年収の壁を巡る与党案で観測される「奇妙なデコボコ」

「年収の壁を取っ払ったら、変な壁が増えた」。自公両党が提案し、維新の賛成で衆院を可決した減税案を眺めていると、こうした感想を抱くのではないでしょうか。実際に調べていくと、年収が上がると減税効果が増えたり減ったりします。なんだかよくわかりません。

変な壁が増える与党案

「年収の壁を取っ払ったら、変な壁が増えた」。

これが実態に近いのではないでしょうか。

先般の『基礎控除「4枚の壁」案に専門家も批判…維新は迷走か』などでも取り上げてきた通り、自民党と公明党が提出し、日本維新の会の賛成を得て先日衆院を通過した「年収の壁引き上げ」に関する案は、基礎控除の引き上げ幅に所得制限を設けるという、控え目に言って意味不明な制度です。

それだけではありません。

「年収200万円」(?)以上の層に関しては、「年収475万円」(?)まで、「年収850万円」(?)までのそれぞれの層に関し、基礎控除が特別で上乗せされるのですが、その上乗せが2年間限定である、といった、なかなかにぶっ飛んだ仕組みです。

「年収の壁160万円」の意味とは?

しかも彼らはこれを「壁を103万円から160万円に引き上げた」、などと自賛していますが、実態は給与所得控除の「最低保障額を」10万円引き上げて65万円にしたことと、年収200万円以下の層の基礎控除を48万円から95万円に引き上げたことの合わせ技で160万円になったに過ぎません。

実際のところ、給与所得控除の増加分については、社保等控除後の年収が190万円を超えたらゼロになるとされていますし、基礎控除の増加措置は所得税部分のみであり、住民税部分については今までと何ら変化はありません。

したがって、所得税が発生するポイントはいままでの103万円から160万円に引き上げられるにせよ、社会保険への加入義務が生じるポイント(年収換算で約106万円)については今までと変化ありませんし、住民税が発生するポイントは年収98万円から108万円へ上昇するものの、所得・住民税のズレが残ります。

極端な話、年収108万円以上160万円までの層に関しては、「働き控え」問題は今まで通り残りますし、社保との関係もあり、何なら年収が106万円を超えたら、働き控えた方が手取りが多かった、といった事態にも陥りかねません。

しかも高年収層には減税の恩恵がほとんど行きわたらないという、なかなかに強烈な仕組みです。

ショボすぎる与党案、その複雑な減税効果の変動

これについては国民民主党が主張した「基礎控除を所得税は48万円から123万円、地方税は43万円から118万円に引き上げる」という案と比べれば、一目瞭然でしょう(図表)。

図表 減税効果・国民民主案と与党案の比較(100万円刻み)
年収国民民主案(①)与党案(②)①-②
100万円1,400円1,400円0円
200万円84,936円27,015円57,921円
300万円113,288円20,420円92,868円
400万円113,288円20,420円92,868円
500万円131,308円20,420円110,888円
600万円151,575円20,420円131,155円
700万円185,493円30,630円154,863円
800万円228,150円30,630円197,520円
900万円228,150円20,420円207,730円
1000万円228,150円20,420円207,730円
1100万円234,380円23,483円210,897円
1200万円251,123円23,483円227,640円
1300万円253,736円26,097円227,640円
1400~2000万円327,698円33,693円294,005円

(【参考】試算の前提については本稿の末尾に示す)

図表は、年収100万円以降、2000万円まで100万円刻みで示したものですが、国民民主党案と比べた与党案の「ショボさ」もさることながら、与党案だと、年収階層ごとに、ところどころに妙な「逆転」があることが確認できると思います。

たとえば、年収200万円の階層だと減税効果は27,015円ですが(※ちなみに国民民主案だと84,936円)、年収300万円になると減税効果は20,420円に落ちてしまいます。また、年収700万円や800万円だと減税効果は30,630円ですが、900万円になると20,420円に落ちます。

なぜ減税効果が減ったり増えたりするのか

この妙な壁、もう少し精緻に、年収1万円単位でシミュレーションを実施してみると、たとえば最初の壁が年収200万円で訪れます。年収200万円なら減税効果は27,015円ですが、これを超え、たとえば年収201万円なら減税効果は20,420円に減ってしまいます。

  • 年収200万円…減税効果27,015円
  • 年収201万円…減税効果20,420円
  • 差額…6,595円

同様に、年収475万円だと減税効果は30,214円ですが、1万円増えて年収476万円になると減税効果は20,333円へと9,881円減ります。

  • 年収475万円…減税効果30,214円
  • 年収476万円…減税効果20,333円
  • 差額…9,881円

また、年収665万円の減税効果は27,729円ですが、これが1万円増えて年収666万円になれば、減税効果は23,385円へと、減税効果が4,345円減ります。

  • 年収665万円…減税効果27,729円
  • 年収666万円…減税効果23,385円
  • 差額…4,345円

そして、年収850万円の減税効果は30,630円ですが、これが1万円増えて年収851万円になると減税効果は20,420円となり、減税効果は10,210円減る、というわけです。

  • 年収850万円…減税効果30,630円
  • 年収851万円…減税効果20,420円
  • 差額…10,210円

なんだか、年収階層に応じて減税額が増えたり減ったり、チグハグです。

これだと岸田文雄・前政権時代に行われた「全員一律の定額減税」の方が、まだよっぽどわかりやすかったのではないか、という気がしないでもありません。

この点、昨年の『SNSで発信しても不適切な意見が批判されるのは同じ』でも取り上げたとおり、一部メディアの報道によれば、宮沢洋一・自民党税調会長は「税は理屈だ」などと発言したそうです。

しかし、上記図表、あるいはこの試算結果を見て、どこがどういう具合に「理屈」となっているのか、なんだかよくわかりません。年収によって減税効果が経たり減ったり妙なデコボコがあちこちで生じていることを、いったいどう正当化すれば良いというのでしょうか。

疑問は深まるばかりです。

試算の前提

本文中で出てきた図表の試算の前提は、次の通りとします。

【試算の前提】

①被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務

②給与所得以外に課税される所得はなく、月給は年収を単純に12で割った額でボーナスはなし

③配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除、配当控除、住宅ローン控除などは一切勘案しない

④年収が約106万円以上である場合、厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和6年3月分以降の料率を使用するものとする(※ただし計算の都合上、「標準報酬」を使用していないため、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)

⑤雇用保険の料率は1000分の6とし、便宜上、少しでも収入が発生したら自動的に雇用保険料が発生するものとする

⑥「社保」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、「諸税」とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円(森林税含む)、住民税の所得割は10%とする

⑦本来、住民税の所得割は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるが、本稿では当年の所得に完全に連動するものとし、かつ、年初から課税されているものと仮定

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. sqsq より:

    「減税」の話が前面に出ているが、国民民主の言っている103万円の壁は「減税」というよりも、「もともと税金を払っていない人が税金を払わずもっと働けます」ということ。
    手取りは増やしたいが扶養家族でいたい。なぜなら扶養家族を外れるとご主人の配偶者控除がなくなり一家としての手取りが減る。勤めている会社によっては配偶者手当もなくなる。あげくに自身が社会保険料まで払う羽目になる。
    世の中には税金を払っていない人たちがたくさんいる。年金生活者、生活保護世帯。
    こういう人たちには103万円の壁はまったくアピールしないだろう。

    1. 裏縦貫線 より:

      「働いている人がもっと働いて報われる政治」
      「働いていないひとが働かないまま報われる(?)政治」
      どちらが真っ当なのでしょうね。

    2. 三門建介 より:

      遅ればせながらですが、年金の基礎控除が100万円で所得税の基礎控除が38万円だったと思います。

      それを超えた年金には税金がかかります。
      基礎控除を75万円分上げると元国家公務員はほぼ非課税になりますね。

      低年金者の働き控えも変わらずですね。
      75歳以下はアグレッシブですのでたくさん働けますが残念です。

  2. 丸の内会計士 より:

    国の政策の方向性を明確に示しリーダーシップを発揮するのが政治家というイメージです。減税を潰し経済成長を阻止すると明確に示したということでしょうか。経済成長を阻止する自公と維新では、今後10年以上にわたり選挙に勝てないのでは。普通の頭なら理解できると思いますが。

  3. CRUSH より:

    減税とは、納税してる人への恩恵です。
    納税していない人には、無関係。

    取ってから配りたがる人たちは、納税していない人たちに配りたくて配りたくてたまらん!みたいですな。

    高校の無償化も同様。
    バウチャー方式で「マヌケは淘汰」される要素を入れるならまだしも、国籍不問で誰でも無償方式なら「教室に案山子を並べた学校やボッタクリ学費設定の学校がウハウハ」な訳でして。

    税制はインセンティブ。
    どう振る舞えば報われるのか?を示すもの。

    ものすごく失礼な政策ばかりですな。

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