「国の借金論」、つまり「日本には国の借金が山ほどある」、という主張のウソについては、当ウェブサイトでは繰り返し申し上げて来ました。こうしたなか、財政破綻論者がかたくなに言及しないのが、「適切な国債発行残高はその国の経済状況との関係で決まる」という議論です。とくに、今朝はいくつかのメディアが報じているとおり、ジョー・バイデン氏が円換算で200兆円規模の財政出動を行うと発表していますが、これについてどう考えるべきでしょうか。
国の借金論の大ウソ
当ウェブサイトで一貫して議論してきたテーマのひとつが、「国の借金と財政破綻論」です。これは、昨年上梓した書籍『数字でみる「強い」日本経済』でも主題として取り上げています。
【参考】『数字でみる「強い」日本経済』
(【出所】アマゾンアフィリエイトリンク)
大雑把にいうと、次のようなストーリーです。
「国の借金と財政破綻論」
- ①日本には「国の借金」が山ほどある。
- ②このままでは日本はにっちもさっちもいかなくなり、財政破綻する。
- ③財政破綻を避けるためには、財政再建が避けられない。
- ④財政再建のためには、いま、増税と歳出削減が必要だ。
①からして間違っている詭弁です。
よく「ウソツキは数字を使う」といわれます。財政破綻論者も、「国の借金はいまや1000兆円を超えている」、「国民1人あたりに換算して1000万円近い」、といったレトリックで、私たち国民を騙そうとしているのでしょう。
国は滅亡しない
しかし、ここで重要なのは、国(中央政府)は個人と異なり、(少なくともその国が滅亡しない限りは)寿命がない、という点であり、管理通貨制度の前提下では、理論上、国は無制限に通貨を発行することが可能である、という点です。
あるいは、経済学の用語を使って説明するならば、金融商品の世界では、誰かから見た借金(負債)ひは他の誰かにとっては資産(貸出金など)に化けているという事実であり、ひとつの経済の中では、1000兆円の金融負債が存在すれば、裏側で必ず1000兆円の金融資産が存在するという事実です。
「国の借金」という言葉自体、用語としては不適切ですが(正確に表現すれば「中央政府の金融負債」です)、敢えてこの「国の借金」という言葉を使うならば、「国の借金」は間接的に「国民の資産」でもあります。
また、もしも「国の借金」とやらを減らしたいと思うのならば、電波オークションを含めた国有財産の売却、NHKを含めた特殊法人の民営化や解散・余剰資産の国庫返納命令など、増税や緊縮財政よりも優先的に検討しなければならないことがいくらでもあります。
さらに、健全なインフレを伴った経済成長が発生し、通貨の実質価値が下落すれば、「国の借金」とやらの負担も急激に減っていきます。おなじ1000兆円の「国の借金」でも、GDP500兆円の国にとっての1000兆円と、GDP2000兆円の国にとっての1000兆円では、負担感がまったく異なります。
現在の日本の実情はカネ余り
ちなみに昨年の『資金循環から読み解くなら、「コロナ減税」こそ大正解』でも示したのが、2020年9月末時点の日本全体の資金循環(ストック=残高)です(図表1)。
図表1 日本全体の資金循環(2020年9月時点・ストック、速報値)(※クリックで拡大、大容量注意)
上記のPDF版
【出所】日銀『データの一括ダウンロード』のページより『資金循環統計』データを入手して加工)
改めて指摘しておくと、わが国の家計部門は2000兆円近い金融資産を抱え込んでいて、そのうち半額以上が現金・預金で占められています。また、企業(非金融法人企業)も300兆円を超える現預金を抱え込んでいて、これらの預金が預金取扱機関(銀行、信金など)に流入しています。
また、家計部門は保険・年金等の受給権の資産を500兆円以上抱えていて、それらが保険・年金基金に流入しているのですが、この「預金取扱機関」、「保険・年金基金」という2つの経済主体だけで、じつに2800兆円近い運用圧力を抱えています。
しかし、日本経済において、企業や家計部門はさほどおカネを借りてくれません。新聞、テレビなどのマスメディアがさんざん、「日本は将来破綻する」などと煽っているからでしょうか。
さらに困ったことには、日銀が国債をドカッと買い込んでいて、ただでさえ市場に不足している貴重な国債を、預金取扱機関、保険・年金基金、中央銀行の3者が奪い合っている状況が生じてしまっているのです。
その証拠が、「海外」部門でしょう。
海外部門は金融資産が751兆円に過ぎませんが、金融負債は1137兆円に達しており、差引386兆円の「負債超過」状態となっています。これは、日本全体が海外に対し、386兆円の純債権を持っているという意味ですが、言い換えれば、この386兆円は日本国内に投資先がないという証拠です。
だからこそ、デフレギャップを手っ取り早く解消するなら、国が大規模減税を実施したうえで国債を増発すべきなのですが、言い換えれば、少なくとも今すぐ386兆円分の国債を増発しても、日本はビクともしない、ということでもあります。
というよりも、国債の適正な発行残高は、一国の資金循環やその国の経済状態などとの関係で決まって来るものであり、単純にGDPと公的債務残高の比率だけで決まるものではありません。
個人的には、発行した国債を財源として、消費税と所得税、法人税を数年凍結したうえで、これまで不必要に取り過ぎた税金を返済するという意味も兼ねて、国民1人あたり100万円の現金を給付するくらいの極端な政策を採用しても良いくらいだと思っている次第です。
米国が200兆円規模の財政出動追加=日経
こうしたなか、日経などのメディアは今朝、こんな「爆弾級のニュース」を配信しています。
バイデン氏、200兆円の財政出動 現金給付14万円追加
―――2021年1月15日 8:09付 日本経済新聞電子版より
ジョー・バイデン氏が1.9兆ドル規模のあらたな新型コロナウィルス対策を講じるという案を公表したというのです。その使途は次のとおりです。
- 現金給付を1人当たりさらに1400ドル支給する
- 失業給付の特例加算を9月まで延長する
日経によると、この財政出動により、トランプ政権からの臨時の財政出動は合計で6兆ドル弱に近づくとのことですが、こうした巨額の財政出動は米国の歴史上も異例でしょう。
とくに、現金給付については20年3月の1200ドル、12月の600ドルに続き3回目で、報道が正しければ、トータルで1人あたり3200ドルが支給されている計算です。
もちろん、米国では財政出動をするかどうかの決定権は基本的に議会にあります。日経は「下院は法案通過に必要な過半数を民主党だけで確保するが、上院は50対50で拮抗する」としており、「上院は議事妨害を避けるために通常は100議席中60の賛成が必要」とされます。
バイデン政権がすんなり発足したとして、今回の決定がスッと通ると見るのは早計ですが、ただ、経済学的に見れば、甚大な経済ショック下で、中央銀行による金融政策の裏付けを得たうえでの中央政府による財政出動は、基本中の基本です。
いや、むしろ今回のように世界同時にコロナ禍で経済が止まっているようなケースで、各国中央銀行が一斉に金融政策を打ち出し、さらに一部の国が財政出動を活発化させている状況を踏まえると、金融政策、財政政策を打ち出していない国は相対的に大きく沈むことが懸念されます。
リーマンとコロナの異同点
さて、今回のコロナ禍は、「経済ショック」という意味では、2008年のリーマン・ショックと非常によく似ています。とくに、安倍晋三総理が辞任し、その後、総理大臣が交代したという状況については、本当にそっくりです(図表2)。
図表2 麻生政権と菅政権の類似点
項目 | 麻生太郎総理 | 菅義偉総理 |
---|---|---|
緊急登板 | 前々任の安倍晋三総理、前任の福田康夫元首相が相次いで辞任し、麻生太郎総理が就任した | 前任の安倍晋三総理が辞任し、菅義偉総理が就任した |
支持率急落 | 9月の政権発足から3ヵ月で支持率が急落した | 9月の政権発足から3ヵ月で支持率が急落した |
経済ショック | リーマン・ショック | 武漢コロナ禍 |
メディアの揚げ足取り | マスメディアが「高級バー通い」、「カップラーメンの値段を知らない」、「漢字読めない」などと揚げ足を取った | メディアが「高級ステーキ会食」、「ガースー発言」などと揚げ足を取った |
(【出所】著者作成)
しかし、こうした「表面的なこと」だけを見ていると、物事を見誤ります。著者自身の主観も交えながら、当時と現在の大きな違いを列挙すると、次のとおりです(図表3)。
図表3 麻生政権と菅政権の相違点
項目 | 麻生太郎総理 | 菅義偉総理 |
株価 | 日経平均株価は1万円の大台を割り込んだ | 日経平均株価は3万円近くに上昇している |
日銀 | 白川方明総裁は金融緩和を渋った | 黒田東彦総裁は金融緩和にコミットしている |
野党 | 最大野党・民主党への支持率が上昇していた | 最大野党・立憲民主党への支持率は低迷している |
メディア | 新聞、テレビなどのマスメディアの社会的影響力はきわめて大きかった | 新聞、テレビなどのマスメディアの社会的影響力は低下する一方である |
(【出所】著者作成)
ここで最も重要な点は、日銀が金融緩和にコミットしているかどうかでしょう。
黒田東彦総裁が主導するQQE、超過準備に対するマイナス金利政策、イールドカーブ・コントロール政策などが続く限りは、国としては無制限に国債を発行することができますし、また、そうしなければなりません。
なお、可能であれば、そろそろ短期国債だけでなく、30年債や40年債などの超長期ゾーンを増発していただきたいところですし、わが国の債券市場をさらに深度あるものにするためには、是非とも50年債、100年債などの発行も進めていただきたいと思う次第です。
View Comments (16)
リーマンのときにDJIが7000ぐらいになって400億ドルぐらい財政出動していたと記憶。
国債増発による市中への資金投入には賛成なのですが、その前に考慮して欲しいのは「資金の使いどころ」なんですよね。
個人にバラまいて貯蓄になったり、企業に海外投資されてしまっては本末転倒
なのだと思います。
国家の担い手育成のための「教育国債」とかを発行してくれないかな?
子供が2人より3人の方が暮らしが楽になるくらいで丁度なのかと・・。
「資金の使いどころ」は、今の政治にゆだねたなら既得権益確保に走るでしょう。教育・子育てと称して、役に立たないお金の使い方をすると思います。
新宿会計士様がおっしゃる通り
>国が大規模減税を実施したうえで国債を増発すべき
特に、最終需要たる「消費」を回復させるために消費税減税(撤廃)して、早期にデフレから脱却すべきではないでしょうか。消費→需要→供給→投資の中から、将来の投資の種が見つかり、民間企業も含めて、資金の使いどころが適切に行われるように思われます。
ところで、”安全資産と言われる”「円」の安全たる所以は、対外純資産でないかと思うのですが、為替と対外純資産の関係はどうなのでしょうか?
対外純資産は円高圧力?
何となくですが、
・日本国債が円建てで発行されてること。
・発行額の9割方を自国資本が保有してること。
・国債発行余力が386兆円あること。(対外純資産)
・ハードカレンシーであること。
・政権が法治を遵守してること。
すべてが相まっての”安全資産”ではないのでしょうか?
たしかに対外純資産は通貨信用の裏付けなのでしょうが、円高圧力については、量的緩和の継続による調整機能(通貨高抑制効果)で充分に制御可能なのかな?・・って思っています。
*返信ありがとうございました。
日本もまた一人10万円くらい配ればよいのにと思ったりします。1.2億人x10万円=12兆円。これの原資は国債で。ただし現金じゃなくて半年とか期限付き金券で。昨年小生の弟は夫婦子供の4人家族で計40万円もらったらしいですが、貯金して手つかずに近い(オイオイ!)とか言っているので、期限付き金券なら皆、いやでも使うでしょう。短期間の間に一気に12兆円の消費行動ってなかなかのもんじゃないの?って思いますが・・・ま、海外にいると昨年と同じくどうせ何ももらえないので好き勝手に言ってみました。
欧州某国駐在 様
期限付き金券にしても、スーパーでの買い物など、日常の消費に向かえば同じことだと思います。
給付金で支払った分、給与などからの収入が貯蓄にまわるわけです。
イーシャ様
私も定額給付金(¥12000だったかな?)は余計なものを買わずにガソリンを3回満タンにして使い切りました。
消費喚起の点ではエコポイントの方が良かったのかもですが、TVとか家電の買い替え(需要の先取り)に留まった感が否めなかったですね。
*国民の省エネライフ実現を念頭に置いた、住宅エコポイントについては申し分ないと思いました。アタッチメントペアガラスとか、もっと普及すればいいのに・・。
カズ 様
そうですね。
追加の消費にまわっても、需要の先食いにとどまりそうです。
昨年の給付金は、白物家電の買い換えを促したと聞きました。実際、私も洗濯機の調子が悪くなって買いに行ったのですが、設置業者の予約が一杯で二週間待ちと言われました。分野にもよるでしょうが、給付金が消費を後押しする効果はあったようです。
ついで話。
ステイホームの影響で、ホームセンターの売り上げも伸びたそうです。これは知り合いのホームセンター社員から聞きました。
また、ギターのFender社は過去最大の売り上げを記録しました。
https://www.businessinsider.jp/post-224639
景気の悪い話ばかりですが、ごく一部には良いこともあったようです。
ほう、フェンダーが、ね。
あの、独特の柔らかい音質はいいですね。おらも、ジャズベースx1本、ストラトも1本持ってます。
このニュースを聞いて,まだ何ケ月は株式バブルは続くと思って,投資銘柄の再検討に入りました。ただ,撤退時期の判断も大切です。バブルが大きいだけに,それがはじけた時の反動も大きいはずです。しばらく先でしょうが,財政基盤の弱い国で財政破綻が始まったり,金融機関の破綻が始まる頃が危ないです。
老婆心ながら、それでは遅すぎると思いますよ。僭越ながら小学生のころから株を、高校生のころから債券を扱い、バブル、ITバブル、リーマンを乗り越えてきた者として申し上げますが。
雑談部屋にも描きましたが、最低賃金の倍増も唄っています。
"バイデン氏、200兆円の景気対策発表 直接給付14万円追加" (BBC NEWS JAPAN 2021年1月15日)
「最低賃金についても、時給15ドル(約1600円)の倍増を議会に求める方針。」
傾国の所得主導政策は、結末を予想して嗤いながら見ていられましたが、大丈夫でしょうか ?
イーシャ様
バイデン氏の政策方針には疑問を感じています。
企業を法律と税金で縛り付け、さらなる人件費の負担を強いれば、自衛のために自国内での設備投資は抑制され、結果として雇用が毀損されることに繋がるのかと・・。
そして、支持率維持のための手厚いバラばら撒きは、モラルハザードを誘発し国家の生産性を地に墜とすのかと・・。
基軸通貨による財政は破綻しなくても、社会に根付いた怠惰気質が改まることはないのかと・・。
安くはない授業料を負担してるのだから、”強制による共生”に身を挺したかの国の社会実験を「大いなる反面教師」とすべきときなのかと・・。
まじめな話、最低賃金が”倍でんねん”では済まないのかと・・。
m(_ _)m
*雇用創出に応じて税額優遇すればいいのに・・。
この手の財務ネタ、債務ネタがいまひとつかみ合わない要因は、言葉のアヤにあると思う。「破綻」だの「崩壊」などといっても、受け取る人それぞれによって意味がちがうのだろう。
極論すれば、国は存在する限り「破綻などしていない」と言い張れる。
個人も、息をしている限り、「なんの問題もない」と強がれる。
そもそも、いまのような債務に頼る財政を続けていくと、なんらかの変化がおきる、これは、ほぼ確実。変化がおきる時に、それぞれ、それは自分にとって+なのか-なのかを考えておけばいい。
とはいっても、その変化がなにものなのか、想像すらできない人も多いはずだが、まあ、頑張っていただいて、主権を行使していただければよいのではないか。
問題は、財務省に批判的な政治家がいないことかなぁ。