日中韓友好という、1990年代の不思議な熱気

本日は時事ネタから離れ、私の大学生時代の想い出に、少しお付き合い頂けると嬉しいです。私は学生時代、本気で「日中韓友好」を信じていました。大学のキャンパスには中国人・韓国人留学生が多数、在籍していて、その中には今でも私と友人関係が続いている者もいます。ただ、1990年代に感じた不思議な熱気は、私の中で、いつの間にか、中韓両国に対する失望に変質していったのです。

今になって振り返る1990年代

多感な大学生時代、中国人・韓国人と過ごす

私は都内の某私立大学出身です。

私が大学時代を過ごした1990年代、そのキャンパスには、日中間3ヵ国連携という「熱気」がこもっていました。というのも、中国や韓国からの留学生が多く在籍していて、中国語などの授業を取る学生も多く、まさに日中韓3ヵ国の新たな時代の幕開けという雰囲気があったからです。

とくに中国人留学生は、おしなべて学習意欲が高く、また、優秀でした。

私たち日本人の学生は、彼ら留学生から良い意味で刺激を受け、お互い、切磋琢磨していたと思います。

(余談ですが、今でもそれらの中国人との交流は続いていて、彼らの半分は日本に定着し、中には日本人と結婚し、日本に帰化した、という友人もいます。)

また、その大学には韓国語講座がなかったものの、私は韓国人留学生の友人に、漢字の韓国語読みや簡単な韓国語のあいさつを教わったことをきっかけに韓国語に興味を持ち、独習。今でもハングル自体は読むことができます。

そして、キャンパスの中で、中国人と韓国人が日本人に混じって日本語で会話をしている日常を経験する中で、こうした「日中韓3ヵ国友好時代」が到来するに違いない、と希望を持ったのです。

「ポルジャンモリ」事件

大学のキャンパスの中では、国籍を問わず、日中韓の学生が交流し、お互いに切磋琢磨しながら、楽しい学生生活を満喫していました。

しかし、1990年代といえば、日韓摩擦に「中国ファクター」が混じり、複雑化していった時期でもあります。

1992年、中韓両国は国交を正常化。それ以来、中韓関係はあらゆる分野で急激に深化し、両国民の往来は激増していきます。

とくに経済的では中韓の結びつきは深く、韓国企業が丸ごと、中国に製造拠点を移すような事例も相次ぎました。また、直近時点においても、中国は韓国にとって、最大の輸出相手国でもあります。

これに対し、政治面では、中国と韓国は、少し距離を置いていました。というのも、韓国は米国と同盟関係にあり、また、北朝鮮問題を抱え、韓国としては米国との同盟をないがしろにしてまで、中国に接近することは控えていた節があるからです。

ただ、それでも1995年には、衝撃的な事件が発生しました。それが「ポルジャンモリ事件」です。

これは、1995年11月に、当時の大統領だった金泳三(きん・えいさん)が中国国家主席の江沢民(こう・たくみん)と並んで、日本に対して「ポルジャンモリ」と言い放った事件のことです。そして、この「ポルジャンモリ」とは、目上の人間が目下の人間を叱りつけるときに使う単語だそうです。

つまり、当時の韓国は、経済的には中国との関係を深めつつも、政治的には米国への配慮から中国への傾斜を控え、ただ、日本に対しては中国の威光を笠に着て叱り飛ばす、という姿勢を取り始めたのです。

では、なぜ米国ではなく日本を叩くのでしょうか?

その理由は非常に簡単です。日本は絶対に韓国に反撃して来ない(あるいは、「どうせ反撃して来ない」と、韓国政府が思っている)からです。

つまり、1990年代とは、日本社会には「日中韓3ヵ国連携」という理想(あるいは幻想)が蔓延する一方で、韓国は米中二股外交の一方で、米中双方に良い顔をするために、日本をスケープゴートにするという、今日にまで至る「黄金パターン」を開始した時期でもあるのです。

そして、中国は一貫して、「偉大なる中国の夢」の実現という国家目標を持っていました。しかし、当時の中国は1989年の天安門事件で国際社会から制裁を喰らっていたという状況にあり、必死に爪を隠していたのです。

日中韓3ヵ国とAUとアジア統一通貨構想

こうした1990年代の空気が醸成された理由は、やはり、ソ連が崩壊し、北朝鮮や中国などのごく一部を除いて、東側世界が自由化されたという解放感にあったのではないでしょうか?

そして、欧州連合(EU)が成立し、欧州が本格的な統合に向かうとの観測も、日本の知識人たちを興奮させました。中でもとりわけ大きなインパクトがあったのは、統一通貨・ユーロの成立です。

実際にユーロが発足するのは1999年のことですが、当時はそれに向けて、欧州為替変動メカニズム(ERM)が機能しており 1)ERMとは:1999年の欧州統一通貨発行に向けて、加盟国間の為替相場の変動幅を制限する仕組み。現在はデンマーク・クローネを唯一の対象通貨とするERMⅡが存続している。、異なる主権国家が同じ通貨を使うという、壮大な社会実験を、それこそ全世界の政治・経済学者は、固唾をのんで見守っていたのです。

当然、こうした「欧州の壮大な社会実験」が、わが国に影響を与えないはずがありません。

私が大学時代を過ごした1990年代の政治・経済論壇でも、しきりに、このERMやEUが取り上げられ、「欧州でもできることが、なぜアジアでできないのか?」といった記事も、多数発表されていました。

もっとも、今でこそ、ユーロという壮大な社会実験自体が、それこそ壮大な失敗だったということは、疑いようのない事実でしょう。特に、2008年以降の金融危機と、2010年以降散発した、ギリシャ国債を含めた「PIIGS 2)※PIIGSとは:ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの5ヵ国に代表される、政府債務GDP比率が高すぎるとされた国。あるいは、「財政破綻候補国」 デフォルト懸念」は、間違いなく金融史に残る事件です。

ユーロ圏が失敗した理由は、財政力、国力が全く異なる水準の国が、国家主権を残したまま同じ通貨に参加したからです。仮に、通貨統合がされていなければ、あるいは欧州統一財務省が創設されていれば、こうした危機を防ぐことはできたはずです。

ユーロ圏でさえ失敗したのですから、1人あたりGDP水準が全く異なる日中韓3ヵ国が共通通貨を創設すれば、あっという間に破綻するであろうことは、想像に難くありません。

その意味で、ユーロの創設が1999年よりも遅くなっていれば、AUとアジア統一通貨という構想が、実現に向けて走り出していた可能性もあります。実に危ない所でした。

人民元経済圏

ところで、以前『新聞配達の思い出』でも申し上げた通り、私は大学生時代の前半、新聞配達をして生計を立てていたことがあります。

勤務していたのは朝日新聞の専売所ですが、この専売所では、ほかに東京新聞を取り扱っており、また、「交換紙」と称して、近所の毎日新聞の専売所から毎日新聞を届けてもらっていました。

ほかにも、私が勤務していた専売所と同じ会社が経営する他の専売所では、産経新聞も取り扱っており、読売と日経を除く東京の主要紙を、ほぼ網羅していた格好です。

私が印象に残っているのは、ある年の毎日新聞に掲載された、「未来の日本の予測」という記事です。これは、近未来の日本が中国の領土になる、というもので、今になって振り返ると、じつにおぞましい内容でした。

日本のテレビの画面に中国国家主席が映し出され、中国の国歌が流れ始めると、その場に居合わせた日本人は、すべて中国語で国歌を斉唱し始める、というものです。

私の記憶ベースですから、正確ではない部分もあるかもしれませんが、だいたいこんな内容でした。

そして、その記事が毎日新聞に掲載されていたのは、おそらく1994年から1995年の正月前後だったと思います。

今になって思えば、毎日新聞は当時から日本という国家をなくし、中国の属領にすべく動いていたのかもしれません。

ただ、1990年代といえば、「いずれ中国は米国をしのぐ超大国になる」といった俗信があったのも事実でしょう。そして、米ドルに代わって人民元が基軸通貨になる、あるいは日本が人民元経済圏に取り込まれる、といった観測は、現在でも朝日新聞と毎日新聞を中心とする反日メディアで見ることができます。実際、2016年10月1日に、人民元は国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の構成通貨に加わった際も、そのような報道が相次ぎました。

(※もっとも、これについて私は『SDRと人民元と「国際通貨」』などでも申し上げてきたとおり、実際には人民元はハード・カレンシーの要件を全く満たしていないため、現状のままで見る限り、人民元が米ドルを押しのけて世界の基軸通貨になる可能性はゼロだと見ています。)

この年代をどう総括するか?

いずれにせよ、1990年代とは、都内の大学生が「日中韓3ヵ国連携」を本気で信じていたという、まことに稀有な時代だったのかもしれません。私自身も、「日中韓はアジア人同士、お互いに助け合い、未来に向けて発展していけるに違いない」という、今になってみればおかしな感覚を持っていたのです。

しかし、いまや「偉大なる中華帝国の復興」という邪悪な野心を隠しもしなくなった中国と、中国に擦り寄り、日本を欺いてでも有利な立場を得ようとする韓国とは、国単位で見て、友好関係など成立しません。

とくに、現在の中韓両国は、日本がやってもいない「南京大屠殺」や「従軍慰安婦強制連行」などの歴史犯罪を、さも事実であるかのように、世界に向けて喧伝している国であり、もはや立派な敵対国です。

日本は近隣諸国との関係を損ねないように努力しなければなりませんが、だからといって、日本が大切にする価値観を捻じ曲げてまで、これらの国とお付き合いすべきではありません。

ただし、先ほども少し申し上げましたが、学生時代には中国人や韓国人の学友もいて、彼らとの交流は、いまでも続いています。民族単位で日韓断交、日中断交などと叫ぶのは簡単ですが、国家と個人は別物です。日本との友好と共存を願ってくれる相手であれば、中国人であれ、韓国人であれ、私たちは友達になれると、私は今でも信じています。

その事だけは、付言しておきたいと思います。

結局、物事は落ち着くところに落ち着く

新聞販売店で感じた、メディアの腐敗体質

私が大学時代を過ごした1990年代といえば、もう1つの特徴があります。

それは、この時代こそ、新聞、テレビといった「既存メディア」にとっては、最後の最盛期だった、という事実です。

当時、全国紙で見て、読売新聞は朝刊の発行部数が1000万部にも達していましたし、朝日新聞も800万部で、日々、膨大な紙が印刷され、日本の津々浦々に届けられていたのです。

私は大学生時代、新聞配達の現場にいたので、新聞という巨大な権力を、内部から感じていました。

新聞販売店には、「拡張員」(つまり新聞の営業員)が日常的に多数入り込んでいましたし、それらの中には明らかに「ヤクザ者」ではないかと思しき者もいました。また、新聞販売店にとっても莫大な広告料収入は収益の源泉でしたし、私が勤務していた新聞販売店の経営者がやっていたことは、まさに「労働者の搾取」でした。

ただ、こうした新聞業界の闇を、新聞は絶対に取り上げないのも不思議でなりませんでした。

私の記憶では、ちょうど私が朝日新聞の配達をしていた頃、業界内で、読売新聞の新聞奨学生が過労で亡くなったという話を耳にしたのですが、これはどの新聞にも報じられませんでした。

さらに、朝日、毎日、読売の「3大紙」は、定期的に一斉値上げをしていました。これは、明らかに、今でいう「談合」ですが、それを糾弾した新聞社はいません。

つまり、当時から私は、新聞が自分たちの業界にとって都合が悪いことは一切報じないという腐敗体質を、肌で感じていたのです。

また、私が大学生時代を過ごした1990年代といえば、朝日新聞の報道が、どうも間違っているのではないかと指摘する人は、私の周囲にも多数いたものの、こうした声が社会のマジョリティを占めることはありませんでした。

とくに、上智大学の渡部昇一教授が「南京大虐殺はなかった」とする説を唱えたところ、朝日新聞を中心とする論壇から、大きな反論を受けていて、「渡部昇一は極右だ」といったレッテルを張り、彼の言論を封殺する動きも生じていました。

ウェブメディアの台頭は歴史的必然

つまり、新聞・テレビなどのマス・メディアが、事実上、情報を統制し、一般大衆に渡る情報は、極めて歪んだものだったのです。

そのことが明らかになるきっかけは、2000年代以降に急速に普及したインターネットです。

本格的に普及し始めてから、わずか20年足らずで、いまやインターネットは既存のマス・メディアを揺るがし始めています。

「従軍慰安婦」報道や「南京大屠殺」報道が、いずれも朝日新聞社の捏造だったと判明したのも、まさにインターネットを通じて一般国民が情報共有し、地道な調査が全国的に行われたからにほかなりません。

このウェブメディアの台頭について私は、「歴史的必然」だったと考えています。というのも、国民には「真実を知りたい」という欲求があるからであり、また、国民には「真実を知る権利」があるからです。

マス・メディアが「広く一般国民に対して真実を伝える」という機能を果たしていない以上、マス・メディアに代替する、「本当に真実を知らせる媒体」が求められるのは当然のことと言えるでしょう。

そして、インターネットが普及する過程で、お隣の国・韓国の、時として病的なまでの反日ぶりが周知徹底され、自然発生的に私たち日本国民の間で共有されるようになったことも、同様に「歴史の必然」だったのかもしれません。

ただ、ウェブメディアがここまで急速に台頭し、いまやウェブ論壇がマス・メディアを押しのけてわが国の言論界に確固たる地位を確立しつつあることは事実ですが、その源流は、1990年代以降の異常なマス・メディアの偏向報道にあります。

つまり、「真実を知りたい」という国民の知的好奇心が、日本国民のマス・メディア離れの原動力なのです。

日中韓連携ではなく、「中韓」vs「その他のアジア」

さて、東アジア情勢に話題を戻しましょう。

私が大学生時代に感じた、1990年代のあの「日中韓連携」という熱気は、いまや日本国民の間での、中国や韓国に対する失望に転化しています。

私は、いまでも中国や韓国と分かり合えるという希望を捨ててはいないのですが、それでも、日本や世界に対する侵略の意図を隠そうとしない中国や、ありもしない事実を捏造してまで日本を貶めてくる韓国との間で、無条件に友好関係が成立すると考えるのは、あまりにも認識が甘すぎます。

もっといえば、「日本は歴史問題でアジア諸国から嫌われている」とする、朝日新聞を中心とするメディアの言説は、間違っていたことが明らかになっています。

日本を嫌っている国とは、正しくは、「アジア諸国」ではなく、「中国と韓国の2ヵ国」です。

むしろ、台湾やASEAN諸国は、中国という軍事的・経済的脅威に直面し、自由・民主主義のアジアの盟主として、日本に多大なる期待を寄せているのです。

もちろん、将来、中国が他国への侵略の意図を捨てれば、日本としても中国と連携していける可能性が出てきます。また、韓国がウソをついて他国を貶めることをやめれば、韓国とも対等な友好関係を構築することは、不可能ではないと見ています。

しかしながら、中国共産党による一党独裁が終了しない限り、中国が対外侵略の野望を捨てることはありません。また、韓国も日本に対する敵愾心を煽りまくった結果、いわば「自縄自縛」状態となっているため、その状態の韓国と日本が対等な友誼を結ぶなど、夢のまた夢なのです。

本当の友人とは?

さて、国を動かしているのは人間です。したがって、国家間の関係も、人間同士の関係と似ています。

それは、「利害関係」と「友情」です。

たとえば、私たちは仕事関係では、多少、自分と性格が合わない人であっても、頑張ってお付き合いすると思います。また、近所関係でも、隣人とはできるだけ、トラブルなく過ごそうとするでしょう。しかし、プライベートの世界では、趣味や性格が一致する人と、友人付き合いをするはずです。

国と国との関係も、それと全く同じです。

たとえば、日本と中国は、政治体制も全く異なります。日本は法治主義、民主主義、自由主義ですが、中国は人治主義、独裁主義、共産主義です。しかし、中国は急速な経済成長を続けていて(※)、軍事的にも経済的にも世界の大国として浮上しています。

(※ただし、「中国の経済成長」については、統計的に怪しい部分もありますが、これについては本日は議論しません。)

このため、日本は中国と価値を共有していませんが、もし戦争になるのが嫌であれば、否応なく、中国とお付き合いしていかねばならないのです。いわば、「性格が合わない隣人」のようなものですね。国が引っ越すことなどできませんから、いくら性格が合わなくても、共通の利益(※)を追求するしかないのです。

(※これを難しい言葉で、「戦略的利害」といいます。)

韓国の場合は、中国よりも、もっとたちが悪いです。

一見すると韓国は法治主義、民主主義、自由主義社会を装っていますが、実際には韓国は、極めて中国的な人治主義社会であり、また、法律や契約で決めた内容をまともに守って運営していくことができない国です。

日本はこれまで、随分と我慢して、この隣国と付き合ってきましたが、「ウソをついて日本を貶めようとする」国でもあるため、日本の国民感情として、これ以上韓国との友誼を追求するのは難しくなりつつあるのが実情でしょう。

これに対して、本当の友人とは、手を携え、お互いを尊重し、ともに未来に向けて発展していける相手のことです。残念ながら、中国も韓国も、現在の日本にとって、「本当の友人」ではありません。

中韓の個人との友好は成立する!

ただし、1点だけ希望を申し上げておくならば、私は、複数の中国人や韓国人の個人と友人関係にあります。そして、彼らとは、今でも友人関係を続けています。

私は、これらの中国人や韓国人に対し、直接、現在の中国や韓国についての苦言を呈することもありますし、また、私の友人である中国人、韓国人は、日本のことを非常によく理解してくれています。

つまり、個人レベルでは、中国人や韓国人とも友好は成立するのです。

残念ながら、私の友人である中国人や韓国人は、中国、韓国のマジョリティではないかもしれません。しかしながら、彼ら自身、ウソをついて日本を貶めていることが悪いことだと認識していますし、日本のような「争いを避ける社会」が、いかに効率的であるかを理解しています。

私は、彼らが中韓社会の中核を占めることはあり得ないと考えている一方で、仮に彼らのような中国人、韓国人が中韓社会の主流を占めていれば、日本が中韓両国と手を携え、ともに未来に向けて発展していくこともできるのではないかと、万に1つの期待を込めているのです。

普段の当ウェブサイトをご覧頂いている方からすれば、意外に感じるかもしれませんが、これが私の隠れた希望なのです。

注記   [ + ]

1.ERMとは:1999年の欧州統一通貨発行に向けて、加盟国間の為替相場の変動幅を制限する仕組み。現在はデンマーク・クローネを唯一の対象通貨とするERMⅡが存続している。
2.※PIIGSとは:ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの5ヵ国に代表される、政府債務GDP比率が高すぎるとされた国。あるいは、「財政破綻候補国」

読者コメント一覧

  1. とらじろう より:

    1995年頃だったかNHKの学生ディベートの番組で「国境は失くすべきか」なんてテーマで討論していましたが「国境を失くして地球市民になる」なんて意見が多く支持されてたのを今でも覚えています。
    当時からそのような意見には違和感を感じていましたが、昨今の難民へのヨーロッパ各国の対応と混乱を見ていると戯言とにしか聞こえないですね。

  2. カズ より:

    世界では冷戦の終結とソ連の崩壊、日本はバブルの余韻がありました。
    冷戦後の世界が生き残り勝ち残りに必死の時代に、日本だけが驕り?
    理想主義にうかれていたのか、アジアは一つを夢見た時代だったのかと。
    あの時代に日本へ留学していた外国人は向学心に燃え向上心もあり
    共に発展、共に豊かにが意識できました。
    まさかキ○○イ国家に囲まれていたとは、「マスゴミ」の罪は重い。

  3. poponta より:

    お疲れ様です。
    1990年代のあの「日中韓連携」という熱気=バブル崩壊とその後の新党ブーム(第一次・二次)と重なりあいますね。阪神淡路大震災から東日本大震災に続く各地で起こった災害とその後の人災の中心人物たち、外交での失策を連発して日本の信頼を貶めた人たち・・・大きな負債を背負ってしまいましたね。その返済を若い人たちが返さなければならない新時代を危惧しています。

  4. 宇宙戦士バルディオス より:

     大日本帝国は、台湾、朝鮮、満洲をそれぞれ勢力圏に組み込んだ際、日本円をそのまま流通させることをせず、それぞれ台湾銀行券、朝鮮銀行券、満州中央銀行券を流通させました。日本本土に比べても、余りに低過ぎる経済水準に鑑みて、このように通貨を分離したのです。
     これが、大日本帝国崩壊時、日本円の海外流出を防ぎ、経済的ダメージを限定するのに役立ちました。経済水準に違いがあり過ぎる地域の通貨を統合するなど、今から考えればユーロの構想は暴挙としか思えませんが、欧州の白人は明治大日本帝国の経済人より、知的水準が低いということなのかも知れません。

  5. めがねのおやじ より:

    < 毎日の更新ありがとうございます。
    < 新宿会計士様が個人的に親しくされている中国人、韓国人というのは、勿論国を代表される方ではないし、若い一番何事も混じりっけなしで考え、行動できる、いわば損得のない、利害関係抜きに付き合えたからではないでしょうか。私も学生時代(大、高それぞれ)の同級生、大学なら部活動をしてたので、先輩、下級生に関わらず仲良くさせて頂いてます。外国人の方は残念ながらいませんでした。
    < これが社会人になると、関係部署にいる時だけの付き合いが多いです。今も会ってじっくり話し込めるのは、一番最初の上司と20年来の同僚、ただ二人だけです。私にとっては会社関係の仲間とは、そういうものだと諦めてます。
    < 「 日中韓は仲良くやって行こう」ーーもう何百回も聞きあきた言葉です。私もそう思い共感してました。しかし90年代に入る頃から、中国の壮大な野望、企みを感じました。インフラが整備されてない頃はアレが欲しい、コレを技術移転してくれ、、日本は親善の為なら、あるいは多少の贖罪の気持ちもあってNOとは言わなかった。その頃は「南京大虐殺」とか「中国人に対する強制連行」「同生体実験」など言わなかったです。おかしくなりだしたのは地力が付いてから。日本には強く出れば相手は引く。もっと過激にやれば世界世論はコチラ側だ、と思ったんでしょう。
    < 韓国については特に思うことはなく、パルパルオリンピックの前に、北朝鮮の金正日麾下の諜報組織が、大韓航空機を爆破したことがきっかけです。蜂谷真由美と名乗るパスポートを持つ金賢姫ら2人がバーレーンでしたっけ、水溶爆発物を機内に置いて降り、その後爆発。北朝鮮は極悪非道の悪い国だなと思い、その頃からちょうど脱北した日本人、元在日朝鮮人らが出て来て証言し、興味を持ちました。そういえば私の小学校でも、割と急にいなくなった子は、帰国事業に参加したのかもしれない。既に悪い噂は聞こえてたのに、止められなかったのかと思います。
    < 韓国は日本を侮日する、反日する、落とし込むことばかり考えてます。私はこれら2国に友好関係など考えられません。但し、個人的なお付き合いで仲良くなり、相手を尊重することがあれば、それはそれで誠に良いことです。また私の3軒隣も在日のお年寄りがいらっしゃいますが、ごく普通に接してます。しかし私にはそれ以上、踏み込んで仲良くなる、その機会はありませんでした。多分もう個人的付き合いからスタートすることもないと思います。
    < 以上、失礼いたします。

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