ネット時代に情報伝達コストは十万分の1以下に低下か
ネットが存在しなかった時代と比べて、現代社会は情報の伝達の速度が爆速化し、また、コストも10万分の1以下に減っている、という見方もできるかもしれません。「なにか素晴らしいこと」を思いついたとして、10万人にそれを伝えようとすると、チェーンレター方式だとトータルで1000万円のコストがかかりますが、ネットだと通信費は(計算方法にもよりますが)0.1銭以下で、それが10万人分だとしてもせいぜい100円だからです。
目次
もし世の中にネットがなければ…?
インターネットの出現の前後で大きく変わったことを挙げるならば、その最も大きな点は、「マスコミ関係者以外―――たとえば、私たち一般人など―――が、世の中に向けて、広く情報を発信することができるかどうか」、ではないかと思います。
ネット出現以前であれば、私たち一般人が不特定多数の人に自分の考えを伝えるための手段は、非常に限定的でした。
ここで、インターネットが存在しない社会を想定してみましょう(あるいは、ネット出現以前の社会を知っている方は、昔を思い出しながら読んでみてください)。
このため、もしあなたが「なにか素晴らしいこと」を思いついたとしても、自分の身近な人(たとえば家族、親戚、友人、旧友、学生ならば級友や担任の先生、社会人ならば上司、同僚、部下など)に話すか、せいぜい手紙に自分の思いをしたためて送付するのが関の山だったのではないでしょうか。
昔の情報発信
手紙リレーという情報伝達手段:転送7回で最大1億人!?
ここで改めて紹介しておきたいのが、かなり以前の『ツイッターで「手紙リレー」による新聞社批判が爆速化』でも取り上げた、著者自身が体験した「手紙リレー」という考え方です。
今から数十年前、著者自身が大学生だったころ、A君という友人がいました。
このA君という人物は政治的な話題を好んでおり、普段から教室やサークルで新聞の政治記事を巡って、「あの新聞のこの記事はおかしい」、「この新聞のあの記事は素晴らしい」などと述べるなど、積極的に発言していたのです(もっとも、所属学部は法学部政治学科ではなく文学部でしたが…)。
そして、このA君は政治談議をするに飽き足らず、友人などに対し、ときどき新聞のコピーとともに、彼なりのオピニオンを封書で送り付けてきたのです。
A君からの封書を開けると、新聞の紙面をコピーしたうえで問題の記事を赤線で囲み、彼なりに気付いた点を目立つようにマーカーで強調した紙が同封され、当時はまだ珍しかったワープロで書いた手紙では「この新聞記事のこの記述はおかしい!なぜならば…」、と彼なりの論理を展開。
そのうえで彼は、「俺の考えに賛同してくれたら、この手紙をコピーしてお前の知り合い10人に転送してくれ」、などと結んでいたのです。
もしこのA君が封書を送り付けた10人全員が、A君の考えに共感し、A君の依頼通りに手紙をコピーして、さらに10人に転送したら、A君の意見は新たに最大で100人に伝わる計算です(これが「1回目の転送」です)。
さらに、その100人が同様に、A君の考えに共感し、A君の依頼通りに手紙をコピーし、さらに10人に転送したら、A君の意見は新たに最大で1,000人に伝わります(これが「2回目の転送」です)。
こんな具合で、この手紙リレーが最大限うまくいけば、3回目の転送で1万人、4回目の転送で10万人、5回目の転送で100万人…、という具合に、A君の考えはどんどんと広まり、転送7回目で1億人、すなわち当時の日本の成人人口にほぼ相当する人数に伝わる計算です。
手紙リレーが非現実的だった理由
ただ、本稿を読んで下さっている「昭和生まれ」の皆さまのなかに、この「A君が出所のチェーンレター」を受け取った方は、いったい何人いらっしゃるでしょうか?
想像するに、当時、A君からの手紙を受け取った日本国民は、1億人どころか、せいぜい11人から12人に留まったのではないでしょうか?
大変申し訳ないのですが、じつは著者自身は当時、そこまで暇ではなかったため(あるいはA君ほどにそのテーマに関心を持っていたわけではないため)、A君が求めた「手紙をコピーして10人に転送する」という作業には、いっさい協力しませんでした。
正直なところを申し上げると、おカネと時間をかけてまで、A君の思想にお付き合いする義理はないと思ったのです。
だいいちコピーを取るためにはカネもかかりますし(A君の手紙の本文と新聞のコピー、1セットあたり最低でも20円)、封筒を買ってきてそれらをいちいち封入し、自身の知り合いの宛名を書いたうえで62円切手(※当時)を貼る必要があるわけですから、転送1通につき約100円近いおカネが飛んでいきます。
10人に転送するということは、1,000円近いおカネを自己負担しなければなりませんし、「コピーを取って折り曲げて封筒に入れて糊付けして宛名を書いて切手を貼る」という作業を10回繰り返したうえで、それらをポストに投函する、という、大変な手間がかかります。
A君には申し訳ないのですが、A君からのお手紙、正直、そこまでの手間とカネを費やすほど大それた意見が書いているとも思えませんでしたし、万が一、それだけの価値があったとしても、相手に郵便が届くまでに早くて一両日、下手をするとさらに数日が必要で、その間にその記事のニューズ・バリューは消えてしまいます。
いずれにせよ、手紙リレー方式だと、1人にその手紙を転送するコストは100円前後、必要な時間は一両日以上というわけで、大変に手間とコストと時間がかかります。A君の「手紙リレー」は、おそらくまったくワークしなかったためでしょうか、数回で終わったようです(数回続いただけでも大したものですが…)。
商業出版に向けたハードル
さて、もしもあなたが何か「素晴らしいこと」を思いついたとして、それを世に伝えるためにはどうすれば良いのかについて、チェーンレター方式以外で考えてみましょう。
この点、新聞・ラジオ・テレビなどへの投書、という手段もないではないのですが、これらはその新聞社、テレビ局、ラジオ局の編集担当者の目に留まる必要がありますし、新聞に意見が採用されたとしても、自分が書いたとおりの文章が掲載されるという保証はありません。
第一、新聞などへの投書は、文字数が限られているため、自分の思いのたけを十分に表現できない可能性だってあります。
あなたが思いついたその「素晴らしいこと」を世に伝える方法がもうひとつあるとしたら、それは、「書籍にして世に送り出す」ことです。
ただ、その場合は、その「素晴らしいこと」を原稿にしたため、なんとか伝手を辿って出版社に持ち込みむことが必要であり、とくに商業出版の場合、それは非常にハードルが高いといえます。
まずは、あなたはその「素晴らしいこと」を原稿にまとめなければなりませんが、「物書き」でもない一般人に、書籍となるべき分量の文章をまとめるのは、至難の業です。著者自身の経験上、書籍の執筆は非常に大変で、仕事そっちのけで原稿に取り掛かったとしても、プロでも数週間の時間が必要です。
たとえば著者自身は毎月1回、とある新聞社からは1,000文字弱のコラムと、とある出版社からは3,000~4,000文字程度の原稿の提出を求められているのですが、前者は1時間、後者は3~4時間程度の時間が必要です(逆算して、1,000文字の文章を書くのに1時間を要する、ということです)。
これが書籍だと、必要となる執筆時間は格段に増えます。そもそも文字の分量が増えるからです。
数年前に出版した『韓国がなくても日本経済はまったく心配ない』などの一般向け書籍だと10万文字前後、とある専門分野に関する書籍だと20万文字前後の分量が必要です。ということは、単純計算で、一般向けならば100時間、専門書なら200時間程度を執筆時間に充てる必要があるのです。
また、専門書であれば、それを世に送り出す以上、執筆しながらも基礎知識の再学習が必要ですし、それだけの知識のバックグラウンドを蓄積する時間と経験が必要です(著者の場合は学者ではなく実務家ですが、それでも1冊の専門書の裏には数年~数十年分の実務経験年数を要しました)。
これを、文章の執筆に慣れていない人が気軽にできるというものではないでしょう。
そして、万一、原稿に仕上がり、それを出版社に持ち込んだとしても、商業出版に漕ぎ着けられるという保証はありません。大手出版社の場合は最低印刷部数のハードルが上がりますし、その出版社からの出版を希望する人もたくさんいますので、編集者の目に留まるという可能性は低いのです。
これに対し、中小規模の出版社の場合だと、うまく商業出版に漕ぎ着けられる可能性はありますが、逆に最低印刷部数も減り、あなたの考えが世に伝わる可能性は低くなります。
さらに、「自費出版」という手もないわけではないのですが(実際にそれをビジネスとして営んでいる会社を著者自身も存じ上げています)、これは、「自分の原稿を書籍化するのと引き換えに、その出版社におカネを払う」というものであり、あなたが出版社の良いカモとなるのが関の山でしょう。
マンガ、歌、ダンス、容姿、お笑い、スポーツ
ちなみに「原稿持ち込み」は、マンガの世界などでもよくある話らしく、マンガ家の卵がせっせとマンガを描いて出版社に持ち込み、何度もボツになっている、などとする話題を見たことがある方も多いでしょう。
また、上記「論考」、「マンガ」などは書籍化という事例の話でしたが、書籍以外であっても、「自分を売り込みたい」と思っている場合であっても当てはまります。音楽にせよ、ダンスにせよ、陶芸にせよ、あなたが自身の作品を世に送り出すのも大変です。
たとえばもしあなたが歌に自信を持っていたとしたら、カラオケ屋などで歌を歌い、それをカセットテープに収録し、音楽プロダクションに持ち込む、という手法が考えられました。あるいは、大都会のターミナル駅で路上ライブをする、テレビ・ラジオ局のオーディションに出場する、といったところでしょうか。
ただ、これも芸能プロダクションにはこの手のカセットテープの持ち込みなど山ほどあったでしょうし、もしかすると、あなたくらいの音楽の才能を持っている人など、掃いて捨てるくらいはいて、カセットテープを再生すらしてもらえないケースも多かったのではないでしょうか?
また、あなたがもし青少年で、自分自身の容姿に自信を持っていたら、芸能プロダクションや出版社などが主催する、いわゆる「美少女コンテスト」や「美少年コンテスト」のたぐいに出場する、というのも手かもしれませんが、その場合は同じように考えている人はたくさんいるでしょうから、競争率も大変高いでしょう。
さらに、あなたが「トークが面白い」と自信を持っていたとすれば、落語家・噺家に弟子入りしたり、お笑い芸人の芸能プロダクションなどが主催するコンテストに出場したり、といった道もないではないのですが、それも非常にハードルが高い話です。
あとは何らかのスポーツ(野球、サッカーなど)を習い、学校の部活などで全国大会を目指すなどして、著名人を目指すくらいでしょうか。
ネット時代の情報発信
手紙リレーがあっけなくネットで実現
さて、ここまで読んでいただいて、とりわけ先ほどの「手紙リレー」のくだりでは、おそらく現代人のなかで、こんな感想を抱く方は多いでしょう。
「何でそんなまどろっこしいことをするの?」。
たとえば、とある新聞が報じた記事を巡って、当事者のなかから「私は趣旨のことを主張したわけではない」という異論が出て来たとしましょう。そのようなときは、インターネット上のSNSで、「それ、おかしくない?」と指摘して、ポストすればそれで良いはずです。こんな具合です。
あれ?これでお終い?
これ、社長が辞任するレベルの捏造報道ですよ? https://t.co/lLJZveL0Fb— 新宿会計士 (@shinjukuacc) August 13, 2024
「自浄能力疑わざるを得ない」、「真摯に反省し、再発防止に全力を挙げるべき」、「トップが問題に正面から向き合わなければ信頼回復は出発点にも立てない」、「経営姿勢を根本から改めなければならない」。
これ、1日前に朝日新聞が配信した社説に出ていた文言です。そっくり御社に差し上げます。 https://t.co/lLJZveLyuJ— 新宿会計士 (@shinjukuacc) August 13, 2024
ポストしたのは山手線の駅名を冠した自称会計士です(「会計士」と名乗っていますが、なんとも怪しいものですね)。
ちなみにこの者のポスト、昨日夜の段階で、「あれ?これでお終い?」で始まる方については24万回、「自浄能力を疑わざるを得ない」で始まる方については23万回、それぞれ表示されています。先ほどの「最初は10人で始まる手紙リレー」の例でいえば、「フル転送」が5回以上繰り返されたようなものです。
何のことはない、手紙リレーがネット化であっけなく実現した格好です。
つまり、最初に10人に手紙を送り、次にその10人全員がそれぞれ10人に手紙をコピー・転送し(この段階で100人)、その100人全員がそれぞれ10人に手紙をコピー・転送し(この段階で1,000人)、その1,000人全員が次の10人に手紙を転送(この段階で10,000人)。
そして、この10,000人がさらに次の10人に手紙を転送して、やっと10万人ですが、この「23万回」ないし「24万回」という回数は、それでもまだ足りないくらいのレベルです。
手間もコストも時間も、限りなくゼロに近い
どうしてこんな凄いことが起こるのか。
いうまでもなく、リポストの手間とコストと時間が、限りなくゼロに近いからです。
ちなみに内容を1人に伝えるためのコストと時間は、いかほどでしょうか。
手紙リレーだと、最初にA君から手紙を受け取った10人が、それぞれ、次の10人にA君の手紙の内容を伝えるために、わざわざA君の手紙の内容をコピーし、封筒に入れて切手を貼り、宛名を書いたうえでポストに投函しなければなりませんでした。手間がかかるのです。
それに、当時の切手代の水準でも、コピー代などを含め、1通100円弱の費用が掛かります。10万人に手紙を送るためには、1通100円換算で1,000万円(!)という計算です(もちろん、それらはA君が全額負担しているのではなく、友人たちが少しずつ負担している格好ですが…)。
しかも1通の手紙が相手の住所に届くまで、早くても一両日、下手をすると数日の時間がかかります。手紙が10万人に行きわたるまで、数週間の時間が必要です。
これが、ネットだと、手間もコストも時間も、限りなくゼロとなります。
たとえばX(旧ツイッター)の場合だと、意見を書くのに最大数分、そしてリポストボタンを押せば、その数秒後には、最大数万人にその意見が届くのです。手間はほとんどゼロに近いですし、意見を書いてリポストボタンを推す動作に必要な通信量はせいぜい数キロバイト程度でしょう。
この点、著者自身が利用しているスマートフォンのキャリアは、毎月3ギガバイト(=3,145,728キロバイト)で980円のものですが(※これとは別にネット回線を契約し、WiFiを飛ばしています)、数キロバイトの通信費といえば、0.1銭未満(!)という計算です。
これを10万人の人が閲覧するのだとしたら、0.1銭かける10万人で、トータル・コストはせいぜい100円。手紙リレーの1,000万円と比べ、10万分の1以下です。
「1,000万円」vs「100円」。
「数週間」対「数秒」。
なるほど、ネット時代に紙媒体の勝ち目がないはずです。
まずはネットで試してみる時代
いずれにせよ、インターネットの出現で、世の中は大きく変わりました。
先ほどの手紙リレーの爆速か、という論点もさることながら、「自分の意見を第三者に伝える」という観点からは、インターネットは絶大な威力を誇ります。
たとえば「なにか素晴らしいこと」を思いついたならば、「原稿にしたためて出版社に持ち込む」、なんてことをしなくても、まずはインターネット状でそれをつぶやいてみて、人々の反応を見る、という選択肢が、現実のものとなったのです。
あるいは、「僕は/私は、音楽が得意なんだ!ダンスが得意なんだ!!」などと思うのであれば、自身でピアノなどの楽器を演奏をしてみたり、曲を歌ってみたり、踊ってみたりして、それを撮影し、動画投稿すれば良いのではないでしょうか?
運が良ければ人々の目に留まりますし、高い評価を得ることができればメジャーデビューできるかもしれません。
実際、YouTubeなどで検索すると、活躍している、ストリート・ピアノ(いわゆる「ストピ」)系の動画投稿主は大勢いますし、「歌ってみた」「踊ってみた」系の動画も多く見つかります。さらには、最近だとメジャーデビュー前に動画投稿していたアーティストも出現しています。(米津玄師さんや藤井風さんの事例は著名でしょう)。
同じく、ウェブマンガの世界では、X(旧ツイッター)などにマンガを投稿し続けている人もいますし、山手線の駅名を冠した怪しい自称会計士のように、日々、自分の考えを駄文に連ねているようなウェブ評論家も存在しています。
すなわち現代社会では、インターネットの発達で情報発信のコストが無限に下がり、誰もが簡単に情報発信できる状況が出現しているのです。なにせ、もしあなたが「なにか素晴らしいこと」を思いついた場合は、それをインターネットで投稿すれば良いだけの話だからです。
ちなみに先ほどはXなどの事例を使いましたが、プラットフォームはXだけでなく、フェイスブック、インスタグラム、大手具ログサイトなどを通じた文字情報・写真情報などでも構いませんし、YouTubeなどを通じた動画投稿でも構わないでしょう。
そして、投稿などを続けていれば、熱心なファンが付く可能性もあります。
たとえば政治系ユーチューバーの先駆者として有名なKAZUYAさんの場合、チャンネル登録者数はいまや65万人を超えているそうですし、Xではフォロワーが数千人、数万人、場合によってはそれ以上、というレベルのインフルエンサーもたくさんいます
(※ちなみに山手線の駅名を冠した怪しい自称会計士のXアカウントのフォロワー数は、現時点で5,200人あまりだそうです。まったく宣伝していないのに、これは意外ですね。)
すなわちネット上では、新聞やテレビが取り上げてくれなくても、その人の発信している情報の「内容」を見て、それが「素晴らしい」と思う人がいれば、自然とフォロワーが増えていくのではないでしょうか。
リスクもあるが…あらたなビジネスチャンス
もちろん、こうした「誰もが気軽に何でも投稿できる」という状況は、考え方によっては、恐ろしい話でもあります。
『「日本はユダヤ系金融機関に支配されている」は事実か』などでも取り上げたとおり、回転ずしチェーン店で不潔な行為をして「炎上」してしまう人も出て来るからです。
ただ、現代社会では、情報発信が新聞社、テレビ局、雑誌社、出版社、ラジオ局、通信社といった「マスコミ産業」関係者だけの特権ではなくなっており、その分、多様な意見が見られるようになったことは間違いありません。
世の中ではよく、「新聞社がなくなってしまうと、報道や言論が危機を迎える」、などと述べる人もいるのですが、著者自身としては、こうした見解には賛同しません。
そもそも現時点において、新聞社やテレビ局、通信社などが、必ずしも正確な報道を行っているわけではないからです。
この点、経済学の世界では、フランスの経済学者であるジャン・バティスト・セーが発見した「セーの法則」―――「供給はそれ自身の需要を作り出す」―――が有名ですが、著者自身はこれとは逆に、「需要があれば供給が生まれる」と考えていたりします。
つまり、世の中に「正確な報道」に対する需要があり、報道に対する参入障壁が除去され、誰しもネットを使った報道事業参入できるようになれば、自然と人々の需要を満たすようなサービスが出現するのではないか、という考えです。
我ながら、いかにもビジネスマン的な楽観論かもしれません。
しかし、著者自身が見たところ、現実にインターネット上でさまざまなニューズ番組が出現していますし(それらの多くは主にYouTubeなどのプラットフォームを利用しています)、また、専門分野に特化したニューズサイトなどもいくつか出現しています。
あるいは、いくつかの新聞社が経営危機に陥っているというのも、また、テレビの広告収入が減っているというのも、裏を返せば、ネット空間にいくつかのあらたなメディアが出来上がり、既存メディアに対する人々の需要が低下していることの証拠ではないか―――。
そんな考察も成り立つ今日この頃ではないかと思う次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
記事に出てきたA氏ですが、自分の主張を手紙で拡散するというのは今でも政治家が行う政治活動の手法としてあると思いますが、政治的な自己主張の強いA氏がその後どういう人生を歩んだのかが気になってしまいました。
まぁ、そこはあまり詮索しないであげてください。
そうだろうななとは思ってましたが、やっぱり。
手紙と言えば、昔観光でアメリカのホテルに宿泊し部屋にあるホテルのレターヘッド付き便箋、封筒を記念にもらってきて以来コレクションが増えて全部で250以上になった。
最近は全く増えない。コロナの時期に大幅に安くなっていたので夫婦でいくつかの高級ホテルに泊まったのだが部屋に置いてない。
考えてみると、あんなもの何のためにホテルの部屋においてあったんだろうと思う。
昔はホテルに泊まって手紙で「お元気ですか、今xxxに休暇で来ています。こちらは~で」というようなことを書き切手を貼って出したのだろうか。観光地から絵葉書をだした経験はあるが手紙を出した経験はない。
ウェブの世界で、20年連続赤字の金字塔を打ち立てた企業があるようです。
継続は力なり。
・「ネイバーウェブトゥーン」は2004年に事業を開始して以来、2023年第1四半期現在まで赤字行進を続けている
https://brunch.co.kr/@jaydenkang/104
・「ネイバーウェブトゥーン」昨年の純損失は1億4,500万ドル
https://www.korit.jp/unicornfactory-naver-webtoon-korea-240701
・米国ナスダックで、ウェブトゥーン株が大暴落 量産型の漫画だらけで「大作」「本物の作品」がない
https://ameblo.jp/mondo-n/entry-12863951366.html
>ネット時代に情報伝達コストは十万分の1以下に低下か
詐欺が増えてる原因の一つはこれでしょう。
スマホのメールに「アマゾンから」というのがあり、要は「クレジットカードの承認が下りないので、画面に従ってもう一度クレジットカード情報を入力してください」というもの。
あてずっぽうに送ってるようだがコストはゼロに近いのでは。
某旭日旗大好き教授も コスト掛けずに スパムメールで活動中できています。コストがかからないことが ゴミ情報を増やす弊害でもあります。
今朝は月に一度の新聞のない日
機能しなくなった公器にカネを払う値打ちは残っているのか
我国で全国均一料金の郵便制度が始まったのが、1876年らしい。
三田の建築会館で村井純氏が、「JUNET始めました。JUN-ETではありません。」と仰るのを横で聞いて居たのが、1983年頃だったと思う。(冷やし中華の話ではありません。少し前に「ET」という映画があった。)
従って、我国に、郵便制度があって、ネットが無かった頃と言っても、百年位幅があります。「数十年前」との事なので、1970年代とか、1980年代初頭の頃の御話かと推察します。
「手紙リレー」は成功しなかったとの事ですが、もう少し後年、A社のFさんが、我国初のプロバイダを立ち上げた1991年より若干後の事ですが、「宅配便リレー」は失敗してませんでしたよ。
当時流行の8mmビデオカセットにフリーソフトのソース等を入れて(1本あたり25GB位入る)宅配便で回覧するというもの。
「宅配便リレー」は失敗していないのに、「手紙リレー」が成功しなかったおは、「受け取った人が、次に送る先が具体的に明示されてなかった。」のが原因ではないでしょうか。他にも、コピーして増産するというのも負担でしょう。
余談ですが、この媒体に入れて郵便等で送るという古典的方法は、AさんからBさんに纏まったデータを送るという範疇で、現在尚そこそこの競争力を保持している様です。今風なら、1TBのmicro SDにデータを入れ、封筒に入れて送るのかな? (ネットが普及した現在でも、アップロードはそんなに速くない)
少し訂正。
> 当時流行の8mmビデオカセットにフリーソフトのソース等を入れて(1本あたり25GB位入る)宅配便で回覧するというもの。
8mmビデオを録画目的で使う人は、メタルテープへ行ってしまった為、旧テープが安売されていたのを、データに利用したのが実情ですから、「当時流行末の8mmビデオカセットに」となる。
「1本あたり25GB位入る」は後年の事で、当初は5GB位でした。
ついでに補足。
> 「受け取った人が、次に送る先が具体的に明示されてなかった。」
には次の2つの効果がある、
1)A氏とA氏が送ったであろう自分を除く9人が知らない人を10人考えるのは、かなり面倒。
2)A氏からB氏の次はC氏に送る様指定があれば、A氏がC氏に会った際とかに、B氏が止めたか否かが判明する。
(逆に言うと、送先指定が無ければ、B氏が止めたとは判らない。)
送先を考えるだけでも面倒なのに、ノーリスクで止められる、というのが、「宅配便リレー」との決定的な差。
コストや手間では、「宅配便リレー」の方が不利な筈。