なぜ「年収一千万円」水準でも生活は楽にならないのか
年収1000万円の人が増えているそうです。日経ビジネスが先週配信した記事によると、大企業を中心に1000万円プレーヤーが増えているものの、内情はそこまで楽ではありません。1000万円の人の生活水準は「2000年ごろの年収800万円と同じくらい」との指摘もあるからです。ここで指摘しておかねばならない重要な論点は、税・社会保険料が高すぎることに加え、集めた社会保険料が高齢者医療などに浪費されていることです。
目次
税社保が高すぎるニッポン
当ウェブサイトではこれまで、わが国における実質的な年収の概念が歪んでいることや、公租公課負担と公的サービスの水準が釣り合っていないことなどについて、説明を繰り返してきました。これらの一部については最近、当ウェブサイトのトップページで表示している『最近のイチ押し記事』などでも議論しています。
最近のイチ押し記事
大雑把にいえば、こういう流れです。
- サラリーマンの場合は所得税、住民税のほか、社会保険料を負担している
- 社会保険料は雇用主負担分と合わせて2倍払わされており、実質年収・実質負担はさらに重い
- 社会保険料は基本的に支払った本人に還元されず、現役層から高齢層への所得移転である
- 厚生年金保険(報酬比例)は割に合っていないし、健康保険も現役層から高齢層への仕送りである
- 所得税の基礎控除は長年見直されておらず、近年のインフレ・賃上げで実質増税になっている
…。
年収400万円、手取り315万円、実質負担152万円
わかりやすい設例でいえば、年収400万円の人の手取りが300万円少々に減ってしまう、という点があります。
たとえば年収40歳以上、年間ボーナスは月給の4ヵ月分、東京都内勤務、という事例をおいて手取りを試算すると、年収400万円の場合は手取り315万円で、じつに85万円も控除される計算です。
しかも、この人の雇用主である会社は、給料とは別に社保の会社負担分を年間67万円ほど負担していて、実質人件費は400万円ではなく467万円であり、控除額は本人が控除される85万円と合わせ、じつに152万円に達しているのです(図表1)。
図表1 人件費と年収と手取りの関係(40歳以上・年収400万円の場合)
これは、なかなかに強烈です。
実質的な年収は400万円ではなく467万円であり、手取り315万円との差額152万円がこの人の負担で、しかも社会保険料(※労使合計)の131万円が、高齢者の異常に手厚い年金や野放図な医療費に浪費されているわけです。
石破首相の功績は「税社保高すぎ」を浮き彫りにしたこと
そういえば、石破茂首相が辞めるそうですが、今朝の『石破政権の「最大の功績」とは?』でも説明したとおり、石破首相にはひとつのとても大きな功績があります。まさにこれこそが、「税社保取り過ぎ」に対する国民の強い不満を可視化したことにあります。
SNSなどを通じて広まった、「日本は税・社保が高すぎる」、「社会保障は無駄遣いである」、「補助金などの無駄な制度が多すぎる」といった主張に対し、石破政権・石破自民(とくに宮沢洋一税調会長や森山裕幹事長ら)の極めて不誠実かつ国民を挑発するかの態度は、それに拍車を掛けました。
その意味では、宮沢洋一氏の顔写真は「増税原理主義」の一種のアイコンとして、ネットミームと化しているフシもあるのです。
いずれにせよ、ポスト石破時代はこの公租公課負担と受益の適正化の実現を急がなければなりませんし、それに失敗したら、自民党はおそらく数年以内に政権を失うでしょう(自民党以外の政党に政権担当能力があるのか、という論点は別として)。
年収1000万円が増えているが…
さて、こうした文脈で、本稿で取り上げておきたいのが、「年収1000万円は大して豊かであるとはいえない」という観点です。
先週金曜日、日経ビジネスがこんな記事を配信しました。
年収1000万円超、大企業は10年で7割増 負担増で失われる「特別感」
―――2025/09/05 06:00付 Yahoo!ニュースより【日経ビジネス配信】
「賃上げする企業が増えたことで、年収1000万円を得る人が増え始めた」、とする話題です。
日経ビジネスによると、有価証券報告書などの開示情報や国税庁の民間給与実態統計調査などのデータをもとに、大企業を中心に「年収1000万円」の人が増えていると指摘。ただ、次のようにも述べています。
「ただ年収1000万円の持つ『特別感』は失われつつあり、必ずしも喜べない水準になったとの声が出る」。
これは、いったいどういうことでしょうか。
先ほど図表1で示した計算について、「年収1000万円」のバージョンを作ってみましょう(図表2)。
図表2 人件費と年収と手取りの関係(40歳以上・年収1000万円の場合)
いかがでしょうか。
額面年収1000万円の人の手取りは、たった714万円に過ぎません。300万円近く控除されているのです。内訳は社会保険料がざっと154万円、これに所得税や住民税など132万円がのしかかります。
しかも、この図表2でもわかるとおり、会社が負担している人件費は、1000万円ではありません。1163万円です。会社はこの人を雇うために、別途、社保を163万円負担させられている計算であり、実質的な給与はこの163万円を合わせた1163万円、実質天引き率はその38.6%の449万円(!)です。
もしも―――あくまでも「もしも」、ですが―――、この社保会社負担という制度がなければ、会社は従業員に対し、同じコストで理論上、1163万円まで給与を引き上げることができたわけであり、いずれにせよわが国な明らかに、税・社保をサラリーマンから取り過ぎています。
しかも、年収1000万円前後の水準だと、応能負担と称してさまざまなコストが上昇しますし、所得制限と称してさまざまな支援がゴリゴリ削られます。生活が楽にならないゆえんです。
日経ビジネスの記事の間違い
ちなみに日経ビジネスの記事でも、「今の年収1000万円の生活水準は、2000年ごろの水準でいえばおよそ800万円と同じくらい」(ファイナンシャルプランナーの加藤梨里氏)としたうえで、▼支出の変化、▼物価上昇、▼税金や社会保障費の負担増―――などの要因を指摘します。
ちなみに日経ビジネスの記事には、こんな記述も出て来ます。
「さらに27年以降には厚生年金保険料を算定する際に用いられる『標準報酬月額』の上限額が段階的に引き上げられる。年収1000万円の層では年間で約10万円の支出が増える計算で、負担感の増加に拍車をかけることになる(将来支給される年金の増加効果もある)」(下線は引用者による加工)。
これ、立憲民主党が自民党と協力して実現させた社保負担の増額です。
「年収1000万円の層では年間で約10万円の支出が増える」とありますが、これは間違いです。年収1000万円の層では(ボーナス等の諸条件にもよりますが)基本的に本人負担分に関しては月間で9,150円、年間で109,800円の負担増ですが、これは「本人負担分だけ」の話だからです。
先ほどから指摘している通り、社会保険料は雇用主が同額以上を負担しているため、雇用主は厚生年金保険料を109,800円、「子ども・子育て拠出金」を4,320円、合計して114,120円余分に負担することになります。
労使合わせると223,920円の負担増であり、この状況が20年間続くと、労使合わせて4,478,400円だけ余分に社会保険料を払わなければならないことになります。
また、さりげなく、「将来支給される年金の増加効果もある」、とも記載されていますが、これも適切ではありません。
ここで思い出しておきたいのが、『【千年安心】の年金に向けて日本は厚生年金を廃止せよ』の議論です。
将来の厚生年金(ここで関係するのは「報酬比例部分」だけです)は年間で標準報酬月額の0.5481%だけしか増えるため、仮に標準報酬月額上限の10万円アップが20年(=120ヵ月)続いたとしても、年金は131,544円、月額でたった10,962円しか増えません。
4,478,400円支払って、増える年金額は年間131,544円。支払った額に対し3%にも満たない額です。
正直、厚生年金ごときに支払うカネがあるのなら、その分を自主運用した方がはるかに儲かります。毎月18,300円を20年間(=240ヵ月間)拠出し続ければ、運用利回りがGPIF並みの4%だったとしても、退職時には6,658,304円で、20年かけて取り崩したとしても年間479,601円もらえます。
報酬月額引き上げの影響
- 厚生年金報酬比例…131,544円
- 自主運用4%複利…479,601円
4倍近い差がついていますが、これこそが「厚生年金は詐欺的な仕組みである」の意味です。
後任の人選にまずは注目したい
さて、増税派はいろいろ勘違いしているフシがありますが、税金(※社会保険料のような「実質的税金」も含めて)は、私有財産権の侵害であり、憲法と法律により特別に認められているに過ぎない性質のものです。
ということは、本来、世の中のありとあらゆる税金については「それが必要である」という証拠を出し続けることが求められてしかるべきですし、それが示せない場合は廃止するのが妥当です。
その意味では、著者自身はすべての税金については時限立法とすべきと考えていたりもします。つまり、その税制を延長する際に、国会に対して「なぜその税が必要なのか」、「その税に欠陥はないか」、「使途は明瞭かつ合理的か」を説明させるべきではないでしょうか。
その意味では、石破首相の後任がもし自民党から輩出されるなら、その人物は税制(※社会保険料を含む)をめぐる議論を加速させるべきですし、後期高齢者医療制度の廃止または改革、厚生年金の廃止などについても議論を急がねばなりません。
外交・安保面で日本の地位を作るのは強い経済だからです。
著者自身はこれから行われる臨時総裁選を巡って、本当に日本経済のことを考えている人物が出馬するかどうか、そして自民党がそのような人物を総裁に当選させるかどうかを見極めたいと思う次第です。
本文は以上です。
金融評論家。フォロー自由。雑誌等の執筆依頼も受けています。 X(旧ツイッター) にて日々情報を発信中。 Amazon アソシエイトとして適格販売により収入を得ています。 著書①数字でみる「強い」日本経済 著書②韓国がなくても日本経済は問題ない日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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本日の論考に基づきますと、年収400万円で、税・保険料の支払い率は32.5%、1000万円だと38.6%となります。山本夏彦氏は40年以上前に出版した「やぶから棒」で、こんなことを述べています。
「洋の東西を問わず、税金が収入の2割を超すと、国民は脱税の機会をうかがうようになる。3割を超すとインフレになる。5割を超すと国家が崩壊する恐れがあることを為政者は知らなければならない」。
日本は働き盛りの”年収”1000万世代は4割近くまできています。為政者は「税金だけじゃない(社保料も含んでいる)からいい」と思っているのか、「豊かになったから食えない奴はいない」とでも思っているのか、「インフレにならないじゃないか」と思っているのか、聞きたいですね。とりわけ自民の石破政権周辺の人、立憲民主の議員、そして財務省のお役人さん。
既に5割以上取られている人もいるようなので、国家の破綻も近いのかなぁ。それは革命なのか、としても共産政権などではもっと税金取られそうだし。
日本を理想の楽園にしたい人たちが弱者救済、富の再分配を進めたからじゃないの。
理想の楽園教は官僚や議員たちに深く静かに浸透しています。
自助努力を掲げた故安倍さんへの攻撃がものがたります。
年収500万円の夫婦(合わせて1000万円)の世帯の方が裕福ですよね。
所得制限に引っかからないし。
非課税世帯の老人が貯金1億持ってても給付金貰えて、年収1000万円のサラリーマンは所得制限で何もなし、ってのを、詐欺に引っかかって何千万も騙し取られる老人をニュースで見るたびにモヤモヤします。
やっぱり所得制限は〇ソだと思います。
年収に関係なく補助金はあっていいと思う。
80兆円アメリカに贈与するような政府に牛耳られている限り、年収1,000万円程度では、生活は厳しいでしょう。必死に80兆円を隠そうとしているようですがどうなるのか。日本人の金融リテラシーが低すぎて、誤魔化されてしまうのか。常識的に考えて80兆円をアメリカ贈与しているようでは、日本人の生活は良くなるわけがないと思います。
問題の本質は「コスパ」だと思うのです。
低負担低福祉でも。
高負担髙福祉でも。
どちらでも一長一短ありますが、中抜きされて中身スカスカなのが許せない!と。
使い方がきちんと監査されていることは、当たり前すぎてここで言うことですらありませんが、そこからして怪しい。
なおかつ、支出した効果があったのかなかったのかを、数値で公開することも大事ですよね。
極端なイマジネーション遊びですが、
①カタールなど産油国は税金ゼロ。
②もし国が株式会社だったなら?
金を払って勤務する社員は居ませんよね。
国民であるだけで国から金を貰える訳でして。
(戦前に九州から朝鮮満州まで展開していたチッソとか、勢いある頃の石炭産業なんかは、従業員の生活丸抱えしていて国家の様相)
日本人である。
そのことだけで本来はさまざまなサービスを割安で享受できて当たり前のはずなのに、今はなんでこんなにも、
髙負担低福祉
になりつつあるのでしょうかねえ。
バベルの塔が高くなりすぎて、全体がワケワカになっちゃってるとか?