、本当に見事な自己投影であり、ブーメランです。

自国の外相のこんな発言を堂々と掲載してしまうタス通信というメディアにも、娯楽としては心から楽しませてもらえることには感謝したいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (29)

  • ロシアというか旧ソ連は戦勝国としてルールを作る側に居た訳ですけど、ルール違反を責める側ではなくルール違反で責められる側に早い内になってたような。

    選択条項受諾宣言を取り消した米国もロクなもんじゃないですけど、それ以前に宣言した事のない赤クアッドはダメダメですね。

    国家間の問題は戦争ではなく外交や国際的な裁判所で平和的に解決する、というのが戦後の国際秩序な訳ですし。

  • 「ロシアにとって、ウクライナは外国ではない」と言えば、ロシア外相の発言はブーメランにならないのでは。(もしそうなれば、次はどの国が、ロシアにとって外国でなくなるのでしょうか)

    • >「ロシアにとって、ウクライナは外国ではない」と言えば、ロシア外相の発言はブーメランにならないのでは。

      1991年のソ連からのウクライナの独立以降,エリツィン政権時代や第一次プーチン政権時代も,ロシアはウクライナを一瞬たりとも国家として承認しなかったのでしょうか?

      ウクライナを国家として承認したことがあるのならば,ロシアはウクライナをロシアの主権が及ばない独立した主権国家として認めた訳ですから「ロシアにとってウクライナは外国でない」は偽,つまりラブロフ露外相の発言は単なる嘘ということになりますね.

  • 外相は西側の事を言ったふうにして、プーチンの事を当てこすってるのかも。

  • 欧米は正義だとも善良だとも認めがたいですが、今のロシアと比べれば断然マシでしょうね。
    少しでもマシな方をより良くし続けていく方が、「こっちの方が劇的に良くなる!」と
    怪しい大穴に飛びついて全賭けするより安定して幸福を望めるでしょう。

    こんな寝言を言い出すロシアはやがて巨大な北朝鮮になりそう……
    ロシア国民が立ち上がる事は期待できないんでしょうかね。

  • ラブロフ外相が内心「本当は違うんだけど」との思いを隠しながら演説しているのか、或いは本心からそう思っているのかが問題です。多分、後者だと思います。古今の独裁者はこう言います「ルール? 我こそがルールであり法律である」。 ラブロフ外相にとってはプーチン大統領がルールであり、西側陣営が、血を分けた兄弟国であるウクライナをロシアから奪おうとしているとしか見えていないのでしょう。
    よって「他国を犠牲にして自分たちの問題を解決しようとする個々の国の野心が実を結んだことはない。こうした破壊的な政策は、今日においては失敗する運命にある」をより具体的に嚙み砕けば「ロシアを犠牲にして西側陣営のウクライナ取り込み問題を解決しようとする野心が実を結ぶことはない。西側はロシア・ウクライナを分断しようとしてウクライナをも犠牲にしている」
    ということで、価値観が全く異なる国が隣国にいて(他にも異なる国がいますが)、平和憲法の価値観など全く通用しないという事実を日本は再認識する時です。

  • 「歴史を忘れた民族に未来はない」などは有名ですがドヤ顔で格好いい決めセリフを言うのが極東の人の間で流行りみたいですね。

    卑屈な性格なので毅然とした態度に憧れでもあるのでしょうか。とりあえず何かを断定するのが好きなようです。

  • 超絶阿呆なラブロフだわ!でも、我々は民主主義が地球を覆っていると思わないほうがいい。権威主義国家の方が多いからな。

  • 「強いものがより多くを取る」は、生物界の原理原則。人も生物界の一員である以上、この縛りからは抜け出せません。それができると錯覚したのが、共産主義思想の根本的な誤謬だと思います。

    ただし、個々がもつ「強さ」の大小が、生物種の存続が許される範囲を逸脱しちゃったのが、ヒトという種の最大の悲劇。より多くといっても自ずと限度がある。それを超えれば、貪りとしてペナルティを科すというルールを、当然のこととして成員の大多数が受入れれば、法治社会という安定が得られるのですが、これは生物界の原理原則でも何でも無い。できる民族がある一方で、できない民族の方が、むしろ多数ということかも知れません。

    今日、国民の大多数が民主主義陣営に属して当たり前と考えている国々は、このルールが建前上ではなく、真からコンセンサスとなっている国。これが共有されない国なら、一握りの権力層が力ずくでその他大勢を抑えつけるしか、社会の安定は得られないんでしょう。だから当然、外から見れば強権国家。無理矢理ソ連に従わされた東欧圏の国々を別とすれば、一度でも共産主義国家を標榜した国は、今でも皆強権国家であることは、皮肉と言えば皮肉です。

    どう社会を維持していくのが正しいのか、その考え方に根本的な違いがある以上、例えば、今回のロシアの行動に対して、理を説いて説得しようなんて、おおよそ無理というものでしょう。この国の指導者の、そしてその言いなりに動くことを吉としている大多数の国民にとっても、それが理であると理解することは、まずできないでしょうから。敵性理論=新植民地主義なんて言い分も、ただの逆ギレで出た言葉ではないと思います。

    それにしても、こんな強権国家群を近隣に3つ(4つ?)も抱えている日本って、ホント舵取りが難しいですね。

    • 自分的には国民の9割がソ連維持を望んでいたのに分割させられた恨みはわかるんだけど、その新植民地主義的なルールとやらも、血みどろの戦いを繰り広げてきた歴史から学習して組み上げた結果なのに、それを無視して自分は正しいからと革命気分でリセットボタン押しちゃえる、コテンパンに負けた歴史を持たない国ってのはある意味羨ましくもありますね。

      もしロシアがコテンパンに負けるようなことがあれば、日本国憲法の前文をプレゼントしてあげたいですね。

  • 民主主義国の国民が理性的でない選択をする典型例としてナチスドイツの台頭を挙げていらっしゃいますが、疑問を感じます。

    世界恐慌はドイツにも及び失業者の増大が政治問題になりますが、短期的な解決は困難で政治が不安定になります。
    1932年7月に行われた国会選挙でナチスは躍進して、230議席を獲得して第一党となりますが、コミンテルンの指導下にあった共産党も89議席と大幅に伸ばしました。
    ヒトラーに権力を持たせることを避けようとした人もいましたが、結局33年1月にヒトラーが首相に就任しました。
    (32年11月にも選挙は行われたが、ナチスは第一党を確保した)

    ヒトラー首相就任の状況を要約してみました。政策としてユダヤ人虐殺や対ソ戦を掲げていたわけではなく、理性的でない選択を見いだせません。
    なお、上の記述は主としてウィキペディアの「ヴァイマル共和政」と「ドイツ共産党」の項を参考にしています。

    • ワイマール憲法下の民主主義は合意を形成するのに大変時間がかかりいつまで経っても国民の暮らしは改善しませんでした。このため民主主義は悲惨な暮らしを強いられている国民の支持を失い、独裁的にテキパキと政策を進めて、ドイツ国民の生活と自尊心を回復してくれるヒトラーが救世主に見えたことが、ヒトラーとナチスが合法的に政権を握り、ヒンデンブルク大統領の死去に伴って全権を掌握できた理由だと思います。
      民主主義の欠点は時間が掛かりすぎることで、政治システムとしては最悪と言ったのはチャーチルでしたっけ。一党独裁/強権制の良いところはあっという間に社会を改善・回復させることができることでしょう。

      ドイツ国民もヒトラーがドイツを立て直したところまでは間違った選択をしたとは考えなかったでしょう。しかし、その後暴走を始め(ホロコーストは当時ナチス幹部でも多くは知りませんでした)、対ソ戦に至るまで誰も暴走する独裁者を止めることができない政治体制にしたことを悔やんだ人は多かった筈です。
      一党独裁・強権制の欠点は政策が偏ったり、暴走した場合に制限が掛かりにくいことです。今の中国・北朝鮮を見ても、コロナ撲滅を掲げて都市のロックダウンを続けることが合理的でなくなってきているのに、最高権力者の無謬性にこだわるがために政策の修正が出来ません。中国で政策批判の街頭演説をしようものなら、5分で警察に拘束され国家反乱罪で命まで危険になります。
      政策実行は素早いけれど息苦しい社会を選ぶか、時間が掛かっていらいらするけれど自由に呼吸ができる民主主義を選ぶかの2択のせめぎ合いが現代の状況です。

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