対決より解決…税調決定を幹事長レベルで覆す事例か?

「年収の壁」引き上げを巡る自公両党の案を見て、ちょっとびっくりしました。基礎控除等の引き上げはたった10万円で、しかも所得税のみであり、地方税については対象外。また、所得2350万円以上の層への基礎控除は据え置きという謎仕様です。これで減税効果を再計算してみました。また、昨日は榛葉賀津也・国民民主党幹事長が自公両党との幹事長との会談に応じ、再び協議を行うことで合意したそうです。まさに対決より解決、でしょうか。

減税案:「控除20万円引上げ」は?

私たちにとって、どうしても関心が高くならざるを得ないのが「サイフ事情」です。

所得税の負担が生じる、いわゆる「年収の壁」を巡って、国民民主党がその金額を現在の103万円から178万円へ引き上げることを求めている問題で、自公が税制改正大綱で「(178万円ではなく)123万円で突っ切ろうとしている」、とする話題は、当ウェブサイトでも高い関心を持って取り上げているところです。

こうしたなかで、昨日の『与党税制改正大綱きょう決定も…国民と対決する財務省』では、仮に基礎控除の引き上げ幅が(国民民主党が主張する48万円から123万円への75万円の引き上げではなく)20万円にとどまった場合の減税幅について、こんな試算を示しました(図表1)。

図表1 基礎控除引上と手取りの変化(48万円→68万円の場合)
年収手取りの変化増加額・率
250万円1,980,433円→2,010,643円30,210円(1.53%)
500万円3,847,111円→3,887,531円40,420円(1.05%)
750万円5,542,809円→5,603,649円60,840円(1.10%)
1000万円7,182,475円→7,243,315円60,840円(0.85%)
1250万円8,761,582円→8,828,548円66,966円(0.76%)
1500万円10,124,480円→10,211,866円87,386円(0.86%)
1750万円11,468,938円→11,556,324円87,386円(0.76%)
2000万円12,868,167円→12,955,553円87,386円(0.68%)

(【注記】現行の基礎控除を所得税については48万円から68万円へ、地方税については43万円から63万円へ引き上げた場合のイメージ。それ以外の前提条件については、本稿末尾の『試算の前提』参照)

自公案が出て来た:なかなかに強烈

しかし、これについてはさっそく、訂正をさせていただく必要が出てきました。

じつは、自民党が20日に公表した税制改正大綱などによると、自公案では、基礎控除の引き上げは所得税のみであり、住民税(所得割)については基礎控除の引き上げがなされていないからです。なかなかに強烈であり、なかなかに驚きます。

令和7年度税制改正大綱』では、いわゆる年収の壁については、所得税については103万円から123万円に引き上げられる一方で、住民税所得割については残念ながら、現行の98万円から108万円への小幅な引き上げに留まるようです(同P20/P22等)。

自公案の概要
  • 所得税について、所得が2350万円以下の場合の基礎控除を10万円引き上げるが、所得が2350万円を超える場合は現行と変わらない
    • 所得2350万円以下の場合…58万円(+10万円)
    • 所得2400万円以下の場合…48万円(据置)
    • 所得2450万円以下の場合…32万円(据置)
    • 所得2500万円以下の場合…16万円(据置)
    • 所得2500万円超の場合…基礎控除なし(据置)
  • 地方税については基礎控除を引き上げない
  • 所得税と地方税について、給与所得控除の最低保障額を55万円から65万円へと10万円へと引き上げる

再計算してみたら…減税額はさらにショボく!

これら以外にも「特定親族特別控除」などの論点もあるのですが(メディアでもそれが大きく取り上げられているフシがありますが)、本稿で注目したいのは、やはりこの基礎控除の引き上げのショボさです。

先ほどの図表1について、(やや不正確ではありますが)「所得税の控除額を20万円、地方税の控除額を10万円」と置いたうえで、減税効果を再計算すると、図表2のとおりです。

図表2 控除額(所得税+20万円、地方税+10万円で再計算した額)
年収手取りの変化増加額・率
250万円1,980,433円→2,000,643円20,210円(1.02%)
500万円3,847,111円→3,877,531円30,420円(0.79%)
750万円5,542,809円→5,593,649円50,840円(0.92%)
1000万円7,182,475円→7,233,315円50,840円(0.71%)
1250万円8,761,582円→8,818,548円56,966円(0.65%)
1500万円10,124,480円→10,201,866円77,386円(0.76%)
1750万円11,468,938円→11,546,324円77,386円(0.67%)
2000万円12,868,167円→12,945,553円77,386円(0.60%)

(【注記】現行の基礎控除を所得税については48万円から68万円へ、地方税については43万円から53万円へ引き上げた場合のイメージ。それ以外の前提条件については、本稿末尾の『試算の前提』参照)

先ほどの図表1と比べて、全体的に、さらにショボくなりました。全体的に1万円ずつ減るからです。

たとえば、年収500万円の層だと減税額は30,420円で、図表1で示した40,420円よりも1万円減りますし、年収750~1000万円の層で減税額は年間で50,840円であり、図表1で示した60,840円よりも1万円減ります。

厳密に言えば、自公案だと増額するのは「給与所得控除」であり、図表2は基礎控除を増額するという前提を置いているため、少し不正確ではありますが、所得税と違って地方税所得割額は一律で10%であるため、控除額が10万円違えば減税額が1万円少なくなる、というわけです。

国民民主案を改めて確認する

なお、参考までに、国民民主党が主張する、基礎控除を(おそらくは所得税、地方税ともに)現行よりも75万円引き上げた場合についても示しておくと、図表3のとおりです。

図表3 控除額(所得税、地方税ともに+75万円で再計算した額)
年収手取りの変化増加額・率
250万円1,980,433円→2,093,721円113,288円(5.72%)
500万円3,847,111円→3,978,419円131,308円(3.41%)
750万円5,542,809円→5,766,313円223,504円(4.03%)
1000万円7,182,475円→7,410,625円228,150円(3.18%)
1250万円8,761,582円→9,012,704円251,123円(2.87%)
1500万円10,124,480円→10,452,178円327,698円(3.24%)
1750万円11,468,938円→11,796,636円327,698円(2.86%)
2000万円12,868,167円→13,195,865円327,698円(2.55%)

(【注記】現行の基礎控除を所得税については48万円から123万円へ、地方税については43万円から118万円へ引き上げた場合のイメージ。それ以外の前提条件については、本稿末尾の『試算の前提』参照)

やはり、先ほどの図表2などと比べて、まったく金額が違います。

年収500万円の層だと年間で131,308円、月換算で約10,942円であり、年収750万円の層だと年間223,504円、毎月約18,625円で、年収1000万円の層だと年間228,150円、毎月約19,012円です。

減税を望む人にとっては、是非とも国民民主党に頑張ってほしい、と思う人もいるかもしれません。

榛葉幹事長は再度協議に戻ると言明

ただ、『国民民主幹部「協議打ち切り」か』でも取り上げたとおり、すでに国民民主党は自公との協議から離脱したではないか、といった点が気になるところですが、これに関しては20日、榛葉賀津也・国民民主党幹事長が自公両党との幹事長との会談に応じ、再び協議を行うことで合意したそうです。

国民民主党の玉木雄一郎代表(※役職停止中)が20日に自身のXにポストした『確認書』には、こんな内容が記載されています。

確認書

自民党、公明党及び国民民主党は、三党の幹事長間で12月11日に合意した内容の実現に向け、引き続き関係者間で誠実に協議を進める。

令和6年12月20日

自由民主党 幹事長

公明党   幹事長

国民民主党 幹事長

つまり、いったん与党税制改正大綱は決まったものの、これが最終的に法案化するまでに、国民民主党はさらに自公両党と協議を重ねる、ということです。

このあたり、国民民主党が年収の壁問題を巡って「突っぱねる」ことを期待していた人たちにとっては、一種の肩透かしを食わされた格好かもしれません。

榛葉氏が一枚上手

ただ、税調レベルではいったん交渉が決裂したものの、幹事長レベルで再び協議が整ったということでもあり、宮沢洋一氏は、いわば「はしごを外された」ような格好です(あるいは榛葉氏の方が一枚上手だった、といったところでしょうか)。

これまで自民党税調といえば「インナー」で絶大な影響力を持っていたわけですが、その税調の決定に基づき与党の大綱に書かれた内容が、幹事長会談でひっくり返る可能性が出て来たのは興味深いところです。

いわば、税調のインナーの会合を可視化したという時点で、財務省支配が大きく揺らぐことになる、といった期待も高まりそうです。

このあたり、国民民主党が交渉から離脱したことに快哉を叫んだ人たちからすれば、国民民主党が再び自公との交渉に戻る(しかも「誠実に」とする文言付きで)、というのは、やや失望する、といった態度をとる可能性があるでしょう。

ただ、あくまでも著者自身としては、「対決よりも解決」という態度は、決して間違ったものであるとは考えていません。

もちろん、国民民主党が主張する「178万円」が本当に実現するかどうかは別問題ですが、少なくとも誠実に交渉を重ねることは、(財務省の側ではなく政局でもなく)「国民の側を見る」という、政治家としては本来、当たり前の態度ではないか、などと思う次第です。

試算の前提

なお、本稿で示した減税などのイメージについて、基礎控除以外の前提条件については、次のものを使用します。

試算の前提
  • 被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務しているものとし、給与所得以外に課税される所得はなく、また、ボーナスはないものとし、月給は年収を単純に12で割った値とし、配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除、配当控除、住宅ローン控除などは一切勘案しない
  • 年収を12で割った額が88,000円以上の場合、厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和6年3月分以降の料率を使用するものとする(ただし計算の都合上、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)
  • 雇用保険の料率は1000分の6とし、「社保」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、税金とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円、所得割は10%とする
  • 本来、住民税の所得割は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるが、本稿では当年の所得に連動するものと仮定する
  • 現行の基礎控除は合計所得金額が2400万円までの場合、所得税が48万円、住民税が43万円とし、以降2450万円まで、2500万円まででそれぞれ基礎控除が逓減し、2500万円超の場合はゼロとする(減税後の基礎控除については各図表参照)

イメージ的には都内の会社に勤めるビジネスパーソンで、配偶者(奥様または旦那様)も共働きで(つまり配偶者控除、配偶者特別控除が受けられない)、お子様も15歳以下(つまり年少扶養控除が適用されない)、という事例です(細かいことをいえば非課税の児童手当が支給される可能性はありますが)。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. カズ より:

    とりあえずの漸進ではあれども、自公が一方的に歩み寄った形ではある。
    物価構成の根幹を為す物流コストの低減(ガソリン税)は早期実現を求む。

    *自公・国の協議(競技?)は、キャッチボールでは無くてゴルフ

    国民側は、「ホールカップは動かない」ことを示した。
    自公側は、OKパットの域までボールを寄せないとね。

    まだ交渉の余地はある
    (年明けの通常国会に提出される税制改正関連法案の修正)

  2. CRUSH より:

    古い任侠モノ映画を連想しましたよ。

    チンピラが、おうおうっ!と凄む。
    交渉相手をビビらせる。
    親分が登場してチンピラを諫める。
    足して2で割ったあたりで落としどころ。

    チンピラ=税調会長
    親分=幹事長

    あるいは、警察モノでの取調室。

    若い警官が、おうおうっ!と凄む。
    容疑者をビビらせる。
    老人刑事が登場して警官を諫める。
    観念して白状させる。

    若い警官=税調会長
    老人刑事=幹事長

    ベタで昭和な手法ですなあ。
    (ちなみに任侠モノでは「誠意」という言葉が多用されます)

    オラオラしてる税調会長は目障りです。
    178万円を丸吞みしないなら、断る側がその根拠を説明しろよ!
    威圧はいらないから、物価スライドしなくてよい説明しろよ。
    最低賃金を上げる公約と矛盾してるのを説明しろよ。
    と思いますし、みんなそこしか気にせず動画を見てるんだけどなあ。

  3. JA より:

    確認書の発案は自民党幹事長からの様ですね。自民税調(宮澤さん)が、あれだけ啖呵を切ったのに、泣きを入れるのが早すぎます。この時期というのに、違和感があります。
    国民民主は、3党合意協議打ち切りでも、お腹いっぱいで少し休みたいところですが、世論を引き続き引っ張れるということで、渡りに船で、様子見ですね。断る理由がありません。
    協議再開ということは、宮澤さんは、自民党幹事長の方でしっかり教育して、弱毒化が済んだということなんでしょうか?。国民民主には、そう言っているのかな?
    精一杯減税に抵抗して、現人”財務省”(見える財務省の象徴)として、SNSでいう「国民の敵」役を演じて世論を作っていただきたいというのが、国民民主の希望ですかね。

    1. 匿名 より:

      自民党としても「求心力のあるリーダー不在の日本維新の会」にオールインできないのでしょう。
      また自民税調のトップといえば財務大蔵族のトップですから、調整型で小派閥の長でしかなかった森山氏では「教育」「弱毒化」なんてとても無理でしょう。

  4. はるちゃん より:

    与党が過半数を維持していた時代は、役人がターゲットとする自民党の政治家を説得(or騙す)して国会で承認という仕組みでしたが、少数与党の今となってはこのような伝統的手法が難しくなったという事ですね。
    密室から白日へ、このような形が今後続いていく事を期待しています。

  5. 元雑用係 より:

    ネットでちょっと話題になっていたので、公明党幹事長の会見ぶら下がり動画を見てみました。
    大綱を修正したのは公明党の発案、定額減税もガソリン税(?)も財源なくてやってると、赤裸々に語っておられます。

    1:45~ 12/11の三党合意の文言は大綱原案にはなかったが、加えるべきと私が提案し森山が了承。誠実に協議を続けたい与党の意思だと榛葉に伝えた。
    6:20~ 財源は大事。一方で岸田定額減税では5兆円、ガソリン税でも11兆円使っているが、財源なんてなくやってる。減税による効果も考えて財源全般の議論が必要。

    2024/12/20 自公国3党幹事長会談後 西田幹事長ぶら下がり会見
    https://youtu.be/uAMH7h2SPlc

    これだと森山氏は何してたんだろうになってしまうような・・・

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