人件費百万円増加で手取りはいくら増えるかを試算する
「あなたはある企業に勤めているが、その企業は今期、人件費を従業員1人あたり一律に100万円増やすことができることとなった。このとき、あなたの手取りはいくら増えるか」。こんな命題が与えられたとします。なかなかに興味深い命題ですが、それに対する答えもまた、なかなかに強烈です。年収階層にもよりますが、あなたの手取りを増やす効果は65万円か、下手をするとそれ以下だったりもするからです。
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先日の議論の振り返り
少しわかり辛い記事でした
先日の『頑張って賃上げしても税や社保をゴッソリ取られる現状』では、企業が頑張って賃上げしても、その全額が従業員の手取りを押し上げるのではなく、所得税や住民税、社会保険料などに取られてしまう、という話題を取り上げました。
これについては、自分ではそれなりの議論が出来たと考えてはいたのですが、あとで読み返してみると、やはり議論が決してわかりやすくないと気づきました。
人事、労務など、給与計算の専門家・実務家の方であれば、「あぁ、たしかに言われてみればそうだよね」、と納得していただけると思うのですが、その反面、それ以外の一般人からすれば、いきなり給与計算の専門的な話題を出されると、やはり「よくわからない」と思ってしまうのではないでしょうか。
この点については、深く反省しています。
ただ、わかりやすさは大事ですが、だからといって正確性を犠牲にしてしまうことは避けるべきです。
当ウェブサイトでは普段からやたら舌鋒鋭く偉そうに、新聞、テレビなどのオールドメディアの報道の不正確さを批判しているわけですから、やはり基本的には、情報の精度にはこだわりたいと思っている次第です。
企業が人件費を100万円増やしても…
それはともかくとして、先日の記事の趣旨は、こうです。
- 政府や与党は企業・財界に対し、相次いで賃上げを要請している
- しかし、企業が頑張って100万円賃上げしたとしても、従業員の手取りが100万円増えるとは限らない
- 年収が増えた場合はその分、社保や所得税、復興税、住民税などで持っていかれるからだ
- また、従業員の見えないところで企業は社保を同額以上負担しているため、賃上げ原資が全額従業員への給与に廻るわけではない
…。
これは当ウェブサイトでかなり以前から繰り返し指摘してきた論点ですが、こうやって改めて議論してみると、そのわかり辛さには驚きます。
あるいは、わざと制度をわかりにくくすることで、実質的な負担と受益の関係を隠蔽(いんぺい)しようとしているかにも見えます。
アプローチ変更で改めて検証
人件費は給与だけでなく社保会社負担分も含まれる
ただ、ここでもうひとつ思いついたのですが、少し議論のアプローチを変えてみても良いかもしれません。
すなわち、「ある従業員に対し、その企業が追加的に100万円分、人件費を今までよりも多く払うことができるようになった」、という事例です。
ここで、一般事業会社の「販管費」や銀行等金融機関の「営業経費」の内訳科目を眺めてみると、「人件費」としては給与、賞与、退職給付費用などと並んで、「法定福利費」や「福利厚生費」などの項目があります。
「社会保険料の雇用主負担分」は従業員に対し支払われるものではないため、「給与諸手当」ではありませんが、従業員を雇用することに伴い発生するコストであるため、広い意味での「人件費」に含めらるべきものでもあります。
実際、一般社団法人全国銀行協会が公表している『全国銀行財務諸表分析』の『勘定科目の説明』(P5)によると、「人件費」には給与、手当、退職金、退職給付費用、役員報酬などと並び、「社会保険料」という項目が出てきます。
そこで、議論の前提をこう置き換えるとわかりやすくなるかもしれません。
「あなたはある企業に勤めているが、その企業は今期、人件費を従業員1人あたり一律に百万円増やすことができることとなった。このとき、あなたの手取りはいくら増えるか」。
名目年収とは?
この問題を解くためには、「実質年収」の概念が必要になります。
「実質年収」といわれても、あまり一般的な言葉ではないため、ピンとこない人も多いかもしれませんが、これは当ウェブサイトが定義する概念で、「名目上の年収」に、「社保の企業負担分」を合算したものを意味します。
たとえば年収200万円の人は、社保を310,800円、所得税・復興税・住民税・森林税を合計した諸税を89,446円負担しているはずですので(※試算の前提については本稿末尾に示します)、手取りは1,599,754円と算出されます。
年収200万円の人の控除額と手取り
- 年収2,000,000円
- 社保**310,800円
- 諸税***89,446円
- 手取1,599,754円
ここでいう「年収200万円」が、いわゆる「名目年収」です。
しかし、これはあくまでも本人に対し給与などの名目で支払われた金額から天引きされる金額を示しているにすぎず、実際には、企業は200万円以外にも、社保の雇用主負担分として324,000円を支払っているはずなのです(本人負担分と金額が違う理由は雇用保険や子ども・子育て支援金などのため)。
ということは、年収200万円の人を雇うことで、この企業が負担している金額は、「200万円」ではなく「2,324,000円」だ、ということです。200万円に社保の雇用主負担分324,000円を加算する必要があるからです。
年収200万円の人の実質年収
- 年収2,000,000円
- 社保**324,000円(※雇用主負担分)
- 実質2,324,000円
そして、同様に年収300万円の人は実質年収3,486,000円(※社保の雇用主負担分が486,000円)、年収500万円の人は実質年収5,810,000円(※社保の雇用主負担分が810,000円)と算出されるわけです。
実質年収はこれに社保会社負担分を足す必要がある
逆に、実質年収が約200万円だった場合は、どうなるでしょうか。
この場合は逆算で計算する必要があるため、ピタリと同じ金額を求めることは難しいのですが、こんな計算が可能です。
実質年収約200万円の場合
- 実質…2,004,032円
- 社保…**280,260円(※会社負担分)
- 社保…**268,842円(※本人負担分)
- 諸税…***68,299円(※所得復興住民森林税)
- 手取…1,382,599円
実質年収が「2,004,032円」と、なんだか中途半端な数値となってしまっていますが、これは著者自身が元シートを円単位ではなく1万円刻みで計算しているためです。もっと精緻に計算することもできるかもしれませんが、議論の正確性に大きな影響はないため、とりあえずこのままで議論を進めたいと思います。
さて、こうした前提に基づけば、実質年収が悪300万円以降の場合も同様に、こんな計算ができます。
実質年収約300万円の場合
- 実質3,000,256円
- 社保**419,580円(※会社負担分)
- 社保**402,486円(※本人負担分)
- 諸税**137,882円(※所得復興住民森林税)
- 手取2,040,052円
実質年収約400万円の場合
- 実質3,996,480円
- 社保**558,900円(※会社負担分)
- 社保**536,130円(※本人負担分)
- 諸税**208,165円(※所得復興住民森林税)
- 手取2,696,805円
実質年収約500万円の場合
- 実質5,004,288円
- 社保**699,840円(※会社負担分)
- 社保**671,328円(※本人負担分)
- 諸税**291,353円(※所得復興住民森林税)
- 手取3,337,479円
実質年収300万円、400万円、500万円も近似値を用いている点についてはご容赦ください。
いずれにせよ、ここで重要なポイントは、この「実質年収」は通常の「年収」と比べて、企業が現実に負担している人件費の金額により近い、という点です。
改めて計算してみた
そして、この実質年収を約100万円から100万円刻みで約2000万円まで求めたうえで、先ほど示したこんな計算をしてみます。
「あなたはある企業に勤めているが、その企業は今期、人件費を従業員1人あたり一律に百万円増やすことができることとなった。このとき、あなたの手取りはいくら増えるか」。
その結果が、次の図表です。
図表 実質年収が100万円増えた場合の増分内訳
実質年収 | 社保の増分 | 諸税の増分 | 手取の増分 |
100万円→200万円 | 530,688円 | 62,899円 | 406,413円 |
200万円→300万円 | 272,964円 | 69,583円 | 657,453円 |
300万円→400万円 | 272,964円 | 70,283円 | 656,753円 |
400万円→500万円 | 276,138円 | 83,188円 | 640,674円 |
500万円→600万円 | 272,964円 | 107,571円 | 619,465円 |
600万円→700万円 | 272,964円 | 111,555円 | 615,481円 |
700万円→800万円 | 276,138円 | 147,006円 | 576,856円 |
800万円→900万円 | 272,964円 | 194,688円 | 532,348円 |
900万円→1000万円 | 130,482円 | 241,839円 | 627,679円 |
1000万円→1100万円 | 126,336円 | 267,696円 | 605,968円 |
1100万円→1200万円 | 126,336円 | 267,696円 | 605,968円 |
1200万円→1300万円 | 126,336円 | 289,137円 | 584,527円 |
1300万円→1400万円 | 124,992円 | 291,200円 | 583,808円 |
1400万円→1500万円 | 126,336円 | 334,061円 | 539,603円 |
1500万円→1600万円 | 126,336円 | 385,111円 | 488,553円 |
1600万円→1700万円 | 124,992円 | 380,127円 | 494,881円 |
1700万円→1800万円 | 126,336円 | 384,090円 | 489,574円 |
1800万円→1900万円 | 73,626円 | 409,089円 | 517,285円 |
1900万円→2000万円 | 18,414円 | 430,225円 | 551,361円 |
(【注記】試算の前提については本稿末尾参照。なお、「社保」は本人、雇用主負担分の合計)
企業が人件費を増やしても社保や諸税が増えてしまう!
いかがでしょうか。
実質年収100万円の人が実質年収200万円に伸びた場合は、100万円のうち手取りの増加に廻るのはわずか406,413円(40.64%)に過ぎません。これは所得税や社保などの「年収の壁」に抵触するからであり、社保に加入し所得税などが発生するためです。
一方、実質年収200万円の人に支払われる人件費合計が300万円に伸びた場合は、手取りは657,453円(65.75%)増えますが、この社保は雇用主、本人分の合計で272,964円も増えてしまいますし、税額も69,583円増えてしまいます。
また、社保には上限があるためか、1700万円から1800万円に増えた場合の手取の伸びは489,574円(48.96%)と50%以下ですが、1800万円から1900万円に増えた場合の手取りは517,285円(51.73%)と、それより実質年収が低い場合と比べて伸び率が大きくなります。
こうした細かいいびつさもさることながら、やはり、税や社保の負担を大きさは強烈ですし、税、社保の負担を減らすことなしに賃上げを実現させようとしても、年収階層によっては100万円のうち半額以上を税、社保に取られる、といった事態も生じかねません。
なんともメチャクチャな税制です。
いずれにせよ、現在の公租公課負担が少々重すぎること、公的年金や健康保険は支払う保険料が多い人ほど割を食うという詐欺的な欠陥システムとなっていることなどを考慮するに、「企業が頑張って賃上げしても、従業員の手取りは増えない」という状況は、本当に大きな問題です。
「手取りを増やす」という公約が国民に深く刺さったのも、ある意味では当然といえるのではないか、などと思う次第です。
試算の前提
最後に、本稿に示した実質負担率などの試算の前提を掲載しておきます。
【※試算の前提】
- ①被用者は40歳以上で東京都内に居住し、東京都内の企業に勤務
- ②給与所得以外に課税される所得はなく、月給は年収を単純に12で割った額でボーナスはないものとする
- ③配偶者控除、扶養控除、ふるさと納税、生命保険料控除、配当控除、住宅ローン控除などは一切勘案しない
- ④年収が約106万円以上である場合、厚年、健保、介護保険に加入するものとし、その場合は東京都内の政管健保の令和6年3月分以降の料率を使用するものとする(※ただし計算の都合上、「標準報酬」を使用していないため、端数処理などで現実の数値と合致しない可能性がある)
- ⑤雇用保険の料率は1000分の6とし、便宜上、少しでも収入が発生したら自動的に雇用保険料が発生するものとする
- ⑥「社保本人負担分」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の従業員負担分合計、「諸税」とは所得税、復興税、住民税の合計とし、住民税の均等割は5,000円(森林税含む)、住民税の所得割は10%とする
- ⑦「社保雇用主負担分」とは厚年、健保、介護保険、雇用保険の雇用主負担分と「子ども・子育て拠出金」の合計とする
- ⑧本来、住民税の所得割は前年の確定所得に基づき翌年6月以降に課税されるが、本稿では当年の所得に完全に連動するものとし、かつ、年初から課税されているものと仮定する
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【=賃金/物価】ではなくて、【=手取/物価】なんだと思っています。
>年収2,000,000円
社保**324,000円(※雇用主負担分)
実質2,324,000円
仮に雇用主が2,324,000円を支払い、社保は従業員がすべて払うことにしたらどうなるか。
手取りは増えるだろう。給与には給与所得控除があって増えた金額の100%が課税対象になるわけではないが、社保は100%控除できるから。
これをやると実質は同じでも見た目は大きく違う。給与を上げるから社保は100%自分で払ってねということになる。どこかの新聞が火が付いたように騒ぎそうだね。「病気もケガも老後も自己責任か」「自己責任の国アメリカですらやらない暴挙」とか言いそう。
取りっぱぐれは許さない。何が何でも徴収向上
会社に連帯責任を負わせるのが「ニッポン会社主義共和国」の基本構造です。烈火のごとく騒ぎを起こすのは新聞社だけではありません
解決策は現在折半の社保負担を変えることかな。
現行税法では50%を超えて雇用主が負担すると超えた分は給与と見なされて従業員が課税されるはず。税法を変えて60%までなら給与としないというような措置。
ただこれをやると経団連あたりから文句出そう。
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