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社長へのアンケートで「悪い円安論」が否定された日経

日経新聞などが展開していた「悪い円安論」が、日経新聞自身が実施した社長アンケートで否定されてしまったようです。日経によると製造業の7割が円安を経営に「プラス」だと回答したのだそうです。ただし、円安が日本の製造業にとって良いことであるのは事実ですが、それと同時に現在の日本が抱えているボトルネックは電力の安定供給である、という事実についても踏まえておく必要があります。

四半世紀ぶりの円安

外為市場では円がドルに対して下落しています。

ここ数日は1ドル=135円台から136円台に突入することもあり、まさに1998年以来約24年ぶりの安値水準が実現しています。この勢いで行けば、雇用統計などの数値次第では、1998年8月以来の1ドル=140円台突破も視野に入ってくるでしょう。

では、こうした円安水準は、日本経済にとっては良いことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか。

当たり前の話ですが、日本は外国と貿易を行っているため、円安は輸出、輸入の双方にそれぞれ影響を与えます。

まず、輸入品に関しては、間違いなく価格が上昇します。実際、貿易統計から取得した日本の輸入額の月次推移から見ても、輸入額が急増していることが確認できます(図表)。

図表 日本の輸入額

(【出所】普通貿易統計より著者作成)

このうち「鉱物性燃料」、つまり石油・石炭・天然ガスなどのエネルギーの輸入額が、最近、急増していることがわかります。その結果、月間の輸入額が10兆円近くにまで押し上げられている、というわけです。

日本の貿易構造は「中国から安い製品を買う」「エネルギーを買う」

ただ、それと同時に日本の輸入品の主要項目を占めているのは「機械類及び輸送用機器」というジャンルですが、これは、わかりやすくいえば中国からのPC(やその関連製品)、スマートフォン(やその関連製品)の輸入で占められています。

つまり、この輸入額については、円安によって中国からの輸入を減らし、PCなどの製造拠点を国内に回帰させるうえでの好機でもあります。輸入品物価が上昇すれば、必然的に、同じものを国内で作った方が「お得」になるからです。

また、企業名を名指しすることは控えますが、衣類、雑貨などを中国などで安価に製造して輸入することで利益を上げてきた企業にとっては、今回の円安は脅威でしょう。

しかし、これまでの円高傾向のなか、頑張って日本国内に製造拠点をとどめ、コスト削減に努めてきた圧倒的多数の製造業にとっては、円安はまさに「僥倖」です。

電力不足というボトルネックの解消を急げ

そんな日本にとっての唯一、そして最大のボトルネックが、電力の安定供給です。

岸田首相「夏は無理な節電せずクーラーで乗り越えて」』などでも取り上げたとおり、現在、日本政府は電力不足が見込まれるなか、「月額数十円分の節電ポイント」制度を導入することで各家庭などに節電を促す考えを示しています。

岸田首相がドイツで原発再稼働に向けた審査の迅速化にコミットしました。昨今の電力不足という状況に照らすなら、安全性が確認され、地元の理解が得られた原発を迅速に再稼働するというのは、当たり前の話です。ただ、それ以上に政府が取り組まねばならないのは、民主党政権の負の遺産である再生可能エネルギー買取制度などの見直しに加え、電力の安定供給に向けたロードマップの策定ではないでしょうか。岸田首相の「月額数十円の節電ポイント」最近の岸田文雄首相といえば、「節電ポイント」で知られるようになった人物でもあります...
岸田首相「夏は無理な節電せずクーラーで乗り越えて」 - 新宿会計士の政治経済評論

しかし、本来、政府がやらなければならないことは、電力を安定的に生み出すことです(『ポイントで電力は生まれない:いまこそ電力安定供給を』等参照)。

ことに、ロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、世界的にエネルギー価格が高止まりする一方で、日本国内では太陽光発電を筆頭とする再生可能エネルギーに対し、私たち日本国民は1kWhあたり3.45円という、決して安くない「再生エネ賦課金」を強制徴収されています。

電力価格の高止まりをもたらしている再生可能エネルギー賦課金制度自体が、電力の安定供給にまったく寄与していないという事実は、民主党政権時代に導入されたこの制度自体が誤っていたという大きな証拠のひとつでしょう。

したがって、貿易赤字削減、製造業の国内移転、電力の安定供給、エネルギーのロシア依存脱却といったさまざまな目標を一気に達成するためには、原子力発電や石炭発電などの再稼働しか選択肢はありません。

岸田首相はいったいなにをのんびりと構えているのでしょうか?

日経アンケート「円安はプラス」が製造業の7割

さて、円安のダイレクトな影響をめぐって、日経新聞には今朝、こんな記事も出ていました。

円安「プラス」製造業7割 事業安定の理想は115円

―――2022年7月8日 2:00付 日本経済新聞電子版より

日経によると「社長100人アンケート」の結果、輸出面でメリットがある製造業は「プラス」「大いにプラス」の合計が70.0%に達し、「マイナス」「大いにマイナス」の計21.2%を「大きく上回った」のだそうです。

当たり前の話でしょう。

日経自身、「悪い円安論」を煽りまくっているメディアでもあるのですが(財務省の意向でもあるのでしょうか?)、こうした「悪い円安論」が日経の主要読者層であるはずの経営層から見事に否定された格好であり、興味深いところです。

なお、非製造業に関しては非製造業では「プラス」「あまり影響はない」が共に34.0%、「マイナス」「大いにマイナス」の合計が32.0%で、ほぼ拮抗しているのだそうですが、もしかすると例の「中国依存・円高デフレ経営」の企業あたりは業績に大打撃が生じているのかもしれません。

資産効果も忘れてはならない

なお、世間のメディアはあまり触れませんが、円安をめぐってはほかにも日本経済に多大なメリットをもたらします。

それは、「外貨建ての資産の円換算額が増えること」です。

たとえば、日本の外貨準備は約1.3兆ドルに達するとされています。仮にすべてがドル建てだったとしたら、1ドル=100円のときの円換算額は130兆円ですが、これを1ドル=140円と仮定したら、なんと182兆円にも膨らむのです(※ただし、現実には日本の外貨準備のすべてが米ドル建てというわけではありません)。

また、『邦銀対外与信「5兆ドル」大台に』でも議論したとおり、「国際与信統計」上、2022年3月末時点において、日本の金融機関全体の対外与信は5兆0216億ドルにも達しています。

円安で膨らむ日本の国富日本の対外与信(最終リスクベース)が、ついに5兆ドルの大台に乗りました。このすべてが米ドル建てであるとは申し上げませんが、円安のために日本の金融機関には巨額の「含み益」が生じていることが期待できることは間違いありません。こうしたなか、国際与信の内訳で見ると、やはりシンガポール、台湾向け与信が伸びる一方、香港、韓国向けの与信が伸び悩んでいる様子がくっきりと浮かび上がってきます。ついに5兆ドル超え!ついに、日本の金融機関による「最終リスクベース」の国際与信総額が5兆ドルを超...
邦銀対外与信「5兆ドル」大台に - 新宿会計士の政治経済評論

仮にその5兆ドルのうちの6割、すなわち3兆ドルが米ドル建てだったとしたら、その3兆ドルを円換算すれば、1ドル=100円の時代ならば300兆円ですが、1ドル=140円の時代ならば420兆円(!)にも達する計算です。

日本が巨額の対外資産を所有している「対外純債権国」であるという事実を思い出しておくと、この金額は驚異的でもあります。

もちろん、これらの金額をただちに円に戻すことは非現実的ではあるのですが、少なくとも日本の金融機関にとっては潜在的には莫大な為替差益が生じている計算です(金融機関のバランスシート上、それらは「その他有価証券評価差額金」などに含まれている可能性があります)。

いずれにせよ、円安で日本経済が強くなるのは非常に良いことですが、そのためには、「外国へのエネルギー依存度合いの削減」という非常に大きな目標を、できるだけ速やかに達成することが必要であることは言うまでもないでしょう。

新宿会計士:

View Comments (6)

  • 反日経営者のユニ◯ロ柳井、ソフトバン◯孫にとっては悪夢だろうね
    株価も他の企業より落ちてるし、この機会にこいつらは沈没せよ!

  • 円安への環境変化に合わせるように、ヨーロッパで「石炭火力発電や原子力発電への回帰」が起きています。

    長い不況に苦しんだ日本が、奇跡のV字回復をする条件はそろいました。経済が回復すれば、賃金も上がりますし、税収も増えます。ひいては少子化問題も良い方向へ行きます。

    あとは、日本政府が反対派を押し切ってどこまでいけるかにかかっていると思います。政府は、もっと数字で広報してオールドメディアのコメンテーターの声に対抗しなくてはならないと思います。

  • 今のところ日本の物価上昇は諸外国と比べて押さえられてるんじゃないかな。
    メディアはそれが気に食わない。
    円安と騒ぐけれども実態はドル高。メディアはあまり触れないけどユーロもポンドもドルに対して激安。ユーロはパリティー(1ユーロ=1ドル)に近付いている。
    日本のメディアの商売は「弱いニッポン、安いニッポン、ダメなニッポン」を煽ること。

  • >もしかすると例の「中国依存・円高デフレ経営」の企業あたりは業績に大打撃が生じているのかもしれません。

    このアパレル企業には昔から関心がありまして、時々店舗を見に行きます。
    昨年あたりから、商品に全く魅力が無くなって来たのでは無いかと感じています。
    多分1店舗当たりの売上高は減少傾向では無いかと想像していました。
    自分で調べるほど熱心では無いので調べていませんが。
    先日日経に、6月の売上高は前年同月比約10%減という記事が出ていました。
    コロナが原因と説明していますが、私はそうでは無いと思っています。
    最近の円安は、「安い国で作って日本で売る」というビジネスモデルを選択してきた企業には厳しい環境ですね。
    経済安全保障の観点からも、製造業の国内回帰が進む事を期待しています。
    その結果、日本のデフレ体質も改善されていくのでは無いかと思います。

    • >昨年あたりから、商品に全く魅力が無くなって来たのでは無いかと感じています。

      昔から「おできとアパレルは大きくなってつぶれる」

    • このアパレル企業 コストパーフォマンスが良い頃 顧客は あまりの安さに衝動買いをして家中に過剰在庫がある状態のところにコロナで不要不急の外出禁止と企業の在宅勤務増加で 服を買う必要がなくなった。これでは日本国内では売れない。まあしばらくは海外で稼ぐしかなさそう。