「国民生活安定緊急措置法」に何が規定されているのか
あまり知られていませんが、『国民生活安定緊急措置法』という法律があります。これは「狂乱物価」の直前である昭和48年(1973年)に制定された法律で、物価の高騰などの異常事態において国民生活を守るための緊急措置について定めたものです。具体的には、とくに目立った罰則のない「指定物資」に加え、超過利潤を国庫返納させる「特定品目」、さらには懲役刑などの罰則をともなった「配給制度」などについて定められています。
国民生活安定緊急措置法とは?
『国民生活安定緊急措置法』という法律があります。
国民生活安定緊急措置法第1条(目的)
この法律は、物価の高騰その他の我が国経済の異常な事態に対処するため、国民生活との関連性が高い物資及び国民経済上重要な物資の価格及び需給の調整等に関する緊急措置を定め、もつて国民生活の安定と国民経済の円滑な運営を確保することを目的とする。
制定されたのは昭和48年、つまり1973年のことですが、時期的にはちょうど「第1次オイルショック」のころです。
当時、第4次中東戦争の影響で産油国がイスラエルを支援する国家への経済制裁として石油の禁輸を打ち出したほか、石油の輸出価格を大幅に引き上げることを決定。国全体が「石油不足」からパニックになり、なぜか全国の店頭からトイレットペーパーが消えるという椿事が発生しました。
また、翌・1974年の消費者物価指数(CPI)は23%の上昇となり、当時、蔵相や副首相・経企庁長官などを歴任した福田赳夫(のちに首相)が「狂乱物価」ということばを生み出したほどです。
この「狂乱物価」の原因は、単に石油価格の上昇にあるだけでなく、当時の日本銀行が金融緩和から金融引締めに動くのが遅れるなどの人為的なミスのためである、などの指摘もあるようです(※このあたりは1980~90年代のバブル発生と崩壊などとも絡めて研究してみると面白いかもしれませんね)。
「指定物資」の標準価格を決定することができる
さて、この国民生活安定緊急措置法を読んでみると、興味深い規定がいくつか設けられています。まっさきに目につくのは、生活物資について、価格の安定を図る物資として指定することができる、という条文です(いわゆる「指定物資」、第3条第1項・第4条第1項)。
国民生活安定緊急措置法 第3条第1項
物価が高騰し又は高騰するおそれがある場合において、国民生活との関連性が高い物資又は国民経済上重要な物資(以下「生活関連物資等」という。)の価格が著しく上昇し又は上昇するおそれがあるときは、政令で、当該生活関連物資等を特に価格の安定を図るべき物資として指定することができる。
国民生活安定緊急措置法 第4条第1項
主務大臣は、前条第一項の規定による指定があつたときは、その指定された物資(以下「指定物資」という。)のうち取引数量、商慣習その他の取引事情からみて指定物資の取引の標準となるべき品目(以下「標準品目」という。)について、遅滞なく、標準価格を定めなければならない。
そのうえで、同法第4条から第7条に、「生活関連物資等の指定がなされた場合は、速やかに価格を決めて公表しなければならない」、「小売業者はその価格をわかりやすく表示しなければならない」、などの細かい規定が設けられています。
「特定品目」指定では利潤の国庫納付も!
ただし、「生活関連物資等」に指定されただけだと、まだ力不足です。というのも、もし業者がその指示に従わなかったとしても、「政府の指示に従わなかった」という事実を政府が公表して良いという規定はあるものの(同第7条第2項)、それ以外には特段目立った罰則はないからです。
そこで、次に出て来るのが「特定品目」です。
国民生活安定緊急措置法 第8条第1項
第四条から前条までに規定する措置を講じてもなお指定物資の価格の安定を図ることが困難であると認められる場合において、その指定物資の価格の安定を確保することが特に必要であるときは、政令で、当該指定物資を特に価格の安定を確保すべき物資として指定することができる。
国民生活安定緊急措置法 第9条第1項
主務大臣は、前条第一項の規定による指定があつたときは、その指定された物資(以下「特定物資」という。)のうち取引数量、商慣習その他の取引事情からみて特定物資の価格の安定のためにその価格の安定を確保すべき品目(以下「特定品目」という。)について、遅滞なく、特定標準価格を定めなければならない。
つまり、生活物資として指定された物資の価格が安定しないときには、その物資を「特定物資」に指定して、もっと強力に価格を安定させる措置を発動することができる、というわけです。
ちなみに「特定物資」に指定された場合に、決められた以上の価格で販売されると、今度はこんな罰則があります。
国民生活安定緊急措置法 第11条(課徴金)
主務大臣は、特定品目の物資の販売をした者のその販売価格が当該販売をした物資に係る特定標準価格を超えていると認められるときは、その者に対し、当該販売価格と当該特定標準価格との差額に当該販売をした物資の数量を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。
要するに、決められた価格を超えて得た利益を国庫に納めなさい、という規定ですね。
そして、この命令文は国税庁長官などにも通知されますので(同第13条第1項等)、鬼より怖い国税庁に目を付けられることになるのです。怖いですね(笑)。
さらには「罰則付き配給制度」も!
ただ、「指定物資」に指定しても、「特定物資」に指定しても、それでも従わない人が出てくることは、世の常です。やはり、世の中には強欲な人がいて、隙あらば買い占めて転売しようとする人が出てくるからです。
また、転売目的ではないにせよ、なかばパニック的に必要以上に物資を買い占める人も出て来るため、どうしても価格統制だけでは十分ではないケースもあります。
そこで、この国民生活安定緊急措置法には、ほかにも、政令で指定した生活関連物資の割当て、配給、譲渡制限などを決めることができる、とする規定も設けられています。
国民生活安定緊急措置法 第26条(割当て又は配給等)
物価が著しく高騰し又は高騰するおそれがある場合において、生活関連物資等の供給が著しく不足し、かつ、その需給の均衡を回復することが相当の期間極めて困難であることにより、国民生活の安定又は国民経済の円滑な運営に重大な支障が生じ又は生ずるおそれがあると認められるときは、別に法律の定めがある場合を除き、当該生活関連物資等を政令で指定し、政令で、当該生活関連物資等の割当て若しくは配給又は当該生活関連物資等の使用若しくは譲渡若しくは譲受の制限若しくは禁止に関し必要な事項を定めることができる。
要するに、1人あたり必要な数量を国民にちゃんと行きわたらせるために、政府が強制力をもって命令する、という仕組みですね。そして、強烈なのが「罰則」です。
国民生活安定緊急措置法 第37条
第二十六条第一項の規定に基づく政令には、その政令若しくはこれに基づく命令の規定又はこれらに基づく処分に違反した者を五年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨の規定及び法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関して当該違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する旨の規定を設けることができる。
要するに、第26条第1項の配給等の政令には、「違反したら5年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される」、などの規定を、その政令の中に書いて良い、という規定ですね。
もちろん、こんな戦時中みたいな仕組みを導入すると、行き過ぎれば自由主義経済の仕組みが破壊されかねません。
このため、「指定物資」「特定物資」「配給」などの措置を取る時には「政令」で決定しなければならないとされているのに加え、政府はおおむね半年に1回はこの法律の施行状況を国会に報告しなければならないとされているのです(第28条)。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、物流に何らかのパニックが生じれば、特定の品目を狙い撃ちにして買占めが行われ、酷いケースになるとそれらを高値で転売しようとする輩が出て来るのは、残念ながら、世の常です。とくに昨今、インターネット上の競売サイトなどが充実しているため、こうした転売が過熱しやすいのも当然でしょう。
もっとも、「指定物資」「特定物資」「配給」は、いずれも政令で決めなければならないため、どうしても時間が掛かります。また、厳しい罰則を適用することができるのは「特定物資」「配給」であり、「指定物資」だとそもそも有効な罰則がありません。
日本は法治国家である以上、法律に定めていないことは適用できません。こうした特徴を踏まえ、政府が法律をどのように適用するのかについては、興味深いところです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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この法律が実際に実施されないことを望んでいます。
実際にどこが行うのか分からないので妄想ですが、国は県にやれと命令し、県は各市町村に指示し、末端行政担当者が年度末や新年度の繁忙期に本来の業務以外を集中的に遂行させられる。
決まれば職務として執行するのが当然ですが担当者は気の毒だな。
国民一人一人の自覚が欲しいな。
仕事嫌いで無責任な小人の妄想でした。
修正です。
県を都道府県と読み替えてください。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200303/k10012312051000.html
野党4党 新型コロナウイルスの検査促進へ法案を共同提出
>法案では、厚生労働大臣に検査の実施件数と結果の公表を義務づけ、国や都道府県などは検査体制の整備に必要な措置を講じるとしたうえで、民間企業や医療機関も支援するとしています。
超余計なことしかしないなw
>厚生労働大臣に検査の実施件数と結果の公表を義務づけ
うっわ、現実的に考えた時一番やっちゃいけないことを「やれ」って言ってるんですね。
頭おかしいんですかね。
だって野党は日本を破壊するために政治活動しているんですから、一番やっちゃいけないことを野党が「やれ」と主張するのは当たり前ですよ。
まさか野党も日本国民のために政治活動してるなんて子供みたいなことを信じてませんよね。
まさにいわゆる「ゼークトの組織論」における「無能な働き者」ってやつですね
(実際にはゼークト大将の言ではないらしいですが)
>制定されたのは昭和48年、つまり1973年のことですが、時期的にはちょうど「第1次オイルショック」のころです。
本内容とはあまり関係ないのですが、オイルショックの紙騒ぎは今でも覚えていますね。一人1箱(「箱」とは少し違いますね)だったので、家の者に言われて、子供までもが列に並びました。
何故トイレットペーパーがなくなるのか聞いても、「石油がなくなるから」の一点張りで、小生の疑問に明確に答えてくれる大人はいなかったと記憶しております。
浅間山荘、紙騒動、長嶋茂雄引退と一年毎に記憶に残る事が立て続けにあった時代です。
約50年前になるんですね。小生も年をとりました。
駄文にて失礼します。
>国全体が「石油不足」からパニックになり、なぜか全国の店頭からトイレットペーパーが消えるという椿事が発生しました。
あのオイルショックの頃、まだ、ジョシコーセイでしたが、なんで石油価格の高騰がトイレットペーパー??? 今でも判りません(笑)。
さて、この騒動の初めに、発生源の中国の動画でマスクを求めにきた男性に従来の10倍以上の価格が提示され、激高すると言うのがありました。
なにが言いたいかと言うと、標準価格なるものを設定したところで、その違反に対する罰則がなければ意味がないと言うことです。私個人としては、日本人の民度に期待したいとこですが、あえて糾弾を覚悟の上で申し上げると、日本国内には日本人だけが居住している訳ではありません。
いまや神話となってしまった日本人の民度に寄っかかった法律の内容は笑いものです。
「特定物資」への指定?ここでようやく違反に対する罰則みたいなものが登場しますね。
でも、まだ甘い気がいたします。この法律は国内の業者を規制していますが、購入者を規制していませんよね。国内の市場から品物を隠し、海外の闇ネット市場で売買するケースには、どうされます?
先に申し上げた動画のなかで、激高する男性に売り場の店員が「この値段でも買うひとはいるんだ。」とうそぶいていました。つまり、需要さえあれば、どんな値段でも売れると言っています。この時代です。こうしたことは抜け道を見つけます。
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