日本の貿易赤字はエネルギー要因でだいたい説明が可能
日本の貿易赤字の主因のひとつは「鉱物性燃料」(石油、石炭、LNGなど)の輸入にあります。2011年以降、日本は貿易赤字を計上することが増えているのですが、貿易収支の改善「だけ」を目的にするならば、明らかに、再稼働できる原発を1基でも多く再稼働することが手っ取り早い、という結論になりそうです。ただし、原発再稼働は地球温暖化ガス抑制、電気料金安定、電力系統安定など、ほかにも多くのメリットをもたらすものでもあります。
現在の日本は「金融立国」
以前から当ウェブサイトにて指摘してきたとおり、現在の日本の産業・経済は、(自動車産業などを除けば)「最終製品を輸出することで儲ける」という「製造立国モデル」(?)ではありません。
現在の日本は、どちらといえば、「金融立国」に近い姿に変わりつつあるのです。
たとえば、貿易では近年、なかば恒常的に赤字を計上する、という構図が出来上がってしまっているのですが、外国からの莫大な利息・配当収入(これが「第一次所得収支の黒字」です)がもたらされるため、経常収支レベルでは黒字です。
わが国の経常収支構造を、暦年(1-12月)基準、年度(当年4月-翌年3月)基準でそれぞれグラフ化しておきましょう(図表1)。
図表1-1 経常収支(暦年基準)
図表1-2 経常収支(年度基準)
(【出所】財務省『国際収支の推移』データをもとに作成)
対外純資産は巨額:円安効果も!
暦年基準と年度基準で構造は微妙に異なっていますが、どちらの基準で見ても、「サービス収支」が一貫して赤字であり、かつ、貿易収支は年(年度)によって「黒字になったり、赤字になったり」を繰り返しているものの、第一次所得収支の黒字が巨額で、しかも年々増大する傾向にあります。
当ウェブサイトでは常々、メディアが喧伝する「悪い円安論」を批判する際に、「円安になって直ちに生じるのが資産効果(と負債効果)だ」、と申し上げているのですが、その理論の正しさが、このグラフだけでも一発でおわかりいただけると思います。
ちなみに日本は「対外資産」が「対外債務」を大きく上回っている国です。
2023年12月末時点でいえば、資金循環統計だと484兆円(『最新版:巨額の家計・年金資産と対外純資産抱える日本』等参照)、財務省の『本邦対外資産負債残高』だと471兆円(『日本の対外投資は金融業が主導…中韓との関係は希薄化』等参照)です。
財務省の統計のベースでいえば、2022年12月末の419兆円と比べ、純資産は約52兆円も増えましたが、これなど円安が日本経済にもたらす好影響の事例のひとつでしょう。
貿易赤字の原因は明らか:石油、石炭、LNG
ただ、日本経済はかつて、「貿易摩擦」が国際問題となる程度には、貿易で儲かっていた国でした。
実際、図表1ないし図表2で見ても、2010年(または2010年度)までは、日本の貿易収支は黒字でした。年度による増減はあれど、一貫して貿易黒字だったのが、2011年に貿易赤字に転落し、2013年から14年にかけては、貿易赤字が過去最大レベルにまで拡大。
その後は貿易赤字が縮小し、再び貿易黒字に転じるなど、貿易収支構造は黒字と赤字の間を行ったり来たりしていたのですが、2022年(度)には再び大きな赤字に転落。23年(度)には赤字幅はやや縮小したものの、それでもやはり赤字が続いています。
いったいなぜ、こういう状況に陥ったのか。
これに関して、X(旧ツイッター)で見かけた図表などにヒントを得て、こんな「分析」を行ってみました(図表2)。
図表2 日本の貿易収支構造
(【出所】財務省『普通貿易統計』を参考に作成)
わかりやすさのために、かなり単純化していますが、これは財務省が公表する『普通貿易統計』をベースに、概況品目別に輸出額から輸入額を差し引いて集計したものです。
本当はもう少し細かい品目が多数あるのですが、本当の大雑把にいえば、輸送用機器(自動車など)や一般機械(半導体製造装置等)の純輸出が巨額である一方、「鉱物性燃料」、つまり石油、石炭、LNGなどの輸入が日本の貿易収支を悪化させているという構造が浮かび上がります。
データとしては2009年以降のものしか引っ張って来ていませんが、日本の貿易収支が鉱物性燃料の輸入額とほぼリンクしていることがよくわかると思います。
日本は「モノを作るためのモノ」の高付加価値品に強み
もちろん、単純に「貿易収支を黒字にするのが良いことだ」、と決めつけるつもりはありませんが、日本経済の本来の強みだったはずの製造業が、(自動車産業などを例外として)とりわけ民主党政権時代以降、どんどんと弱くなっていったという実態を見ると、やはり日本の産業・経済政策が正しかったのか、疑問でもあります。
この点、少しだけ余談です。
先ほどは「現在の日本は金融立国となりつつある」と申し上げましたが、だからといって、日本の製造業が弱くなったというものでもありません。
図表2だけではよくわかりませんが、日本の産業は「モノを作るためのモノ」(たとえば半導体製造装置や化学製品、鉄鋼などの高付加価値素材)に強みを持っており、輸出品目も自動車などを除けば、こうした素材、生産装置、部品といった費目が多いことがわかります(図表3)。
図表3 日本の輸出高(外交品目内訳、2023年)
項目 | 金額 | 構成割合 |
輸出合計 | 100兆8817億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 58兆8295億円 | 58.32% |
うち自動車 | 17兆2652億円 | 17.11% |
うち半導体等電子部品 | 5兆4942億円 | 5.45% |
うち自動車の部分品 | 3兆8836億円 | 3.85% |
うち半導体等製造装置 | 3兆5348億円 | 3.50% |
うち原動機 | 2兆9273億円 | 2.90% |
うち電気回路等の機器 | 2兆1242億円 | 2.11% |
2位:原料別製品 | 11兆5443億円 | 11.44% |
3位:化学製品 | 11兆0247億円 | 10.93% |
4位:特殊取扱品 | 9兆7060億円 | 9.62% |
5位:雑製品 | 5兆4207億円 | 5.37% |
うち科学光学機器 | 2兆4969億円 | 2.48% |
6位:鉱物性燃料 | 1兆6218億円 | 1.61% |
7位:原材料 | 1兆5548億円 | 1.54% |
8位:食料品及び動物 | 9204億円 | 0.91% |
9位:飲料及びたばこ | 2075億円 | 0.21% |
10位:動植物性油脂 | 520億円 | 0.05% |
(【出所】財務省『普通貿易統計』をもとに作成)
こうした高い付加価値をもつ素材や部品などの製造に強みを持っているという観点から、当ウェブサイトではよく、「日本が川上産業に強みを持っている」と表現したりしますが、逆にいえば、かつて強かった産業の「川下部分」については、日本企業がせっせと海外移転を進めたという証拠でもあります。
そして、近年だとサプライチェーンの多国籍化も徐々に進んでおり、逆に日本の「川下産業」が、海外(たとえば中国、台湾、韓国など)の「川上産業」から素材を仕入れるようになってきている、といった動きも、統計データからは少しずつ見えてくる次第です。
出所は政府資料
いずれにせよ、現在の日本の貿易赤字体質は、だいたいが「鉱物性燃料の輸入が多くなりすぎている」ということで、説明がつきます。昨今のケースでいえば、ウクライナ戦争を受けた国際的な燃料価格の高騰に円安がダブルパンチで日本経済に打撃を与えているようなものです。
結局のところ、シンプルに「貿易収支改善の手法」だけを議論するならば、最も手っ取り早いのは、やはり再稼働できる原発を1基でも多く再稼働することが手っ取り早い解決策のひとつであることは間違いありません。
ちなみに先ほどは、図表2については「X(旧ツイッター)で見かけた図表などにヒントを得て」作成した、と申し上げましたが、その図表が、これです(図表4)。
図表4 貿易収支の推移
(【出所】内閣官房『第11回GX実行会議』資料1『我が国のグリーントランスフォーメーションの加速に向けて』の15ページ目)
こちらのグラフ、わかりやすいです。
そして、さり気なく、長らく日本に黒字をもたらす要因のひとつだったはずの「電気機器」が2022年以降、赤字に転落しているのも気になるところです。
この点、「脱炭素の観点推進」からも、ウクライナ戦争をロシアの敗北に終わらせるという観点からも、日本がエネルギーの輸入を減らすことが大事ですし、また、少し論点は外れますが、電力の安定供給という観点からも、不安定な再エネ電源の比率を高め過ぎないために、原発という電源の活用が重要なのです。
もっと言えば、先月の『電気代を下げたいならば原発再稼働が手っ取り早いはず』でも指摘したとおり、原発を再稼働している電力会社の電気料金が、そうでない電力会社と比べて明らかに安いという事実もあります。
こうした状況を受け、おそらく当ウェブサイトも今月は電気料金を話題として精力的に取り上げていくことになるのではないか、などと思う次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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エネルギー価格が上がれば、燃費の良い日本車や発電機が売れるので
エネルギー価格の上昇は日本にとってデメリットばかりではない
ちなみに、太陽光発電で削減できている鉱物油輸入額は年間1.5~2兆円くらいになります。
なるほど。貿易赤字額の20%、と考えるとそれなりの数字ですね。
それを言うなら、2011年にイラ菅直人総理が無理矢理原発を停止して以来多くは稼働できていないから火力発電の稼働が高いままで燃料輸入額が増加したままで、さらに重要なことは排出CO2で環境破壊を着実に進めてきたこと。
適切に原発を稼働させれば、ざっくりで、火力の稼働が2割程度は下がるから輸入燃料費を3-4兆円は削減できる計算になるでしょう。
たらればを言い出したら前提条件がぐちゃぐちゃになります。
原発を止めていなければ、鉱物油の輸入が年間4兆円程度少なくなり、その分円高が進み、さらには輸出がその分停滞し、・・・・・
何とでも言えてしまいます。
エネルギーの中東依存度を「下げる」という話があった様に思いますが、実際には、オイルショック時より高くなっているそうです。
掛け声と実態が全く逆。
購入済の燃料は、軍事転用が不可能ではないとかいった理由で、放棄または、金かけて処分するとかいう話にして、新たに中東等から輸入しまくる、という政策は最悪な様に思います。
> 輸入燃料費を3-4兆円は削減できる計算になるでしょう。
他にも、電気料金が下がるとか再エネ賦課金を下げられる等々考えられますから、経済効果はもっと大きいのでは?
日本の貿易赤字の主要因は金額的にはエネルギーでしょうが,時系列では,デジタル関連や家電などが輸出超過から輸入超過に転じたのも大きいと思います。特に,スマホ(特にiPhone)の輸入額です。あとMicrosoftやgoogleなどに払っているお金。
あと,円安の原因を貿易赤字に求めるのは適切ではなく,第1次所得収支の利益が国内に環流されず,大半が海外への再投資に向かっていることでしょう。