鈴置論考で読む尹錫悦「タイミング逸した自主退陣」説

鈴置高史氏といえば「韓国観察者」と名乗っていることで知られていますが、鈴置氏の功績は、じつは、韓国という「鏡」を通して日本社会を浮き彫りにしていることにあるのではないでしょうか。そんな鈴置氏が26日、韓国の保守派で高まる、尹錫悦(いん・しゃくえつ)大統領の「自主退陣論」を取り上げています。結論的に言えば「時すでに遅し」の可能性も高そうですが…。

韓国≠成熟した民主主義国家

「韓国は成熟した民主主義国家だ」。

こんな認識が、日本のメディアの間では常識となっているフシがあります。

たとえば、韓国の尹錫悦(いん・しゃくえつ)大統領が昨年12月、戒厳令を出した際に、とある新聞が、こんなことを書きました。

「(韓国は)民主的選挙による政権交代を繰り返し、成熟した民主主義国家となった。深刻な社会の分断など様々な課題を抱えるが、その打開や改善に向けた動きもまた、民主的な手続きにのっとって進められるべきものだ」。

この認識自体が正しいのか。

韓国のことを何も知らずにこの文章自体を読んでいると、「あぁ、そうなのか」、「韓国は成熟した民主国家で、尹錫悦氏はその前例を踏襲することに失敗しただけなのか」、などと錯覚してしまいそうになります。

ただ、そもそも大統領が戒厳令を出すこと自体も異例ながら、歴代大統領の多くが逮捕されたり、命を落としたりするという国において、正常な民主主義が機能しているとする見解こそ、ちょっと無理があります。

ここにきて韓国保守派から「自主退陣論」=鈴置論考

実際、その韓国では現在も、現職大統領である尹錫悦氏が弾劾訴追され、逮捕されるなどの混乱が生じているのですが、これについてどう見るべきなのでしょうか。

なんと、意外なことに、韓国では尹錫悦氏の「支持基盤」とされる「保守派」から相次いで、「自ら身を引くべきだ」とする主張が出ているというのです。

韓国といえば「韓国観察者」を名乗る鈴置高史氏が良く知られていますが、その鈴置氏は26日、ウェブ評論サイト『デイリー新潮』に、尹錫悦氏の「自主退陣論」についての解説を寄稿しています。

尹大統領の「自主退陣論」が浮上…内戦回避の切り札となるか

―――2025年02月26日付 デイリー新潮『鈴置高史 半島を読む』より

5000文字弱の長文ですが、「読者をぐいぐい引き込む力量」は相変わらずです。

とりわけ朝鮮半島問題に関心がある人にとっては、長文にも関わらず、負担感なく読めてしまうのに加えて、「早く知りたい」、「続きが見たい」という、謎の中毒性を伴った逆の意味での欲求不満を覚える可能性があるので注意が必要です。

韓国で高まる内戦リスクを回避する妙案だが…

今回の鈴置論考も全文を転載することは控えますが(原文はデイリー新潮に加えて『Yahoo!ニュース』でも読むことができます)、本稿では気になったポイントをチェックしていきたいと思います。

鈴置氏によると、ここに来て、保守派の論客の間から相次いで、尹錫悦氏の「下野」、「大統領辞任」などを(直接・間接に)促す意見が出てきているのだそうです。

その趣旨は、憲法裁判所が(大統領弾劾の)審判を下す前に(尹錫悦氏が)みずから身を引くことで、彼に対する同情的な世論が高まるとともに、保守派の政治的な統合をもたらし、さらには尹錫悦氏自身も大統領の座を降りても政界への影響力を維持できる、といったものが多いようです。

ではなぜ、こんな声が出てきたのか―――。

先日の『鈴置論考で読み解く韓国型「一番危険なアノクラシー」』でも取り上げたとおり、鈴置氏は以前から、韓国で「内戦リスク」が高まっていると警鐘を鳴らしています。いわば、尹錫悦氏の弾劾訴追が「認められようが、棄却されようが、暴動が起こる」可能性がある、というのです。

いわば、この「自主退陣論」こそが、保守派にとっては一種の切り札となっている、という格好です。

実際、文在寅(ぶん・ざいいん)政権時代に法務部長(法相に相当)に任命され、現在は逮捕され収監中の曹国(そう・こく)氏は、この「尹錫悦氏自主退陣論」を念頭に置いたとフシがある論考を、獄中から左派系紙『ハンギョレ新聞』に寄稿したのだそうです。

左派系紙ハンギョレが、『尹錫悦が恩赦を受けて闊歩できないように【チョ・グク獄中寄稿】』(2月15日、日本語版)を載せています。筆者は曹国(チョ・グッ)氏。文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に法務部長官に任命されるなど、一時は左派の次期大統領候補と見なされた法学者です」。

鈴置氏が注目するくだりは、これです。

主権者である国民と野党は、気を引き締めなければならない。尹錫悦が罷免されても、尹錫悦を大統領にして政権を握った勢力はそのまま残っている。彼らが政権を握れば、尹錫悦は恩赦で釈放され、前大統領の肩書きをつけて闊歩するだろう」。

鈴置氏は曹国氏の主張に出てくるこのくだりが「尹錫悦大統領の自主的退陣を念頭に置いものかどうかはわからない」としていますが、「恩赦」という表現が出てきているという時点で、保守派の自主退陣論を念頭に置いている可能性が高そうです。

すでに時機を逸した可能性も…日本社会との対比が秀逸

ただ、肝心の「当事者」である尹錫悦氏は、これを受け入れるのでしょうか?

鈴置氏の見立ては、こうです。

可能性は高くないと思います。まず、尹錫悦氏の性格です。常に真正面から敵と戦ってきた人で、プライドも高い。『退陣』は少なくとも瞬間的には『負け』を意味すると考えるはずです。憲法裁判所での左派との戦いから逃げるのですから」。

また、「自主退陣」にも「タイミング」というものがあります。

鈴置氏によると「弾劾が確実になってくると(そのタイミングで)大統領が身を引いても尊敬も同情もされない」としており、そうなれば刑事裁判も身柄を拘束されたままで取り調べが進み、恩赦の可能性も急減することになります。

ということは、結論から言えば、結局は左右が激突することは避けられない、ということなのでしょうか。

これに関する鈴置氏の指摘が秀逸です。

1987年に民主化し、韓国人は思ったことを言えるようになりました。しかし、40年近く経っても国民の様々な意見を調整してコンセンサスを作る仕組みを韓国は持てなかった」。

韓国人はコンセンサス作りどころか、憲政の常道を壊すのに血道を挙げています。今後、左右が街頭で激突しても不思議ではありません」。

じつは、このくだりが、当ウェブサイトで鈴置氏を「実態は『韓国観察者』ではなく、『日本観察者』だ」と呼ぶ理由を示しています。「韓国人はコンセンサスづくりの仕組みを持てなかった」ということは、「韓国人は妥協することができない」、ということを意味するからです。

裏を返せば、日本社会もさまざまな問題を抱えながらもなんとか当事者同士が妥協し、コンセンサスを作り上げてきた歴史の積み重ねの上に成り立っている、ということです。

鈴置氏は、日本や台湾で定着した民主主義がなぜ韓国で定着しないのかについて、昨年9月に刊行した自著『韓国消滅』の第2章『形だけの民主主義を誇る』を引用します。

ちょっと早すぎた3部作

敢えて要約すれば、「韓国は先進国という称号が欲しくて民主化したが、そもそも基本的価値を(日本など西側諸国と)共有していない」、「半導体王国と評されるほどに先端技術を誇るわりには李朝の党争の歴史が繰り返されている」、といったところでしょうか。

いずれにせよ、2018年の『米韓同盟消滅』、2022年の『韓国民主政治の自壊』は、ちょっと出版が早すぎたのではないか、などと改めて思う次第です。

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. Sky より:

    鈴置高史氏。
    日経ビジネス誌は、ある時点で鈴置さんをはじめ福島さんなど中韓について赤裸々な情報提供する著者の論考を一斉に排除しました。
    中の人の話が出てこないので真相は闇の中ですが、その時、編集部或いは編集社のレベルで中韓に完全に魂を売ったのでしょう。
    中国あげ、韓国あげ記事を書いていた人もいれば、連中にとって厳しい記事を書く人もいる。志しある編集部なら両方が存在していてよいでしょうに。
    日本メディアも閉塞空間になったと感じたものです。
    鈴置さんがここのブログに移行したきっかけ、思い出話しです。

  2. 特捜斑CI5 より:

    skyさんの意見には同感です。昔からのマスコミの悪しき風習?。反原発で有名な広瀬たかし氏も一般紙にあまり登場しませんね。屑国家や独裁制は滅びるのみ。イーデン条約に苦しむ中国、革命寸前の韓国?

  3. sqsq より:

    中国の王朝や北東アジアの勢力がかかわるたびに蹂躙されてきた朝鮮と、海に囲まれた日本との差でしょう。
    「コンセンサス? なんやソレ、強いものが偉いんだ」そういう国。

  4. はるちゃん より:

    西欧の市民社会、日本の町衆や町人の歴史が無い韓国がまともな民主主義国家になるには、近世からやり直しが必要です。200か~300年くらいかかると思います。
    日経新聞やNHKなどは韓国を異常に持ち上げていましたが、韓国のクーデター騒動で苦しい立場に立たされているようです。
    夫婦別姓や外国人の受け入れ、女性天皇推しなど日本破壊工作には相変わらず熱心ですが。

  5. DEEPBLUE より:

    「妥協できない韓国には民主主義は向いていないんだ」と韓国人が俯瞰しているのが、全てでは無いでしょうか。
    結局の所、現代民主主義を本当に身に付けてはいなかったのだと。

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