日系企業の投資割合低下の中国と「芋づる縮小」リスク
先日から当ウェブサイトで提示している仮説のひとつが、「日本企業の中国からの『ステルス撤退大作戦』」です。読む人が読めば「誇張だ」とお叱りを受けそうですし、現実に日本企業の対中直接投資残高は増えているわけですから、「統計的に見て、日本企業の中国撤退はあり得ない」との反論もいただくかもしれません。ただ、それと同時に中国事業の縮小・撤退事例が徐々に目立ってきたこと、中国投資が全体に占める「割合」が下がってきたことについては、指摘しておく価値はあるでしょう。
目次
日本企業の対中投資残高はむしろ増えている
先日の『日本企業が中国からの「ステルス撤退大作戦」を開始か』では、日本製鉄、ホンダ、三菱自工など、そうそうたる日本企業が、最近、中国での事業の縮小や撤退を発表している、とする話題を取り上げました。
この記事、タイトルにて「ステルス撤退大作戦」、などと称していて、読む人が読んだら、「これはやや誇張気味じゃないか」、などと思うかもしれません。
また、国際収支統計などのデータを読み込んでいる人にとっても、「日本企業の対中投資残高(の絶対値)は増えているじゃないか」、「日本企業が中国から撤退を始めたというのは、事実に反する」、と思うのは当然のことです。
実際のところ、財務省のデータによると、中国向けの対外直接投資残高は直近・2023年末時点で18.77兆円であり、10年前・2014年末時点の12.45兆円と比べれば、およそ1.5倍に増えている計算です(図表1)。
図表1 対外直接投資(中国)
(【出所】財務省『直接投資残高(地域別・業種別)』等データをもとに作成)
サイゼリヤは中国で大人気!
これだけで見ると、たしかに「日本企業が中国から撤収を始めている」という兆候は、見当たりません。
いや、それどころか、いくつかのニューズ・メディアなどを眺めていると、中国でのビジネスがうまく行っていて、事業をさらに拡大しようとしている企業も散見されます。
ウェブ評論サイト『東洋経済オンライン』に6月26日付で掲載された次の記事によれば、日本でも大人気のイタリア風レストラン「サイゼリヤ」が中国でも大人気で、同社にとっても中国本土市場の営業利益は40億7400万円と全体の7割弱を占めていると指摘しています。
中国で「サイゼリヤ」に行列ができる秘密/節約志向が追い風に、現地限定のメニューも
―――2024/06/26 5:00付 東洋経済オンラインより
記事ではまた、同社は中国で自社工場を設立している、などとも記載されていますが、サイゼリヤのように中国国内市場向けで稼いでいる企業の場合、そのビジネスがうまく行っている限りにおいては、中国から撤収する必然性はありません。
それでも日本企業は中国事業を縮小・撤退しようとしている?
ただ、著者自身はそれでも、日系企業の中国からの「ステルス撤退大作戦」については、すでに始まっているのではないかと見ています。そう考える根拠はいくつかあるのですが、それを読み解くカギは、「中国における独特の資本規制」と「全体に占める割合」にあります。
そもそも論として企業というものは、いったん相手国に拠点を作ると、完全撤退するケースを除けば、徐々に投資残高は増えていくものです。
また、中国は資本移動の自由が制限されており、いったん中国に進出してしまうと、諸外国と比べ撤退が容易ではないという事情も無視できません。また、資本規制も独特であり、外国企業が中国に直接投資する際には、多くの場合、100%の単独出資ではなく、現地企業との合弁形式で行われるという特徴もあります。
このため、合弁形式で中国に進出している企業が中国から撤退する場合には、当局承認を前提として、合弁相手に全株式を譲渡するなどの方式で行われることが一般的です。
そのうえ重要なことがあるとしたら、「ミクロとマクロを混ぜないこと」です。
先ほどはレストランチェーン店「サイゼリヤ」の中国市場における成長に関する記事を紹介しましたが、日本企業も事情はさまざまであり、中国に新たに進出する企業・中国でのビジネスを拡大する企業もあれば、中国でのビジネスの現状を維持する企業もあるはずです。
しかし、外国企業にとって、中国を取り巻く外部ビジネス環境が極めて悪化しているという点については、客観的状況として指摘しておく必要があります。
たとえば、日本国民に対しては短期商用などで中国を訪問する際のビザ免除措置が停止されたままであり、日本企業関係者が短期商用で訪中することが難しくなっているという状況もありますが、それだけではありません。
運用が不透明なスパイ防止法に見られるように、外国人の身の安全に大きな脅威を与えかねない法制があるほか、不動産の市況悪化などのためか、治安の悪化なども気になるところです(『中国人が靖国や日本人に加害:日中関係はどうなるのか』等参照)。
比率で確認してみると…!?
そして、日本企業もミクロではさまざまな動きをしていることは事実ですが、やはりマクロ(全体)でみれば、日本企業が徐々に海外事業における中国の割合を落としていると結論付けざるを得ません。
たとえば、先ほどは統計データをもとに、「日本企業の中国向けの直接投資は10年で約1.5倍に増えた」と申し上げましたが、同じ期間、日本企業の対外直接投資全体は2.1倍に増えているのです。
図表2 対外直接投資(合計)
(【出所】財務省『直接投資残高(地域別・業種別)』等データをもとに作成)
直接投資残高に関する統計によれば、2014年時点の日本の対外直接投資残高は138兆9780億円で、米国が全体の32.61%にあたる45兆3150億円を占めていてトップでしたが、中国向けは12兆4458億円で2位、割合は8.96%を占めていました(図表3)。
図表3 対外直接投資・相手国別内訳(2014年末)
相手国 | 金額 | 構成割合 |
1位:米国 | 45兆3150億円 | 32.61% |
2位:中国 | 12兆4458億円 | 8.96% |
3位:オランダ | 11兆2401億円 | 8.09% |
4位:英国 | 8兆9125億円 | 6.41% |
5位:豪州 | 7兆3170億円 | 5.26% |
6位:タイ | 6兆1784億円 | 4.45% |
7位:シンガポール | 5兆3753億円 | 3.87% |
8位:韓国 | 3兆8172億円 | 2.75% |
9位:ブラジル | 3兆7083億円 | 2.67% |
10位:インドネシア | 2兆8421億円 | 2.05% |
その他 | 31兆8264億円 | 22.90% |
合計 | 138兆9780億円 | 100.00% |
(【出所】財務省『直接投資残高(地域別・業種別)』等データをもとに作成)
これに対し、2023年末時点で対外直接投資残高は288兆8913億円に増え、うち米国向けは100兆8639億円で全体の34.91%と、ほぼシェアを維持しているのですが、中国向けはオランダ、英国に抜かれて4番目に転落し、金額も18兆7693億円で全体のシェアは6.50%に下がりました(図表4)。
図表4 対外直接投資・相手国別内訳(2023年末)
相手国 | 金額 | 構成割合 |
1位:米国 | 100兆8639億円 | 34.91% |
2位:オランダ | 20兆3321億円 | 7.04% |
3位:英国 | 20兆1633億円 | 6.98% |
4位:中国 | 18兆7693億円 | 6.50% |
5位:シンガポール | 14兆8797億円 | 5.15% |
6位:豪州 | 13兆6851億円 | 4.74% |
7位:タイ | 10兆5041億円 | 3.64% |
8位:スイス | 5兆6699億円 | 1.96% |
9位:韓国 | 5兆4849億円 | 1.90% |
10位:ドイツ | 5兆4817億円 | 1.90% |
その他 | 73兆0574億円 | 25.29% |
合計 | 288兆8913億円 | 100.00% |
(【出所】財務省『直接投資残高(地域別・業種別)』等データをもとに作成)
つまり、金額だけでなく比率を混ぜて判断すれば、日本企業がむしろ中国事業の相対的な重要性を減らしている、という状況が浮かぶのです。
企業のマインドはどうなっているのか?
さらには、JBICが昨年12月14日に公表した『2023年度海外直接投資アンケート調査結果(第35回)』の『別紙1 中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地域(複数回答可)』では、中国は前年の2位からさらにランクをひとつ下げて3位となっています(ちなみに1位はインド)。
これに加えて中国日本商会が7月10日付で公表した『中国経済-日本企業白書』(※PDFファイルは大容量に注意)のP225には、こんな趣旨の記述があります。
「武漢商工会とジェトロ武漢は、湖北省進出日系企業向けアンケートを2023年3月、7月、12月の計3度実施し、同結果のとりまとめおよび湖北省政府への説明共有を行った。アンケートでは108社が回答。2023年のビジネスについて56%が『おおむね計画通り』と回答したが、2022年3月末と比べ『計画通り』とする回答が減り(2022年3月74%→2023年3月56%)、『規模を縮小』との回答(2022年3月17%→2023年3月36%)が増えた」。
ちなみに同白書によると、アンケート調査では今後の中期的ビジネスについて、約7割の企業が「現状維持」もしくは「規模を拡大」と回答したのだそうですが、これも若干の注意が必要です。
先ほど指摘したとおり、たとえばこの10年に限定しも、日本企業は全体として、対外直接投資を2倍に増やしているという事実を忘れてはなりません。
もしも日本企業が中国事業については「現状維持」ないしゆるやかな拡大に留めれば、結果として日本企業にとっての中国事業の相対的な重要性が低下していく、という話でもあるからです。
芋づる撤退リスクはあるのか?
なお、当ウェブサイトですら「日本企業のステルス撤退大作戦」の可能性に気付いたくらいですから、目ざといメディアがこれを記事にしないわけがないと思っていたら、産経ニュースが1日、こんな記事を配信していました。
相次ぐ日本企業の中国事業の撤退・縮小 製造業は現地企業がライバルに 百貨店は消費低迷
―――2024/08/01 19:53付 産経ニュースより
産経によると、「日本企業による中国事業の撤退や縮小が相次いでいる」とし、その背景としては合弁相手の中国企業が力をつけライバルに成長し、日本企業が戦略転換を迫られている、などとしています。
また、「米中の対立激化も中国離れを後押ししている」ほか、「消費低迷のあおりを受けて百貨店や外食なども事業継続に見切りを付けている」などとしており、「大手主導の動きが中小事業者の中国市場退出を促すとの見方も出ている」、と紹介しています。
そのうえで記事では、(当ウェブサイトでも取り上げた)日本製鉄やホンダ、日産、三菱自工の事例に加え、トヨタ自動車、伊勢丹三越、モスバーガーなどの事例についても紹介しています。
もちろん、先ほども指摘したとおり、サイゼリヤのように、「ミクロ」で見れば中国市場で頑張っているという事例もあるのかもしれません。
しかし、「ミクロの問題」を言い出せば、現実問題として、中国におけるビジネス環境の悪化で、中国事業を見直すという事例も増えていることは間違いなく、その集積が先ほどの対外直接投資残高の比率低下に表れているのかもしれません。
ちなみに産経の記事では、東京財団政策研究所の柯隆主席研究員の、次のようなコメントが取り上げられています。
「内需低迷が一番の原因で、不動産不況からの回復が見込めず、今後も事業縮小の動きは続くのではないか」。
「大手の戦略転換で、下請けも芋づる式で事業を縮小する可能性が高い」。
じつは、この「芋づる縮小」のリスクは、産業・サプライチェーンを議論するうえでの、ひとつのポイントでもあります。
たとえば自動車産業ひとつとってみても、この産業は裾野が大変に広く、自動車を1台組み立てるだけでも多数のサプライイヤーの存在が必要です。
何事も衰退期には「放物線」のように、衰退し始めた初期にはまだ投資が増え続けているものですが、先ほどの対中投資残高が今後、放物線を描くように減少に転じるのかどうかについては、もうしばらく見守る価値はあるかもしれません。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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軒先延ばして母屋傾くを許容できるサラリーマン経営者もそうは居らんでしょうから、域外への出荷を主目的の進出はもー時節外れましたわな
(帰りの)バスに乗り遅れるな!
「一緒に中国進出しないなら、これから仕事はもう出さない(すなわち下請け整理)」
と大会社に告げられていやいやついて行った企業は多いです。
前回の投稿は削除されてしまいましたが,中国の課題は,「預金を容易には引き出せなくなった銀行が増えている」ことでしょう。実質的に破綻していても「当行の財務は健全だが,システムの問題で当面預金引き出しは停止する」みたいな言い訳が増えているのかも。中国では預金や現金より金(ゴールド)の信頼性が増していますね。金融不安がアメリカに連鎖しないといいです。誰が米国債を売って誰が買っているか注意深く分析すると,いろいろ見えてくると思います。もちろん,中国やロシアも関連している話です。ドル円や日経平均もすべて関連していて,その分析ができると儲けるチャンスでもあります。
反面,中国のデフレが日本に連鎖して,年2%のインフレはもう終わってしまうかもしれません。いろいろ意見はあると思いますが,日本ではMade In Chinaが沢山売られているのが現実です。