自称元徴用工判決問題で8月4日に公示送達の期日が到来したことを受け、報道によれば本日、日本製鉄側が即時抗告の手続を取ったそうです。韓国のように国際法違反をする国のことですから、「放っておけば良いじゃないか」、と感じる人も多いと思います。しかし、当ウェブサイトの見立てだと、今回の日本製鉄の動きには、日韓関係の膠着状況を敢えて引き延ばすという、日本側の都合も見え隠れしている気がしてなりません。
日本製鉄が即時抗告
日本製鉄側が、即時抗告したようです。
日本製鉄、韓国裁判所の資産差し押え命令に即時抗告状提出
日帝強制動員被害者に対する賠償判決を受けた日本製鉄(旧新日鉄住金)が韓国裁判所の資産差し押え命令を不服とし、抗告した。<<…続きを読む>>
―――2020.08.07 11:00付 中央日報日本語版より
韓国メディア『中央日報』(日本語版)などの記事によると、大邱(だいきゅう)地方裁判所は7日、日本製鉄側が即時抗告状を裁判所に提出した、などと報じています。
個人的には、裁判所がこの即時抗告を棄却するであろうことは間違いないと思っているのですが、①いつ棄却するか、②棄却後すぐに資産現金化に踏み切るかどうか、という点にも注目したいと考えている次第です。
今後の展開:資産現金化はあり得るのか?
もっとも、これまでに『8月4日が到来しても、恐らく「現金化」は実現しない』や『語るに落ちる:韓国側の狙いは「資産売却」ではない!』などを含め、ざんざん繰り返し説明してきたとおり、一般に、非上場株式の売却はきわめて困難です。
なぜなら、通常の法治国家であれば、最低売却価格の決定には財務デューデリジェンス(DD)の実施が不可欠ですし、また、譲渡制限株式を競売処分にしたとしても、落札者は株主名簿の書換を拒絶されるのが関の山でしょう。
そして、当ウェブサイトの見立てが正しければ、韓国の原告側が非上場株式という「売却困難な資産」をわざわざ差し押さえたのも、本気で売却するつもりはないという証拠でしょう。というのも、彼らの目的は「被害者の救済」にあるのではなく、「日本の永遠の贖罪」にあるからです。
つまり、今回の一連の公示送達という茶番劇も、「この株式を売却したら、日本企業としては困るだろう?」「株式売却までもう少しだけ時間をやるから、日本企業は謝罪と賠償をしろ!」という、原告側からのメッセージなのです。
したがって、もし今回の即時抗告が棄却されたとしても、資産現金化まで進むことはない、というのが、当ウェブサイトとしての見立てなのです。
むしろホッとしているのは韓国の側では?
というよりも、そもそも論として、『「資産売却」騙る弁護士のインタビュー=自称元徴用工』などでも紹介したとおり、少なくとも原告側弁護士に、「財務デューデリジェンス(DD)を実施して非上場株式の公正価値を算出し、競売手続で換金する」だけの知識や経験がないことは明らかでしょう。
ということは、もしここで日本製鉄側が即時抗告をせず、公示送達の効力が確定してしまったとしたら、韓国の世論的にも競売手続を進めざるを得なくなるるため、むしろ韓国の裁判所や弁護士の側が「困ったこと」になってしまいます。
日本政府はこの一連の競売手続自体が「国際法違反」だと警告し続けていますので、もしも競売手続が進むと、実際に換金まで至らなくても、どこかの段階で日本政府からの対抗措置(あるいは報復措置、場合によっては経済制裁)が発動されてしまうかもしれません。
だからこそ、今回、日本製鉄側が即時抗告をしたことで、一番ホッとしているのは韓国側の当事者(地方裁判所、原告側弁護士、あるいは韓国の裁判所の国際法違反行為を「三権分立だから介入できない」とうそぶく韓国政府関係者)なのかもしれませんね。
日本製鉄、あるいは日本政府の狙いとは?
では、なぜ日本製鉄側が今回、即時抗告をしたのでしょうか。
これについては、明確な報道は見当たりませんし、現時点において日本製鉄株式会社のウェブサイト上、何らかのコメントがなされているわけでもなさそうです。
ただ、あえて同社の立場を勝手に忖度して申し上げるならば、日本製鉄側の今回の即時抗告は、法治国家の企業としての矜持(きょうじ)を示したようなものでしょう。
一部の論者からは、「韓国が国際法を守らないのだから、日本製鉄側も韓国の法手続を無視してしまえ」、などとする主張が出てくる可能性はありますが、もしそれをやってしまえば、日本製鉄は国際法を無視する韓国と同じレベルに落ちてしまうかもしれません。
日本製鉄の今回の行動、悪く言えば「バカ正直」かもしれませんが、当ウェブサイトとしては、韓国国内での一連の判決や手続が国際法違反だからといって、日本製鉄側は韓国と同じレベルに落ちることなく、正々堂々と法手続によって対抗手段を講じていると考えます。
もっと大きな枠組みで考える必要がある
ただし、ここで少し視点を変えると、また違った見方もあるかもしれません。
それは、日本製鉄(あるいは同社や不二越、三菱重工などの「被告企業」と密接に協議しているであろう日本政府)の側に、何らかの「全体戦略」が潜んでいる可能性です。
当ウェブサイトではこれまでに何度か、自称元徴用工問題には理論上、「4つの落としどころ」しかあり得ない、と考えて来ました。
自称元徴用工問題の「4つの落としどころ」
- ①韓国が国際法や約束をきちんと守る方向に舵を切ることで、日韓関係の破綻を避ける
- ②日本が原理原則を捻じ曲げ、韓国に対して譲歩することで、日韓関係の破綻を避ける
- ③韓国が国際法を破り続け、日本が原理原則を貫き続けることで、日韓関係が破綻する
- ④日韓双方譲らずに現在の膠着が続き、これとまったく違う次元で日韓関係が破綻する
このうち、これまでの韓国の行動特性上、①については基本的に考え辛く、また、今回の日本政府は、上記②の姿勢についてはかたくなに拒否しています。そうなると、③か④の可能性が非常に高い、というわけです。
ただ、③、すなわち自称元徴用工問題で日韓関係が破綻するのは、日本にとっても好ましい話ではありません。なぜなら、産業のサプライチェーンで日韓経済は密接につながっているからであり、日韓関係が無秩序に破綻すれば、日本企業にとっても損害が多く発生する可能性があるからです。
このため、当ウェブサイトが「推奨」するシナリオは、④です。
たとえば、自称元徴用工問題で日韓双方の対立が長引き、そのあいだに日本企業や在韓日本人は徐々に韓国からの撤退を進め、そうこうしている間に米軍が北朝鮮の核開発を阻止するために「1発だけなら誤射かもしれない」と叫びながら「韓国を」攻撃する、となると、なかなか興味深い結果が生じます。
以前から当ウェブサイトで強調しているとおり、日韓関係とは、日米関係や米韓関係、あるいは日中関係などの従属変数に過ぎません。韓国が米中双方に良い顔をして、コウモリ外交を続けること自体、いつまでも続くものではないでしょう。
このため、自称元徴用工判決問題などの日韓対立を契機に日韓関係が疎遠になるのは、日本にとってはむしろ「願ったりかなったり」です。だからこそ、日本製鉄をはじめとした「被告企業」としても、時間を可能な限り引き延ばすことは、トータルで見て日本の国益を最大化するのに寄与する可能性があるのです。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もっとも、この問題をいつまでも引っ張っていると、思わぬリスクもあります。
米国でドナルド・J・トランプ大統領が再選されず、ジョー・バイデン政権が発足してしまうリスクに加え、日本も安倍晋三総理大臣が(予定では)来年9月に自民党総裁としての任期満了を迎えますし、その場合、内閣は総辞職を余儀なくされます。
だからこそ、韓国に対して奇妙な譲歩をする人間(たとえば岸田文雄・自民党政調会長など)を次期首相にしてはならない、という話でもあるのですが、この点を議論し始めると、話が本論から脱線してしまいます。
ただし、このあたりはほかの重要な論点(たとえば消費税や日本国憲法など)との関連で非常に重要でもあるため、機会を見つけ、また別稿でじっくり議論したいと思います。
View Comments (27)
現金化されてしまえば、即座に制裁を発動しなければならなくなりますが、日本は別に現金化されないからといって、制裁を発動できないわけではありません。
条約に違反した状態は既にあるわけですから。
このニュースを見た時、違和感ありましたが、日本としては制裁を発動できるタイミングを自ら選べるようにしたのではないかと思いました。
じゃあそのタイミングは、というとわかりませんが、急速に米国が韓国の外堀を埋めていることと連動しているのかもしれないですね。
法治国家の企業としての矜持(きょうじ)を示した>
日本製鉄の関係者がこのサイトを訪問し新宿会計士様のこのコラムを読まれたとしたら、そのように見て下さる方もいるのだと、さぞや感激されることだろうと思いました。(笑)
まぁ私も企業としての「筋」は通そうとしたのだろう程度には考えておりました。日本製鉄がこの不当判決に何ら行動を起こすことなく判決を見守るだけだとしたら、ひょっとしたら株主訴訟すら招きかねない事案であったかもしれないからです。
無論巨額のの資産を保有する日本製鉄からすれば、今回の韓国内資産など吹けば飛ぶような金額に過ぎませんから訴訟沙汰にまでは及ばぬのかもしれません。しかし、それでも不当な判決により保有資産を毀損されることを黙って見ているだけならば、その不作為を株主総会で非難される可能性は全くゼロではないと思うのです。
少なくとも私が株主であれば、訴訟はともかく株主総会で抗議に及ぶなり、議決権行使書の余白に非難の文言を書くぐらいはしたくなる事案でしょうね。(笑)
今回の件を対岸の火事と見ず、リストアップされた他の300社あまりの関係各位におかれては、一日も早い
彼の国からの撤収を図って頂きたいものです。
仮にトランプ政権が継続しても、米国が韓国発のアジア金融危機を誘発するような日韓の全面対立を容認する事はないでしょうね。
トランプなら日本に過剰な譲歩を迫るような滅茶苦茶な要求はしてこないという希望が感じられる。
その程度でしょうか。
更新ありがとうございます。
日本製鉄が即時抗告をしました。
今回の日本製鉄の動きは、日韓関係の膠着状況を敢えて引き延ばすというのが会計士さんのお見立てですね。
これち
匿名は、めがねのおやじでした。失礼しました。
2020/08/07 at 16:05
更新ありがとうございます。
日本製鉄が即時抗告をしました。
今回の日本製鉄の動きは、日韓関係の膠着状況を敢えて引き延ばすというのが会計士さんのお見立てですね。
韓国は公示送達自体、「株を売却したら、日本企業は困るだろう?株式売却は待つから、日本企業は謝罪と賠償をしろ!」という脅迫だと。
韓国は、ほっとして日本は正直に法律内で手を打った。私は日本側にとって、もう少し良い手は無かったのかなと思います。
日本政府がこの問題の競売手続自体が「国際法違反」だと警告し続けています。という事は、即時抗告をすると相手の術中に嵌ったと言えませんか?即時抗告しても裁判所は却下する見込みです。韓国はなんだかんだと、現金化する(出来ないから)前にイチャモン付けるでしょう。
「無視」という選択肢は日本には無かったと思います。それをするのは北朝鮮や中国(もっともこの2国には絶対モノ言えない下朝鮮だが)。自由主義、民主主義の諸国は同じ様にするしか無いですかね、、。早くこの徴用工判決は息の根を止めたいです。
即時抗告で引き伸ばし。
日本にとって何かいい事有るとは、思えないですね。
日本の体勢を整える時間稼ぎなら、韓国にも同じ時間が与えられますからね。
韓国には、時間を与えずに次々と燃料補給してあげるのが、良いと思います。
新宿会計士様
初めてコメント致します。毎日楽しみに拝見しております。知的好奇心くすぐられる記事ばかり‼︎こんな内容を1日に何度も更新されるとは、本当に頭が下がります。ありがとうございます。
この記事に対するコメントではないのにすみません。今日下記のような記事を読み、もう憤ってしまいました!
https://www.asahi.com/articles/ASN873320N86UTIL01B.html
是非とも新宿会計士様のツッコミ(あっ関西人なのでつい漫才に‥)いえいえ、鋭い考察をお聞かせ頂きたく、どうぞお願い申し上げます。
アクビ様
初めまして。
あ〜こら悪質な情報操作ですな。ATMなど、新聞紙からの「情報を得る事が増えた」?笑わすな〜。
皆在宅、リモート増えてもテレビも減ってますよ(スポットCM)。新聞紙なんか手が汚れて捨てるの重いだけやん(失笑)。購読数減ってますう〜。こんなウソバラまいたら、もう倒産近いね!まずはMか?(爆笑)。
めがねのおやじ様
わざわざリプライ頂きまして、ありがとうございます^_^
はい、ひどい情報操作してますよね!
普段は、皆様のコメ欄ディベートを楽しく拝読しているだけで十分満足なのですが、もう腹立って!
義姉がいまだに朝日新聞を購読してます。(義兄は新聞読まない) 左翼なんやろか‥怖くて聞けません。でも、生ゴミ処分には新聞便利ですよね^^;
この、朝日新聞の記事に対する、あまり外れてはいないと思う私の個人的見解です。
〇まず、日本新聞協会が行った、この調査の対象者(=回答者)は、マクロミルモニタの会員(=ポイント獲得者=有償回答者)です。有償で回答してもらったこのアンケートの目的は、調査する側に有利なアンケート結果を得て、それを宣伝に利用することでしょうか。PCによく入ってくるTポイントの商品宣伝のアンケート調査と同じレベルで考えて下さい。日本新聞協会はそういう組織です。
〇たとえば、さらに言えば、新聞サイト(有料版)=37.5%というアンケートの結果がありますが、その100%は、回答者全数の何%に当たるのでしょう?普段、お小遣い稼ぎを行っているマクロミルモニタの会員の何%が、有料版の新聞サイトを見るのでしょう?少ない数値をいかにも大きく見せようとしている意図を感じます。「統計でウソを付く法」という本などがありますが、その実例題材だと思って記事を読むと、頭の体操になると思います。
新宿会計士 様
すみません。③と④はどう違うのでしょうか?
国際法も国際条約も企業間の契約も紳士協定も全て破り続ける韓国と、バカ正直であっても日本の国内法、韓国のパクリ国内法、国際条約、企業間の契約、不文律の紳士協定に至るまで守り続ける日本の間で膠着状態が起き、カントリーリスクを懸念して在韓日本企業が撤退しつつあるのが現状です。③でも十分に④を説明できそうですので、④をわざわざ分ける必要はなさそうですけど、いかがでしょうか?
今回の即時抗告では、法治国家の企業としての矜持を示したと同時に、少しだけ〔一週間程度〕現金化を早める効果が得られたのかもですね。
曖昧さの排除は、早期決着への布石なのかも・・。
申し立ての内容に、差押え株式の実質評価額のくだりがサラッと含まれてたりすれば現金化促進措置なのは決定的なんですけどね。
・・と、妄想はここまで。
実際には、こちら側の都合でコントロールできる態勢づくりでしょうか?
官民で呼吸を合わせて、
″マネージ″しないとね。
間違えなく引き伸ばしですね。日本側は利敵勢力を排除しないと後世に禍根を残します。国のために国の名で募集した私企業の責任にするならば二度と国のために協力する企業はなくなるでしょうね
> 間違えなく
間違いなく、です。
大統領秘書室長・秘書室の首席秘書官全員が辞意表明http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/08/07/2020080780153.html
て、何が起きているのでしょうか?