鈴置高史氏が注目する韓国の「とある保守論客の転向」
韓国観察者の鈴置高史氏によると、韓国の保守政権下で外交安保首席補佐官を務めたほどの親米派が最近、「米国を離れ自主防衛に舵を切るべき」、などと言い出したそうです。何があったというのでしょうか。これについて鈴置氏が挙げる要因のひとつが、米ホワイトハウスが発表した2025年版の『国家安全戦略』で、韓国が防衛すべき「第一列島線」の外に置かれた(と韓国が考えている)、というものです。
目次
米ホワイトハウスの『国家安全戦略』
米ホワイトハウスは11月付で、2025年版の『国家安全戦略』 “National Security Strategy” (通称NSS)を公表しました。
PDFで表紙や目次等も含めて33ページと比較的薄い資料ですが、19ページ目以降の「アジア」を見ると、 “China” (中国)という単語が19回も出てくるなど、現在のトランプ政権がどの国を強く意識しているのかがよくわかります。
一方、これに対し “Japan” (日本)が出てくるのは5回に過ぎません。
1ヵ所は “South Korea” (直訳すると「南朝鮮」)とセットで「防衛費負担を増やすことを求めている相手」という文脈で出て来ますが、それ以外の4ヵ所は「日米豪印クアッド」、「中国vs欧日韓豪加墨の貿易」などの文脈で出てくるものであり、いわば、トランプ政権は日本を協力すべき相手に位置付けている格好です。
第一列島線を防衛するという意思を示した
少し長いですが、報告書の23ページ目を紹介しましょう。
We will build a military capable of denying aggression anywhere in the First Island Chain. But the American military cannot, and should not have to, do this alone. Our allies must step up and spend—and more importantly do—much more for collective defense.
【意訳】わが国は「第一列島線」のいかなる地点に対する侵略を防ぐ軍事力を構築する。しかし米軍だけでこれを行うことはできないし、そうすべきでもない。我々の同盟国が集団的防衛のためにさらに多くの支出を行う必要がある。
America’s diplomatic efforts should focus on pressing our First Island Chain allies and partners to allow the U.S. military greater access to their ports and other facilities, to spend more on their own defense, and most importantly to invest in capabilities aimed at deterring aggression.
【意訳】米国の外交努力は、第一列島線上にいる同盟国やパートナーに対し、港湾その他の施設の米軍への利用拡大、自らの防衛支出の拡大、そして最も重要な点は侵略抑止能力への投資を認めるよう促すことに重点を置くべきだ。
This will interlink maritime security issues along the First Island Chain while reinforcing U.S. and allies’ capacity to deny any attempt to seize Taiwan or achieve a balance of forces so unfavorable to us as to make defending that island impossible.
【意訳】こうした努力は第一列島線にかかる海洋安全保障の相互の関連を強めるとともに、米国およびその同盟国にとっては台湾を占領しようとするいかなる試みをも阻止し、あるいは台湾防衛が不可能になるほどわが国にとって不利になるような戦力バランスををも阻止するという能力の強化につながる。
そのうえで、南シナ海における「航行の自由」が維持されることの重要性を強調するとともに、インドから日本に至るまで航行の自由を脅かされることによる不利益を被るであろう諸国の防衛投資の拡大と連携の必要性に言及している、というわけです。
あれ?北朝鮮は…?
ただ、この文書を読んで、勘の良い方は気付くかもしれませんが、ここに出て来ない国名があります。
北朝鮮です。
ためしに “Korea” で探してみると、この単語は文書の中で3回出て来ますが、文脈上どれも韓国のことです(ちなみに2回は “South Korea” で1回はただの “Korea” ですが、文書で両者が使い分けられている理由については、なんだかよくわかりません)。
いずれにせよ、米国の防衛方針に関する文書に北朝鮮が出て来ないのは、北朝鮮による核・ミサイル開発問題に直面しているわが国にとっても他人事ではありません(もしかして、北朝鮮問題は日本が自力で解決しろ、というメッセージなのでしょうか?)。
ただ、それ以上にこの文書で大騒ぎになっている国があるのだそうです。これについて、韓国観察者の鈴置高史氏が執筆した記事が17日、『デイリー新潮』に掲載されています。
韓国が「核武装」する日 超親米派も「トランプは信用できない。自主国防を」と言い出して…鈴置高史氏が読む
―――2025/12/17付 デイリー新潮『鈴置高史 半島を読む』より
鈴置氏といえば、韓国観察のプロであるとともに、(当ウェブサイト的には)じつは「隠れた日本観察者」でもあります。鈴置氏が丁寧に描き出す韓国の行動を見れば、おのずから私たち日本人姿も浮かび上がってくるからです(観察者とは、得てして観察対象を通じ、自分自身を観察しているものです)。
保守政権下での外交安保首席補佐官経験者の転向
その鈴置氏は、今回の論考で、韓国国内で保守系とされる論客が「安保を米国のみに依存すべきでない」と言い出した、という話題を取り上げます。
李明博(り・めいはく)政権下で外交安保首席補佐官を務めた千英宇(せん・えいう)韓半島未来フォーラム理事長が左派系の『ハンギョレ新聞』のインタビューに答え、『韓国は安保を米国のみに依存すべきでない…超党派的な対応と『自強』に努めよ』などと述べたそうです(日本語版は12月12日付)。
なんともマニアックですが、しかし、極めて重大な変化です。
同じような「韓国は米国から離れるべき」とする主張は左派論客からはよく出てくるようですが、鈴置氏によると千英宇氏はゴリゴリの保守派であり「中国になびかぬ最後の親米派」。その千英宇氏が米国離れを言い出したことについて、鈴置氏は次のように述べ、驚きを隠しません。
「千英宇(チョン・ヨンウ)氏だけは『堅固な韓米同盟こそが国を守る』と言い続け、米国一筋を貫きました。その人の『米国離れのススメ』ですから、『ついに韓国もここまで来たか』と驚愕するほかはありません」。
そして、千英宇氏のような保守派が米国離れを言い出す背景として鈴置氏が挙げたのが、先ほど読んだホワイトハウスの文書 “National Security Strategy of the United States of America” で北朝鮮が出て来なかった、とする話題です。
「米国は対中防衛ラインである第1列島線(the First Island Chain)――千島列島、日本列島、琉球諸島、台湾、フィリピン北部、ボルネオ島――は絶対に守ると表明しました。しかし韓国は第1列島線の外側にあり、『死守』の対象外となったのです」。
核武装と二股外交
ホワイトハウスの文書にある「第一列島線」自体は定義が示されていませんが、鈴置氏によるとこれには千島列島から日本列島、沖縄、台湾、フィリピン北部、ボルネオ島が含まれるものの、どうやら朝鮮半島がその「外側」に置かれてしまったと韓国国内では見られているようです。
今回の鈴置論考は、この千英宇氏の「転向」とその背景が丁寧に描き出されているのですが、これもいつも通り圧巻です。
詳しくは原文を読んでいただきたいのですが、ここでは気になったキーワードを2つだけ紹介しておきます。
ひとつが「韓国の核武装」論、もうひとつが「米中二股外交」です。
このうち前者の核武装論に関していえば、韓国国内では米国の核の傘を離れ、核武装すべきとの願望が常に存在している、という点に注意が必要です。とりわけホワイトハウス文書で韓国が第一列島線の外に置かれ、それなのに防衛費負担の増大を求められることへの不満が高まっていることは見逃せません。
また、後者の二股外交は、朴槿恵(ぼく・きんけい)政権時代に韓国で強まったもので、わかりやすくいえば「離米従中」、つまり「米国ではなく中国に付き従うべき」とする議論です(ちなみにこの「二股外交」、日本でいち早くその存在に早くから警鐘を鳴らしていたのが鈴置氏です)。
その鈴置氏が述べる朝鮮半島の近未来が、これです。
「現実問題として韓国は誰が政権をとろうが、米国から離れ、北朝鮮とは距離を置く流れに乗っています。結果的に核武装して中立化する近未来へと流れつく可能性が高まったのです」。
当たり前ですが、もし実際に韓国が核武装しようと試みれば、主要国はこれを許さないでしょうし、そんな韓国を待っているのは今の北朝鮮なみの厳しい経済制裁です。
韓国は「半導体王国」を自称していますが、当然、半導体製造装置やフォトレジストなどの高度素材の供給は止まりますし、場合によっては経済崩壊という未来すらあり得るでしょう。
対中・対米感情…彼我の違い
ただ、今回の鈴置論考を読んでいても、韓国の「核武装に向けた動機」は、やはり独特です。
要するに、米国の駒にもならず、中国に対しても独立を維持するため、というものだからです。
日本におけるコリア・ウォッチングに「中国」「米国」というファクターを導入したのは鈴置氏の功績ですが、とりわけ一連の鈴置論考からは浮かび上がってくるのが、米国・中国とのそれぞれの距離感が、日本と韓国でまったく異なること、そしてそれによりもたらされる社会の安定度です。
むろん、日本にも中国にやたらとなびく人たちがいますが(パンダ返却を嘆く人たち、でしょうか?)、そのような人たちは日本社会から見たらごく一部のアウトライヤーみたいなもので、圧倒的多数の日本国民は中国よりも米国を信頼しています(『対中認識はさらに悪化するのか=外交に関する世論調査』参照)。
図表 日本国民の米中露韓への親近感
このあたりが日韓の大きな違いなのかもしれません。
そういえば、現在の日本は中国から高市早苗総理大臣の台湾有事に関する答弁撤回に向けた強い圧力を受けていますが、少なくとも圧倒的多数の国民はそんなもの屁とも感じていないようであり、それどころかSNS上で続く中国当局者の日本国民への脅しをおもちゃにしておちょくっている始末です。
やはり、「中国に対する恐怖心」が日本国民にはまったくない、ということであるとともに、中国の側も韓国を脅せばうまく行ったという「成功体験」に引きずられ過ぎているのかもしれません。
最近の韓国は日本に対し一時期のような異常な不法行為を控えているためか、日本国内でも韓国に関心を持つ人が急速に少なくなっているフシもありますが、やはり鈴置氏のように一貫した視線で韓国を観察し続けている識者の存在は貴重であると思う次第です。
本文は以上です。
金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
| 自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
![]() | 日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |




韓国の核武装は、究極的には、日本に向けられたものだと、思うのですが・・・。
ご意見に賛成です。
韓国・韓国人の判断基準は「日本」。米中には勝てないが、日本にはなんとか~の発想でしょう。内実は日本に縋っているのですが。ヤレヤレ、です。
日本と日本人を養分に現代国家を育てて来たのは中華人民共和国も同じです。うちらが喜んで手を貸して来た状況も共通しています。
手を噛まれて気分が悪い。アメリカの怒りの正体ははっきり浮かび上がって来るのではないでしょうか。日本人はこれからどうするつもりでしょうか。
北朝鮮の核よりは危険でしょうね。
>誰が政権をとろうが、米国から離れ、北朝鮮とは距離を置く
漂流を始めた半島の南半分。
前世紀の半ば、にわか国防軍は電撃南下を始めた北朝鮮軍の前に銃をして敵前逃亡しました。
核があれば、ありさえすれば、俺たちは強い。「舐められてたまるか」そんな甘美な妄想しか、少しでも良い未来を引き寄せることはできなくなったのでしょう。
そこで当方は思うのです。中華民国に住む現代台湾人はそんな大韓民国をどうみてどう付き合うでしょうか。
サイト主どのへ。
彼らは半導体「王国」を誇っているのでなくて、「強国」「大国」「先進国」に胸を張っているのです。そうでありたいと渇望が単語を選ばせている。だからこそ、周囲をけなして後進国と口にしたりするのです。
水原に電子部品製造ラインを供与した日本の電機会社はお人よしでしたね。
更新ありがとうございます。
鋼の錬金術師の中で「おまえがどこの誰だろうと、俺はおまえを、おまえ自身として見ている」という感動的なセリフがあったかと思います。状況がどうであれ、「君は君だよ」という相手のアイデンティティや相手との関係などが不変であることを伝えた名言だと思います。
最近中国という変数のためか、日韓での騒ぎが減ったように感じますが、こういうときこそ「韓国は韓国である」ことを、心にとめておこうと思います。
*核で中立化が為すもの
建前:他国の干渉を排し真の独立国に!
実態:同盟国の絆を排し真の独り国に!
*K国のてんき(転機)予報
音読:あさ、にっちゅうとあめにたたかれ、のちとうぶからはれあがるでしょう。
意訳:朝・日・中とアメに叩かれ、後頭部から腫れ上がるでしょう。イテテ!
m(_ _)m