産経も富山県で配送終了:櫛の歯理論に向かう新聞業界
毎日新聞に続き、今度は産経新聞も富山県への配送を休止するようです。すでに夕刊に関しては、いくつかの地域で発行すらできなくなっているようですが、今後は朝刊にもそれが波及するのでしょうか。こうしたなかで思い出しておきたいのが、日本が「新聞大国」と呼ばれていたことです。日本の全国紙などのウェブ展開が遅れてしまった理由は、彼らが数百万部レベルという部数を誇っていたことで、却って変革するチャンスを逸してしまったからなのかもしれません。
毎日新聞の富山への配送終了
終わりの始まり、でしょうか。
以前の『毎日新聞が富山県での配送を停止へ:他紙への波及は?』では、大手全国紙の一角を占めている毎日新聞が9月末をもって富山県での配送を休止することになった、とする話題を取り上げました。
毎日新聞、富山県で配送休止 全国の配送網で初 部数減少で体制維持が困難に
―――2024/7/17 14:28付 産経ニュースより
なんでも報道等によれば、印刷・輸送コストの増大に加え、富山県内での発行部数の減少で配送体制維持が困難になったためとしていますが、その一方で富山支局自体は10月以降も残し、取材体制については維持する、などとしています。
ただ、毎日新聞社ウェブサイト『全国の配布エリアと販売部数』で見ても、富山県内での毎日新聞の部数は直近で840部と、石川県・高知県(同数の1,202部)に次いで少なく、沖縄県(219部)を除けば最も少なかったようです。
想像するに、このレベルだと、新聞発行で「採算がとれる/とれない」どころか、「事業を継続すればするほど赤字」、という水準かもしれません。
今度は産経新聞がこれに続いた
ただ、当ウェブサイトではこの話題について、「こうした配送休止は他県にも波及するのか、あるいは一部県への配送を休止する動きが毎日新聞以外の各紙にも広がるのかについては気になるところ」だと述べたばかりですが、さっそく、こんな話題が出てきました。
産経新聞、サンスポ・夕刊フジを含め富山県内での発行を9月末で休止
―――2024/08/10 11:08付 読売新聞オンラインより
産経新聞、富山での発行を9月末で休止 サンスポ、夕刊フジも
―――2024年8月10日 13時39分付 朝日新聞デジタル日本語版より
今度は産経新聞だそうです。
いくつかのメディアの報道によると、産経新聞社は10日、富山県内での産経新聞の発行を9月30日で休止するとしたそうで、朝日新聞や読売新聞によると、同社はほかにサンケイスポーツや夕刊フジの発行も休止。宅配、駅売店などの販売も終了するのだそうです。
ちなみに毎日新聞の事例との共通点はいくつかあります。
まず、富山県での新聞配送休止の理由については、「原材料費や輸送コストの増大」などが挙げられているほか、朝日新聞によると、産経新聞の富山県での部数は6月で246部に過ぎなかったのだそうで、このあたりも毎日新聞の事例と非常によく似ていますが、それだけではありません。
余談ですが、著者自身の気づきとして、ウェブ版をいくら検索しても、富山県での配送休止ないし発行休止に関する発表が見当たらないのです。
読売新聞によると、「富山県での発行休止」については産経新聞の現地向けの10日付朝刊に掲載されたのだそうですが、これに関する情報を産経ニュース、あるいは株式会社産業経済新聞社ウェブサイトなどで調べてみても、話題として見当たりません。
あれでしょうか?
自社の休刊についてはウェブ版に掲載してはならないとする不文律でも存在するのでしょうか?
なかなかに、理解が難しい現象です。
日本人は昔から新聞好きだった?
さて、余談はともかくとして、一部県から全国紙が事業から撤退しているというのも、冷静に考えてみれば、これも新聞業界の「終わりの始まり」かもしれません。
そして、日本は伝統的に、新聞、あるいは「紙媒体」が非常に強い国だったことは、おそらく間違いありませんが、そのことが逆に日本の新聞のウェブ対応を遅延させた、という可能性はないのでしょうか。
じつは、日本では新聞、あるいは「時事性・速報性の高い話題を紙に刷って販売する」という経済行為の歴史は長く、江戸時代までに登場したとされる瓦版が有名ですし、一説によると明治維新後の1870年ごろまでには日本最初の新聞が刊行されていたとされるからです。
また、最盛期には読売新聞で朝刊発行部数が1000万部を超え、二番手の朝日新聞も800万部(※同じく朝刊)を超えていたとされるなど、発行部数数百万部を誇る新聞がいくつもあったわけです。
この点、野口悠紀雄氏の『1940年体制』によると、日本で大新聞(とくに全国紙やブロック紙など)が出現したのは、戦時下の経済統制の影響で、「1県1紙」など、新聞の再編がなされたからだとする趣旨の指摘が出てきます。
図体が大きすぎて変革できなかった
ただ、理由はともかくとして、日本では新聞の数が少なく、また、ひとつひとつの新聞のサイズが大きかったことが、結果的に、図体が大きすぎた大新聞にとっては時間的余裕を与え、「変わるためのタイミングを逸した」のではないでしょうか。
米国や英国などの場合、大手新聞はたいていの場合、かなり早いタイミングで記事の有料化に踏み切っていて、著者自身も2010年代、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)や英フィナンシャル・タイムズ(FT)のウェブ版には、ずいぶんとお世話になったクチです。
当時から英米の「クオリティペーパー」と呼ばれるメディアはウェブ戦略に力を入れていて、FTやWSJあたりはウェブ版で数少ない黒字メディアだったといわれていました(※ただし、英米の「クオリティペーパー」のなかでも、日本に関する記事にはクオリティが低いものも混じっていた、という点については指摘しておきたいと思います)。
これに対し、一部報道によると、日本国内で最大の電子契約者を擁しているのは日経新聞で、それでも契約数は約100万件であり、しかもその会員数が減少に転じたとの報道もあります(『「日経電子会員数が減少に転じた」と週刊現代が報じる』等参照)。
また、大手全国紙の一角を占める朝日新聞の場合、2024年3月末時点における電子版の有料会員数は数千件増えるなど微増となりましたが、紙媒体の落ち込みをカバーできている様子はありません(『新聞部数減を電子版増加でカバーできず=メディア指標』等参照)。
著者自身が調べたところ、日経と朝日以外の電子媒体または電子版の契約数についてはほとんど公表・報道されておらず、「多い」のか「少ない」のか、判断し辛いところですが、ただ、「公表されていない」という事実をもって、状況は推して知るべしなのかもしれません。
ウェブの配送コストはゼロなのに…
さて、くどいようですが、新聞を紙で配るのと、ウェブで配るのを比較すれば、コスト面で紙媒体はウェブ媒体に勝てるはずがありません。
紙媒体の場合、記事を締め切ってからそれが印刷され、各家庭などに配布されるまでに、少なくとも6~7時間、下手をするともっと時間がかかります。これに対し、ウェブ媒体の場合、記事を自社サイトにアップロードすれば、その瞬間、読者はその記事を読むことができるため、速報性では紙はウェブに勝てません。
また、最近は通信速度がずいぶんと向上したため、ウェブ版だと鮮明なカラー写真が配信できますが、紙媒体の場合、カラー印刷には制限があり、(不可能ではありませんが)コストの問題もあって、白黒写真も多様され、印刷もウェブ版と比べ不鮮明です。
さらには、ウェブ版の場合、「紙面の都合」がありませんので、基本的に文字数に制限はありませんし、また、文字情報のみならず、YouTubeアップロード動画などへのリンクを埋め込んだり、X(旧ツイッター)のリンクを埋め込んだりするなど、他メディアとの連携も容易です。
紙媒体がウェブ媒体に勝っている点といえば、「災害時に古新聞を燃やして暖をとったりすることができる」、「革靴を乾かすのに使える」、など、新聞「紙」を何らかの用途に流用する場合くらいしか思いつきません。
あるいは「通信環境が悪いところでも読める」、くらいでしょうか?
ただ、「大災害で通信が断絶しても情報が読める」、は、あまりウリになりません。通信が途絶するくらいの大災害だと、そもそも紙媒体の新聞自体、自宅に届かないのではないでしょうか?
いずれにせよ、日本の新聞の多くは、紙媒体から電子媒体への切り替えに失敗しているフシがあります。
そして、紙媒体は「情報が遅い」、「紙面の制約で文字数が限られる」、「動画や音声の配信ができない」などの各点に加え、致命的な欠陥があるとしたら、それは「コストがかかる」という点にあります。
ウェブ版だと巨額の設備投資をしてまで輪転機を備える必要などありませんし、紙代、インク代、工場の電気代もかかりませんし、さらに新聞の束を人海戦術で物理的に全国に送り届けるためのガソリン代や人件費も不要です。せいぜい自社サーバの運営費やSEの人件費などが必要となるくらいでしょうか。
櫛の歯理論
さて、あくまでもひとりの会計士としての個人的な予測を述べるならば、新聞業界ではこれからおそらく、「櫛の歯」が抜けるように、事業継続が不可能になる地域が全国で多数出現することは間違いありません。
『皮肉…相次ぐ新聞値上げはむしろ業界衰亡早める可能性』でも指摘しましたが、いくつかの新聞社が昨年から今年にかけて値上げをしたものの、新聞事業の赤字状態を脱却することに失敗しているようです。
新聞値上げにより売上高は押し上げられたものの、部数が減ったことで増収効果が抑制され、さらに原価や費用の高騰が採算の悪化に拍車をかけているのです。
ちなみに当ウェブサイトでいう「櫛の歯」理論とは、「いくつかの事業者が低収益性に耐えかねてその事業から撤退してしまうと、結果的にライバル企業も事業継続が不可能になってしまう」、という現象です。
たとえば、ある都道府県で夕刊の発行を取り止める新聞が増えれば、その地域では夕刊を配達する配達員自体が確保できなくなり、結果的に他社も夕刊発行を断念せざるを得なくなります。
これと同じことが、朝刊でも生じるのではないでしょうか。
それがいつのことなのかについては、現時点で正確に予言することはできません。
ただ、少なくとも夕刊に関しては、早ければあと2~3年後に、多くの地域で配達ができなくなるかもしれません(いや、現時点でもすでに北海道など、夕刊が事実上消滅している地域が出現し始めているようですが…)。
そして、遅くとも7~8年後には、同じことが朝刊の世界でも生じるのではないか、などと思わざるを得ないのです。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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【おしらせ】人生で10冊目の出版をしました
自称元徴用工問題、自称元慰安婦問題、火器管制レーダー照射、天皇陛下侮辱、旭日旗侮辱…。韓国によるわが国に対する不法行為は留まるところを知りませんが、こうしたなか、「韓国の不法行為に基づく責任を、法的・経済的・政治的に追及する手段」を真面目に考察してみました。類書のない議論をお楽しみください。 |
【おしらせ】人生で9冊目の出版をしました
日本経済の姿について、客観的な数字で読んでみました。結論からいえば、日本は財政危機の状況にはありません。むしろ日本が必要としているのは大幅な減税と財政出動、そして国債の大幅な増発です。日本経済復活を考えるうえでの議論のたたき台として、ぜひとも本書をご活用賜りますと幸いです。 |
ピースが欠けると全国紙系販売店の統合で維持してた「配送互助会」が機能しなくなるのですね。
ネックは配送ですか?
はい、そうですね・・。
「郵便受けの新聞の溜まり具合で遠くの親族の安否確認」という趣旨の付帯サービスを焼け石に水のごとく展開していますが、数日分溜まっている時点でもう手遅れなのでは…?
こっちでもIoT機器に勝てる要素ゼロですね。
「強まる記者不信
彼らはいったい誰のために仕事しているのか
「問われる新聞記事の価値
限界コストゼロ社会における報道の適正対価とは」
紙の新聞の将来:「全国紙」はなくなり「ブロック紙」になる。地方紙は小さい所から順に廃刊。
「毎日」は経営破綻。「産経」は紙から撤退。
販路の面では、一般紙の「駅売り」はなくなる。(すでに売っていない売店はある)コンビニでも売らなくなる。
新聞販売所は統合が進むがそれにも限度があり業態転換が進む。何に転換? たぶん宅配の下請け。
新聞のWeb版は契約が伸びないだろう。新聞を読むのではなくnetの記事を読み、それがたまたま新聞社がアップした記事だったという状況になるのではないか。
つまり紙の新聞には不要な情報が多すぎ、その読みもしない情報にも金を払わされているという状況に目が覚めるだろう。
「経営破綻 周回遅れとは誰のこと
新聞記者が噛みしめる蹉跌の味わい」
昨晩も大手新聞社の粗相が明らかになっていました。(新聞つながりということで)
取材もされていないのに勝手に名前を使われ、さらに自身の主張と真逆のことを書かれた研究者さんが声を上げていました。
こんなことをやってしれっとしてる新聞、わざわざデジタルで有料契約しようとは全く思わないです。
それに対して朝日の訂正は「たったこれだけ」
「確認を怠った」じゃなくて「発言を捏造した」でしょう。犯罪的とすら思います。
本人に謝罪などしてないっぽいです。
>記者が有識者会議を傍聴しましたが
「有識者会議」の開催時期や名称は明記せず。(既視感)
そんなんでは読み手は何もわからない。
朝日新聞は謝罪記事や訂正記事も有料のデジタル記事にするのでしょうか。まあ、そうすれば、誰も読みませんが。
(新聞業界だけに限りませんが)新聞業界は、図体が大きすぎ、その結果、関わる人間も多すぎて、変革できないのではないでしょうか。そのうち、新聞社は、余った(?)記者の再就職先として、大学客員教授の席に目をつけ、「元記者でも教えられる大学の学部を増やせ」と言い出すのではないでしょうか。(ちなみに、元記者には獣医学部は、教えられません)
“獣医師のためのメディアリテラシー”とか説いちゃったりして…
知らんけど
> 紙媒体がウェブ媒体に勝っている点といえば、「災害時に古新聞を燃やして暖をとったりすることができる」、「革靴を乾かすのに使える」、など、新聞「紙」を何らかの用途に流用する場合くらいしか思いつきません。
これは以前からの新宿会計士さまの持論ですが、同様に私の同意出来ない数少ない新宿会計士さまの議論です。実態としての紙に印字された新聞や書籍は衛星にも捕捉されず、ネットインフラに依存する事なく、かなりの長時間保持され、その正しさばかりで無くその時点の誤りや周辺の事情まで合わせて保存します。
また、本来意図した保存者の主目的情報以外に「集めた祖父母が何を考えて集めたか」などの情報も伝わる場合があります。包み方、折り方一つにもその意思は篭ります。
新聞とかジャーナリズムを過大に絶対視して、やれ社会の木鐸だ、好奇心溢れるペンギンだ、毒を感じるカナリアだと言うつもりは無いけれど、紙媒体には固有の役割があるのです。
とは言え、私は随分前に『しんぶん赤旗』の購読も辞め、自分では今は何も定期購読しないのですけれども
ちなみに韓国では元々日本ほど有料購読者が居なかったそうですが、日本より早くからネット購読に移行して、更には自国ポータルサイト(Yahoo!JAPANみたいな)に記事を売る様になって行ったそうで、ある意味新宿会計士さまのお望み通りの未来を先行している事になります。かと言って記事に今の日本マスコミより優れたところがあるわけでも無く、オマケに日本由来の悪弊記者クラブ制度まで継承し、各省庁や大企業から発するプレスリリースを(大して独自の裏付けも無く)潤色してほぼ同時期に一斉に(コタツ記事を)流すらしい。これが紙媒体マスコミの滅んだ先の未来だとしたら何を熱心に紙媒体批判をしたんだろうと言う事になりはしないか。
「新聞やTVが滅んでも、ネットメディアがまともである保証はない」
これは絶対に忘れてはいけない視点ですね。
所詮人間、間違いはするし嘘つきだって居る。
結局は読む側が「騙されない」「厳しいツッコミを入れる」事を心掛け、
”殿様商売”を許さないのが大事ですね。ただし、SNSなどを見ていると
「むしろ騙されたい」「自分の代わりに嘘をついて欲しい」と言う
需要もあるので、一定の数のマス”ゴミ”は存在し続けると予想しています。
昔、電子版購読を調べた事がありますがどこの新聞社も精々1週間経てば読めなくなったり、文字列のgrep検索が出来ないなどメリットが少ないなと思いました
理想はAmazonの書籍形式のような形で配信され、検索をかけたら1年であろうが数年であろうが見つかって参照出来るものですがそういう形への進化をした新聞社は皆無ですね。電子辞書検索みたいに永遠に参照したいのです。
電子インクのリーダーがあるので、それ向きに毎日配信してくれたら少しは価値あるものになるんですけどね、内容以前に使い勝手がわるいですね。Wikipediaのようにデータの宝庫になるから検討するのですが
新聞記者にコンピュータ社会の理屈は理解できません。grep 検索ゆうても通じないと思います。匿名さまがご指摘になっているように、何にどうお金を払ってもらう=儲けるのか、紙に活字を印刷して送り出せばそれが売り上げであり値打ちであるという固定観念から進化できなかった20世紀型劣後産業の典型です。
経営感性の問題、すなわちデジタル進化圧を感じて読者を魅了する機能と利便を開発する視点がなかったのでしょう。考える読者、入力する読者、議論する読者とは記者はそんな風に社会を捉えたことがなかった。一方通行産業の限界です。彼らを待つのは経営破綻。残念ながらもう手遅れだと思います。