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「悪い株高」論の正体は新聞業界の「自己投影」では?

「悪い円安」論や「悪い株高」論の正体とは、滅びゆく新聞業界の人たちが見ている幻覚のようなものなのかもしれません。経済の専門知識があれば、景気には「先行指数」「一致指数」「遅行指数」が存在することくらい常識ですし、実質賃金のマイナスが続いている理由も、賃金が「遅行指数」だから、という推察が働くのは当然のことだからです。ただ、それでも新聞は、性懲りもなく、「悪い株高」論を繰り返しているようです。

株高に沸くニッポン

株価と経済はコインの裏表

普段から当ウェブサイトにて指摘している通り、株価というものは、上がったり下がったりするものです。ただ、傾向として見るならば、経済成長を続けていれば、株価というものはいずれ上昇していくという傾向にあります。

先日の『東証時価総額「一千兆円」に迫る』や『日経平均株価が史上初4万円突破』でも取り上げたとおり、最近の日本では株高が続いています。

11日の日経平均株価は、前場では前週と比べ、一時1,000円近い下げ幅となる38,698円22銭にまで下げる局面も見られました。これは先月まで過去最高値水準だったバブル前の1989年12月29日時点の38,915円87銭よりも低い水準です。

せっかく2月22日に日経平均株価がバブル期の水準を超えて史上最高値を付けたにも関わらず、約2週間あまりでまた元に戻ってしまった格好です。

ただ、しつこいようですが、株価というものは、上がったり下がったりするものでもあります。

金融商品取引法との関係もあり、当ウェブサイトとして「株価が将来どの水準になる」と断定的なことを申し上げるつもりはありませんが、いずれにせよ、株高が日本経済にとって良いことだ、という点については、改めて説明しておく必要があります。

そもそも論ですが、株価と企業業績は、コインの裏表のような関係にあります。

一般に企業業績が向上すれば、企業は増配をしますし、株価も上昇します。増配と株高が続けば、銀行・信金・信組・農協といった金融機関、あるいは保険・年金基金、社会保障基金などを含めた機関投資家には運用益を通じて非常に大きな恩恵が生じますし、そうなると自己資本も増え、リスクテイク余力も増します。

そして、金融機関などのリスクテイク余力が増せば、これにより企業にさらにおカネを貸す余力が生じますし、企業はさらに設備投資・研究開発投資などをすることができるようになります。

当然、これにより生産能力や生産性がさらに向上し、さらなる増益にもつながりますし、こうした投資が社会の全体に経済波及効果をもたらし、働く人々の賃金水準も押し上げられます。人々の購買力も上昇しますので、さらにモノが売れるようになる、というわけです。

日本経済はバブルなのか、それとも…?

もちろん、現実の経済は、そこまで単純なものではありません。

たとえば中央銀行が行き過ぎた金融緩和をした場合や、外国からニューマネーが流入してくるなどした場合、企業業績が大して向上しているわけではないのに株価だけが先行して上昇することもありますし、このようなケースだと「実態を伴っていない株高」という意味で、「バブル」と評価すべきこともあるでしょう。

つまり、株高は常に経済とリンクしているとは限らない、ということです。

このあたりの見極めは、非常に重要です。

現在の日本経済に関しては、とりわけ日本銀行の金融緩和の影響で、経済全体にマネーが潤沢に溢れている、という状況があることは否定できません。

また、コロナ禍以降、日本と似たような低金利政策を取っていた主要国中銀も、低金利を解除したことで、主要国では日本「だけ」がマイナス金利政策を取っている、といった事情も考える必要があります。内外金利差の理論で円安が進み、日本企業の業績が押し上げられている、という可能性です。

こうした点を考慮すれば、日本経済が「バブルではないか」、といった警戒も出て来るのですが、それと同時に日本は「アベノミクス」の影響もあって、失業率は完全雇用状態水準にまで低下し、有効求人倍率も1倍を超えるなど、「雇用拡大」を伴っているという事実を忘れてはなりません。

これには具体的な事例を見ていただくのがわかりやすいでしょう。

台湾TSMC熊本工場稼働で深まる日台「半導体同盟」』などでも述べたとおり、現在、熊本県ではTSMCの工場進出などの影響で、地価も賃金水準も上昇しているとされますが、これも「企業の生産拠点ができること」の経済効果がどれだけ大きいか、という証拠のひとつ、というわけです。

日本経済にネガティブな人たち

「悪い円安」論

ただ、こうした「良い話題」が出てくると、必ず、それに対して反論する人も出て来るのが興味深いところです。

たとえばTSMCの件については『熊本「半導体工場」巡る支離滅裂で強烈な読者コメント』でも取り上げたとおり、「熊本の半導体工場で生産されるのは最先端製品ではない」などとする記事のリンクとともに、「熊本に半導体工場が出来るからと、はしゃいで浮かれている脳天気な方がいる」とするコメントが出現しました。

この匿名コメント主は、コメント内容も支離滅裂ながら、「熊本の半導体工場を歓迎する」とする風潮を「はしゃいで浮かれている」などと口汚くののしるわりに、残念ながら「半導体業界」関係者ならだれでも知っているであろう常識(半導体不足が生じているのは最先端の製品とは限らないこと、など)を持っていません。

この手の低レベルなコメントは、正直、放置していても問題ないのですが、やはり厄介なのは、大手メディアに掲載されるものです。

その典型例が、日経新聞でしょう。

日経新聞といえば、ここ1~2年、「悪い円安」論を唱えているメディアのひとつです(余談ですが、『円安なら「悪い円安」だが円高なら「悪い円高」=日経』でも紹介したとおり、円安局面が一巡し、やや円高に振れたタイミングで、「悪い円高」論を展開したこともありますが…)。

ここでいう「悪い円安」論とは、多くの場合、こんな具合です。

  • 円安で恩恵を受けるのは一部の企業などに限られる
  • 日本の製造業は海外移転を続けており、日本経済に円安メリットは生じない
  • 我々一般庶民は輸入品物価が上昇することによる物価上昇に苦しむ
  • 円安のせいでドル建てにしたGDPが低くなり、日本が貧しくなる

…。

円安の効果を無視する人たち

「円安によりドル建てGDPがドイツに抜かれた」という点は、『名目GDPの日独逆転でも日本経済はまったく心配ない』などでも取り上げたとおり、正直、論旨不明でもあります。というのも、べつに日本人の多くはドル建てで生活しているわけではないからです。

また、「一般庶民が物価上昇に苦しんでいる」とする主張も、「円安によってどれだけ物価上昇が生じたか」(難しい言葉でいえば「為替の物価感応度」)という証明を伴っていません。実際、ウクライナ戦争前後と比べ、現時点で円安は30%ほど進んでいますが、物価(総合CPI)は6%ほどしか上昇していません。

さらには、「日本の産業構造に照らし、日本経済には円安メリットは生じない」とする主張は、二重の意味で誤っています。

現在の日本は、「最終消費財」の輸出高はさほど多くありませんが、そのかわり、「モノを作るためのモノ」――半導体製造装置、半導体等電子部品、化合物、鉄鋼・フラットロール、科学光学機器等――の輸出は非常に多いのが実情です。

「生産財・中間素材」をどう定義するかは少し異論があるかもしれませんが、たとえば2023年実績で100兆円あまりの輸出額のうち、著者自身の試算によれば、少なくとも60~70兆円は、こうした生産財・中間素材で占められていると考えられます。

こうした「川上産業」が日本に残っているのに加え、円安が長期化すれば、「川下産業」も日本に戻ってくることが期待されます。

円安効果は、それだけではありません。

日本の莫大な対外金銭債権・対外金融資産が生み出す莫大な利配収入もまた、日本経済を潤します。

たとえば『邦銀世界一は8年連続も…非常に少ない近隣国向け与信』などでも取り上げたとおり、国際決済銀行(BIS)が公表している『国際与信統計(CBS)』では、日本は「最終リスクベース」で、国際与信の世界では8年連続して「世界最大の資金の出し手」であり続けています。

また、CBSとは少し違う統計ですが、資金循環統計で見ても、日本の国内勘定は「対外証券投資」は758兆円、「対外直接投資」は294兆円、貸出は225兆円…、と、巨額の対外資産を積み上げていることがわかります。

さすがに「悪い円安」論に無理があると気付いたのか

事実、その結果として、日本は海外から巨額の利息配当金を受け取っているのです(図表)。

図表 経常収支

(【出所】財務省『国際収支の推移』サイトの『6s-1-4  国際収支総括表【月次】』データをもとに作成)

とりわけこの「第一次所得収支」の黒字幅、なかなかに凄いことになっています。というのも、2023年を通じた第一次所得収支は34兆5574億円の黒字で、これは2022年の34兆4622億円を上回る、過去最大のものだったからです。

「衰退している」、あるいは「地盤地化している」はずの国で、輸出額も受取利息配当金も過去最大を記録しているという時点で、そもそも「衰退・地盤沈下」しているのはむしろ、「日本が衰退・地盤沈下している」と主張している人たちの経営基盤ではないでしょうか。

なお、どうでも良い話かもしれませんが、「悪い円安」論を言い出したであろうメディアがここにきて、自身が提唱した「悪い円安」論を修正する動きに出ているフシもあります(『日経が「悪い円安論」から「良い円安論」に軌道修正か』等参照)。

さすがに「悪い円安」論をこれ以上主張し続けるには無理があると悟ったのでしょうか?

謎です。

今度は「悪い株高」論

ただ、「悪い円安」論とともに、やはり興味深いのは「悪い株高」論でしょう。

以前の『やっぱり出て来た「悪い株高論」』でも取り上げたとおり、メディアというのはなぜか株高を嫌うようです。

  • 現在の株高は、日銀が大規模金融緩和策を続けていることによる円安の進行が企業業績を押し上げ、海外からの投資マネーを呼び込んで株高を演出している面もある
  • (しかしこうした株高は)足元で停滞する国内景気とは懸け離れたものであり、物価高に苦しむ市民には(株高の)実感が乏しい
  • 昨年10~12月期の実質国内総生産(GDP)は2四半期連続マイナス。物価高に賃金上昇が追いつかず、実質賃金は昨年12月まで21カ月連続マイナスとなっている

…。

これも、典型的なマスメディア思考です。「悪い円安」論が転じて「悪い株高」論に化けたのでしょう。

当たり前ですが、景気循環サイクルで見て、賃金水準の上昇は最も遅行するのは経済の常識であり、実質賃金のマイナスが続いているというのは、名目値で見たときの経済の伸びに賃金が追い付いていない、ということを意味します。

もっとわかりやすくいえば、「経済回復が続いている」、ということです。

経済についての記事を書くときには、基本的にマクロの視点、ミクロの視点の双方が重要ですが、この手の「悪い株高」論の特徴は、「たしかに企業業績は回復し、株価も上昇している」が、「XXについてはダメだ」、といった論調に持っていくことにあります。

たいていの場合、ここでいう「XX」部分には「実質賃金」であったり、「物価」であったり、「ドル建ての名目GDPの日独逆転」であったり、とするネガティブな面が入るようです。

つまり、マクロ面での良い兆候に形の上で触れておきながら、ミクロ面でのネガティブな情報にばかり焦点を当てる、という特徴があるのではないでしょうか。

ツッコミどころだらけの「悪い株高論」

こうしたなかで、その「悪い株高」論の典型的な記事を、もうひとつ発見しました。

「海外勢や一握りの富裕層だけの話だ」…日経平均バブル超え、届かぬ恩恵「株価上がっても変わらない」

―――2024/03/10 16:30付 Yahoo!ニュースより【読売新聞オンライン配信】

リンク先記事も同様に、「株高だが物価高も続きそれに見合う賃上げは実現していない」とする主張です。

記事の内容もいろいろとツッコミどころだらけです。

  • 「ホテル前で客待ちをしていたタクシー運転手の70歳代男性」は「企業の経費削減などでビジネス利用の客が減り、運賃の値上げもあって一般客も乗り控えしていると感じる」と述べた
  • 「飲食店を営む69歳女性」は「原材料費が高止まりし、つらい」「一部のメニューを50円値上げした際に客から厳しい声があり、物価を価格に反映できない中、どう経営していけばよいのか」と悩む
  • 「アパレル店員の66歳女性」は「賃金は変わらないのに物価は上がって、生活が大変」「特にロシアのウクライナ侵略後は食費が1.5倍ほどになった印象だ」と話す

この手の「生活が苦しくなった」とする声を取り上げるのも結構ですが、「客からの厳しい声」があろうがなかろうが、メニューの値上げが必要ならば、値上げしなければなりませんし、自身の責任で経営している以上、値上げできなくて「どう経営すれば良いのか」と悩むのは筋違いです。

また、「不動産業を営む75歳男性」は「バブルの頃は土地も建物もかなり高い値段で売れ、浮かれるくらいの景気だったが、今はどんなにいい土地でも当時の10分の1ほど」とため息をついたそうですが、これも「好景気」と「単なるバブル経済」の区別がついていないだけのことでしょう。

ただ、これらの「悪い株高」論に共通するのは、経済記事でありながら、記者の経済に関する知識の片鱗が見えてこないことです。

「金融政策の目標は為替コントロールではなく物価対策にある」、「経済には先行指数、一致指数、遅行指数がある」といった基本的な知識を踏まえておけば、「現在は物価上昇が先行していて生活が苦しくなっている人が多いが、いずれこのギャップは解消される」、と予測がつきそうなものです。

新聞社がなぜ、この手の「日本経済ネガティブ論」を好むのかについてはよくわかりませんが、「日本経済が悪いこと」が新聞社の商売につながるという事情でもあるのでしょうか?

新聞業界の自己投影

ただ、先日の『ネット広告が成長:新聞とテレビの広告費はさらに低下』でも取り上げたとおり、広告業界でも好景気のためか、総広告費が増えているにも関わらず、新聞、折込、テレビなどの広告費はマイナス成長が続いています。

そのうえ、年初の『「新聞がなくなったら社会に莫大な利益」とする考え方』などでも紹介して来たとおり、一般社団法人日本新聞協会のデータによれば、新聞部数の落ち込みには歯止めがかかりません。早ければ今年か来年あたりに、まずは夕刊の廃止ラッシュが到来することでしょう。

その意味で、「悪い円安」論や「悪い株高」論は、自分たちの業界の暗い先行きを痛感している新聞業界の人たちによる自己投影――すなわち、彼ら自身が見ている幻覚のようなものなのかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (24)

  • 経済団体の代理人として作文代筆している大手町の新聞記者たちには、日本の未来を語る素養も能力もありません。

  • リベラル野党やマスコミは日本を貶める記事が大好きです。
    老夫婦とロバ理論を使って何をやっても叩きます。
    正直理由はさっぱり分かりませんが
    日本人が苦しんでいることに愉悦を感じているのではないかとしか思えない時があります。
    言いたい言葉ではないですがそうした層はただの反日勢力では?と思ってしまいます。

    願わくば論理的に問題を指摘する識者が増えることですが無理だろうなと諦め気味です。

    • 新聞編集部は毒吐き作文でしか自己存在を主張できなくなったのです。
      涅槃への解脱(げだつ)が近づいているのか。

  • 悪い株高論の記事内にあるような、個人の感想を社会的なものだと錯覚させるような手法はリベラルが編み出したものだそうですね。
    それが社会においてどれほどの割合なのかというデータではなく、また経営が苦しいなどというのも数字を示すわけではなく、個人の感じたことを重要視して広く喧伝します。

    なお、実際にそういう事例があったのか、その後どうなったのかの情報はデータを重要視しないために存在しません。
    つまり未確認被害者的な存在ですので、記事を書く側にとっては便利な手法でしょう。
    ただし、これを一般の人まで真似し始めると、未確認新聞被害者や未確認テレビ被害者、芸能人による未確認性被害者などが生まれてしまうのですが…。

    やはり物事を記事にするのであれば、あの人がこう言ってたから、ではなく根拠が必要なのではないでしょうか。
    今回の例であれば、株高でどれだけの企業の経営が悪化したのかという数字と、その関連性を示す根拠が欲しいところです。

  • >「株価高騰の恩恵は届いていない」との声も聞かれる。
    株を買わないの人への恩恵はず~~~と後になるね。

    この記事読んでて書いてる記者の未熟を感じるね。新人なのかも。

  • 株やってる人がこの記事読んだ時の反応は:
    「うるせぇな! 横からごちゃごちゃ言いやがって!」
    といったところかな。

  • 私の実感ですが、給料は上がりそうな気配あるものの、これからな感じ。ただ、投資したものが思わぬ利益を出しており、一部引き出して旅行などレジャーを楽しめる状況。
    たびたび益出ししてるのに、証券会社にある金融資産総額はどんどん増えてくる。

    ある程度のインフレを容認するからには、インフレヘッジになるような金融資産を持つべきです。そう思い投資してました。間違えてなかった。

  • 極端な例だけを出して全体を語ろう(騙ろう)とする手法で記事書いてるから相手にされなくなるのだ。
    ネットのおかげで国民全体の知識レベルがあがり、こんな記事はバカにされるだけ。

  • 世代間交流とか知見の共有にどこの職場も失敗続けているのでステレオタイプな通俗教養のような言説、文章しか書けない。分かっていないのは新聞記者のほうだ。

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