悲劇を繰り返さぬよう「知恵を絞れ」

また8月6日がやってきました。今年は史上初めて、現職米国大統領による広島訪問が実現した年でもあります。広島での悲劇を決して忘れず、犠牲となられたすべての方々のご冥福をお祈りすること、そして二度と同じ悲劇が発生しないように知恵を絞ることが、現代に生きる我々日本人に課せられた使命なのです。

原爆投下に思う

今年も、広島の原爆忌がやってきました。

1945年8月6日・日本時間午前8時15分、米軍機から投擲されたウラニウム型原子爆弾は、投下からおよそ40秒あまりで、広島県産業奨励館近くの「島病院」の上空580メートルで炸裂。広島市一帯が焼き払われ、10万人を超える死者を出しました。

私自身、広島出身者ではありませんが、それでも、生まれて初めて広島の地を踏み、原爆ドームをこの目で見た時の衝撃は忘れられません。その後、様々な書籍を読み、原爆の仕組みや脅威、水爆の開発、その後の主要国による軍拡競争など知り、人類はこの核兵器を廃絶しなければならないと思うようになりました。

ただ、原爆には科学的な側面だけがあるのではありません。兵器ですから、それを使う者の「意図」をよく考える必要があるのです。そして、数ある原爆関連の書籍の中でも、特に秀逸だったのは、「広島原爆―8時15分投下の意味」という書籍です。

「半世紀以上なおざりにされた、原爆投下作戦立案から決定過程における米国の意図を検証。翻って、昭和の戦争の記述と記念の現状を比較精査、日本人の思考と対話の質の成熟を、真摯に問い直す。」

私自身の文責で、ざっくりと内容を要約しておきますと、同著は

「原爆の炸裂地点、炸裂時間は、原爆の建物や人体に対する破壊効果が最大となることを狙って設定された/米軍は当時の広島市民の行動・生活様式をつぶさに観察し、朝8時台に通勤または運動等の理由で多くの市民が屋外にいる事実をつかんでいた」

という点を指摘しています。

確かに、原爆が開発されたことの意味については、様々な歴史家・戦略家が議論していますが、それを「なぜ広島市に、なぜ夏場の8時台に」投下したのかについては、あまり深く議論されてこなかったのが実情です。

米国内「原爆は正しかった」

もう一つ、我々日本人が知らなければならない点があります。それは、アメリカ人の多くは、「原爆の投下により日本における本土決戦を回避することで、多くの米兵の命が救われた」と本気で信じている、という点です。

実際、バラク・フセイン・オバマ米国大統領は、今年5月の「G7伊勢志摩サミット」終了後に、安倍晋三総理大臣とともに広島を訪問しました。現職の米国大統領による広島訪問は、まさに歴史的なことです。しかし、私は普段からFTやWSJといった英米メディアの報道に接しているのですが、いずれのメディアでも、「米軍による広島への原爆投下は正しかった」「オバマ(大統領)は日本に謝罪すべきではない」といった記事が大々的に掲載され、しかも多くの読者の支持を得ていたのです。

特に、米国内で強かったのが、「オバマ(大統領)よ、決して日本に謝罪するな」といった論調です。たとえば、米国メディアであるWSJには、8月6日の広島への原爆投下が正しかったという前提で、オバマ大統領の広島訪問の意義がずいぶんと議論されていました。次の記事など、「広島・長崎への原爆投下はアメリカ人と、結果的に日本人の死者の数を減らすことに寄与した(help win the gruesome Pacific War as quickly as possible and with the loss of the fewest American lives?and, as it turned out, the loss of the fewest Japanese lives)」と堂々と記載しています。

Obama, Truman and Hiroshima(米国時間2016/05/11(水) 19:00付 WSJオンラインより

まったく軽薄かつ稚拙な論調です。しかし、これが原爆投下に対する認識の米国内での「スタンダード」であることを忘れてはなりません。

謝罪を全く求めなかった日本

ただ、実際にオバマ大統領が広島を訪問し、被爆者の男性と抱き合う姿が世界に報じられると、こうした論調も一変しました。

それまで、WSJを中心に、米国では「日本に決して謝罪してはならない」といった論調が主流だったのに、オバマ大統領に対して謝罪を求めた日本人被爆者が皆無だったことや、日本社会自体が現職米国大統領の広島訪問を「歴史に対する区切りと未来への起点」と認識したことなどが、非常に好意的に報じられたのです。

我々日本人は、二度とこの悲劇を繰り返さないと誓ったのです。そして、8月6日の広島原爆忌、8月9日の長崎原爆忌、8月15日の終戦記念日など、節目ごとに、犠牲者に対して静かに冥福を祈ります。こうした姿勢は、日本人なりの「けじめのつけ方」なのです。

恨むのではなく、知恵を絞れ

過去を恨むのではなく、未来を見つめることが重要です。歴史とは、過去の恨みを語り継ぐために勉強するものではありません。過去の人類の失敗を繰り返さないために勉強するものなのです。

戦後70年以上が経過し、戦争を知る日本人の数も少なくなってきました。日本人は戦後、GHQから「押し付けられた」憲法の中で、「不戦の誓い」を立てましたが、残念ながら日本の周囲には、現在進行形で他国を侵略し、あるいは侵略しようとしている国家が存在しています。まことに残念ながら、「平和の理念」は周辺国にきちんと伝わっていないのです。

いずれにせよ、「平和」「平和」と叫んでいれば戦争が起きないと考えるのは、戦争・原爆で亡くなったすべての方々に対しても失礼ですし、何より未来の日本人に対して無責任です。今日に生きる我々日本人の責務とは、どうやったら戦争が起きないか、どうやったら同じ悲劇を繰り返さないで済むか、知恵を絞ることにほかなりません。

当ブログではこれからも、微力ながら、悲劇的な戦争を防ぐための知恵を絞っていきたいと思います。

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