厚生年金の解散で財務省から寄せられそうな反論とは?

当ウェブサイトでは厚生年金という制度について「廃止して保険料を払い戻せ」と主張し続けてきました。ただ、これについて冷静に考えてみると、財務省側の立場に立った反論も可能です。それは、「社会保険料自体に節税効果がある」というものです。当ウェブサイトで過去に示した(かなり大雑把な)計算にも若干の影響を及ぼします。ただ、そこまで言い出すのならば、返金額は期待運用利回りも考慮に入れたうえでもっと正確に計算しなければならないことになります。

税社保取り過ぎ問題

予想では本日午後の衆院本会議で、高市早苗・自民党総裁が第104代内閣総理大臣に指名され、本日中に組閣が行われます。

こうしたタイミングではあるのですが、少し中・長期的な未来を見据えて議論しておきたいのが、社会保障改革のなかでもとりわけ当ウェブサイトで以前から議論してきた「厚生年金廃止」です。

少し前から当ウェブサイトでは、サイトのトップページに『イチ押し記事』の掲載を開始しており、現時点では次の5つの記事を常時表示しています。

最近のイチ押し記事(現時点)

これらについてはもちろん、半永久的に掲示し続けるつもりはなく、また、「良い記事が書けたな」と自分で思ったときには随時入れ替えていくつもりですし、時間を見ながらこれらの記事を積極的に書き換えていくつもりです(もしかしたら本稿を上記と入れ替えるかもしれません)。

さて、それはともかくとして、これらの記事で主張した内容はさまざまですが、ただ、根底にあるテーマは完全に共通しています。それは、「税社保取り過ぎ問題」―――、すなわち、「日本政府は税金や社会保険料などの負担金を国民から奪い過ぎだ」、という点です。

厚生年金の問題点

厚生年金に見る不公平

いや、北欧などのように税金が高い国も世界にはありますので、異常に高い税金に苦しんでいる国は日本「だけ」だ、というわけではないでしょう。しかし、日本の場合は払った負担金に対して受け取れる給付が少なすぎるという問題があります。

その代表例として、何度も繰り返しになってしまい恐縮ですが、ここでは厚生年金を例示しておきましょう。

このうち厚生年金はサラリーマンが強制加入させられている年金制度ですが、基本的には毎月の「標準報酬月額」に対し、労使合わせて18.3%を取られており(※ただし現在は月額65万円で頭打ちとされます)、言い換えれば、月収約65万円以上の人は、毎月118,950円が自動的に引かれているのです。

しかも、加入月数1ヵ月あたりで貰える年金のうちの「報酬比例部分(年額)」は「平均標準報酬月額の1000分の5.481」です。標準報酬月額の18.3%を「保険料」と称して負担させられておきながら、将来貰える報酬比例部分は標準報酬月額のたった0.005481%。

つまり、保険料が1万円増えるたびに増える将来の年金は年間たったの約300円(!)であり、あなたが支払った保険料(※労使合計)を将来の年金(報酬比例部分)で取り返すために必要な年数は33.4年です。著者などは65歳で年金を貰い始めるとして、93.4歳まで生きられる自信はありません。

自主運用したら遥かに高い水準の年金がもらえたはず

この点、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用利回りが約4%であることを踏まえると、GPIFほどの利回りがなくても、3%程度の利回りで自主運用すれば、厚生年金よりも遥かに高い水準の年金が受け取れたはずです。

たとえば毎月118,950円を22歳から65歳まで43年間支払い続け、年複利3%で運用できた場合は、その積立金は143,388,900円であり、65歳から85歳まで20年間受け取り続けるとしたら、運用利回りが同じなら年間9,484,558円の年金が受け取れる計算です。

しかし、現実の厚生年金の受給額は、基礎年金部分が約83万円前後(生年や加入期間などによっても多少変動します)、報酬比例部分が1,838,327円ですので、あわせてせいぜい267万円くらいしか年金を受け取ることができません(※これでもまだ恵まれている方です)。

片や、経済合理的な運用をしていれば948万円、片や、国の制度だとたった267万円。

「厚生年金を廃止せよ」、と当ウェブサイトで提唱している理由の一端がおわかりいただけるかと思います。

いずれにせよ、たとえば年金については『【千年安心】の年金に向けて日本は厚生年金を廃止せよ』、健康保険については『数字で見る「現役の犠牲で成り立つ高齢者9割引医療」』などでも論じたとおり、現役層(とくにサラリーマン)にとっては、社会保険料は取られ過ぎというだけでなく、割に合わない負担金なのです。

シンプルに社保が高すぎる

この「税社保取り過ぎ」「給付低すぎ」問題は、厚生年金だけに限られません。健康保険も同じです(これについては長くなるので本稿では省略します)。

これ、社会保険料について冷静に考えてみたらわかりますが、そもそも負担が高すぎるのです。厚生年金と健康保険を合わせると、多くのサラリーマンは年収の15%程度を徴収されており、また、サラリーマン本人の目に見えないところでそれと同額が「会社負担」という形で徴収されています。

月収50万円の人は本人負担分で約75,000円、会社負担分で約75,000円、合計約15万円以上負担しているのです。これについては「社会保険料は会社が半分払ってくれるお得な制度だ」、などと寝言を述べたものもいたようですが、完全に間違っています。

本来、会社にとっては従業員を雇うことのコストは社会保険料の会社負担分も含めた金額だからであり、月収約50万円の人の場合、会社が負担する約7.5万円の社会保険料も、本来は当該従業員に対する形を変えた給与だからです。

仮に社会保険料会社負担分という制度がなくなったとしたら、現在の月給が50万円の人の場合、人件費が変わらなければ、理論上の月給は57.5万円に増えるはずです。

このように考えたら、サラリーマンは現行の制度に対し、もっともっと怒るべきなのです。

今いきなり廃止すると影響が大きい、どうする?

さて、著者は厚年保険について、基本的には廃止すべきだと考えています(また、本稿では触れていませんが、『数字で見る「現役の犠牲で成り立つ高齢者9割引医療」』でも指摘したとおり、後期高齢者医療制度については応急措置的に本人負担を3割以上に引き上げるべきと考えています)。

ただ、このうちの厚生年金については、今の制度をいきなり廃止すると、現時点で厚生年金を受け取って生計を立てている人に大きな影響が生じてしまいますし、また、何の保証もなしにこれを廃止すると、財産権の侵害になってしまいます。

したがって、社会保険料のうち少なくとも厚生年金保険料については、厚生年金の廃止に伴い、年金をまだ受け取っていない人は払い込んだ保険料(※もちろん、労使込み)を払い戻すべきですし、すでに年金を受け取っている人には、脱退一時金と現在の水準の給付継続のどちらかを選べるようにすべきです。

たとえば先ほど例に挙げた「標準報酬月額65万円」というケースだと、現在の負担額は労使合計で毎月118,950円です(ただし、現時点で年金支給開始直前という人は、保険料が今より低い時期があったはずであり、加入期間が20年の人の場合だと、現実に負担した額は2000~2500万円程度でしょうか)。

この人が国民年金加入者だったとしたら支払わなければならなかった保険料が17,500円だったとすると、この人は厚生年金に入ることにより支払わなくて済んだ月額17,500円の20年分である420万円を追納差し引いた1600~2100万円を返還すべきです。

厚生年金廃止の論点

そこで年金国債を!

しかし、そうなると、どう考えても資金が足りません。どんぶり勘定で計算しても、現役層への返金額と現在の受益層への給付額を合計すると600兆円前後は必要だからです。

具体的に計算しましょう。

厚生年金廃止時点で①すでに厚生年金の受給が始まっている人、②まだ厚生年金を受給し始めていない人、の2種類の人がいるはずですが、①の人に対し現在受給している額を払い続け、②の人に対し過去に支払った保険料(労使込み)を返金すると考えます。

厚労省レポート(P4)によると、2023年度の厚生年金支給額は約31.7兆円程度であり、残存平均寿命が10年程度だと仮定すれば、31.7兆円の10年分にあたる317兆円もあれば、理論上は勤労者から新たに年金保険料を徴収しなくても現時点の年金受給者に年金を払いきることができます。

その一方、厚労省レポート(P2)によれば、厚生年金被保険者数は4672万人だそうです。

ただし、この中には新卒の人もいれば退職間際の人もいるはずで、40年間で払い込む保険料総額を2000万円と仮定(※)したうえで、単純に平均した加入期間を20年としたら、この4672万人とその雇用者が払い込んだ総額は467兆円と計算できます。

(※なお、年金保険料は過去を通じて値上げされ続けてきたため、40年間の労使合計保険料総額が2000万円だったとする仮定はやや過大計上の可能性もあります。現実にはその8掛け程度の1600万円程度と見るべきかもしれませんが、本稿ではとりあえずそのまま「2000万円」という想定を置きます。)

国民年金負担額を除いた残額を返金すれば良い

次に、厚生年金加入者は国民年金加入者でもあるため、本来ならば負担していなければならない国民年金保険料(月額約17,000円とすると年額約20万円、期間20年だと約400万円、これに4672万人を乗じて187兆円)を控除しなければなりません。

よって、現役層への要返金額は、467兆円-187兆円、すなわち280兆円程度です。

以上より①すでに厚生年金の受給が始まっている人に年金を払いきるのに必要な額が317兆円、②まだ厚生年金を受給し始めていない人に返金すべき保険料の額が280兆円とすると、①と②の合計額は600兆円弱と試算できるのです。

そのうえで、GPIFの運用資産残高はざっと400兆円ほどですが、このうちの300兆円が厚生年金加入者のための積立金だと仮定しても、300兆円ほど足りません。

だからこそ、著者自身はその約300兆円の資金を国債発行で捻出すべきと考えているのです。『資金循環的に数百兆円の年金国債で厚生年金廃止は可能』などでも指摘したとおり、現実の日本の債券市場の規模に照らし、300~500兆円程度ならば、市場吸収は十分に可能です。

自己ツッコミ:社会保険料の減税効果

ただし、以上の計算の過程で、ちょっとだけ財務省に塩を送る話をしておく価値もあるかもしれません。

じつは、社会保険料は支払った額が所得税額控除の対象となる、という制度があります。

所得税や住民税などの合計税率がどの程度なのかという程度にもよりますが、税率が20%や30%だったという人にとっては、負担した社会保険料の分だけ所得税額と住民税額が安くなるという恩恵が及んだわけですから、本来ならばその分を考慮して返金額を決定すべき、といった反論はあり得る話です。

先ほど、厚生年金加入者の平均加入期間が20年、労使合わせて払い込んだ保険料が年間50万円としたら、厚生年金加入者(かつ年金受給が始まっていない人)4672万人への要返金額が280兆円程度とけいさんしました。

論拠は厚生年金保険料部分が50万円×20年×4672万人、国民年金保険料部分が17,500円×12ヵ月×20年×4672万人です(計算上、多少の誤差は出ます)。

しかし、これらの厚生年金加入者の平均税率が30%(所得税20%、住民税所得割10%)だったとすると、厚生年金保険料を負担することで生じていた節税効果が年間87,000円(=【厚生年金保険料年間50万円-国民年金保険料年間21万円】×30%)と計算できます。

(ちなみに厚生年金保険料の年間負担分は労使合計をカウントしているため、節税効果が多く出過ぎるのではないか、といった矛盾がツッコミどころですが、この点はとりあえず無視します。)

その20倍に相当する1,740,000円は、要返金額から控除すべきじゃないか。

そういう反論が、もしかしたら財務省から寄せられるかもしれません。

運用利回りを考慮したらチャラになる

ただ、こうした反論が来れば、私たち国民の側としては、こういう再反論をすれば良いのです。

そもそも厚生年金保険料は積立方式ではなく賦課方式として徴収されていたものであるが、これらを年利回り4%で運用していたならば、もっと多くの額を返金することができていたはずだ。運用利回りをゼロと置く以上は、節税効果についてもゼロと置くべきである」。

つまり、要返金額は何らかのロジックないし基準に基づいて「決め打ち」しなければなりません。

もし本気で厳密に計算するならば、厚生年金加入者のひとりひとりについて、過去に支払った年金保険料の額(※もちろん、労使合計ですよ!)の総額と期待運用利回りを合計した金額、年金保険料による減税効果の現在価値などをすべて勘案したうえで、返金額を確定すべきでしょう。

それができるのであれば、著者としては、それで良いと思います。

ただ、日本年金機構の担当者の学力レベル・実務レベルが著しく低いこと(※著者自身もよ~~~~~~く痛感しています)を考慮するならば、そのようなことは不可能に近いのではないかと考えています。

もっとも、著者自身もだいたいの計算ロジックとデータ自体は持っていますので、(あり得ないとは思いますが)高市早苗「総理」かその周辺からのご命令があれば、がその「厳密な計算」に協力させていただく用意はあります。

いずれにせよ、当ウェブサイトとしては、「厚生年金については廃止したうえで現在の受給者は受給継続と払い戻しを選択可能」、「未受給の加入者は払い込まされた保険料を返金」という基本的な部分については主張し続けたいと思う次第です。

本文は以上です。

金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない

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読者コメント一覧

  1. 匿名 より:

    厚生労働省
    「遺族年金、障害年金の原資が無くなります。」

    1. 匿名 より:

      厚生労働省
      「インフレのないここ20年の平均で、現時点で収益率4.33%/年、運用益165.7兆円を実現しています。国民に個々に任せるより安定した運用をお約束します」

      1. 匿名 より:

        折角運用したって国民年金に取られるじゃん。
        厚生年金やめろっっつってんの。

        1. 匿名 より:

          取られるのではありません。
          社会の安全と安定を買っているのです。

          1. 匿名 より:

            >取られるのではありません。
            >社会の安全と安定を買っているのです。

            何重の意味でも間違い
            そんなもん買った覚えないし厚生年金は社会の安全と安定を阻害している

      2. 匿名 より:

        https://www.gpif.go.jp/operation/the-latest-results.html

        運用成績
        一応残しておきます。

  2. 匿名 より:

    テレビタックルで出演者が「年金が仕送り方式(賦課方式)なんて知らなかった。」て言ってた(脚本かもしれませんが)くらいなので、『年金制度が無くなると大変ですよ。かつて芸人も独自に年金を運営してたけど、解散しちゃって、「年金があった方が良かった」ていう生活が苦しい芸人もいますよ。』とか言ってれば、結構な人が信じるかも。

  3. はにわファクトリー より:

    当サイトは有害情報発生源としてサイトアクセス遮断(ネットスクリーン)の仕掛けに登録されていると聞いたことがあります。執務時間中に省庁もしく自治体内部のネットワークからアクセス&投稿できないという意味です。アクセスを試みると即時ブロックされて、監査ログが残ります。
    ですから、「っぽい発言」「さては反論」など怪しい投稿者は、執務時間中にマイスマホを使って名誉有害サイトをアクセスしていると判断するのが自然です。

  4. くきき より:

    とても興味深く読ませて頂いております。私は64から厚生年金を貰える立場でしたが、サラリーマンをしていて引き続き厚生年金を払っていました。収入があると厚生年金は削減されて、昨年一年間でもらえた厚生年金はたったの3万円でした。今月65になって、来年の3月まで勤める予定ですが、またまた大幅な減額となりそうです。収入があると減額される厚生年金。それからこれは最近知ったのですが、年金にも所得税がかかるようです。自分で納めた金をもらうのに税金を払うとはどういうことなのか理解に苦しみます。当サイトでは厚生年金を取り戻すのに33年掛かると試算されておりますが、これには所得税による減額は加味されているのでしょうか。

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