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突如浮上の「GSOMIA延長」は米国にとっても悪手

韓国保守系メディアの危機感と「GSOMIA延長論」』でも触れたとおり、ここ数日、日韓GSOMIA延長の可否を巡る議論が、韓国側で非常に盛り上がっています。なかでも本日、韓国メディア『ハンギョレ新聞』が、「米国がGSOMIAについて、日韓が問題の解決策を見つけるまで先送りしよう」などと提案した、と報じています。この報道が事実だとすれば、日本にとってだけでなく、米国にとっても「悪手」です。

続・日韓GSOMIA論

韓国保守系メディアの危機感と「GSOMIA延長論」』では、『秘密軍事情報の保護に関する日本国政府と大韓民国政府との間の協定』(いわゆる日韓GSOMIA)の破棄を巡る米韓のやり取りや韓国国内の保守派メディアの動きについて、現状を簡単にまとめておきました。

ここでも触れましたが、当ウェブサイトが抱いている仮説は、次のとおりです。

日韓GSOMIA仮説
  • (1)日韓GSOMIAの破棄は、韓国にとっては「①日本の輸出管理適正化措置などを撤回させるための瀬戸際外交」という意味と、「②米韓同盟を揺さぶるための布石」という意味がある
  • (2)しかし①については、肝心の日本政府が日韓GSOMIA破棄を「残念だ」で済ませ、いつまで経っても「外交カード」として認識してくれていないため、韓国政府としては思惑が外れた格好となっている
  • (3)一方の②については、むしろ米国から存外の反発を喰らい、また、北朝鮮からの弾道ミサイル発射が相次ぐなかで、性急すぎる米韓同盟終了に国内の保守系から政権が強い批判を浴びている
  • (4)したがって、韓国国内では保守派メディアを中心に、現在、「日本の譲歩がなかったとしても、無条件で日韓GSOMIAを延長すべきだ」とする主張が強まりつつある

この推論の(1)部分が正しいのかどうかは、正直、現時点ではよくわかりません。しかし、(2)~(4)部分については、さまざまな情報源から確認することが可能であるのに加え、(1)~(4)の流れは説明としては自然であるため、この一連の仮説はまったくのピント外れではないと自負しています。

ハンギョレ新聞「米国がGSOMIA終了延期を提案」

こうしたなか、この「日韓GSOMIA仮説」の正しさを間接的に証明しているような記事が、韓国メディア『ハンギョレ新聞』(日本語版)に掲載されています。

米国、GSOMIA「終了延期」を代案として推進(2019-11-08 08:07付 ハンギョレ新聞日本語版より)

韓国政府はこれまで、日本の輸出管理適正化措置が撤回されない限りは日韓GSOMIAを破棄するという方針を明確にしてきましたが、ハンギョレ新聞によると、米国側は現在、「日韓GSOMIAの終了日」を延期するよう、日韓と「水面下の調整」を図っているのだそうです。

報じているのが文在寅政権に近いハンギョレ新聞ということであり、また、ハンギョレ新聞の情報源が「外交消息筋」であることから、この情報をどこまで信頼して良いのか、という疑念があることは事実でしょう。

ただ、それと同時に、8月22日に韓国が日韓GSOMIAを破棄すると発表したことに対し、むしろ日本よりも強く反発したのが米国であったという事実に照らせば、米国政府がこのような調整を日韓に働きかけていたとしても不思議はありません。

したがって、このハンギョレ新聞の報道を、ハナから「どうせ虚報でしょ?」となど決めつけるのは、不適切であるように思えてなりません。

いや、むしろこのハンギョレ新聞の報道には、それなりの信憑性すらあります。というのも、記事の末尾で

米国はこのような形を通じてでも、ひとまずGSOMIAの終了を阻止するために奔走しているように見えるが、日本の輸出規制に変化がない限り、韓国にとってはGSOMIAの終了決定を覆す方向で動く名分がない。

と、米国の動きを批判しているからです。

このことから、このハンギョレ新聞の報道自体、米国の「日韓GSOMIA延長論」をスクープすることで、逆にこうした動きを封殺するためのものではないか、とすら思えてしまうほどです。

もっとも、ハンギョレ新聞は「外交消息筋」が7日、「理論的に見れば、協定終了を通知しても、双方が同意すれば再延長や終了の延期は可能だ」、「韓日両国が終了日を延期するという内容の合意文を作るだけで済む」と述べた、とも報じています。

この下りについては、『韓国保守系メディアの危機感と「GSOMIA延長論」』でも紹介した、韓国メディア『中央日報』(日本語版)の『韓国当局者「日本が余地与えず、GSOMIA延長の可能性50%未満」』という記事とは部分的に整合していません。

このため、やはり記事の信憑性は半々、といったところでしょうか。

スタンドスティル協定

それはさておき、個人的にこのハンギョレ新聞の記事を読んで真っ先に思い出したのは「スタンドスティル協定」です。

過去に『「米国が日韓に通商紛争休止呼びかけ」記事をどう見るか』などでも紹介したとおり、この「スタンドスティル協定」とは、「両国がさまざまな懸案をいったん棚上げにし、紛争を中断する」という協定のことだそうです。

これを報じたのが、虚報が極めて多いことでも知られるロイター(英語版)であることに加え、昨今の日韓関係悪化局面においては、関係悪化の原因を作ったのが一方的に韓国の側であるという事実を踏まえると、こうした「スタンドスティル協定」の締結は現実的ではありません。

ただ、それと同時にときどき当ウェブサイトの読者コメント欄でもご指摘をいただくとおり、米国という国はあまり外交が得意な国ではありません。

以前、当ウェブサイトのコメント欄に、いつもシャープなコメントを寄せてくださる「りょうちん」のハンドルネームの読者の方から、こんな趣旨のコメントを頂いたことがあります(大意を変えない範囲で、表現については一部変えています)。

米国は非常に強大な国であるため、逆に「超一流の外交専門家」が育つ土壌がないため、米国内の自称外交専門家はあくまで米国の論理フレームでしか思考できず、外交の専門家としてはみな二流以下である

この視点は非常に重要です。

過去の「スタンドスティル協定」自体、続報がないため、これがロイターのでっち上げ報道だったのか、あるいは米国務省の独走だったのかについて判断することは難しいのですが、「米国ならその手のことをやりかねない」という点については十分に警戒しておくことが必要でしょう。

韓国にとって好都合な側面も

一方で、韓国国内は一枚岩ではありません。

現在、韓国政府の公式見解は、「日本が態度を変えない限りは日韓GSOMIAを予定どおり終了する」というものですが(たとえば聯合ニュース日本語版『韓日首脳の歓談 日本の発表は国際基準に合わない=韓国首相』参照)、日韓GSOMIA継続を望む声も散見されます。

たとえば、鄭景斗(てい・けいと)国防部長官は4日、国会で「私たちの安全保障に少しでも役に立つのであれば、このようなものを維持しなければならない」などと述べ、日韓GSOMIA延長が必要だとの認識を示しています(詳しくはJ-CASTニュースの下記記事などをご参照ください)。

韓国メディアが唱える「日韓対立への処方箋」 GSOMIA、ホワイト国…これで解決できる?(2019/11/ 5 19:41付 J-CASTニュースより)

つまり、韓国政府内にも「さすがに日韓GSOMIA破棄はやりすぎだ」との意見があるらしく、韓国政府にとっては日韓GSOMIA延長の「大義名分」があれば、喜んでそれに飛びつくかもしれません。

こうしたなか、ハンギョレ新聞が報じているような「米国の仲裁案」は、韓国国民に対しては説明がしやすい「外圧」です。要するに、「韓国政府としては日韓GSOMIAを終了させようと思ったが、米国からの外圧でこれが叶わなかった」、と言える、ということですね。

当ウェブサイトではしばしば指摘してきたとおり、日韓GSOMIAを巡っては、韓国政府は

  • ①「日本が一切譲歩してくれないから破棄した」となれば米国を激怒させる
  • ②「日本が一切譲歩してくれないが破棄しなかった」となれば韓国国民を激怒させる

というジレンマに直面しています。ここに第三の選択肢として、

  • ③「日本は一切譲歩してくれないが、米国の外圧のためやむなく破棄しないことにした」となれば、韓国国民の怒りが米国に向く

というパターンが出てくるのです。

日本は自然体を装いつつ、③を防ぐべし

このため、あくまでも「ハンギョレ新聞の報道内容が事実ならば」、という前提条件は付きますが、今後、おそらく韓国政府は、選択肢①に拘る勢力と、選択肢の③に飛びつきたがる勢力に分断されるでしょう。

また、日本から見れば、上記①~③のうち、①と②については決して悪い選択肢ではありませんが、③はできれば避けたいところです。

まず、①が実現したとすれば、日韓GSOMIA破棄は短期的には日本の安全保障にもさまざまな悪影響が生じるかもしれません。しかし、長い目で見たら、日韓GSOMIA破棄は日韓関係清算の過程のヒトコマに過ぎず、むしろ日本が自力で国防体制を構築する良いきっかけになります。

一方で②が実現したとしても、「日本が韓国の『瀬戸際外交』に乗っからずに、結果として勝った」という実例ができるため、これはこれでひとつの価値があります(※もっとも、この場合、韓国はWTO提訴などの攻勢を強めて来ると思いますが…)。

しかし、③が実現した場合には、今後は日韓間でなにか争い(というよりも、韓国側の一方的な不法行為)が仕掛けられたときに、米国がこれまで以上に日韓間の争いに首を突っ込むという前例になりかねません。

これは米国から見ても同じことがいえます。仲裁能力のない米国が下手に日韓問題に首を突っ込めば、日米の信頼にも傷が付きますし、長い目で見て米国の国益になりません。

もっとも、③の選択肢で日本にとって唯一良い点があるとすれば、日本は結果的に「米国に対して」恩を売った格好となりますので、うまく使えば日米関係において、日本の立場をさらに有利なものにすることに役立つかもしれない、という点でしょうか(※あくまでも「うまく使えば」、ですが)。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

いずれにせよ、日本は本件について、水面下では米国に対して「期限延長はあり得ない」と言いつつ、口先では「日韓GSOMIA破棄決定は残念だ」「韓国は賢明に行動してほしい」などと述べ、それ以外に余計なアクションはせずに事態を見守るのが得策であると思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (52)

  • 文章が、やたらと強気なのが、おかしいという印象です。
    続報が無いうちは、飛ばしの理解で良いのでは。

  • 仮に終了期限を1年間延期すれば、今のGSOMIAから
    自動更新条項を削除した形になるだけですよね。
    「実質、無条件延長と同じだ!断固反対!」という
    社説がハンギョレに載るんじゃないかな。

    本当にこういう動きがあるとしても、韓国世論に
    潰されると思います。

  • 延長したら、GSOMIAを通じて得た日本の情報力を
    韓国が献上品として北朝鮮や中国に差出しポイントを稼ごうとする未来しか見えませんね。

    ん?フッ酸横流しと同じ構図だな

  • >「韓日両国が終了日を延期するという内容の合意文を作るだけで済む」
    行政協定って、改正はそんなに簡単なんですかね?

    それはおいといて、アメリカのプレッシャーは結構続いてますね。「破棄するなよ(棒)」と思ってましたが、多少の知恵だしはしてるようで。

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    米国防長官、韓国などを歴訪へ GSOMIA維持を要請
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51937620Y9A101C1000000/

    米国防総省は7日、エスパー国防長官が13日から韓国などアジア4カ国を歴訪すると発表した。
    ---
    アメリカはいよいよ、国防長官のご出馬だそうです。
    の前に、アメリカの国防長官がいつ決まったのか覚えてない・・・

  • 日本としては原理、原則を貫いてて欲しいと思います。
    韓国は破棄、延長と言いますが、実際は破棄が通告されているので失効を待つ状態にあると思います。ですから延長ではなく最締結。
    韓国の不手際で起きた事案ですから日本に頭を下げるという意味で日本で調印するまではやって欲しいものです。
    アメリカの外圧ガ〜、日本の横暴デ〜、無能政府のおかげでプライドガ〜。で。
    韓国民はアメリカ、日本、韓国政府に激怒することになるかと思います。

  • てっかり、失効を前提とした次の手段を出してくるのかと思いきや、米国の担当者はとんだ大たわけですね。
    外交無能のご指摘もまさしくという体たらく。
    そしてこの件に関するトランプの無関心さも驚くべきものがありますね。

  • 楽韓さんで紹介されてましたが、RealMeterでGSOMIAの世論調査結果。

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    http://translate.google.com/translate?hl=ja&sl=auto&tl=ja&u=http%3A%2F%2Fwww.realmeter.net%2F%3Fckattempt%3D1

    日韓支所ミア終了決定、維持48%vs撤回38%
    ---
    延長しない決定の「維持」が48%、それを「撤回」(=協定延長)が38%です。
    支所ミアはGSOMIAです。

    文政権は難しい舵取りを迫られそうです。(NHK風)

  • ①を熱望ですが、③になってしまう気がします。
    ①の場合、格下げ、自動車関税等の報復が予想され来年4月の総選挙でムンはマズイ。
    日米としても、オリパラ、大統領選・予備選を前に大きな動きは避けたい。
    哀れで愚かな日本の為に1年待ってやる みたいな展開でしょうか。

    ただ、GSOMIA締結1時間前にドタキャンしてしまう国
    https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/review/4-2/4-2-4.pdf
    ですから何をするかわかりません。

    失礼しました。

  • もはや旧聞なのでしょうが、6日の午後、スティルウェル国務次官補は、
    外交部訪問の後、国防部を訪れる前、記者質問に答えて、素晴らしい議論を
    した、と答えたとか。中央日報の報道です。
    まあ、外交部や国防部とは話ができても、青瓦台と話が通じるかは別。
    関係ないけど、8日から二日間、ソウルのホテルで、サンフランシスコ体制を
    超えてという、学術会議が開かれるとか。これも中央日報。
    和田春樹やダデンなど、香ばしい人たちが集まるらしい。
    戦後秩序が終わって新しい枠組みを考えるならまだ分かるけど、それを
    間違いだからなかったことにしようなんて発想するのはいかがかと。

  • いつもの、「そんな事は言っていない」。

    怪談の内容が、こうも簡単に漏れてきてはね。
    情報管理して臨まない事になる。いつもの、脳内希望案件w。
    米国が対案を出したなら、日本に根回し済み?w

    • いつもの 様

      コメント大変ありがとうございます。

      >怪談の内容

      誤植~!!(笑)

      引き続きご愛読とお気軽なコメントを何卒よろしくお願い申し上げます。

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