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トリプル安でなくても油断して良いということではない

現在、新興市場諸国の為替市場や株式市場などに不安が生じているものの、債券市場は意外としっかりとしています。数日前の『「韓国トリプル安」報道:キャピタルフライトとは何か』でも報告したとおり、「トリプル安」とは株価、債券価格、通貨がいっせいに下落する現象を指すのですが、これについては韓国メディアの誤った記事をもとに、「もう韓国でトリプル安が始まった!」と勘違いした恥ずかしい記事を垂れ流す某まとめサイトもあるようです。もっとも、昨日までのところでトリプル安が生じていないにせよ、油断してよい、という話でもありません。

トリプル安の勘違い

先日の『「韓国トリプル安」報道:キャピタルフライトとは何か』では、韓国メディアに「韓国でトリプル安が発生した!」と報じられたものの、現実にマーケットを調べてみると、たんに記者が「トリプル安」の意味を勘違いしていただけだった、という話題を紹介しました。

問題の記事は、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に3月9日付で掲載された、次のものです。

韓国、株価・ウォン・債券「トリプル急落」…外国人の売り越し過去最大(2020.03.09 18:54付 中央日報日本語版より)

記事に「トリプル急落」とあるので、「すわ、韓国でトリプル安か!」と思って記事を読み始めた人も多いと思うのですが、結論的にいえば、これは単なる「タイトル詐欺」です。べつに韓国でトリプル安が生じたわけではありません。

債券市場は理解が難しい?

あらためて確認しておくと、金融市場、あるいは「マーケット」と呼ばれるものには、おおきく①株式市場、②債券市場、③為替市場、の3つがありますが、このうち一般人にも理解しやすいのは、株式市場と為替市場です。

まず、株式市場の場合は、個別の株式と株価全体の指数の動きがあり、個別銘柄の株価はその企業の業績などで変動しますが、昨今のコロナショックのような経済イベントが生じると、全体の株価が急落したりすることもあります。

次に、為替市場の場合は、その国の通貨自体が売られたり買われたりします。一般に市場で「リスク選好」の動きが強まれば、経済成長率が高い(と思われている)新興市場諸国の通貨が買われ、「安全資産選好」が強まれば、日本円やスイスフラン、次いで米ドルなどの安全資産が買われます。

ただ、わかり辛いのが、債券市場です。

債券市場では債券(さいけん)が取引されていて、これは価格ではなく利回りで表示されています。そして、多くの債券は利子(クーポン)水準が固定されているため、「年クーポン1%の10年債」が「アンダーパー」(額面以下)または「オーバーパー」(額面以上)で取引されることが通例です。

ただし、債券利子は回号によって異なるため、これを共通の尺度で把握するために、一般に「利回り」が用いられているのです。たとえば、10年債の市場利回り(※便宜上、複利回りとします)が2%だったとすると、

  • クーポン1%の10年債は額面の90.98%で取引される
  • クーポン2%の10年債は額面の100%で取引される
  • クーポン3%の10年債は額面の109.02%で取引される

という具合に、市場利回りにあわせて取引価格が上がったり下がったりするのです。

債券価格上昇=利回り低下

したがって、債券市場では、次の鉄則があります。

  • 市場利回りが下落しているときには、市場価格は上昇している。
  • 市場利回りが上昇しているときには、市場価格は下落している。

固定利付債券の場合、債券が償還されるまでのキャッシュ・フローが確定しているため、市場利回りと価格の関係については、高校レベルの数学の知識があれば、簡単に求められます(具体的には、毎年のクーポンを市場利回りで割り引いた等比級数の総和と、償還元本の割引現在価値の合計値)。

また、市場利回りが動いた際、価格がどのくらい動くのかを厳密に把握するためには、この固定利付債の将来キャッシュ・フローを2回微分して求めた「修正デュレーション」などを利用する必要がありますが、そこまで厳密に計算する必要がなければ、

価格変動=金利変動×残存年数×マイナス1

でだいたいの金額を把握することができます(実際、先ほどの事例でもクーポンと市場利回りが1%ずれていたら、その1%にざっくり10年を乗じた約10%の価格のズレが生じていることが確認できると思います)。

つまり、くどいようですが、「債券の市場利回りが下がる」というのは、「債券が買われている」という意味であり、「株安・通貨安・債券利回り低下」とは「トリプル安」ではありません。

それなのに、いくつかの某まとめサイトなどでは、この中央日報の「トリプル安」報道をもとにした某匿名掲示板の議論を転載し、「ついに韓国でトリプル安が始まった!」などと扇動的なタイトルを付した記事を公表しているようです(※あえてそのウェブサイト名の実名は挙げないでおきましょう)。

情けないですね。

中央日報の意味深な記事

ただし、ある国から外資が一斉に逃げはじめるときには、得てして「トリプル安」――株安、金利上昇、通貨安――が発生します。そして、隣国ではこの金利上昇におびえているようなフシがあります。そんな証拠が、中央日報に昨日掲載された、次の記事でしょう。

まだ2カ月なのに、衝撃は歴代級…韓国銀行「金利引き下げ」参加示唆(2020.03.12 19:25付 中央日報日本語版より)

この記事を読むうえで前提として抑えておきたいのは、隣国の資金循環構造の特徴です。

わが国と違って、韓国の場合は自国通貨(韓国ウォン)が国際的に通用する「ハード・カレンシー」ではありません。このためでしょうか、韓国の大規模銀行や大企業は、多くの場合、外貨でおカネを借りており、韓国ウォンの価値が下落すれば、財務制限条項(コベナンツ)に引っかかるケースが出て来るのです。

問題は、それだけではありません。

日本だと家計がほとんどおカネを借りていないので(約1.2億人の国民が金融機関などから借りている総額は300兆円ちょっとに過ぎません)、世の中の金利が上昇したとしても、「どうってことない」と感じる人が圧倒的多数だと思います。

しかし、『韓国メディア「韓国経済の信管は家計債務と航空会社」』でも紹介したとおり、韓国メディアは「中小・零細事業者や家計の過剰債務」が現在、社会問題化しつつあると報告しており、金利が上昇すれば、借金の金利負担にあえぐ零細事業者、個人が増え、社会不安に直結する、ということです。

中央日報によれば、韓国の中央銀行にあたる韓国銀行が12日に開いた金融通貨委員会で、

  • 新型コロナウイルスによる肺炎による金融市場の変動性は過去の他の感染症より大きい
  • 新型肺炎が金融・実体経済に及ぼす衝撃と主要国の通貨政策対応をチェックして基準金利を決めたい

などとする「通貨信用政策報告書」を議決し、国会に提出したと報じています。これは非常に意味深ですね。

昨日までの時点で「トリプル安」の状況にはないが…

この点、昨日までのところ、韓国では「トリプル安」が生じている、という状況にはありません。実際、中央日報によれば、このところの株安は外国人投資家を中心とする株式の売り越しのためであるとしつつも、意外なことに、債券市場では外国人投資家の債券買いが進んでいるのだとか。

この点から判断すると、今すぐ韓国が過去の金融危機、通貨危機(たとえば1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショック)のような状況に陥る可能性が高いわけではない、と言えそうです。

とくに、米FRBが緊急利下げに踏み切り、米国債市場で債券利回りが急落しているという状況も、韓国の債券市場にとっては有利に働きます。米国などと比べ、比較的利回りが高い(=価格が安い)韓国の債券は、一部の機関投資家にとっては投資対象として魅力的だからです。

そして、韓国で債券価格が上昇している(=金利が低下している)状況は、過剰債務を抱えた家計部門に対しても、利息負担で破綻する可能性が遠のくという意味では、非常に良い方向に働くのです。

そして、債券市場が持ちこたえている間にコロナショックが過ぎ去り、株安局面も株高局面に転じるなどすれば、とりあえずは「トリプル安」不安は遠のくと考えて良いでしょう。

もっとも、債券市場が持ちこたえているという状況がいつまでも続くのかどうかは微妙です。なぜなら結局のところ、市場は個々の投資家の思惑の集合体のようなものであり、市場全体の今後の動きはよくわからないからです。

つまり、何らかのきっかけにより、機関投資家勢が韓国の債券市場から資金を引き揚げ始めるようなことがあれば、辛うじて債券高で踏みとどまっている現在の韓国の市場が、容易に「トリプル安」に転じるかもしれません。

とくに、韓国の国内債(ウォン建て債券市場)の動きもさることながら、韓国ネームが発行する外債(とくに米ドル建て債券)の価格が下落に転じることがあれば、そのときが「要注意」のフラグではないかと思う次第です。

どこかのまとめサイトのように「もう韓国でトリプル安が始まった!」などと事実誤認で大騒ぎするのは論外にしても、状況については引き続き、できるだけ客観的な材料、手掛かりを集めながら冷静に判断するようにしたいものです。

新宿会計士:

View Comments (34)

  • アメリカ緊急利下げに本来なら追随して利下げするべきでした。

    ただ、資金流出が怖くて即座には動けませんでした。

    アメリカとの相対比較で金利が0.5%上がったのですから、本来であれば資金流入すべきところ、逆に対ドルで下落傾向。事実上のウォン急落(一応暴落とまでは言わない)ですね。

    で、これから遅れて利下げしたらさらに悪目立ちして今度こそウォン暴落通貨危機の恐れがあります。

    アメリカも、事実上の量的緩和復活といわれ、さらにゼロ金利にまでの利下げの可能性があります。

    さあ、金融的には吹けば飛ぶような韓国がどうこの緊急事態に対処するか。

    そもそもスワップというものの効能を勘違いし続けてるところからみても望み薄ですね。大国以上に小国が危機に立ち向かうのは困難です。より高い智慧が必要ですが韓国には、、、

    • Gさま
      その通りだと思います。
      次回の政策金利協議は、4/9との事。
      後の祭りになりそうです。

  • 朝一番1ドル、1210ウォンなのには驚いたが、9:00からいきなり1220ウォンを目指してますね。

  •  日本も笑っている場合ではありません。
     日経平均が1万7千円割れ寸前です。

     駄文にて失礼します。

    •  追申

       韓国はKOSPI取引開始ご数分で売買停止(サイドカー)になりました。

       駄文にて失礼します。

  • 無知をさらけ出すようでアレなんですが、利回りが上がった状態は「ハイリスクハイリターン」、利回り下げは「ローリスク・ローリターン」状態ですよね。韓国が「なんちゃってトリプル安」状態で債権は利回りが下がってるのは、債権が相対的にマシなのでウオンが債権に集まった状態という理解でOKですか?ウオンが債権に集中しすぎて、リスクの割にリターンが低すぎる状態になって利回りが下げ止まるといった場合や、ウオンが為替介入で適切なレートから外れすぎている場合、かなりあっけなく「真のトリプル安」に転んだりする危険性はどうなんでしょう。もう既に黄色信号に見えてしまうんですが。コロナショックで世界的に状態が良くないので、相対的に持ちこたえているように見えるけど、アメリカやヨーロッパが好転したら、韓国の状況が悪化しなくてもヤバくないですか。

  • トリプル安云々は、アメリカやせいぜい日本など債券の取引がしっかり行われてる国での話です。

    こういった国では債券の取引が為替株と同じくらいの重要性、指標性があります。

    一方韓国みたいな新興弱小金融国では債券の取引量が極々小さく、株為替と並び立つほどの指標性が債券にはありません。極々細い取引しかないのですから。そんな中、債券価格が堅調(利回り低下)だからってトリプル安じゃないと安心するわけにはいきません。

    じゃあ韓国で債券に代わるような指標はあるか?まああえて言えば為替です。株・為替・債券じゃなくて株・為替・為替な訳です。
    あれ?株・為替が同時に下がることなんて日常茶飯事じゃないですか。そうです。日常茶飯事です。そういう新興国は日常的に金融大国的にはトリプル安な状態に陥ってる。それだけ脆弱ということです。

    • Gさんへ。

      さすがにそれは暴論だと思いますよ。いや、暴論っちゅうか、議論が雑っちゅうか。 EM Bond Marketというものはあります。勿論、日米欧と比べくもないほど規模は小さいですが、トリプル安はCapital Flightの兆候を捉える分には十分です。尤も韓国の場合は外債(US$ denominated bond)の起債環境などでFixed Income市場の状況を判断できます。ちゅうかここのブログ主さんの記事にもそういうことが書かれているんですけどね。(どうでもいいですがModified Durに言及しているブログ主さんって金融のプロの方ですか?)

      • いやいや、明らかに小さいマーケットである新興国の債券市場に株、為替と同じだけの重きをおいてしまってはミスリードしますよ。なんなれば一部の策動で悪影響を覆い隠すことが出来ますからね。

        ほら、債券は買われてるから韓国はトリプル安じゃない。って結論に使われますよ。
        おっしゃる通りいろいろな指標があって、そのすべてを飾ることは出来ないかも知れませんが、宣伝に使う側は有利なものを抜き出すに決まってますし。

        規模の議論は大事です。小さいものを大きく見せるのには警戒が必要。韓国債券に「トリプル」の一角の地位を与えるのは危険です。

        • ドルでウオン買って為替操作して、余剰のウオンをウオン建て債券に突っ込めば、債券安も防げて一石二鳥ニダ(?)

          ウオン債券の規模がどのくらい小さいかわからないとなんとも言えないですね。
          ドルがどのくらい残ってるのか、ドルが足りなくなりつつあるから債券だけでも支えてるのか?価格維持に使う額と守れる価格帯の数字がわからないと、よくわからないですね。

          債権でなく債券でしたね。ナチュラルに変換間違えてた。

      • ん~。このGさんて方、なんだかおっしゃっていることが良く判らない方ですね。

        >明らかに小さいマーケットである新興国の債券市場に株、為替と同じだけの重きをおいてしまってはミスリードしますよ。

        あなたが韓国の債券市場の規模を小さいと仰ってるのは何が根拠ですか?小さいという意味では韓国の為替市場も十分小さいですよ。しつこいですがEM Bond Marketという物は存在します。貴方が知らないだけで。

        尤も、貴方とはこれ以上議論しても意味がなさそうなので、こちらで失礼しますが、ひとつだけ忠告。自分が知らないことをさも知ったかぶりしてご高説を垂れていると、いつか足元をすくわれますよ。

  • 今日の目標は、コスピ1700割れとウォン1225超えですかね。
    でしたが、コスピはクリアしましたので、終値が問題です。
    ウォンは、予想通りここの抵抗ラインが強いですね。
    1225攻防戦、何処まで持つか、楽しみにしています。

    • 自己レスです。
      地味に1225抜かれてますね。
      コスピは、1684です。
      予想通りとはいえ、日経平均も17000割れ。

  • 日銀は国債を買い入れて市場に5000億円供給するそうです。
    兆単位で欲しいですね(笑)

    東証も悲惨です。 空売りで数十万利益を出す間に 現物の含み損が数百万になっている。

    • 東証は物凄い勢いで買い戻されたり売られたりしています。
      成行でガンガンやっているのか? なんか面白くなってきました。

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