日本が本当に恐れる中国対日制裁

そもそも論として、中国による日本向けの団体旅行の自粛などの対日制裁が「制裁」として機能しているのかという問題はあるのですが(むしろどちらかというと「逆効果」でしょう)、それ以上に驚く話題があるとしたら、春節(中国の旧正月シーズン)の個人旅行での日本のホテル予約が前年と比べ約6割増えているとするものかもしれません。じつは、中国の対日制裁は「日本旅行の自粛」ではなく、「訪日客倍増」なのかもしれません。

セルフ経済制裁

中国のよくわからない「対抗措置」

高市早苗総理大臣が昨年11月、立憲民主党の岡田克也氏の質問に答えるかたちで、台湾有事はわが国にとって(集団的自衛権発動要件のひとつである)「存立危機事態」に該当し得るとの見解を示して以来、中国が日本に対し、かなり厳しい姿勢を示していることは、読者の皆さまもご存じの通りでしょう。

中国が日本に対して講じた「対抗措置」の例を挙げると、これがなかなかに壮絶です。

中国が日本に対して講じた「対抗措置」の例
  • Xを使った日本人への脅し
  • 日本向けの団体旅行の自粛
  • 日本製のアニメの上映延期
  • よくわからない会合の中止
  • ロックコンサート公演中止
  • 日本人歌手の歌中断→退場
  • 自衛隊にFCレーダー照射
  • パンダの貸与期限の不延長
  • 北京の各国大使に日本批判

(【出所】報道等をもとに作成)

ネットでバカにされる中国政府高官たち

もっとも、これらはどれも対抗措置としての効果が限定的であるばかりでなく、なかには逆効果のものも含まれていることに注意が必要です。

たとえば薛剣(せつけん)駐大阪総領事は11月8日、Xに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか」とポスト。該当するポストは批判殺到のために削除済みですが、これに留まらず、まさに非常識というレベルの対日非難が中国政府から日々発信されました。

ところが、これらに対しては、中国政府高官らがXで日本国民に対し日本語でさまざまな脅しをかけたものの、逆に日本国民はそれらのポストをおちょくるかのような内容を投稿し、Xが一時、中国政府高官らをバカにする大喜利会場と化したのです(『ネット大喜利でオモチャにされおちょくられる中国政府』等参照)。

想像するに、これは中国政府高官らにとっては恐怖だったのではないでしょうか。

なにせ、自国内では人民に対し、Xなどの西側諸国のSNSへのアクセスを事実上禁止しているため、閉じられた空間で高圧的な態度しか取って来なかった連中が、自由・民主主義国の国民から集中砲火を浴びたのですから。

歌の停止、FCレーダー照射…中国の異常性浮き彫りに

ただ、中国政府の「対抗策」とやらの悪手ぶりは、それだけではありません。

たとえば歌っている途中の日本人歌手の歌を強制的に止めて退場させた事件(『中国でセルフ経済制裁絶賛発動中』等参照)は、むしろ中国が文化の弾圧をする国であるという事実が世界中に広まったという効果をもたらしました。

また、自衛隊機に対する火器管制(FC)レーダー照射事件(『中国が自衛隊機にFCレーダー照射…しかも「2回」も』等参照)も、中国が「気に入らないことがあると軍事的挑発を仕掛けてくる大変℉危険な国である」という点を世界中の防衛当局者に改めて知らしめる効果がありました。

どちらも日本への対抗措置としての効果は極めて限定的であっただけでなく、これらは中国の異常性を嫌と言うほどに見せつけたという意味において、むしろ中国にとっての「セルフ制裁」として跳ね返っていっただけのことだった、というわけです。

団体旅行の自粛は日本経済に悪影響も

さて、こうした中国の対日措置のなかに、自国民に対する団体旅行の自粛があります。

この点については、短期的には日本経済にたしかにそれなりの損害をもたらす可能性は否定できません。

現在の日本にとってインバウンド産業はそれなりに規模が大きく、国土交通省の推計(『訪日外国人の消費動向 2024年年次報告書』等参照)で2024年実績だと推定訪日外国人旅行消費額は8兆1257億円にも達しているからです。

しかも、中国人がインバウンド客全体に占める割合は(香港と合わせると)通年平均で30%前後であり、中国人旅行客の訪日が激減すれば旅行収支の黒字に影響が生じることは避けられません。2024年における中国人の支出額は1兆6901億円、香港人の支出額は6598億円と、決して小さくありません。

極論をいえば、中国人(と香港人)が全員、日本旅行を自粛した場合は、最大で数兆円レベルの機会損失が生じる可能性があるわけですし、日本国内でも左派論客などを中心に、こうした経済損失を根拠に、高市総理に対し「台湾答弁」の撤回を求める声が上がったことも事実です。

(なお、現実には全国の観光地でオーバーツーリズム問題がある程度解消されている点を歓迎する声も出ているなど、中国の「ノージャパン」はむしろ歓迎すべきである、との視点もあるわけですが、この点についてはとりあえず脇に置きます。)

日中関係の実情

日本で広まる脱・中国の動き

しかし、こうした「短期的な損害」の可能性があることは否定できないにせよ、日本全体で現実に生じつつある大きな現象とは、「産業が中国に過度に依存することのリスク」を日本国民と日本企業に改めて認識させたことではないでしょうか。

つまり、国にとって大切な産業、資源、エネルギー、金融、投資といった分野で、中国に生命線を握られるような事態に陥ることを避けるべき、といった認識が日本全体で広まってきたのです。

たとえば先日の『「製薬大手が中国依存脱却」はおそらく「氷山の一角」』でも取り上げたとおり、製薬大手二社が「ベータラクタム系」と呼ばれる抗菌薬の在庫を積み増すとともにそれらの国産化を急ぐなど、原薬の供給途絶に備え必要量の確保に動いているのだそうですが、おそらくはそれだけではありません。

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEOの和田大樹氏は昨年12月8日付の次の記事で、中国が多くの日本企業にとって、もはや「高いリスクを伴う、数ある市場のひとつ」へとその位置づけが低下しつつある、などとしています。

日本企業が“脱中国依存”へ…中国は「世界最大市場」から「地政学的リスクと技術流出懸念」の市場に

―――2025/12/08 17:00付 Yahoo!ニュースより【FNNプライムオンライン配信】

そして、興味深いのは、これが日本だけの動きではない、という点です。

『現代ビジネス』に昨年12月10日付で掲載された、経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦氏の指摘によれば、レアアースの日本企業に対する輸出手続の遅れを受け、在中EU商工会議所が「欧州企業の3社に1社が調達先を中国から変更することを検討している」とする調査結果を公表したそうです。

欧州企業の3社に1社が”脱中国”に動き出し…レアアース規制で日本を威圧するも実は残念な中国経済

―――2025.12.10付 現代ビジネスより

なんとも興味深い話ですね。

短期的には、中国の対日「制裁」は日本(や日本以外の先進国)経済に打撃を与える可能性がありますが、少し長い目で見たら民間企業などに対し、中国依存からの脱却を促し、最終的には中国自身が「カード」を失うことになるのだとしたら、皮肉としては最高に面白い部類に入ります。

中国はそもそも魅力的な市場なのか?

もちろん、「脱中国」は、日本にとって安全保障対策、技術流出対策などの面でも有益であることは間違いありませんが、それと同時に中国の市場へのアクセスを失うことは、日本企業にとってはマイナス効果をもたらす可能性があります。

中国は14億人以上の人口を抱えるとされ、日本企業や欧米企業などにとっては、市場としては魅力的だ、といった議論は成り立つからです。

ただ、ここでもうひとつ事実を指摘しておくならば、日本の対中貿易は、「日本製品を中国の消費者に輸出して儲ける」という構造ではありません。さまざまなデータを集めていくと、じつはこの「14億人の市場」とは、幻だったのです。

まず、日中貿易は日本の一方的な赤字が続いているという統計的事実があります(図表1)。

図表1 日中貿易の収支状況

グラフはとりあえず2005年以降で取っていますが、2010年を除けば、どの年においても日本が中国に対して数兆円レベルの貿易赤字を垂れ流していることがわかります。

「日本企業は中国に対してモノをたくさん輸出して対中貿易黒字を叩き出している」、などと勘違いしている人が大変多いのですが、実態はその真逆であるという点に注意してください。

どちらかというと日本が製品を輸入している立場

しかも、輸入品を見ると、最終製品などが大変に多いことがわかります(図表2)。

図表2 中国からの輸入(2024年、主要品目)
品目金額割合
合計25兆3132億円100.00%
機械類及び輸送用機器13兆1071億円51.78%
 うち通信機2兆9835億円11.79%
 うち事務用機器2兆4642億円9.73%
 うち音響・映像機器(含部品)1兆0341億円4.09%
雑製品5兆2916億円20.90%
 うちメリヤス編み及びクロセ編み衣類9483億円3.75%
 うち衣類6414億円2.53%
原料別製品2兆9707億円11.74%
化学製品1兆8744億円7.40%
食料品及び動物1兆2770億円5.04%

(【出所】普通貿易統計をもとに作成)

2024年において日本の中国からの輸入額は約25兆円あまりでしたが、輸入している品目は「通信機」(おそらくスマホ類でしょう)が3兆円近く、全体の12%弱にも達しており、「事務用機器」(おそらくはPCでしょう)が2.5兆円ほどで全体の10%弱を占めています。

これに「音響・映像機器」(テレビなどでしょうか?)が1兆円少々、あとは衣類や雑貨・小物類なども多く、要するに中国が組立製造拠点となり、PC、スマホ、家電、衣類、雑貨などを大量に輸入している、という構図です。

日本が中国の消費者に対し、日本の製品を大量に買ってもらっているというよりは、どちらかといえば中国が日本の消費者に対し、中国の製品を大量に買ってもらっている、というわけです。

日本の対中輸出品目はモノを作るためのモノが多い

これに対し、日本からの輸出品は、自動車を別としたら、半導体製造装置や半導体等電子部品、原料別製品や有機化合物といった「モノを作るためのモノ」が主力を占めています(図表3)。

図表3 中国への輸出(2024年、主要品目)
品目金額割合
合計18兆8625億円100.00%
機械類及び輸送用機器9兆9185億円52.58%
 うち半導体等製造装置2兆1770億円11.54%
 うち半導体等電子部品1兆3130億円6.96%
 うち自動車9247億円4.90%
化学製品3兆3649億円17.84%
 うち有機化合物6463億円3.43%
原料別製品2兆2011億円11.67%
雑製品1兆3399億円7.10%
 うち科学光学機器6763億円3.59%
特殊取扱品1兆1858億円6.29%

(【出所】財務省税関『普通貿易統計』データをもとに作成)

よく、「日中貿易が止まれば日本は大変なことになる」、「日本企業は売り先を失い倒産する」、などと抜かす自称経済評論家の方々がいらっしゃるのですが、これは経済・産業構造や民間企業のビジネスをあまりにも知らなすぎる証拠です。

むしろ、現状では中国経済が日本の産業に基幹部品や技術を握られていて、これらの輸出を止められると、いくつかの製品の製造ラインが止まるなど、中国経済にも少なくない打撃が生じるのではないか、といった仮説が成り立つゆえんです(もちろん、短期的には、日本企業にも損害は生じますが)。

いずれにせよ、中国との関係を考察するのであれば、こうした実情を最低限、ちゃんと把握しておくことが必要でしょう。

本当の対日制裁

さて、ここでやや唐突ですが、冒頭に挙げた「中国人の日本旅行」に話題を戻しましょう。

日経電子版が昨年末、ちょっと不思議な記事を配信しているのです。

国内ホテル予約、26年春節は中国発57%増 渡航自粛でも個人客伸びる

―――2025年12月30日 20:26付 日本経済新聞電子版より

日経によると2026年春節(※中国の旧正月の休暇シーズン、今年は2月)の中国からの個人旅行によるホテル予約が堅調で、前年と比べ約6割上回っているとする調査もあるのだとか。

具体的には、宿泊施設向け予約管理システムを手掛けるtripla(トリプラ)が全国の1727ホテルを集計したところ、26年の春節期間(2月15〜23日)の中国からのホテル予約件数は、25年の春節(1月28日〜2月4日)の宿泊数と比べて「57%増加した」というのです。

しかも日経が国内のホテル大手10社に聞き取り取材を行ったところ、同じく春節シーズンの予約状況は3社が「前年を上回っている」と答えたのだとか(5社は「前年と同水準」、2社は「前年を下回っている」と答えたそうです)。

中国政府が人民に対し、日本旅行の自粛を呼び掛けているというわりには、なんとも不思議な現象ですが、これについて日経はこう指摘します。

団体客よりも個人客の割合が増えていることに加え、個人客の需要は堅調であることが大きい」。

しかも宿泊単価も上昇しているとのことであり、この記事を信じる限り、少なくとも個人旅行については、中国政府による統制が十分に効いているとは言い難いところです。

もっとも、これを受けてネットでは、たとえば山手線の駅名を冠した怪しい自称会計士による、「中国政府による日本に対する本当の制裁は、日本に送り込む中国人観光客を倍増させることだ」、といった心ない書き込みもあるようです(図表4)。

図表4 心ない書き込み

(【出所】Xへの投稿 ©shinjukuacc.com)

だれですか。

中国政府をおちょくるのは楽しいって言った人は。

本文は以上です。

金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない

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読者コメント一覧

  1. はにわファクトリー より:

    中国さまがこんなにお怒りだ。
    馬鹿にされ続けるのは日本のメディアも同じです。

    もすらの

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