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安倍総理の「FOIP」が米国を動かした=CNN指摘

「国際法 守らぬ国に 懲罰を」

安倍総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」をめぐって、米メディア『CNN』に金曜日、安倍総理の最大の貢献は「軍備ではなく言葉だ」と指摘する記事が掲載されました。いわば、FOIP自体が日本だけでなく「世界レベルの遺産」だ、ということでもあります。そのうえ、安倍総理の逝去に際しては、米印両国がどう反応したのか、安倍総理が法の支配をどう考えていたのか、といった点についても、このCNNの記事は大変に参考になるものです。

FOIPの価値

FOIP(自由で開かれたインド太平洋)とは?

当ウェブサイトでは安倍晋三総理大臣の生前から、安倍総理の偉大なる「置き土産」のひとつが「自由で開かれたインド太平洋」、あるいは英語の “a Free and Open Indo-Pacific” を略した「FOIP」である、と指摘し続けてきたつもりです。

ことに、安倍総理の後継者である菅義偉総理の時代に、このFOIPが完全に日本外交の基軸に切り替わったという事実については、たとえば昨年の『近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた』などでも総括的に報告したとおりです。

日本時間の土曜日早朝、菅義偉総理は訪問先の米国で史上初の対面での日米豪印首脳会談に臨みました(厳密には、今年3月のテレビ会議を含めれば、首脳会談としては2回目ですが…)。少しインドのトーンが弱いというのは気になるところではありますが、ただ、今後は「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)が日本外交における基軸となることは間違いありません。まさに菅政権の最後の仕上げ、というわけです。クアッドではなくFOIPが重要先日の『日本外交は「クアッド+台湾」>「中露朝韓」の時代へ』では、「最後の最後まで仕...
近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた - 新宿会計士の政治経済評論

もちろん、これら以外にも、当ウェブサイトでは折に触れて、このFOIPの重要性について議論してきたつもりですし、当ウェブサイトをご愛読いただいている方にとっては、FOIPが日本の外交、安全保障のみならず、いまや世界レベルでさまざまな影響を与えつつあることについては当然のことかもしれません。

基本的価値を大切にすること

ことに、このFOIPという表現に凝縮されているのは、「自由、民主主義、法の支配、人権尊重」といった、日本ではごく当たり前の価値観です。

しかし、それと同時に、「自由、民主主義、法の支配、人権尊重」は、必ずしも世界の標準的な価値観であるとは言えません。

地球上には200前後の国家が存在しているとされますが、なかには「人民には自由もなく、民主主義とは名ばかりの共産主義独裁政権が人治主義に基づいて人権を軽視している」という、中国や北朝鮮のような無法国家もありますし、形式上は自由・民主主義国であっても、デタラメ判決を乱発する国もあるからです。

このため、日本政府がこの「FOIP」という概念を全世界に対して提唱すればするほど、このFOIPの理念に賛同する国とそうでない国をふるいにかけることができます。見た目は自由・民主主義国でも、その実態は法を無視する独裁国家であるロシアなどは、その典型例でしょう。

また、FOIPの理念に同意していない国、必ずしも同意しているとは言い切れない国(たとえばASEAN諸国など)に対しては、「FOIPに参加することで自由と繁栄を得ることができる」という実例を示すことで、こうした価値のすばらしさを伝えることができるでしょう。

FOIP対一帯一路

このように考えていくと、「FOIP」という表現を作り出したことで、日本は自由・民主主義を愛し、法が支配する人権尊重国家の先頭に立った格好だという言い方もできます。もちろん、FOIPと対立する概念は、「一帯一路」です。

一帯一路は中国共産党の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席が提唱する概念ですが、その実態は南アジア諸国などを債務の罠に嵌め、インフラ施設などを取り上げるという、一種の経済侵略のようなものでもあります。先日財政破綻したスリランカなどは、その典型例でしょう。

だからこそ、世界を「一帯一路」に巻き込もうとする中国の野心に対抗するためには、私たち日本人、いや、私たち「自由主義諸国の市民」こそ、FOIPの重要性を知るべきなのです。

ところが、非常に残念なことに、世の中のニューズサイト、ウェブ評論サイトなどを眺めていると、安倍政権についての議論をしているにもかかわらず、このFOIPを正面から取り上げていない、あるいは意図的に無視している、といったものがあったことも事実です。

よっぽど中国共産党に忖度(そんたく)している人たちが多い、ということなのでしょうか。

(※もっとも、だからこそ当ウェブサイトではしつこいくらいにこのFOIPの重要性を強調してきた、という側面もあるのですが…。)

CNNがFOIPを分析

CNNの大変優れた分析記事

こうしたなか、米メディア『CNN』(日本語版)に金曜日、非常に興味深い論考が掲載されていました。

「自由で開かれたインド太平洋」、安倍元首相の一言が変えた米国のアジア観と中国観

アジア太平洋地域の多くの人々にとって、安倍晋三元首相は先見の明のある人物だった。台頭する中国を課題ととらえ、米国主導の政治・軍事同盟システムにもたらす影響を認識していたからだ。<<…続きを読む>>
―――2022.07.22 19:25付 CNNより

これはCNNのブラッド・レンドン、アンドリュー・レイン両記者による分析記事で、安倍総理が提唱したFOIPを「台頭する中国の影響」という視点から位置付けた、大変に優れた論考です。5000文字近い長文ですが、できるだけ多くの日本人に、是非とも読んでいただきたいものです。

これについて当ウェブサイトではその全文を丸ごと転記することはしませんが、重要なポイントをいくつか抜き出しておきましょう。

安倍総理の最大の貢献は「軍備ではなく言葉にある」

CNNは安倍総理が「世界最速レベルの経済成長に支えられた中国人民解放軍が、地域の力の均衡を乱すだろうと見抜いていた」、などと指摘。そのうえで、集団的自衛権の容認やステルス戦闘機導入などの準備を進めたことを紹介しているのですが、これはあくまでも「前座」に過ぎません。

おそらく記事のなかでより重要な箇所は、次の記述で始まる部分でしょう。

しかし、おそらく自国の防衛――多くの人々にとってはより広範なアジア地域の安全保障――に対して安倍氏が行った最大の貢献は、軍備ではなく言葉にある。つまり同氏が作り出したシンプルなフレーズ、『自由で開かれたインド太平洋』だ」。

これを指摘してこそ、まさにジャーナリズムの仕事です。

ですが、これを外国メディアが指摘したという時点で、ちょっと複雑な気持ちになります。川柳と称した駄文で死者を揶揄して炎上した新聞社を筆頭に、日本のオールドメディア(大手新聞社、大手テレビ局)のなかには、ジャーナリズムを名乗る資格すらない社もあるようです。

CNNは続けます。

つい忘れそうになるが、安倍氏以前にはこれらの分野で『インド太平洋』なるものを語る人はほとんどいなかった。2007年以前に米国政府が好んでいたのは、アジアをオーストラリアから中国、米国にまで広がる地球上の巨大な領域として概念化し、『アジア太平洋』と呼称することだった」。

過去に米国などが好んで用いていた概念は「アジア太平洋」であり、これだとどうしても地域大国である中国がその中心に来てしまいます。しかし、「インド太平洋」だと、その概念は「2つの大洋」にまで拡大され、その地理的な中心は東南アジアと南シナ海に変わります。

FOIPは中国を苛立たせる

その意味で、いまや日米がお題目のように唱えるFOIPは、中国にとってはまことに都合が悪い概念なのですが、話はそれだけではありません。CNNは次のように指摘します。

好都合にも人々の注目が集まったその地域では、中国政府が多くの国々と領有権争いを繰り広げていた」。

中国が国際法を無視し、海洋の違法な進出を強めるなかで、このFOIPの概念は「航行の自由」、「法の支配」という表現を伴い、中国の無法を阻止すべく登場してきたのです。そのうえでCNNは、結果的に「ある一国が表舞台に登場することになった」と指摘します。

純粋に国の規模だけで中国の対抗勢力となり得る国、すなわちインドだ」。

すなわち、FOIPの本質とは、無法行為を続ける中国が中心に来てしまう「アジア太平洋」ではなく、より広い「インド太平洋」というレンズで地域を把握したうえで、そこに自由、民主主義、法の支配、人権といった基本的価値の概念を織り込むものだったといえるのです。

CNNの記事では、その後、日米豪印「クアッド」の枠組みを中国が潰そうとしたこと、それにも関わらず安倍総理が再登板し、2016年のケニアでの基調演説で「自由で開かれたインド太平洋構想」の3本柱を説明したことが、「中国政府を際立たせる役割を果たした」と指摘するのです。

ちなみにFOIPの3本柱とは、①法の支配や航行の自由、自由貿易などの普及と定着、②経済的繁栄の追求、そして③平和と安定の確保、だそうです。そのうえでCNNの記事では、イースト・ウェスト・センターのヘミングス氏のこんな分析を紹介しています。

「(FOIPの言い回しは)中国政府を際立たせる役割を果たした。自国中心主義を一段と強めつつアジアの将来を見据える同国の構想が浮き彫りになった。一方で開放性と価値観を奨励し、域内で態度を決めかねている国々にアピールした」。

まさに、言い得て妙でしょう。

FOIPは世界レベルの遺産だった

つまり、安倍総理のFOIPは日本自身の外交にとってもさることながら、それこそインド太平洋、そして全世界に、少なからぬ影響を与えたからです。これについては英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)のロバート・ウォード氏(日本部門責任者)も次のように指摘しているのだそうです。

同氏の遺産の重要性を誇張するのは難しい。それは日本の内外に転機をもたらすものだった」。

なお、日本のメディアばかりを読んでいるとよくわかりませんが、安倍総理の逝去に際しては、インドのナレンドラ・モディ首相が「9日には安倍氏のため、国を挙げ喪に服することを宣言した」と紹介。ジョー・バイデン米大統領も「全国のあらゆる公共施設と世界中の連邦施設で半旗を掲揚するよう命じた」、などとしています。

さらにはホワイトハウスの公式の追悼文でも、「民主、共和両党の大統領とともに、日米同盟を進化させるべく尽力した」こと、「開かれたインド太平洋のために共通の構想を推し進めた」ことなどが称賛されているのも、「こうした認識を反映するものだ」とCNNは指摘するのです。

その意味で、まさにFOIPは世界レベルの遺産なのです。

国際法守らぬ国に懲罰を

ところで、このCNNの記事で、個人的に「最重要な指摘」があるとしたら、次の記述だと思います。

安倍氏はこの中で、あらゆる国々に国際法を順守するよう呼び掛けた。そうすることで将来世代がこうした恩恵を共有できるとの認識を示した」。

FOIPの理念は、究極的には「国際法の順守」にあります。

国際法を順守する国に対しては平和で豊かな暮らしをもたらし、そうでない国に対してはそのような恩恵は及ばない、ということでもあります。言い換えれば、国際法の「破り得」となるような国際社会を作らないことが、安倍総理の遺志を継ぐことにもつながるのです。

国際法をないがしろにしている国は、残念ながら、日本の周辺にはいくつもあります。

その筆頭格が、東シナ海や南シナ海で違法な海洋進出を繰り返し、国境付近では周辺国と争いを繰り広げ、国内では人権弾圧にいそしむ無法国家・中国であり、また、国際法に違反してウクライナへの侵略戦争を開始した無法国家・ロシアでしょう(その2ヵ国だけではありませんが)。

そして、これらの無法国家に対しては、無法国家としての「不利益」が生じるような国際社会にしていかねばならないのです。

さしあたって、国際法に反して外国の領土を占領している国、れっきとした国際条約に違反するムチャクチャな判決を下す国、公然と大量破壊兵器を開発する国などに対しては、国際社会が一致団結して懲罰を下すことが、何よりも重要です。

余談ですが、最近は国際法破りを常套手段とする国が、それによって生じた諸懸案を巡り、「日本も誠意ある態度を取らねばならない」などと述べているようですが、言語道断です。むしろ日本政府がなさねばならないことは、国際法違反行為に対する適切な制裁でしょう。

なお、この論点については、別稿にて改めて触れたいと思います。

新宿会計士:

View Comments (25)

  • CNNの分析記事は、価値観同盟の価値と安倍総理の”築き”に気付かせてくれました。
    ”言いっ放しで後始末をしない日本メディア” には、ぜひ見習って欲しいところです。

    総括は、ジャーナリズムの 真骨頂
    言い捨ては、じゃあな!リズムの 真骨頂

    • ”言いっ放しで後始末をしない日本メディア” 

      ”彼らの総括”は”リンチ”ですから。

  • 大きな液晶ディスプレィにブラウザタブをたくさん開いて、海外から直接にニュース記事やYoutube 動画、Twitter トレンドを集めて自己流に整理把握している「情報整理術の先進者」さんたちは、コーヒーを飲むのといくらも違わないやりかたで日夜キーボードをたたきマウスを操作しながら自然体で活動しています。新聞すら読まないと非読者を小ばかにし続ける新聞記者や編集委員は、ガラパゴス島の猿山大将くらいにしか目に映っていないと気が付いてないのでしょう。

  • この記事が、安倍さんの国葬に対するノイズを少しでも消してくれることを願います。

    また、国葬が岸田さんや日本の国会議員に、”リーダー” と ”マネージャ” の違いを考える良い機会になってほしいと思います。

  • 安倍さんはいいブレインに恵まれ、しかもそれを見る目があったのだと理解しています。
    外交でいえば谷内元事務次官かな。
    岸田さんの「新しい資本主義」大丈夫?

  • 山上容疑者の行動が、カルト宗教問題に対して再びスポットライトを当て、日本を動かした。

    今、ボールは自民党にある(笑)

    日本をよくする気があるのならば、国際法という無意味なものを信仰している暇があるならば、主権国家として、そして法治国家として中身のある行動を。

    • 中身がある行動を
      と言っておきながら、具体的なものを何一つ提示しないのは、
      脱糞党やお隣の国みたいですよ?

  • 海外の追悼記事で改めて功績を確認することは多いです。いいまとめ記事になってます。

    国内の評価と外国の評価の違いは、おそらく多くの国でも同様にあるような気がします。
    トランプ氏が同じような目にあったとしたら、アメリカの民主党寄りマスコミは角度をつけた報道をしそうな気がします。
    彼らにも日本のマスコミと同じイデオロギー臭をときどき感じます。

  • 日本のメディアは安倍氏の功績を良くても矮小化、悪ければ無かったことにする。
    それよりも問題が発生した部分や賛否分かれる部分を悪のように断じて極大化して伝えるのに必死のようです。
    遠い未来まで残る歴史としての情報は新聞のような文字データになると思います。
    未来人が令和史を研究するのに朝日新聞を参考にしたらどうなるか恐ろしいですね。

    • >> 未来人が令和史を研究するのに朝日新聞を参考にしたらどうなるか

      私もそれを危惧します。図書館で保存されているのは勿論、「箪笥の衣類の敷物」「茶碗や皿の包み紙」の形態でもアーカイヴされます。
      部数低迷だの廃刊間近などど油断せず、誤りは逐一指摘し訂正させなければならないと考えます。それでも後世の研究者が小さな訂正記事まで気付いてくれるかは分かりませんが....

  • やはり安倍さんはいずれ世界史の教科書にその名を馳せるべき政治家だった。
    安倍さんが自主的に政治家を引退するまでの年月で、どれほどの世界の国々に対する利益をもたらしていたかも知れないと思うと残念至極。

    そんな人物の政治生命はおろか、物理的にその人生をも不条理に絶ってしまったのがなんの存在価値もないような矮小な人間だったとは。
    本当に許せない。どんな法的な罰を受けようとも決して許せない。

  • 素朴な疑問ですけど、(朝日新聞を筆頭に)日本のオールドメディアは、CNNからの引用として、安倍元総理の業績を報道しないのでしょうか。もっとも、(故)安倍元総理は、日本のオールドメディアなどあてにしないで、欧米メディアに評価されたことを(あの世で)誇っているのかもしれません。
    蛇足ですが、朝日新聞はCNNの記事を見て「CNNは安倍元総理のことを分かっていない」と思っているのかもしれません。

  • 反アベ陣営のやった悪業績は「アベしね」と国内外の分断だけだった。
    山上は反アベ2団体に所属し、「日本は半島に永遠の原罪がある」と日本以外では喧伝する所詮韓国似非宗教の統一教会信徒の息子でしかなかった。
    アベしねの息子である。

    なぜか山上を被害者扱いしたり美談化までする報道やSNSだらけで辟易している。

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