X
    Categories: RMB金融

デジタル人民元と犯罪資金、そして最新BIS統計

最近、国際決済銀行(BIS)が非常に重要な統計をアップデートしました。これは3年に1回公表されている、国際的な外国為替・デリバティブ市場における取引量を調査したものであり、とくに外為市場においては、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドという「4大通貨」の地位はいささかも揺らいでいないものの、人民元が着実にシェアを伸ばしつつあることは事実です。これに加えて、最近では中国当局が「デジタル人民元」なる取引基盤を作ろうとしているのですが、もしこんなものが世界に普及しようものなら、「ならず者国家」がこぞってテロ資金、犯罪資金などの決済に使うかもしれません。

デジタル人民元という悪い冗談

数日前、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に、こんな記事を発見しました。

Brace for the Digital-Money Wars(米国時間2019/12/07(土) 00:00付=日本時間2019/12/07(土) 14:00付 WSJより)

これは、暗号通貨のように米国当局が監視できないカネの流れが増えている、という記事であり、こうした状況を加速させようとしているのが「デジタル人民元」だ、という指摘です。

この「デジタル人民元」とは、中国の金融当局(あるいは中国共産党)が支配する金融プラットフォームにおける決済基盤のことを意味していると考えて良いでしょう。

WSJの記事が示す懸念とは、中国がこうしたデジタル人民元の決済基盤をいち早く作ってしまい、万が一、北朝鮮がミサイル開発などに関連して行う金融取引をこの「デジタル人民元」によって行うようになれば、米国の金融当局が北朝鮮のカネの流れを把握できなくなってしまう、という点です。

この点については、確かにそのとおりでしょう。

米ドルは事実上の国際的な基軸通貨であるため、北朝鮮に限らず、米ドルを使った決済は盛んにおこなわれており、それはテロ、犯罪、「ならず者国家」の核開発などの反人類的な資金決済の世界であっても同じことです。

実際、北朝鮮が関わる違法な「瀬取り」行為においても、バルクキャッシュ(大量の紙幣)の授受が摘発された事例も多いのですが、北朝鮮はあの手この手で米ドルを不正に使って決済をしようとしています。

この点、WSJが指摘する「デジタル人民元」が普及してくれば、胴元が胴元だけに、イランや北朝鮮を筆頭に、米国と敵対する「ならず者国家」が好んでそれらを使うようになるでしょうし、そうしたシステムは米国など国際社会の監視の目が行き届かないという可能性が極めて高いといえます。

BIS統計から見る人民元の急成長

ただし、人民元の取引高が、近年、急激に増えていることは事実です。

国際決済銀行(BIS)は3年に1回、店頭の外為市場・デリバティブ市場の状況に関する調査を実施して公表しており、最新の修正版がつい先日、公表されています。

Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Over-the-counter (OTC) Derivatives Markets in 2019(2019/12/08付 BISウェブサイトより)

この調査によれば、2019年4月における外為市場の取引高の1日平均値について、「通貨ペア」の構成を調べたところ、1位から4位まではほぼ「いつもの顔ぶれ」だったようですが、人民元が着実にシェアを伸ばして来ていることが明らかになっています(図表1)。

図表1 OTC外為市場通貨ペア比率(単位:%)
通貨 2013年 2016年 2019年
米ドル 87.04 87.58 88.30
ユーロ 33.41 31.39 32.28
日本円 23.05 21.62 16.81
英ポンド 11.82 12.80 12.79
豪ドル 8.64 6.88 6.77
加ドル 4.56 5.14 5.03
スイスフラン 5.16 4.80 4.96
人民元 2.23 3.99 4.32
香港ドル 1.45 1.73 3.53
NZドル 1.96 2.05 2.07
その他 20.69 22.01 23.13
合計 200.00 200.00 200.00

(【出所】BIS “Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Over-the-counter (OTC) Derivatives Markets in 2019 (Data revised on 8 December 2019)” の “Foreign exchange turnover” より著者作成。なお、「通貨ペア」が集計されているため、合計すると100%ではなく200%となる)

ちなみに日本円のシェアが高い理由は、おそらく、巨額の資金を保有している日本の機関投資家による取引フローが、スポット取引だけではなく、為替スワップや通貨スワップなどといった全体のボリュームを押し上げているためだと考えられます。

ちなみに中国は世界第2位のGDPを誇る国ですが、人民元については、スポット、フォワード、為替スワップなどの比較的シンプルな金融商品の市場が整備されつつあるようですが、通貨スワップなどの複雑な金融商品についてはほとんど取引ボリュームがないため、取引量はスイスフランに劣後している状況です。

しかし、2004年には世界の外為市場の0.1%を占めるに過ぎなかった人民元が、法治主義を重視する西側諸国の通貨を押しのけ、わずか15年でここまで伸びたことについては、もう少し危機感を持った方が良いかもしれません。

WSJが人民元を軽視するが…

こうしたなか、WSJには昨日、こんな記事も掲載されています。

China’s Yuan Punches Below Its Weight(米国時間2019/12/10(火) 03:49付=日本時間2019/12/10(火) 17:49付 WSJより)

これは、人民元の取引ボリュームがGDPと比べてまだまだ低いとするものであり、「世界最大の貿易大国であるわりには、年間の輸出入総額に占める割合は主要国通貨と比べて低い」、などと述べるものです。

参考までに、この記事の元になっていると思われるBIS統計のデータ(※大容量注意!)を引用しておきましょう。

外国為替取引高の輸出入高に対する倍率
コード 通貨名 倍率
USD 米ドル 273
AUD 豪ドル 188
JPY 日本円 160
GBP 英ポンド 127
CHF スイスフラン 103
NOK ノルウェークローネ 102
CAD 加ドル 81
HKD 香港ドル 43
EUR ユーロ 40
KRW 韓国ウォン 26
INR インドルピア 24
CNY 人民元 14

(【出所】BIS)

このデータは、もともとは一連のBISレポートのうち、ある研究員が執筆した部分のうちの「オンショア人民元の取引高(Renminbi turnover tilts onshore)」(同P15)に掲載されていた図表のものですが、WSJはこのデータをもって「人民元はまだまだだね」と結論付けている、というものです。

もちろん、人民元(とくにオンショア人民元)は国際的な金融商品取引の決済などに適さないため、シンプルに外国為替取引高を貿易高で割った数値が低くなるのは当然でしょう。

※ちなみにWSJは、「ユーロの倍率が低いのは域内貿易が多いため」だと述べています。また、米ドルや日本円の場合も、もともと米国や日本は貿易高のGDPに対する比率が低く、かつ、OTCデリバティブなどに使用されるためだと考えられます。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

いずれにせよ、人民元はまだまだ国際的な市場(とくにOTCデリバティブ市場)において存在感を発揮しているとは言い難いものの、その伸長を過小評価するのはいかがなものかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (8)

  • Dark Webをご存じでしょうか。
    https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2017/0803/

    ちなみにWikipediaの記述は見事にDark WebとDeep Webを混同しています。
    存在そのものは技術的に破れないので、労力をサボった機械的な監視は不可能ですが、人力による囮捜査などで、Dark Webを使用した薬物や武器などの違法取引を摘発しています。

    暗号通貨はその性格上、流通総量を簡単に増やせないという欠点があります。
    また量子コンピューターなどが実装されれば基盤が一瞬で崩壊するかもしれません。
    もし、人民元が暗号通貨を噛ませたら、そんなリスクを内包することになりますがさて。

  • 普通に考えれば、閉鎖経済での流通通貨をデジタル化したところで、通用するのは国内決済に限られるのだと思います。

    けれども、その体制を維持したまで中華資本の影響力の大きいASEAN諸国を対象に「デジタル通貨を用いた経済覇権の拡大」を目論んでるってことなのでしょうか?

    確かにデジタル通貨決済なら、劣化紙幣の更新コストや煩わしい為替換算の手間も解消できるのでしょうし・・。

    もしも管理技術的な問題がクリアできるのならば、日本円もデジタル通貨の国際化を迅速に普及推進すればいいと思うんですよね。
    紙幣額面が高額すぎる問題もデジタル流通では解消されるのだし、通貨単位も海外限定で「銭の単位」を有効にすれば、使い勝手のよい通貨と認識されるはずなのですから。

  •  ₩が今秋当たり1$=1200₩を突破しそうです。KOSPIが上がったり下がったりしていますので、恐らく株を売って得た資金で₩を売り、安くなった株を外貨で買うみたいな感じでしょうか。それを繰り返しているうちに₩がある程度まで下がった時に、株を売ってさらに₩売りに出ると、株と₩のダブル安が起こりそうですね。

     株を買い支えているのは恐らく韓国の年金ではないかと思われます。このままいくと、韓国の年金自体がなくなってしまう可能性があります。

     小生は10年以上韓国で働いているので、韓国の年金をもらえる権利を有していますが、もしかしたらなくなるかも知れません。

     因みに小生の様な現地就職者は日韓社会保障協定が適用されません。つまり、 受給資格を得る前、10年に満たずに帰国する場合でも、一時金の返還などはなく払い損になります。

     日本人技術者の場合、年金機構に払い込む額がかなり大きいので、韓国の年金機構としてはウハウハです。なぜなら、ほとんどが10年未満で帰国するからです。

     小生は下記URLをご覧ください。

     https://www.konest.com/contents/korean_life_detail.html?id=2369

     これは日本と韓国との不平等な取り決めの一つです。

     韓国側の主張は韓国の年金制度が始まってまだ20年にも満たない状況であり、日本の年金加入要件である25年を満たすことが困難である(2012年の時点)。

     しかし、日本と同じような制度を持つ国はいくつかあり、その国の人の在韓労働者には一時金を支給します。

     この韓国年金は日本だけ特別扱いにして、日本人労働者から支払われる年金で自国の不足分の足しにしようとする魂胆です。

     これは未だに変わっていないと思われます。小生は10年経過したので、65歳から韓国の年金を受け取る資格がある事を、韓国の年金機構から通知されました。

     あまり関係ないことですみません。

     駄文にて失礼します

    •  韓国在住日本人様

      タイの年金は1999年に始まりました。

      外国人も15年以上の加盟で55歳より受け取れます。

      また、15年未満の時は一時金で受け取れますし

      15年以上でも希望すれば一時金で受け取れます

      私は在職11年だったので一時金を受け取りました。

      支払った金額相当分くらいはありました。会社負担分も

      あったので自己負担分の倍額受け取ったことになります。

      また、退職しても健康保険は継続できるので、

      年金生活者としては助かっています。

       チェンライ在住団塊爺

  • 先日、妙沸さんという中国専門のユーチューバーの動画で中国が仮想通貨の促進を
    打ち出したとたんに慌ててそれを止めだした、というニュースがありました。
    習近平がなんと「仮想通貨の父」と呼ばれる勢いだったのが一気に霧散したそうです。

    仮想通貨(暗号通貨)により、中国から大規模な資本逃避が始まるのを察知した
    当局が取り締まりを始めたとのことでした。

    今、中国経済は大規模な不況が始まっているのではないかと感じます。
    大企業の倒産、銀行の破綻、地方債のデフォルトなどが次々と起きています。
    なぜか日本のマスコミは報道しませんが世界は注目しています。
    富裕層が資産を海外へ逃がしたい状況になっていると思います。

    •  匿名様

      妙佛さんのyoutubeは参考になりますね。

      まだの方は是非ご覧ください。

  • ブロックチェーン技術は一応勉強しましたが(暗号化技術との関係で),数学に強くないと難しいと思います。習近平さんは理解できたのかな?Bitcoinと同じ原理なら,発行者の管理を離れて勝手に流通してしまうので,中国国内の資金の海外逃避を助けてしまいますね。発行者が管理できる仕組みもあるそうですが,中国がどういうシステムを考案したのか,情報を持っていません。そもそも,AlipayとかWechat payより,どういう点で良いと考えたのでしょうかね?

  • 別に新しい技術があるわけではないので話は違いますが、最近、「銀聯・Union Pay」のマークが店舗で目立つようになりましたよねえ。
    2015年の時点から、なんとVISAの決済額を超えたそうで、中国のマネーパワーの一端をうかがわせる話です。