中国による「小出しの対韓制裁」の意味
在韓米軍へのTHAAD配備決定を受け、中国が強硬に反発しています。ただ、現時点までで確認できる中国による「対韓制裁」自体、それほど強いものは含まれていません。むしろ、中国は対韓経済制裁を小出しにすることで、韓国政府・財界・国民を震え上がらせる効果を最大にしようとしているのかもしれません。
環球時報「対韓制裁」
本日の本題は、中国の韓国に対する経済制裁と、それに対する韓国の反応です。
既に報じられている通り、韓国国防部と在韓米軍は今年7月8日、在韓米軍が「高高度最終ミサイル防衛システム」(Terminal High Altitude Area Defense missile、英単語の頭文字を取り、俗に「THAAD」と呼ばれます)を装備すると発表しました。これは非常に唐突な発表です。米韓当局は、公式には「北朝鮮のミサイルの脅威に備えるため」としているものの、地位的な軍事バランスが崩れることを懸念し、これに中国とロシアが強く反発しています。
中国共産党・中央委員会の「マウスピース」こと「環球時報」(the Global Times)は、さっそく翌日、「中国はTHAAD実装に対抗すべきだ」と主張する記事を掲載しています。
China can counter THAAD deployment(2016/7/9 0:38:01付 環球時報英語版より)
私自身の文責で、英語の内容を和訳しておきますと、記事本文では
「中国政府は次のように対応すべきだ。(We recommend China to take the following countermeasures.)」
として、次の5つの対応を列挙しています(図表1、ただし、図表中の番号は私が付したものです)。
図表1 環球時報の「5つの対抗策」
# | 原文 | 意訳 |
1 | China should cut off economic ties with companies involved with the system and ban their products from entering the Chinese market. | 中国はTHAAD関連企業との経済的関係を断ち切り、これらの企業の製品が中国市場に流入することを禁止すべきだ |
2 | It could also implement sanctions on politicians who advocated the deployment, ban their entry into China as well as their family business. | THAAD実装に賛同する政治家に対する制裁を発動し、その政治家の中国入国を禁止し、そして彼らのファミリー・ビジネスも同様とする |
3 | The Chinese military could come up with a solution that minimizes the threat posed by the system, such as technical disturbances and targeting missiles toward the THAAD system. | 中国軍はTHAAD導入に伴う脅威を最小化するための対策として、たとえば技術的な妨害電波の発出や、THAAD自体をミサイルの標的にすることなどを検討すべきである |
4 | China should also re-evaluate the long-term impact in Northeast Asia of the sanctions on North Korea, concerning the link between the sanctions and the imbalance after the THAAD system is deployed. | 中国は東北アジアにおける北朝鮮制裁がもたらす長期的影響について、THAAD導入後の不均衡と北朝鮮に対する制裁の関連性をもう一度きちんと検討すべきだ |
5 | China can also consider the possibility of joint actions with Russia with countermeasures. | 場合によっては、ロシアと共通の対抗政策を取ることができるかどうかについても考えるべきだ |
【(出所)環球時報。ただし、できるだけ原文のニュアンスに忠実に意訳する目的で、用語等については普段当ブログで用いているものと異なっている可能性があります。】
このうち、韓国に対する直接的な「脅し」となっているのは、1番目と2番目です。特に1番目については、中国当局により「THAAD関連企業」だと認定されてしまった場合、その企業の製品は対中輸出が禁止される可能性があるため、韓国財界・韓国企業にとってはビジネス上の深刻な脅威となりかねません。また、2番目についても、たとえば韓国の国会議員が中国から「THAAD賛成派」だとみなされた場合、本人と家族の中国入国が禁止される可能性があるということです(※余談ですが、「政治家個人のファミリーのビジネス」とある下りは、中国では政治家の家族がその特権的立場を利用してビジネスを行うことが多い、という意味でしょうか?)。
経済制裁の発動は小幅だが…
そして、8月に入り、韓国のメディアから少しずつ、THAAD関連と思われる「経済制裁」に関する報道が出てきました(図表2)。
図表2 中国による韓国への制裁の序曲?
項目 | 概要 | 情報源 |
中国商用ビザ取得の制限 | 在韓中国大使館が商用ビザ発行条件を厳格に強化 | 中央日報日本語版 ハンギョレ日本語版 |
韓流スターの講演等中止 | 中国が韓流スターの行事・公演をキャンセルし、ドラマの放送を延期するなどの実力行使 | 中央日報日本語版 ハンギョレ日本語版 |
AIIB副総裁ポスト没収 | 韓国出身者に対するAIIBの副総裁ポストが没収される | 中央日報日本語版 |
ただ、いずれの「制裁」も、現在のところ小規模なものにとどまっており、経済的なインパクトは微々たるものです。少なくとも、「環球時報」が主張したような「THAAD関連企業の中国市場からの締め出し」「THAAD推進派議員らの中国入国禁止とファミリー・ビジネスの禁止」については、今のところ確認できていません。
しかし、私のうがった見方かもしれませんが、「大々的な経済制裁を行う」と脅しておきながら、少しずつ「締め上げる」という方法の方が、より大きな恐怖を相手に与えることができるのかもしれません。いずれにせよ、韓国政府・財界・国民はこれから、「よりおおきな中国からの制裁」におびえることになるのかもしれません。
日米中を敵に回した韓国外交の失敗
ところで、現行の朴槿恵(ぼく・きんけい)政権が発足したのは、2013年2月のことです。この朴大統領は、就任後最初の外遊先として、「韓国の外交慣例に従って」米国を選びました。ところが、2番目の訪問国としては、「韓国の外交関連を破って」、日本ではなく中国を選んだのです。また、彼女が大統領に就任してから約3年半が経過しますが、今のところ彼女は日本を訪れていません。
いわば、朴政権は、対米外交を主軸に据えながらも、日本ではなく中国を、もう一つの重要なパートナーに選んだ格好となっています。朴大統領は日本には一度も訪問していないにもかかわらず、中国を何度も訪問しており、特に2015年9月には、習近平(しゅう・きんぺい)中国国家主席、ロシアのウラジミール・プーチン大統領らと並び、西側諸国から「独裁者」として悪名高いカザフスタンのナザルバエフ大統領、ウズベキスタンのカリモフ大統領、国際刑事裁判所から逮捕状が出ているスーダンのバシル大統領らとともに、天安門の上から軍事パレードを観覧。このことが、米国を激怒させました。さらに、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への出資決定も、米国を激怒させるのに十分でした。
また、日本に対しては、前任の李明博(り・めいはく)大統領が島根県・竹島に不法上陸し、天皇陛下を侮辱する発言を行ったことに続き、たとえば2015年6月には明治期の産業革命関連施設の世界遺産登録を妨害。これに加えて韓国の市民団体は、いまだに世界中で「慰安婦像」を建立し続けるなどして、日本人の逆鱗に触れ続けています。
こうした中、韓国は今回、おそらく「親中派」と「親米派」の闘争の結果、THAAD配備を決定したのだと思いますが、これにより韓国は、日米中のすべてを敵に回した格好となってしまっています(図表3)。
図表3 韓国外交の失敗
国 | 主な出来事 |
日本 |
|
米国 |
|
中国 |
|
もちろん、韓国の「不法行為」は日本に対するものが一番多いのですが、質的に見ると、AIIBへの出資や軍事パレードの観覧は米国を、THAAD導入は中国を、それぞれ激怒させています。
THAAD中止の可能性も?
いずれにせよ、現在の韓国は、中国、米国、日本という、周辺国すべてを敵に回してしまった状態にあります。かかる状況を打開するために、韓国はいったいどうするのでしょうか?
一つの可能性として考えられるのは、THAAD配備を今のタイミングで撤回することです。もちろん、そんなことをやれば、米国を激怒させ、在韓米軍の撤収もあり得るでしょう。しかし、たとえば中国が、韓国に強硬な経済制裁をちらつかせつつ、
「北朝鮮を抑えておいてやるから、THAAD配備を中止すれば、経済制裁をすべて中断してやっても良いぞ」
などと囁けば、現在の韓国政府だと、簡単に折れてしまうかもしれません。韓国政府としても、北朝鮮の脅威がなくなれば、在韓米軍が撤収しても、それほどの打撃は感じられません(※ここでいう「打撃がない」という表現は、客観的に、という意味ではなく、韓国政府がどう思うか、ということです)。
したがって、2017年12月と発表されている朝鮮半島へのTHAAD配備までにあり得る一つのシナリオとは、中国が韓国に対する経済制裁を小出しにするとともに、北朝鮮リスクの軽減を韓国に持ちかけ、韓国政府が在韓米軍へのTHAAD配備を土壇場になってキャンセルする、というものではないでしょうか?私は、意外とその可能性が高いとみています。
もちろん、そんなことになれば、激怒した米国により米韓軍事同盟は破棄され、在韓米軍は撤収の憂き目に遭うことでしょう。ただ、朝鮮半島情勢を見るうえで、これまでの経緯から判断する限り、韓国政府が必ずしも常に「合理的な判断」を下すとは限らないという点には、注意しておく必要があると思います。
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