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中国向けに調査するなら与信より「パンダ債」では?

昨日のロイターの報道によると、金融庁は本邦の金融機関に対し、中国ビジネスの現状についての緊急調査に着手し、「各行につぶさに報告する」よう要請したそうです。いつも不思議なのですが、金融庁はBIS統計等に目を通していないのでしょうか?いつも当ウェブサイトで報告しているとおり、そもそも本邦金融機関の中国とのかかわりは、日本の金融機関の資産規模や中国の経済規模に照らし、驚くほど薄いのです。さすが、AIIBにゼロ%リスクウェイトを付与し、本邦金融機関がパンダ債を発行したときに何も文句を言わなかった組織です。

日本の金融機関と外国との関わり

以前から当ウェブサイトでは、国際決済銀行(BIS)の統計データなども使いながら、日本が「世界最大の債権国」であること、日本の金融機関が貸している・投資している最大の相手先は米国であり、これにケイマン諸島が続くこと、などについて示してきました(図表1)。

図表1 日本の全世界に対する対外与信(リスク移転後、上位10先、2019年9月)
相手国 金額 比率
米国 1兆7821億ドル 40.76%
ケイマン諸島 6095億ドル 13.94%
フランス 2126億ドル 4.86%
英国 2103億ドル 4.81%
ドイツ 1293億ドル 2.96%
オーストラリア 1205億ドル 2.76%
タイ 1002億ドル 2.29%
ルクセンブルク 964億ドル 2.21%
中国 787億ドル 1.80%
カナダ 761億ドル 1.74%
その他 9561億ドル 21.87%
合計 4兆3718億ドル 100.00%

(【出所】日銀『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』より著者作成)

また、日本の金融機関の与信相手国は先進国(欧州と米国、豪州など)とオフショアに集中しており、これらの地域だけで全与信の9割弱を占めています(図表2)。

図表2 日本の金融機関の対外与信先
相手国 金額 構成比
先進国(米国等) 1兆2212億ドル 34.58%
オフショア 1兆0091億ドル 28.57%
先進国(欧州) 8961億ドル 25.37%
アフリカ・中東 732億ドル 2.07%
アジア・太平洋 2168億ドル 6.14%
欧州 272億ドル 0.77%
中南米 660億ドル 1.87%
国際機関 220億ドル 0.62%
合計 3兆5316億ドル 100.00%

(【出所】日銀『BIS国際資金取引統計および国際与信統計の日本分集計結果』より著者作成。なお、「先進国(米国等)」には豪州、カナダ、ニュージーランドが含まれる)

先進国とオフショアで9割近く

もっとも、『韓国ネームのサムライ債残高「3000億円割れ」も?』などでも説明しましたが、ケイマン諸島に対する6000億ドルを超える与信の正体は、おそらく日本の金融機関が投資する仕組債、仕組ローン、リンクローンなどの投資ビークルの所在地であるに過ぎないのでしょう。

米国とケイマンを除けば日本の金融機関の対外与信先は意外と分散が効いており、両地域を除く最大の対外与信先であるフランスに対する与信金額は2126億ドルで、これは日本の対外与信全体の5%弱に過ぎません(※といっても、1ドル=110円換算で23兆円という途方もない金額ですが…)。

そして、フランスに対するこの2126億ドル(≒約23兆円)という与信額は、アジア・太平洋全体に対する与信額2168億ドル(≒約24兆円)とほぼ等しく、このことから、日本はアジアに所在するわりに、金融に占めるアジアのシェアが低いことがわかります。

金融庁の緊急与信調査

さて、こうしたなか、いつも余計な仕事ばかりすることで知られる官庁・金融庁が、邦銀の中国ビジネスの緊急調査に乗り出した、という話題が出ています。

金融庁、邦銀の中国ビジネスを緊急調査 新型肺炎拡大で=関係筋(2020年2月19日 17:23付 ロイターより)

昨日付のロイターの記事によると、金融庁は邦銀の中国ビジネスの現状についての緊急調査に着手し、「新型肺炎の感染拡大を受け、各行につぶさに報告するよう要請」したそうです。

正直、オフサイトモニタリング項目に書かれていないようなことをいきなり要請されても、金融機関の現場は混乱するだけだと思うのですが、ナンセンスなのが次の記述です。

邦銀の中国での融資はメガバンクを中心に7兆円を上回る/金融庁は、中国景気が減速感を強めれば与信費用が想定以上にかさむリスクがあるとして、引き続き与信管理の徹底を求めている

これだけだと、あたかも「え?中国に7兆円も貸しているんですか!?」と驚いてしまいそうになりますが、図表1で見ていただければわかるとおり、中国に対する与信残高は787億ドルと円換算で9兆円に満たない金額で、しかも大々的に国際与信業務を行っている金融機関は大手金融機関に限られています。

(ロイター記事と図表1の金額が異なっている理由は、おそらく、集計している金融商品の範囲が異なっているだけのことだと思います。)

この点、わが国の地銀等に影響があるとすれば、公募サムライ債などを通じた間接融資ですが、日本証券業協会が公表する『公社債便覧(2019年3月末現在)』によれば、中国企業によるサムライ債発行額は1000億円に過ぎません。

ちなみにわが国の国債発行残高が1000兆円を超えている(※財投債、短期国債等を含む)ことを踏まえるならば、「1000億円」という金額は、公社債市場においてほぼ存在しないのに等しい金額でもあります。

なにが「与信費用が想定以上にかさむリスク」なのでしょうか。果たして金融庁の担当官は国際与信統計を見ているのでしょうか?

本当の中国リスクを看過する金融行政

本邦金融機関の中国本土におけるオペレーションでリスクが高いのは、資産側の与信(貸出金、債券等)ではありません。元建て債券(いわゆる「パンダ債」)を含めたオンショア負債の方です。

これについては当ウェブサイトでは2018年5月の時点で、『危険なパンダ債と「日中為替スワップ構想」』という論考の中で説明したほか、2018年11月に日中為替スワップが締結された際の『通貨スワップと為替スワップを混同した産経記事に反論する』などでも説明したとおりです。

また、ロイターの記事では、「金融庁は7日付で主要行、地方銀行宛てに従業員の健康管理やきめ細かな事業者支援などを要請した」とありますが、それこそこの手の「箸の上げ下げにまで口を挟む」ような金融行政は有害ですらあります。

金融庁は、昨年12月に金融検査マニュアルを廃止した趣旨を、もう忘れたのでしょうか。

また、金融庁といえば、中国が主導して設立した国際開発銀行である「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)に「ゼロ%リスクウェイト」を付与した組織でもあります(『金融庁よ、AIIBにゼロ%リスク・ウェイトを適用するな!』参照)。

幸いなことに、現状、AIIBは「鳴かず飛ばず」の状況が続いてはいますが(『日本が「バスに乗り遅れた」AIIBの現状・最新版』参照)、万が一、AIIBが将来的に債券を大量発行するようになれば、本邦金融機関が積極的に中国リスクを取りに行く可能性はかなり高いです。

金融庁が本邦金融機関に生じる中国リスクを最小限に抑えたいのであれば、まずはAIIBに対するゼロ%リスクウェイトの撤回から始めてはいかがでしょうか?

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

金融庁の前身は、大蔵省(現・財務省)から金融機能を分離した「金融監督庁」です。

ただ、そのわりに外国為替についてはいまだに財務省が監督官庁となっており、中途半端感は否めません。あくまでも個人的意見ですが、大蔵省(現・財務省)から分離すべきは、金融機能ではなく、予算機能(主計局)と徴税機能(国税庁)だったのではないかと思います。

もしコロナウィルス騒動が落ち着いたら、省庁再編をもう一度議論しても良いのではないでしょうか。

新宿会計士:

View Comments (7)

  • 更新ありがとうございます。

    まったく金融庁や財務省とかいう役人どもは、いったいまともな仕事をしているのでしょうか?今頃になって、「中国の失速が大きいので調査せよ」って、もう情けないというか。
    一言で言うと「邪魔シイ」ですね(笑)。早くカネの入り口と出口を分けなさい!

  • 対外与信の上位を見ると対韓国は「その他大勢」に含まれれるようで結構ですな。

    グランドケイマン島には一度だけ観光で行った事がありますが、淡路島の半分程度の島に広大なフランスに対しての3倍の与信が日本から提供されていると言うのは興味深いです。

    処でこの統計には日本の銀行が韓国の企業相手に発行する信用状は含まれているのですかね?

    現在1米ドルに対して1,204.64ウォンと韓国の通貨が暴落しているので心配です。

  • > 大蔵省(現・財務省)から分離すべきは、金融機能ではなく、予算機能(主計局)と徴税機能(国税庁)だったのではないか

     そういえば飛鳥時代から明治時代に至るまで、日本の官庁では歳入、徴税は民部省、歳出は大蔵省と別の官庁がやってましたね。そして地方の人達の生活を楽にさせるために減税を主張する民部省と、もっと多くの税収を欲しがった大蔵省が対立し、それが両省合併を主張する木戸孝允ら長州派と、反対する大久保利通ら薩摩派の争いに発展しました。
     明治4年に民部省は大蔵省に吸収され、明治6年に内務省が分離します。民部省の所管行政は内務省に移りましたが、徴税部門はそのまま大蔵省に残ります。財務省に主計局、主税局があるのは、民部省の主計寮(かずえりょう)、主税局(ちからりょう)の名残りですね。人名なら熊本城を建てた加藤主計頭清正公、大石内蔵助の長男・大石主税良金に残ってます。

     だから徴税部門を分離する、となると総務省に移管して民部省の復活みたいな事を考えました。主計局は財務省に残るとして、主税局、関税局、国税庁を総務省へ移管する事になるのでしょうかね。いっそ厚生労働省から社会保険料に関する仕事も移して「歳入庁」を総務省の外局にするのも一案かと。

    • あ、新宿会計士様は主計局の方を分離という意見でしたね。じゃ主計局も一緒に総務省へ移管って事で。

  • 会計士さま

    とうとう、ウォンドル相場、1200ウォンを超えましたよ!
    これは事件です。
    新宿会計士さまが、何度も記述していた、外貨、ドルがとうとう不足して対応できなくなってきたのではないでしょうか?

    このまま、明日も、ウォンの価値が落ちた場合、デフォルトの道へとまっしぐらになるのか、それとも介入して持ちこたえるのか?
    いずれにしても、我が国は助けてはいけません。
    スワップなどもってのほか。
    さっさと韓国国内の資産の整理をして、逃げるべきと思いますが!

  • >くまでも個人的意見ですが、大蔵省(現・財務省)から分離すべきは、金融機能ではなく、予算機能(主計局)と徴税機能(国税庁)だったのではないかと思います。

    全くもって新宿会計士様の御説に諸手を挙げて賛成です。

    国税庁は日本年金機構と統合して歳入庁とし、省には属さない独立した庁(最初の人員は国税庁などからだが財務省との人員交流は許さなくする)とすべきですし、予算機能を一括して内閣府に移し、内閣が国会審議に提出する予算案に関して全権限と責任とを負う(その為に、各省の予算に関して審査・調整を行わせるための人員を各省から出させる)ようにすべきです。

    財務省を解体しない限り日本に明るい未来は有り得ません。