今度は全品目の物価統制…順調に戦時経済化するロシア

謎のGDP拡大、外国人傭兵部隊、学徒動員に続いて、今度は物価統制なのでしょうか?ロシアのメディア『モスクワタイムズ』が9日、地方政府が「すべての品目」の価格をコントロールできるとする方針をロシア政府が決めたと報じました。報道の真偽、訳の正確性などの問題はあるにせよ、事実なら、ロシアが戦時経済に突入しつつある証拠がまたひとつ出てきたように見えてなりません。

砲弾を作って撃つだけでもGDPは増える

ロシア経済は、いったいどこに行くのか―――。

昨日の『現在のロシアは典型的な戦時経済…遂に「学徒動員」も』でも触れたとおり、ロシアは実質GDPのプラス成長が続くなど、経済は順調であるように見えなくもないのですが、漏れ伝わるいくつかの情報によれば、やはり典型的な戦時経済の可能性が高いといわざるをえません。

経済学の世界では、有効需要(実際の貨幣的支出を伴う需要)が創出されたら、それが連鎖的に拡大していくという「乗数効果」の存在が知られています。

武器工場で砲弾が作られれば、砲弾の材料を作る会社に仕入代金が支払われますし、また、砲弾を作る工員に作業賃が支払われます。たくさんの砲弾が作られたら、それだけ砲弾産業に多くのカネが流れ、それによって設備投資も活発化しますし、仕事帰りにビールを飲みに行くなど、消費活動も旺盛になります。

だからこそ、J・M・ケインズは「穴を掘って埋めるだけでも良い」と冗談めかして述べたのです(※なお、ケインズは「穴を掘って埋めよう」と積極的に提唱したわけではありませんが、この点については本稿の本質ではないので詳述は割愛します)。

言い換えれば、「政府支出が拡大したらこれに伴いGDPが成長する」というのは、経済学の理論とまったく矛盾しません。

公共投資の2つの側面…短期的な支出拡大と長期的な投資効果

では、この理屈が正しければ、「非効率であろうが何であろうが、公共事業をガンガンやれば、ガンガン経済成長するに違いない」、ということになりそうなものですが、それは正しいのでしょうか?

ロシアの場合は戦費ですが、「平和国家」である日本は、北海道あたりの原野をどんどと開拓してタワマンをガンガン作れば、あっという間にデフレから脱却できそうなものですが、いかがでしょうか?(「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンをガンガンに作った中国のようなものでしょうか?)

結論的にいえば、これは投資効率の問題であり、短期的な支出拡大効果と長期的な投資効果を分けて考える必要があります。

たとえば「役所が労働者を雇い、穴を掘らせて埋めさせて賃金を払う」という事例だと、①雇われた労働者に賃金が支払われる、②穴を掘って埋める、という2つの事実が発生します。

このうち①に関しては、賃金をもらった労働者がもらった賃金で消費活動を行うこととなり、それにより経済が拡大するという効果が発生しますが(短期的な支出拡大効果)、②に関しては社会に対し、付加価値をまったくもたらしません(つまり長期的な投資効果はゼロかマイナスです)。

これに対し「役所が労働者を雇い、未舗装の道を舗装させて賃金を払う」という事例だと、①雇われた労働者に賃金が支払われる、②未舗装の道が舗装される、という2つの事実が発生します。この場合は先ほどの「穴を掘って埋める」と異なり、「未舗装だった道が舗装されて社会の生産性が上がる」という成果を残します。

公共事業の難しさ

つまり、社会的な投資は、(とくに税金を財源とする場合は)それを行うことによって①労働者や関連産業にカネが流れて潤う効果、②その投資によって社会全体に何らかのプラスの影響をもたらす効果、という、少なくとも2つの軸から評価されるべき筋合いのものです。

正直、北海道の原野を開拓してタワマンをガンガン建てたとして、それらがリゾートマンションとして外国人に売れれば良いのですが、売れ残って中国の「鬼城」のようなものが残ってしまうと、それらが社会的に不良資産化し、巨額の資産除去債務を負うはめに陥るかもしれません。

だからこそ、公共事業というものはそもそも「諸刃の剣」、というわけです。

ましてやロシアの場合、大量につくられた砲弾は前線で消費されてしまい、残っていません(敢えていえば、「戦犯国家・ロシア」としての犯罪実績が残るくらいでしょうか?)。せいぜい、2023年の1年間を通じてウクライナの領土の0.1%を獲得したくらいでしょうか?

ちなみにロシアはすでにウクライナの国土の南東部を2022年以降に占領し終えているため、これらの地域の資源を手に入れたのだ、といった詭弁を唱える人もいるようですが、それが仮に事実だったとして、それらの資源をどうやってマネタイズするつもりなのでしょうか?

日本の戦時経済とあまりに似ているロシアの現状

ただ、先般より取り上げているロシアの現状―――謎の経済成長のみならず、外国人傭兵の活用、事実上の学徒動員など―――は、現在のロシアが典型的な戦時経済の状況にあることを濃厚に示唆しています。

というよりも、私たち日本人が先の大戦で経験したことと、あまりにもよく似ていて驚くかもしれません。

とりわけ学徒動員に関しては、歴史的事実を調べてみると、1943年(昭和18年)頃から深刻化した労働力不足に対応するため、中学生なども労働力として駆り出されたことがわかります。

文部科学省『学制百年史』の『戦時教育体制の進行』によると、昭和18年9月に政府は「現状勢下における国政運営要綱」を閣議決定し、これに基づいて同年10月に決定された「教育ニ関スル戦時非常措置方策」で、「教育実践ノ一環」として、在学中の約3分の1が動員に充てられることとなったそうです。

そういえば、原爆を投下された広島でも、女学生が市電の運転をしていた(講談社BOOK倶楽部『女学生鉄道員、死体の中を運転──原爆投下3日後の広島、決死の復旧』等参照)ことが知られていますが、これも学生が労働力として使役されていたことを意味します。

当然、戦況次第では物資不足も深刻化していきます。社会全体で、砲弾など軍需品を優先的に製造すれば、サプライチェーンが乱れ、生活物資の供給にも支障が生じることが多いからです。そうなると、経済学の原理に従い、戦争が長期化すれば、さまざまな物資の価格が上昇していくという現象が生じます。

そこで戦時下の政府がまず採用する政策が、価格統制であり、これに続いて配給制度などが実施されます。

近年の事例でいえば、ベラルーシでは大統領が物価に「上昇するな」と命じたことが有名ですし(『「価格上げるな!」ベラルーシの斬新なインフレ抑制策』等参照)、また、北朝鮮などはずいぶん以前から、配給制を採用しているそうです(といっても配給は建前で現実にその制度は崩れているようでもありますが…)。

今度は「すべての品目の価格制限を許可」

さて、ロシアのメディア『モスクワタイムズ』に9日付で、こんな記事が掲載されています。

Власти задумали разрешить регионам ограничивать цены на все товары

―――2024/10/09付 モスクワタイムズより

翻訳エンジンなどを使いながら記事の表題と本文を意訳すると、だいたいこんな具合です。

  • 政府「連邦独占禁止局(FAS)」は地方政府に対し、すべての商品の価格を制限することを許可する方針を決定した。この措置は商品の価格を安定させることについて企業と協定を結ぶ権利を地方政府に付与するもので、FASが詳細を準備中だ
  • 現在は、地方政府はパン、牛乳、バター、卵など社会的に重要と見られる24の必須品目に限って価格制限を行うことができるが、これを食品以外のすべての品目に拡大させることで商品価格を安定させ、市民の利便性を高める狙いがある
  • FASは先行するウクライナから併合されたドネツク、ルガンスク、ザポリージャ、ヘルソン地域における価格統制を例に挙げ、近隣のロストフ地域やクリミアよりも物価を抑えることに成功したとしている

…。

情報源がモスクワタイムズという時点でどこまで正確なものなのか、あるいは上記意訳が厳密なものなのかどうか、といった点ではやや難はありますが、ただ、戦時経済の特徴として、生活必需品などに対する価格統制が少しずつ広がっていく、という点が挙げられます。

この点、他の新興市場諸国と同様、もともとロシアでは(日本など先進国と比べて)インフレ率が高いという特徴もあるため、「金融政策では抑えきれない物価水準を価格統制により無理矢理抑え込もうとしたもので、戦争とは無関係だ」、といった可能性もあります。

また、日本など先進国でも生活必需品の価格を政府がある程度コントロールしているという事例も多く(たとえばコメ、小麦、ガソリン、電気代など)、価格統制が直ちにその国の経済の危機的状況を示す者とは限りません。

しかし、モスクワタイムズがいう「すべての品目」は、さすがに戦争によってロシアで市場経済がうまく機能しなくなっている可能性を示唆するものであり、その意味では戦時中の日本経済を彷彿とさせるものでもあります。

いずれにせよ、ウクライナ戦争を巡る動向は予断を許しませんが、ウクライナの勝利と無法国家・ロシアの敗北を願いたいものですし、すでにG7など西側諸国は、宇露戦争の動向とは無関係にロシア経済を破綻させなければならないという点では腹を括っているフシもあるように見えるのですが、いかがでしょうか?

本文は以上です。

読者コメント欄はこのあとに続きます。当ウェブサイトは読者コメントも読みごたえがありますので、ぜひ、ご一読ください。なお、現在、「ランキング」に参加しています。「知的好奇心を刺激される記事だ」と思った方はランキングバナーをクリックしてください。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

このエントリーをはてなブックマークに追加    

読者コメント一覧

  1. 引きこもり中年 より:

    毎度、ばかばかしいお話を。
    日本の野党&リベラル系マスゴミ:「全品目の物価統制。その手があったか」
    これで、年金生活者の票が入るでしょう。

    1. 引きこもり中年 より:

      ついでにNHKも、テレビ、スマホを問わずに、NHKを視聴して受信料を払うのを義務付けようと、言いそう。(プーチン大統領も「その手があったか」と言いたりして)

      1. 普通の日本人 より:

        新聞社も飛びつきますね
        おれにも特殊負担金を!!

    2. HY より:

      それリベラル違う、統制主義的な何かだ。

  2. 転勤族 より:

    >「平和国家」である日本は、北海道あたりの原野をどんどと開拓してタワマンをガンガン作れば、

    元北海道住民として後頭部を殴られた感じだ。
    謝罪と賠償金を(以下略)

    1. クロワッサン より:

      >「平和国家」である日本は、北海道あたりの野原をどんどと開拓してタワマンをガンガン作れば、

      ならばセーフ?

  3. はにわファクトリー より:

    JETRO 短信に
    『米商務省、金融機関向け輸出管理順守のガイダンス発表』
    という記事が出ています。
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/10/160c7b04703a6405.html
    要点はこうです。
     金融機関はEAR 違反の可能性を評価するのに十分な情報を持っていない可能性が高いことを(米国商務省産業安全保障局 BIS は)認識しているとしつつも(中略)継続的に顧客のレビューを行い、例えば「銀行、運送業者、または第三者に対して、エンドユーザー、最終用途、企業所有権に関する詳細情報の提供を拒否する」といった行動があれば、当該顧客との取引を控えるべきだとした。
     輸出特権剥奪リスト(DPL)や(国名リスト省略)の軍事諜報エンドユーザーなど、特定の規制対象者に対しては、リアルタイムでのスクリーニングの重要性を強調した。

  4. クロワッサン より:

    >ましてやロシアの場合、大量につくられた砲弾は前線で消費されてしまい、残っていません(敢えていえば、「戦犯国家・ロシア」としての犯罪実績が残るくらいでしょうか?)。

    都市鉱山ならぬ戦場鉱山が出来上がりますよ?

  5. 農民 より:

     戦争を公共投資、或いは経済活動として捉えると、戦力の消費が投資にあたり、それを上回る利益を出せるかという面と、浪費に見えても敵から与えられてきた・与えられるであろう損害をどれだけ抑え込めるかというセキュリティ投資のような面があります。そして決算は勝敗がつく時。常にその時点での概算と、決算に至るまでの予測が必要になります。(日本は後者について考えなければなりませんね。)

     どうもロシアは一通り見誤っているとしか思えません(ウクライナは被侵攻側なので、更に計算は不透明でしょうが、こちらはもうやるしかない)。当初建前は敵対者を倒して自国の安定を得るというもので後者でしたが、現実的には前者。しかし、「ロシアはウクライナの資源100兆ドルを抑えた」という主張がありましたが、ならばなぜウクライナは100兆ドルも保持していたのに死蔵していたのか、ロシアが”軍を”入れただけで生きた100兆ドルを得た計算になるのか。収益での成功とは言い難い。無論、これだけの長期化と消耗をし西側を刺激しきった時点でセキュリティ投資としての目標も破綻している。
     ウチが倒産したら困るよな?戦後のリターンもあるよ?と自社の重要性を説き大銀行を言いくるめて資金を得ているゼレンシキー社長に対し、プーチン社長は逆に殆どを敵にまわしている。景気が良い良いと嘯いているのに、突如社食に制限がついた、というところ。100兆ドルを引き受けてくれる相手はどこにやら。お仲間は(失礼ながら)成金とやくざ者に貧乏人ばかり。少なくはないが多くもない。多少の不利益でも付き合ってくれるような仲間はおらず、関係希薄。

     「どうすんのコレ」は、被害著しいウクライナよりもむしろロシアにかける言葉です。

  6. CRUSH より:

    統制経済といえば、太平洋戦争中の
    「配給制度」
    ですねえ。米も塩も酒も醤油もなんでもあって物価は1ミリも上がってなくて。

    無いものと云えば、商品の現物だけ。
    (闇市に行けば逆に現物はなんでもあるけど値段は青天井)
    共産主義の国はタテマエだけ整えておくことが大好きですね。
    (これは万国共通で役人の傾向か?)

    ロシアもしんどいけど共産党中国もタテマエを維持するのは、しんどい感じに見えますね。

    過去の実績からすると、にっちもさっちも行かなくなると、普通は戦争になりますから、
    ①ウクライナ
    ②イスラエル
    ③台湾
    のどこか(orすべて)でドンパチが
    始まるかもですね。

※【重要】ご注意:他サイトの文章の転載は可能な限りお控えください。

やむを得ず他サイトの文章を引用する場合、引用率(引用する文字数の元サイトの文字数に対する比率)は10%以下にしてください。著作権侵害コメントにつきましては、発見次第、削除します。

※現在、ロシア語、中国語、韓国語などによる、ウィルスサイト・ポルノサイトなどへの誘導目的のスパムコメントが激増しており、その関係で、通常の読者コメントも誤って「スパム」に判定される事例が増えています。そのようなコメントは後刻、極力手作業で修正しています。コメントを入力後、反映されない場合でも、少し待ち頂けると幸いです。

※【重要】ご注意:人格攻撃等に関するコメントは禁止です。

当ウェブサイトのポリシーのページなどに再三示していますが、基本的に第三者の人格等を攻撃するようなコメントについては書き込まないでください。今後は警告なしに削除します。なお、コメントにつきましては、これらの注意点を踏まえたうえで、ご自由になさってください。また、コメントにあたって、メールアドレス、URLの入力は必要ありません(メールアドレスは開示されません)。ブログ、ツイッターアカウントなどをお持ちの方は、該当するURLを記載するなど、宣伝にもご活用ください。なお、原則として頂いたコメントには個別に返信いたしませんが、必ず目を通しておりますし、本文で取り上げることもございます。是非、お気軽なコメントを賜りますと幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました

自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。

【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました

日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。
関連記事・スポンサーリンク・広告