本稿は久しぶりに「前編」と「後編」に分けた議論です。昨日、日経新聞に『入国制限緩和、3段階で ビジネス客→留学生→観光客』という記事が掲載されていました。これは、日本が現在、諸外国に対して適用している入国制限措置を巡って、「3段階での緩和を検討している」という趣旨の報道ですが、本稿ではこの記事の前提として、日本政府が現在適用している「ヒトの移動の制限」についての現状を整理しておきたいと思います。
目次
緊急事態宣言の現状
「ヒトの移動の制限」の3類型
むかしから経済活動の3要素といえば、「ヒト、モノ、カネ」である、といわれます(昨今の情報化社会においては、この3要素に「情報」を加え、「ヒト、モノ、カネ、情報」を「経済活動の4要素」と呼ぶ人もいるようです)。
そして、「ヒト、モノ、カネ」のいずれかが欠落すると、どうしても経済活動が滞りますが、武漢コロナ蔓延の影響により、とくに影響を受けたのは「ヒトの移動」です。
これには大きく①日本国内における移動の制限、②外国人の日本国内への渡航制限、③日本人の日本国外への渡航制限、があります。
武漢コロナ蔓延によるヒトの移動の制限
- ①日本国内における移動の制限
- ②外国人の日本国内への渡航制限
- ③日本人の日本国外への渡航制限
順を追って確認しましょう。
国内の移動制限はどう推移したのか
まず「①日本国内における移動の制限」が大々的に始まったのは、都道府県にもよりますが、おおむね3月下旬から4月上旬にかけての時期です。
とくに大きかったのは4月6日に安倍晋三総理大臣から発表された「緊急事態宣言」であり、最初は7都府県に対して4月7日に発令され、その後は全国に拡大されました。
また、この緊急事態宣言の発令に先立って、安倍総理はすでに2月の段階で、全国的なスポーツ、文化イベント等の中止等の要請を行いましたし、2月27日の対策本部会議後に全国の学校に対する3月1日以降の休校の要請を行いました。
さらに、その後は旅行の自粛、不要不急の外出の自粛などが呼び掛けられました(たとえば、東京都の小池百合子知事が3月25日の会見で「オーバーシュート重大局面」というフリップを掲げ、都民に対してイベント参加や飲食を伴う集まりなどを自粛するように呼びかけました)。
つまり、コロナ事態の推移にともない、2月下旬ごろから徐々に営業自粛、イベント自粛、旅行自粛などが呼び掛けられたわけですが、結局、国内のさまざまな商業施設にとっては書き入れ時であるゴールデンウィークの期間を含め、まるまる自粛期間と重なってしまった格好です。
緊急事態宣言、ようやく解除されるのか?
この「全国に対する緊急事態宣言」については結局、5月14日に39県についての緊急事態宣言が解除されるまで続き、5月21日に大阪府・京都府・兵庫県の2府1県について解除されたものの、現時点で1都3県と北海道については緊急事態宣言が継続中です。
いちおう、現在の報道などによれば、1都3県と北海道については緊急事態宣言の解除が可能かどうか、5月25日時点でもういちど判断するとの方針だそうですが、東京都の場合はすでに1週間の感染者数が39人と、「人口10万人あたり0.5人」という「解除基準」を満たしています(図表1)。
図表1 東京都の新規感染者数
(【出所】東京都『都内の最新感染動向』データより著者作成)
東京都・5/22の新規感染状況
- 新規感染者…3人(前日比8人減)
- 1週間平均…8人(前日比横ばい)
- 2週間平均…15人(前日比2人減)
ただし、神奈川県では依然として感染者数が解除基準を満たしていないとの報道もあるため、月曜日の専門家会議で首都圏などの緊急事態宣言が解除されるのかどうかについては依然として確たることはいえないという状況でもあります。
つまり、日本国内でヒトの移動を伴う経済活動は、現時点ですでに2ヵ月以上も制限を受けているという状況なのです。しかも、もし全国的に緊急事態宣言が解除されても、すぐ以前と同じようにビジネスマンが全国各地に自由に出張することができるようになるのかどうかは、よくわかりません。
しかしながら、緊急事態宣言や自粛要請などについては日本国内で完結するため、個人的には上記「①日本国内における移動の制限」、「②外国人の日本国内への渡航制限」、「③日本人の日本国外への渡航制限」のなかで、①が最も早く解除されるのではないかと期待している次第です。
国境をまたいだ移動は困難
外国からの入国拒否
そして、それでも日本国内の移動については、もうすぐ緊急事態宣言が解除される見通しが立っていることから、まだ材料は明るいといえます。
しかし、先ほど挙げた「②外国人の日本国内への渡航制限」、「③日本人の日本国外への渡航制限」については、よりいっそう深刻です。
このうち「②外国人の日本国内への渡航制限」については、中国・武漢や韓国・大邱など、一部地域からの入国拒否はすでに2月から始まっていたのですが、これが本格化したのは3月上旬以降です。
日本ではまず、3月9日以降、中国、韓国、香港、マカオの4ヵ国・地域からの入国者に対する2週間の隔離措置とビザの効力停止措置が取られました(事実上の入国拒否。『経済効果から見た入国拒否:「対抗措置」はあるのか?』等参照)。
この入国拒否措置については、その後、順次欧州のほぼ全域やイラン、エジプト、ASEANなどに拡大され、いまや世界のほとんどの国に対し、こうした入国拒否が適用されている状況です。
日本における新型コロナウイルスに関する水際対策強化(新たな措置)
―――2020年05月14日付 外務省『海外安全ホームページ』より
外務省によると、5月22日現在の『出入国管理及び難民認定法に基づき上陸拒否を行う対象地域』は全体で100ヵ国・地域だそうであり、その詳細は次のとおりです。
出入国管理及び難民認定法に基づき上陸拒否を行う対象地域(100ヵ国・地域)
- (アジア)インドネシア、韓国全土、シンガポール、タイ、台湾、中国全土(香港及びマカオを含む)、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、モルディブ
- (大洋州)オーストラリア、ニュージーランド
- (北米)カナダ、米国
- (中南米)アンティグア・バーブーダ、ウルグアイ、エクアドル、コロンビア、セントクリストファー・ネービス、ドミニカ国、ドミニカ共和国、チリ、パナマ、バハマ、バルバドス、ホンジュラス、ブラジル、ペルー、ボリビア、メキシコ
- (欧州)アイスランド、アイルランド、アゼルバイジャン、アルバニア、アルメニア、アンドラ、イタリア、ウクライナ、英国、エストニア、オーストリア、オランダ、カザフスタン、北マケドニア、キプロス、ギリシャ、クロアチア、コソボ、サンマリノ、スイス、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、セルビア、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、バチカン、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベラルーシ,ベルギー、ポーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ポルトガル、マルタ、モナコ、モルドバ、モンテネグロ、ラトビア、リトアニア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、ルーマニア、ロシア
- (中東)アラブ首長国連邦、イスラエル、イラン、エジプト、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、トルコ、バーレーン
- (アフリカ)カーボベルデ、ガボン、ギニアビサウ、コートジボワール、コンゴ民主共和国、サントメ・プリンシペ、ジブチ、赤道ギニア、モーリシャス、モロッコ
(【出所】外務省・5月14日付『日本における新型コロナウイルスに関する水際対策強化(新たな措置)』)
…。
いかがでしょうか。
これらには欧米や中国など、日本と密接な経済関係のある国も含まれており、ビジネス界にとってはこれらの国々からの渡航者の入国拒否解除を心待ちにしているのではないかと想像できます。
ビジネスだけでなくインバウンド観光も大きな打撃
しかも、これらの国々からの渡航が事実上拒否されていることの影響は、これだけではありません。
インバウンド観光にも壊滅的に甚大な打撃が生じているからです。
日本政府はこれまで、「2020年4000万人」というインバウンド観光客目標を掲げて来ましたが、『【速報】2020年4月の訪日外国人は2900人』などでも触れたとおり2020年4月の訪日外国人(推定値)は2900人に留まり、この目標の達成は不可能と考えて間違いないでしょう。
もちろん、韓国における「ノージャパン運動」などの影響で「2020年4000万人」は不可能と思われていたにせよ、このコロナショックがなかったとすれば、予定どおり東京五輪は今年開催され、2020年の訪日外国人は3000万人台後半にまで達していた可能性は十分にあります。
それだけに、中国人を含めた外国人観光客の急増を当て込んでいたインバウンド観光業界にとっては、今回の数値が非常に厳しいものであることは間違いありません。
もっとも、個人的には当ウェブサイトの『訪日外国人99.9%減は「人数ありき」を見直す好機』や雑誌『正論』2020年5月号などでも報告したとおり、コロナショックを奇貨として、わが国は「人数ありき」の観光政策を見直す好機でもあると思います。
【大特集 武漢ウイルスに打ち克つ】「外国人観光客4千万人」の目標を撤回せよ/金融評論家 新宿会計士(『正論』2020年5月号P71~)
つまり、これを機に日本の観光政策は「訪日外国人数」そのものを競うのではなく、欧米の富裕層などによる滞在型リゾートの開発に代表される、「質の高い観光需要」を掘り起こすという方向に転換できれば、それこそ「災い転じて福となす」となるのではないかと思う次第です。
日本人は入国拒否されている
では、「③日本人の日本国外への渡航制限」についてはどういう状況なのでしょうか。
こちらに関しては、現時点で見通すのはさらに困難です。
外務省『海外安全ホームページ』の情報(※)によると、世界の183ヵ国・地域が日本からの渡航者や日本人に対して何らかの入国制限措置を講じており、さらに、うまく相手国に入国できたとしても、入国後に自主隔離などの行動制限が課せられるのは73ヵ国・地域に及んでいるという状況です。
- 日本からの渡航者や日本人に対して入国制限措置をとっている国・地域は183ヵ国・地域
- 日本からの渡航者や日本人に対して入国後に行動制限措置をとっている国・地域は73ヵ国・地域
(※該当ページの正式名称は『新型コロナウイルス(日本からの渡航者・日本人に対する各国・地域の入国制限措置及び入国後の行動制限)』)
また、これらについては、「日本からの渡航制限が解除されるかどうか」だけではなく、日本側も「これらの国・地域に渡航した人たちが日本に帰国する際に隔離措置を講じるかどうか」という論点も関わってくるため、一筋縄ではいきません。
ちなみに法的強制力はともかくとして、海外安全情報のホームページ上では、日本国民に対して全世界のほとんどの地域に対し「感染症危険レベル」は2~3が出されている状況にあります(図表2)。
図表2 外務省から日本人に対する渡航中止勧告等
(【出所】2020/05/20時点作成の『海外安全ホームページ』のトップページのキャプチャ画像)
つまり、日本国内だけで完結する「①日本国内における移動の制限の解除」、日本政府が外国の動向を見ながら決められる「②外国人の日本国内への渡航制限の解除」と比べ、この「③日本人の日本国外への渡航制限の解除」は、ハードルが飛躍的に上がるのです。
議論②に続く
さて、この入国制限措置については、果たしていつ解除されるのでしょうか。
これについて読むうえで、非常に参考になる記事が、5月22日付の日経新聞に掲載されていたようです。
入国制限緩和、3段階で ビジネス客→留学生→観光客
政府は新型コロナウイルスの拡大防止で実施する海外からの入国制限について3段階で緩和する想定で調整に入る。<<…続きを読む>>
―――2020/5/22付 日本経済新聞電子版より
(※日経の記事は有料会員限定版ですので、全文を読むことができない可能性がある点についてはご了承ください。)
ただし、当ウェブサイトでは1つの記事の文字数が長くなり過ぎないように努めており、これについて議論を続けると記事が長くなり過ぎてしまいます。大変申し訳ないのですが、本稿は上記でいったん区切らせていただき、続きについては本日中、可能なら午後3時までに公表したいと思います。
なお、公表時間については未定ですが、できるだけ早く掲載したいと思います。執筆次第、『入国制限論②中韓との制限長期化で「中韓離れ」促進も(仮)』といったタイトルでアップロードしたいと考えています)。
View Comments (6)
更新ありがとうございます。
政府は3段階での制限緩和とし『まずビジネス客と研究者、次に留学生、最後に観光客とする案が浮上』。え?2番目の留学生って、そんなにVIPラインなんですか。
それは研究目的、日本への貢献度、学問上の優先度があるようにシロウトは思いますが。
日本からの入国を183か国が中止、制限している中で、日本側がいくら『いつ解除にしようか?』なんて考えても、相互に了解しないと、話は進まないです。意図的に締め出したい国もあるしネ〜。
それと海外と国内からの観光客に期待する観光地、宿泊所、飲食店、興行、マスコミ、交通機関さん。ハッキリ言って今年のV字回復は無いよ。来年も怪しい。よほど特化した形に業態変えるか、ヨソに売却するか、廃業するか。
国内の県内移動は基本的に認められたようなもの(25日に4都県?)だし、2か月や3か月売上ゼロで、政府に何とかしろとか、安倍総理は何もしてくれないという人は、もう商売や経営やめなさい。経営センス無いよ。
何故、今迄「1年間収入ゼロでも、最低食っていける」ぐらいの蓄えがないのか。皆、自転車ですか?家賃が高い?そんなとこ、ハナから分かっているだろ?
月に家賃百万円払って、それにバイト雇って、自分は睡眠時間も無いですって、自慢じゃないヨ。販管費をどう計算してたのか?さっさとお潰れやすぅ。
今年度から来年度、零細企業や大手でも各業種の廃業、倒産が出るでしょう。しかし、コレは中国発のコロナ禍のせいでもあり、日本政府の処方箋と行動が間違っていた訳じゃない。
冷たいようだが、マスコミらにブーブー言ってる経営者は、その程度だったという事。何十年の老舗は胡座をかいていた。美味いと客も信じ込んでいた。でも客数減に勝てなかった。
それほど、企業経営は難しいという事。零細企業やパパママ店舗は、寿命20年と心得よ(エラソーに 笑)。その間に稼いで、譲渡か廃業かを選ぶ。息子に継がすなんて、万の一も考えるな。
②を期待なのです\(^o^)/
それはそうとして、日本への外国人の流入については、
1新型コロナを持ち込ませない
2持ち込んだときに追跡が可能
3日本国内で発症したときに医療が提供できる
ってことが必要だと思うのです♪
1は完璧には無理だろうから、2が大切で、そのためには日本国内での移動の把握と、出国時の検査がいると思うのです。これができてれば、本人が出国した後に検査結果が陽性って出たら、国内のクラスタを見つけられると思うのです
3は少なくとも医療保険を持ってるってことかな?あとは国内の医療状況をみてその空き数に応じて総数を規制する感じかな(^o^)
海外との渡航問題は,双方の国でコロナが収束していることが条件となります。現在コロナがほぼ収束している国としては中国,韓国,タイなどが挙げられると思います。この中で皆さんが最も関心を払わないタイを例に考察してみたいと思います。
タイでは新規感染者ゼロの日が結構多くなっていますが,非常事態宣言は6月末まで延長されることが決まり,海外渡航(出入りとも)は基本的に6月末までできません。観光業への影響が大きいので,中国等からの渡航制限を解除する選択はあったと思うのですが,実行されませんでした。
タイの国民感情としては,政府への不信に加え,イスラム教徒への警戒感があると思います。タイでは新型コロナがイスラム教徒のクラスターで多く発生した,という事情があります。それが,イスラム不信と結合して,そういう感情を増長してしまいました。あと,近隣諸国から川を越えて密入国してくる人達も結構いて,そこも感染対策上の問題になっています。それで,タイ国民も海外からの入国禁止継続を支持しています。
科学的な意味でも,渡航禁止を継続する必要はあるようです。航空機での渡航者について中国便だけ解禁しても,そこが抜け穴になってしまう可能性がかなりあります。というのは,海外に出稼ぎに行っているタイ人は非常に多く,何とかして帰国したいと考えているタイ人が沢山います。この人達が国内に感染を広げる可能性は非常に高いのです。
中国も同様で,海外にいる華僑の入国を厳しく監督しないと,また国内で感染が広がってしまいます。
海外渡航(自粛)解除は,アメリカやロシアでの感染が収束するまで(何ケ月も先のことだと思います)まで,いろいろな意味で難しいかもしれません。その前に,日本での死亡率の低さの原因をきちんと解明して,新型コレラウイルスの日本での危険性の再評価をしておく必要があると思います。つまり,欧米での流行ほど危険なのかどうかというところです。
日本国内での今シーズンの山はとりあえずの先が見えてきたけど、他の主要国の山がまだ進行中なので人の動きに絡んだ産業の活性化はまだ先と考えております。
医療活動への支障を来さなくなる手段が実現するまでの間、集近閉対応を実施するか事業転換(撤退を含む)するかの対応は迫られるでしょうし、入国者管理も困難な状況が続きそうです。
ブログ主様
たびたびコメントしておりますが、私学延命、文科省天下り先確保のための留学生補助金はこの機会にやめていくべきだと考えています。税金の納得のゆく使い方という問題以外に、研究内容・技術の流出という問題を起こすからです。「種苗法改正案」の問題と同じですね。
今回ほど、大学教授が無能と思い知ったことはありません。
多分、学生もです。
大学の補助金はバッサリやってほしい。