マネロン対策で現金探知犬も良いが…役所間の連携は?

古くて新しい論点のひとつに、「現金のハンドキャリー」、というものがあります。これは、空港などで手荷物に大量の現金を隠し、当局の目を盗んでまんまと外国に現金を持ち出してしまうというテクニックです。こうしたなか、いくつかのメディアは財務省が「現金探知犬」を成田空港に配置したと報じました。著者にいわせれば、ハンドキャリーによる現金密輸出は、役所間の連携をスムーズにすれば、もう少し見つりやすくなるように思えるのですが、いかがでしょうか。

財務省が成田空港に紙幣探知犬を配置

いくつかのメディアによると、財務省は8日、大量の日本紙幣を嗅ぎ分ける探知犬を成田空港に配置し、報道陣に公開したのだそうです。

クンクン「不正なお札だ」…成田空港に「紙幣探知犬」導入、マネーロンダリングの水際対策

―――2024/08/09 00:36付 読売新聞オンラインより

日本の紙幣嗅ぎ分ける探知犬、税関で初導入 特殊詐欺など犯罪収益の海外持ち出し阻止へ

―――2024/08/08 19:19付 産経ニュースより

これらの記事によると、犬は大量の日本の紙幣が詰まったスーツケースを見つけ出すのだそうです。

探知犬は麻薬探知犬に紙幣の臭いを嗅ぎ分けるよう訓練したもので、近年、詐欺グループなどがマネロン目的で大量の現金を手荷物に隠して海外に持ち出すケースが相次いでいるのに対応した措置、とされています。

ただ、これらの記事を読んだ感想があるとすれば、「面白い試みだ」というものだけではなく、正直、「もう少し役所間で連携がとれないものか」、という気がしてなりません。大量の現金を手荷物に隠そうとしても、空港X線検査などで発見できるからです。

これについて、どう考えれば良いのでしょうか。

ハンドキャリー密輸出と海外口座

じつは、「大量の現金のハンドキャリーによる密輸出」は、一部富裕層ではかなり以前から知られた「財産の国外移送テクニック」でした。

もちろん、こうした密輸出は、金額によっては違法です。100万円を超える現金を日本国外に持ち出す場合や、日本国内に持ち込む場合は、税関への申告が義務付けられているからです。

しかし、現実問題、成田空港など利用客が大変多い空港の場合、100万円を超える現金をカバンなどに隠し持ち、こっそりと持ち出すのは、意外と不可能ではありません。

ではなぜ、このようなことが行われるのか―――。

そもそも論として、海外に銀行口座を開いたり、海外で投資を行ったりすること自体は、違法でもなんでもありません。日本では基本的に、海外に投資するのは自由とされているからです。

じっさい、一時、香港などのオフショア金融センターに銀行口座を開設するのが流行したこともありますし、なかにはこんな趣旨の主張をするマンガ本もありました。

日本はそのうち財政破綻するから、今のうちに資産を海外に移しておいた方が良いですよ」。

著者自身の記憶だと、たしか2005年前後に刊行された書籍だったと思います。

もちろん、犯罪資金を国外に持ち出すことは許されませんが、自分自身の給料で稼いだ金を海外に持ち出すこと自体は、犯罪でも何でもありません。100万円を超える資金を持ち出すときにも、ちゃんと申告すれば良い話です。

海外に銀行口座を開くこと

この富裕層投資という観点から、少しだけ余談です。

かつては日本人が海外(たとえば香港あたり)で銀行口座を開くのは、さほど難しい話ではありませんでした。

もちろん、香港の場合、銀行員は日本語を話してくれませんので、最低限の英語力は必要です。

それでもいったん香港で銀行口座を開けば、インターネット・バンキングを通じて資産運用の指図もできますし、国際送金サービスを使えば日本国内の銀行口座から香港の自身の口座に資金を移すこともできます(送金手数料の高さについては我慢する必要はありますが)。

また、法制度の違いもあり、香港では同じ銀行口座で株式や保険商品などを購入するもできることが一般的らしく、日本では買えない投資信託などの金融商品もあるなど、日本の銀行口座、証券口座などと比べて資産運用の幅は広いようです。

なにより大きな「魅力」があるとしたら、税制でしょう。

香港では当時、資産運用収入(インカムゲインやキャピタルゲイン)は非課税とされており、もし相場観に自信があるならば、日本や世界の株式などを売ったり買ったりしながら、資産をどんどん増やしていくことができる(しかも無税で)、という特徴があったのです。

まさに「ネット富裕層」の誕生、といったところでしょうか。

無申告で海外資産投資は?→現在は難しくなりつつある

この点、日本に暮らしながら、インターネットで香港の銀行に運用を指図し、資産運用をして儲けていたとしても、本来であるならば日本の税務署に、「海外の資産運用でこれだけ儲けました」と確定申告をする必要があるはずです。

しかし、想像するに、こうした「ネット富裕層」は、自身の海外所得を申告していなかったのではないでしょうか。

当時の仕組みでは、香港の銀行としても日本の当局に日本国民の口座情報を提供する義務はなく、したがって仮に日本国民(や日本の居住者)が香港に銀行口座を持っていたとしても、そのことを日本の税務当局が把握することは困難でした。

なお、これはあくまでも「かつての」話です。2017年ごろから「共通報告基準(CRS)」と呼ばれる国際的な脱税・租税回避対策での口座情報の自動交換という仕組みが始まり、香港の銀行口座情報も、基本的には日本の税務当局に筒抜けになっていると考えた方が良いでしょう。

また、日本では2014年以降、海外で5000万円を超える資産を持っている居住者は、「国外財産調書」を提出することが義務付けられているため、「日本の税務当局に黙って海外に巨額の金融資産を隠しておく」というのは、難しくなりつつあるようです。

ハンドキャリーは昔から知られた方法

それはともかくとして、「ハンドキャリー現金密輸出」に戻りましょう。

もし日本の当局が「この人は怪しい」と目を付けるとして、その具体的な証拠を掴むきっかけは、国際送金でしょう。数百万円、あるいは数千万円といった巨額の資金を個人が海外に送金すれば、たしかに不審ですので、税務当局や犯罪捜査当局にとっては、非常にわかりやすいはずです。

このように考えていくと、もし富裕層が本気で当局にバレずに海外に資産を移そうと思えば、やはり「ハンドキャリー」、すなわち「現金を自分自身で運搬すること」が手っ取り早いはずです。空港の税関さえすり抜けてしまえば、日本当局の目を盗み、多額の現金をこっそり海外に持ち出すことができるからです。

では、この「ハンドキャリー」でこっそり持ち出せる上限は、いったいいくらくらいでしょうか。

日銀ウェブサイト『質問お札はどのくらいの大きさですか? 厚さや重さはどうなっていますか?』によると、1万円札はタテ76ミリ、ヨコ           160ミリ、厚さは1枚約0.1ミリで、重量は約1グラムとされています。このため、アタッシュケースにうまく詰めたとしても、1億円(重量約10キロ)が限界と考えて良いでしょう。

ただ、多額の現金をアタッシュケースに詰めたとしても、当局にバレずに持ち出せるという保証はありません。アタッシュケースを空港で預けたとしても、機内に持ち込まれるまでにX線で検査されるはずですし、手荷物として持ち込む場合も同様に、保安検査場のX線でバレるはずだからです。

この点、保安検査の目的は、あくまでも「旅客の手荷物のなかに、航空機の安全に支障を与えるもの(武器や危険物など)がないかどうか」をチェックするためであり、大量の紙幣が検出されたとしても、ただちに摘発されるというものではないでしょう。

ちなみに常識的に考えたら、保安検査員が大量の紙幣を発見した場合には、空港にいる警察官や税関職員らにその旨を通報すべきでしょう。犯罪資金が疑われるからです。

このように考えていくと、常識的に「ハンドキャリー」で「密輸出」できる限度額は200~300万円、あるいは頑張ってもせいぜい500万円くらいではないでしょうか。

余談ですが、香港までの航空運賃は、格安航空でも数万円必要ですので、額面の1%に相当するコストを支払ってまで海外におカネを持ち出すのは、大変にコストがかかる話でもある、ということでしょう。

海外高額紙幣というテクニック

ちなみに余談ついでに、「海外高額紙幣」という論点も紹介しておきましょう。

外国紙幣だと、たとえばユーロの場合、かつては「500ユーロ紙幣」というものが発行されていました。1ユーロ=160円だと仮定すれば、500ユーロ紙幣1枚で8万円もの価値がある、という計算であり、これだと1250枚で1億円相当を一気にハンドキャリーできます。

また、スイスフランだと、現在でも1000フラン紙幣が発行されていますが、1フラン=170円と仮定すれば、1000フラン紙幣1枚で17万円であり、600枚弱で1億円、という計算です。

さらにかつては「トラベラーズ・チェック」というものも一般的に発行されていて、高額な券面のものもありました。

1ドル=140円と仮定すれば、たとえば券面1000米ドルのトラベラーズ・チェックであれば、1枚で14万円相当であり、700枚少々で1億円です。

ただ、最近だとトラベラーズ・チェックは各事業者が発行を取り止め、現時点ではほぼ流通していないようですし、また、欧州中央銀行(ECB)は2016年に500ユーロ紙幣の廃止を決定し、2019年頃までに発行が取りやめとなっているようです。

やはりマネロン対策の一環でしょうか、巨額の現金をハンドキャリーで海外に持ち出すのは難しくなりつつあることは間違いありません。

役所間の有機的連携、してますか?

このように考えていくと、やはり、冒頭に示した記事に記載されていた「紙幣探知犬」、数百万円レベルの現金を海外に持ち出そうとする者を検出するうえでは有効かもしれませんが、そもそもそれより高額な紙幣の海外持ち出しは、「その他の方法」で検出できそうに思えるのです。

先ほども指摘したとおり、そもそも手荷物に札束を隠したとしても、X線検査場と税関、警察などが有機的に連携することで、「明らかに100万円を超える現金」を発見した際に、手荷物検査場から税関や警察当局に通報がなされるべきでしょう。

その意味で、財務省・税関は、出入国管理では法務省、犯罪捜査という意味では警察庁や各都道府県警、空港保安検査という意味では国土交通省などの連携がどうなっているのかが気になるところですが、いかがでしょうか?

本文は以上です。

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読者コメント一覧

  1. TとM より:

    多量の現金の国外持ち出しで思い出したニュースが、フィリピン拠点の特殊詐欺事件で騒がれた例のやつですが、運び役の女性が1回で2000万円、数千万を何回か持ち出した・・・となっていました。
    申告していたかどうかは不明ですが、空港でチェックしてても、関係当局(税関、警察など)の連携はしてなさそうな感じですね。

  2. 農民 より:

     税や犯罪防止だけでなく、コロナ禍では防疫の問題が顕になりましたし(厚労省)、個人的には輸入資材に便乗してきたと思しき難防除害虫に苦しめられています(農水省)。後者は一次的には物流でしょうし(経産省、国交省?)、空港の水際は、かなり広範な”役所”が絡んでいますね。

  3. sqsq より:

    トラベラーズチェック、今はないんですか。
    昔のものがドンドンなくなるね。
    帰国便の「リコンファーム」とか。

    1. タナカ珈琲 より:

      soso様。

      リコンファームは無くなりましたね。
      2000年頃はエイゴ出来ないのに、
      一生懸命にリコンファームと云っていた記憶が有りました。

      蛇足です。
      コロナ前に300万円持ち出した記憶が有ります。
      日本では100万円以上の持ち出しは要申告。
      バンコクでは2万USドル以上は要申告。今は15000USDと機内放送をしていました。

      で、話のタネで、300万円持ち出しました。コロナ前だったので3万USD。
      関空ではイミグレ前の税関で書類を出してOK。
      バンコクスワンナプーム空港で、申告したら一生懸命に数えていました。
      で、書類を受け取りました。ノートに300万円と書いているんですね。
      で、ワタシはのぞき込んで見たら、ほとんど1000万単位。最高で4000万でした。
      で、ナンで持ち込んだか、ワタシなりに想像しました。
      タブン、アレカ、あれの2つが想像出来ました。

      マトモなビジネスなら、銀行間送金ですよね。
      為替手数料、送金手数料は高いですがね。

  4. neko より:

    地下銀行を利用すれば伝票のやり取りだけで送金出来るはず

  5. 普通の日本人 より:

    X線検査の動きが速いので本当に確認できてるの?
    と思っていました
    医療現場でAIを利用するようになり小さい癌も発見できるようになった。
    と聞きましたので流用できそう。と思ってしまいました
    思い付きですが以前に入国チェックで(あるものを)パスした記憶がありました
    これでいくらかでも検査の方の荷が軽くなってほしいですね

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