本日は久しぶりに朗報があります。ステンレス棒鋼のアンチ・ダンピング課税の延長措置を巡って、日本が韓国にWTOの一審で勝訴しました。ステンレス棒鋼自体、日韓貿易に占める割合はさほど高くありませんし、おそらく韓国が上級審に控訴すると見られますが、それでも「ささいな争いであっても国際社会のルールに則って処理する」という意味では良い前例となりそうです。
日本、アンチダンピングで韓国に一審勝訴
経済産業省は本日、例の日本製ステンレス棒鋼に対する韓国とのアンチ・ダンピング課税を巡って、世界貿易機関(WTO)が「WTO協定違反と判断した」と発表しました。
韓国による日本製ステンレス棒鋼に対するアンチ・ダンピング課税延長措置がWTO協定違反と判断されました
世界貿易機関(WTO)は、11月30日、我が国の申立てに基づき、WTOで審理されてきた韓国による日本製ステンレス棒鋼に対するアンチ・ダンピング課税延長措置について、紛争処理小委員会(パネル)報告書を公表しました。同報告書は我が国の主張を認め、韓国のアンチ・ダンピング課税延長措置は、アンチ・ダンピング課税撤廃による損害再発の可能性があるとする認定や手続の透明性に問題があり、アンチ・ダンピング協定に整合しないと判断し、韓国に対し措置の是正を勧告しました。<<…続きを読む>>
―――2020/12/01付 経産省HPより
経産省によると、韓国は2004年7月以降、日本製ステンレス棒鋼に対するアンチ・ダンピング課税を実施したうえ、これを延長し続けているそうです。
こうしたなか、日本政府はこれを巡って韓国に対し、2018年4月、WTO協定に基づいて「二国間協議」を要請を行いました。しかし、これで解決に至らなかったため、同年9月に日本が提訴(パネル設置要請)し、10月以降、パネルが設置され、審理が行われて来たものです。
今回の経産省の発表によれば、WTOは次のように判断したそうです。
- 本アンチ・ダンピング課税延長措置は、①日本産輸入品が韓国産品より相当程度高価であることや②中国等からの低価格輸入が大量に存在していることが適切に考慮されていないため、日本産輸入品に対するアンチ・ダンピング課税の撤廃により、韓国国内産業への損害が再発する可能性があるとする認定に瑕疵があり、アンチ・ダンピング協定第11.3条に整合しない。
- 本アンチ・ダンピング課税延長措置は、日本生産者の生産能力を認定する際、日本生産者の提出情報を合理的理由なく拒否した点で、アンチ・ダンピング協定第6.8条に整合しない。
- 本アンチ・ダンピング課税延長措置は、秘密情報の取扱いに不備があり、アンチ・ダンピング協定第6.5条に整合しない。
そのうえで、WTOパネル報告書は、韓国によるアンチ・ダンピング課税の延長措置の根拠としている「損害再発の可能性がある」と認定そのものや、その認定の手続の透明性に問題があるとして、「アンチ・ダンピング協定に整合しない」と結論付けたうえで、韓国に措置の是正を勧告した、としています。
経産省はまた、「当事国(つまり日韓両国)がこの報告書の公表から60日以内にWTO上級委員会に対して上訴することが可能である」としつつも、「上訴がない場合にはパネル報告書の内容でWTOとしての判断が確定する」と述べています。
実質的には日本の勝訴、と見るべきでしょう。
ステンレス棒鋼の対韓輸出高は?
ここで、財務省が公表する統計をベースに、ステンレス棒鋼の対韓輸出高について調べてみました。
アンチダンピング課税が発動されたのは2004年とのことですが、ここでは1996年以降、今年10月までのデータに基づいて、ステンレス棒鋼の対韓輸出高を、財務省が公表する『普通貿易統計』から引っ張ってみたいと思います。
該当するHS番号がよくわからないのですが、ここではとりあえず、「7221.00-000(ステンレス鋼の棒)」、「7222.11.000~7222.40.000(ステンレス鋼のその他の棒及び形鋼)」の7項目を選び、それぞれ数量と金額を合計してみました(図表1、図表2)。
図表1 HS番号7221~7222の7品目の合計輸出数量
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
図表2 HS番号7221~7222の7品目の合計輸出金額
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
いかがでしょうか。
こうやって眺めると、1996年に関しては輸出「数量」が異常値に見えますが、その理由はよくわかりません。ただ、1996年を除外すると、ステンレス棒鋼の対韓輸出高が2004年以降、異常に減っているという様子は、少なくともグラフの上では確認できません。
ただし、金額については、2000年代に入り、韓国以外の国に対する輸出が伸びているのに対し、韓国向けの輸出はほとんど横ばいです。このことから、韓国政府が講じた措置は、日本産の高価格帯のステンレス棒鋼の輸入を阻止する、という効果があったのではないかと推測されます。
重要なのは「国際社会のルールに則ること」
もちろん、日本の韓国に対する輸出高が年間5兆円前後であることを踏まえるならば、ステンレス棒鋼の輸出高自体はその0.1~0.2%程度に過ぎず、製品としての金額的重要性がない、という指摘があることは確かでしょう。
また、本件は日本の実質勝訴だとしても、おそらく韓国政府はこれについて控訴するでしょうし、上級審が実質的に機能していないことを踏まえるならば、本件については「是正措置が講じられないまま棚上げ」となる可能性も相応にあると考えられます。
ただ、本件については質的に見て、極めて重要な意味があります。それは、「韓国との争いは、ささいなものであっても国際社会のルールに則って処理すること」を徹底しなければならない、という教訓です。
もちろん、国際社会の法廷も善人ではありませんし、韓国もかなり狡猾な国ですので、日本が韓国を舐めてかかるわけにはいきません。
韓国と「WTO」の因果関係でいえば、かつて、韓国政府が2013年9月、日本の8県の水産物に対する輸入規制を導入した件について、日本が逆転敗訴をした、という苦い記憶があります(『WTO敗訴は日本に手痛い打撃だが、過度に悲観する必要もない』等参照)。
この案件は、そもそも論として、東日本大震災や福島第一原発事故から1年半以上が経過しているなかで、韓国が突如として導入した規制ですが、個人的には韓国政府の究極的な狙いが2020年の東京五輪招致を妨害する点にあったと見ています。
韓国がこの輸入規制を適用すると発表したのは2013年9月6日のことであり、これはアルゼンチンの首都・ブエノスアイレスで開かれる国際五輪委(IOC)総会の前日であったことからも、この規制が「東京五輪潰し」を目的とした、非合理・非友好的であるだけでなく、極めて邪悪なものであることは明白です。
- 9月6日…韓国政府、8県の水産物のすべての輸入を9日から禁止すると発表
- 9月7日…国際五輪委(IOC)総会で東京を2020年五輪の開催地に選定
- 9月9日…8県の水産物の禁輸措置が発動
そんな韓国の措置を巡り、日本がWTOで敗訴したのは本当に手痛い打撃ですが、それと同時に良い効果もありました。それは、韓国が貿易・経済問題を政治利用する国である、ということを、私たち日本人が深く知るきっかけとなったことです。
おりしも韓国は現在、日本政府が昨年7月に発表した輸出管理適正化措置を巡り、「輸出『規制』」だ、などと騙り、日本を提訴している最中です。WTO自体が機能不全に陥っているという点はさておき、韓国とは国際的なルールで徹底的にやり合う関係になる、というのは、悪い話ではありません。
考えてみれば、昨日の『徴用工解決と輸出管理撤回という政治決断はあり得ない』でも触れたとおり、わが国には「韓国が政治決断しやすいように、韓国に配慮してやるべきだ」、といった、まことに問題のある認識を持つ論者がいます。
しかし、「無法国家に対してはあくまでも徹底的に国際社会のルールで対処する」というのが、自由・民主主義・法の支配といった普遍的価値を信奉する日本にとっては基本であり、その意味では自称元徴用工問題なども、最終的には国際法に照らして韓国を裁く必要があるのかもしれません。
(※もっとも、韓国の常軌を逸した振る舞いが続けば、日本企業にとっても「脱・韓国」の流れが生じるかもしれませんので、それはそれで「セルフ経済制裁」としては興味深いものかもしれませんが…。)
View Comments (14)
これは形の上では日本製鋼材が必要な韓国企業から関税を取り立てたということになるのかな?
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
(なにしろ、韓国と違って自分は間違う存在であると自覚しているので)
韓国は、今回のWTO判断を不服として上級委員会に上訴するそうですが、だとすると韓国は、(日本が相手とは限りませんが)韓国が勝訴した場合に相手が上訴しても、これを非難できないことになります。(それでも、非難するのが韓国なのかもしれませんが)
また、今のWTO上級委員会は、事実上の機能停止のため、上級委員会の判断が出るまで是正措置を見送ると言い出したら、同じことを相手国がした場合も、韓国は非難できないことになります。
それにしても、韓国国内で「もしWTO事務局長に韓国人が選ばれていたら、こんなことにはならなかった」という声があがれば、ますます、韓国はWTO事務局長選から降りられないことになります。
駄文にて失礼しました。
すみません。追加です。
韓国が「韓国国内が治まらないので、今回のWTOの判断を無視する」と言い出しかねないと、考えるのは考えすぎでしょうか。(つまり、WTOより韓国国内の事情が優先するということです)
駄文にて失礼しました。
すみません。連投です。
明日の朝日新聞の社説で、「日韓友好のために、日本はWTOへの提訴を取り下げるべきだ(意訳)」と書きかねない、と考えるのは考えすぎでしょうか。
蛇足ですが、朝日新聞の代理人が、「韓国が可哀想だから、日本が譲歩すべきだ」と、朝日新聞への寄稿記事で書くかもしれません。
駄文にて失礼しました。
>重要なのは「国際社会のルールに則ること」
基本的には賛成なんですが、それだけで十分なのでしょうか?
新宿会計士様が言うとおり、韓国が上訴すると、今のWTOだと棚ざらしになっちゃうような気がするのです♪
経済関係の法律はよく知らないけど、日本に対して不適切な措置をやってる国に対しては、何らかの制裁をできるような国内法は無いものなのでしょうか?
もし無いのなら、そういうのを作って、こういった裁定が出たときには、是正措置をとるなり、上告で決定が覆るなりするまで発動したら良いのにと思うのです♪
朝日の牧野氏の言ってた、韓国が政治的判断(今回だと不適切な関税の撤廃)をできるような環境を作るための努力って、そういう事だと思うのです♪
そうやって、韓国がちゃんと行動で誠意を示すようになれば、自ずと信頼関係も生まれるかもなのです♪
七味さま
なんか久しぶりですね。
「韓国がちゃんと行動で誠意を示すようになれば」
その通りで、話し合うのは、それからだと思います。
だんな様
お久しぶりなのです\(^o^)/
週末はちょっとパタパタしてたのです♪
>重要なのは「国際社会のルールに則ること」
これって日本語的な意味でナイーブなんですよねえ。
国際社会のルールなんてそれほど守られないのが現実なんですよ。
例えば米国が国際ルールをガン無視するのなんて枚挙に暇がありません。
大国は国際社会のルールは、弱小国をいじめるのに使うツールくらいにしか思っていません。
新宿会計士さんと見解が、大きく違う事になった様です。
価値観の相違だと思います(^^)
今回のWTOの裁定は、韓国が上級委員会に上訴すれば、何の拘束力も有りません。
日本がWTOに提訴した目的は、「韓国のWTOルール違反を是正させる」だと思いますので、日本の目的を何一つ達成していません。
国際ルールを守る事は重要ですが、それだけで目的が達成される訳では無い事が、証明された事案だと思います。
多くの日本人は、「国際法万能思考」に陥っていて、現実的な問題解決方法の思考停止になっているのでは無いかと思います。
さっさと、国際法の範囲内で関税を掛けたり、韓国製品の輸入手続きを時間が掛かるようにしたり、相手に痛みを与える解決方法を考えるべきだと思います。
これとは別件として、韓国産食品を全面輸入禁止にすべきだと思います。
赤虫が出てくるような、非衛生的な水道水が使われている恐れが大きいのですから。
正月用の栗の甘露煮は、K産の栗が使われているものが多いようです。
国産は値段が倍以上しますが、正月早々K産なんて縁起でもないですよね。
イオンのパプリカも相当数K食品ですし、海苔、魚介類など探せばいろいろ出て来るでしょうね。 今すぐ全面禁止は難しくても、水際での検査体制を より厳しくして、引っ掛かれば改善するまで禁止とか、、、。 実際、数年前ヒラメが引っ掛かり しばらく(?)禁止となったと思います。
反ダンピングといえば、ポスコ製品など狙い撃ちだと思うのですが。
更新ありがとうございます。
日本製は高級品。中国製、韓国製は廉価品。棲み分けが出来ているのに、ムリクリ訴訟に出す。
以下、中央日報の記事からです。
https://s.japanese.joins.com/JArticle/272872
韓国は、SSB(ステンレス サイド バー)の日本製について、確定するまで更に反アンチダンピングを続けるそうです。しつっこい連中、負けを認めろ!
>「無法国家に対してはあくまでも徹底的に国際社会のルールで対処する」
ブログ主さまのご指摘、全く同感です。というのは、所謂慰安婦問題にしろ自称徴用問題にしろ韓国側の土俵(つまり日韓二国間の協議)に乗っても未来永劫解決は望めないと思うからです。何しろ相手は都合の悪いことは絶対に認めないし、二国間交渉だと無いこと無いことをあたかも話し合ったかのように国際社会に拡散して既製事実化します。その上に一旦合意しても卓袱台返しまでします。これでは協議も交渉もあったのではありませんからね。
その意味では、慰安婦問題合意の実質的な破棄、国際法違反の自称徴用工判決を韓国がごり押ししてくれたのは、よかったと思うのです。過去にゴタゴタしてきたのは、「歴史認識問題」と言われていたように両国の立場の違いによる歴史的な出来事の捉え方の問題とされてきた訳です。そして残念ながら我が国は第二次世界大戦の敗戦により戦勝国から日本=悪と決めつけられ、反論も許されない状況でした。そういう中で韓国が「歴史認識問題」で騒ぐと我が国が謝罪と賠償をさせられて来たわけです。もちろん米国がその戦略上日米韓の連携を重視していて日韓が揉めるのは好ましくないという米国の思惑も大きかったのです。しかし自称徴用工判決と慰安婦合意を破棄した頃から米国はこの問題に介入しなくなりました。それまではヒステリックになっている韓国側の気持ちを宥めるため韓国側の意を汲んだ仲裁をしてきたのです。「歴史認識」の争いであればそれで韓国側が黙れば終わったのです。でも韓国が慰安婦合意の実質破棄や国際法違反の自称徴用工判決を出したことにより、これは「歴史認識」の問題から現在進行形の「国際社会のルールを守らない」という国際社会の根幹に関わる問題に変わってしまったのです。そして我が国は国際ルールの土俵で闘えるという非常に有利な立場を手に入れたと思います。だからこそ今の「戦略的無視」ができるわけです。またこのことは、国際社会にも影響を及ぼしています。ベルリン市ミッテ区に設置された慰安婦像については、我が国の申し入れに基づいてミッテ区は撤去命令を一度は出しました。これは2015年以前だったらとても考えられないことです。そして韓国側側裁判所に訴えたことでミッテ区は撤去命令を“保留”しました。(取り消してはいません。)これは一応双方の顔立て、ドイツはこの二国間の争いに巻き込まれたくないということではないでしょうか?