本稿では久しぶりに、日本経済の基本的な姿を確認しておきたいと思います。現在の日本は貿易赤字国ですが、その理由は大きく、原発操業停止に伴う鉱物性燃料(石油、石炭、LNGなど)の輸入の急増に加え、中国などからの「最終消費財」の輸入が増えていることにあります。ただ、それと同時に経常収支ベースで見ると、利息・配当金の受取や旅行収支のプラスなどで莫大な経常黒字を計上しているという事情も無視できません。「いまのところ」、日本経済は貿易赤字でもまったく問題ないのです(原発再稼働・新増設を遅らせて良いという話ではありませんが…)。
目次
ずいぶんと大きな赤字
1980年代から90年代にかけての「輸出大国・ニッポン」を知る人にとっては、現在の日本が貿易赤字国であるという事実は衝撃的なものかもしれません。
財務省が公表する『普通貿易統計』によると、2023年における貿易高は、輸出額が100兆8817億円、輸入額が110兆1711億円で、貿易収支(ここでは便宜上、「輸出額-輸入額」)は9兆4502億円の赤字でした。
ずいぶんと大きな赤字に見えます。
これに関し、一般的には「東日本大震災と福島第一原発事故を受け、民主党政権下で原発の運転が止まって以降、、石油・石炭・LNGなどの輸入が激増し、日本は貿易赤字体質に転落した」、などと指摘されることが多いのは事実でしょう。
2011年以降、日本は貿易赤字体質が定着
では、実際のところはどうなのでしょうか。
図表1は財務省の貿易統計をもとに、この25年間の輸出額・輸入額とその収支をグラフ化したものです(※ただし、輸出額と輸入額は左軸に、収支は右軸に、それぞれ示しており、左軸と右軸の縮尺が5倍異なっている点にはご注意ください)。
図表1 日本の輸出入額と収支の推移
(【出所】財務省貿易統計『国別総額表』データをもとに作成)
これによると、たしかに1998年以降で見て、日本が初めて貿易赤字に転落したのは2011年のことです。ちなみにその時点の輸出額は65兆5465億円、輸入額は68兆1112億円で、差し引きの貿易赤字額は2兆5647億円でした。
また、貿易赤字額はその後も増え、2012年は6兆9411億円、2013年は11兆4684億円、そして2014年はなんと12兆8161億円にまで増大しているわけですが、時期的に考えて、「貿易赤字の原因は、原発再稼働の停止にある」、と結論付けやすいのです。
鉱物性燃料の輸入が収支を圧迫
ただ、現実問題として、日本の貿易収支構造は、そこまで単純なものではありません。
もちろん、日本が構造的に貿易赤字状態に転落してしまった大きな要因に、鉱物性燃料(石油、石炭、LNG等)の輸入が増大している、というものがあることは間違いありません。
図表2は、図表1に示した輸入額を「鉱物性燃料」とそれ以外に分けたうえで、鉱物性燃料の輸入額がゼロだったと仮定したときの貿易収支をあわせて示したものです。
図表2 日本の輸出入額に与える鉱物性燃料の影響
(【出所】財務省貿易統計『国別総額表』データをもとに作成)
これで見ると明らかなとおり、仮に鉱物性燃料の輸入額がゼロだった場合には、日本は少なくとも2001年以降、貿易収支がマイナスになることはなく、また、鉱物性燃料の輸入額が実際の半分だった場合も、貿易収支は2022年を除き、マイナスになることはなかった、という試算結果が出てきます。
もちろん、鉱物性燃料の輸入額がゼロないしは現実の半額だった、といった前提は、非現実的なシナリオではあります。
しかし、鉱物性燃料の輸入が日本の貿易収支を押し下げていることは間違いなく、その意味において、「2011年以降、多くの原発が運転を停止したこと」が、日本の貿易収支悪化の重要な要因のひとつであることもまた間違いないといえるでしょう。
無視できない「中国要因」
ただ、議論がここで終わってしまうと、面白くありません。
もう1度、図表1を見ていただきたいと思います。
図表再掲
これによると、たしかに貿易収支の赤字が始まったのが2011年であることがわかるのですが、それ以前の、たとえば2008年の段階で、すでに貿易黒字が非常に少なくなっていることにも気づきます。
そのヒントは、対中貿易にあるのではないでしょうか。
図表3は、中国との貿易額、貿易収支の推移をグラフ化したものです。
図表3 日本の輸出入額と収支の推移(対中国)
(【出所】財務省貿易統計『国別総額表』データをもとに作成)
これによると、中国に対する貿易赤字のピークは、まず2005年ごろ、続いて2015年ごろ、そして最近、と、だいたい3つのタイミングで到来していることがわかります。
そして、中国との貿易額(2023年時点で24兆4177億円)のうちの輸入概況品目に関していえば、その主要品目は通信機(スマートフォンなど)や事務用機器(PCなど)、衣類、家電、雑貨などの最終消費財が中心であることがわかります(図表4)。
図表4 対中輸入額(2023年)
品目 | 金額 | 構成割合 |
合計 | 24兆4177億円 | 100.00% |
1位:機械類及び輸送用機器 | 12兆5313億円 | 51.32% |
うち通信機 | 2兆8679億円 | 11.75% |
うち事務用機器 | 2兆2109億円 | 9.05% |
うち音響・映像機器(含部品) | 9889億円 | 4.05% |
うち重電機器 | 6035億円 | 2.47% |
2位:雑製品 | 5兆2004億円 | 21.30% |
うちメリヤス編み及びクロセ編み衣類 | 9285億円 | 3.80% |
うち衣類 | 6741億円 | 2.76% |
うちがん具及び遊戯用具 | 6706億円 | 2.75% |
3位:原料別製品 | 2兆8374億円 | 11.62% |
4位:化学製品 | 1兆9239億円 | 7.88% |
5位:食料品及び動物 | 1兆1450億円 | 4.69% |
(【出所】普通貿易統計データをもとに作成)
すなわち、もしも民主党政権時代の「原発操業全面停止」という政治的イベントがなかったとしても、中国などからの「最終製品」の輸入が増えていたことで、どのみち日本の貿易収支は悪化していた可能性がある、という仮説が成り立つのです。
川上産業が残った日本、経常収支は大幅なプラス
結局のところ、日本のデフレ期、あるいは「失われた30年」をもたらしたのは、外部的なデフレ圧力としての「中国要因」が大きいのではないでしょうか。
そして、この中国要因――すなわち、日本の「川下産業」がこぞって中国などに移転し、それにより日本が最終製品の輸出国から輸入国に転落したこと――は、デフレ圧力として機能しただけでなく、貿易収支を大きく悪化させるのに寄与している、という実態が見えてきます。
ただし、現在の日本が「製造立国」ではなくなった、ということではありません。そもそも現在の日本では、最終製品に近い工程である「川下産業」がずいぶんと廃れているフシがあるものの、「川上産業」については依然としてガッチリと国内に保持しているからです。
実際、自動車などを別とすれば、日本の輸出品目に占める「最終消費財」の割合は、さほど多くありません。半導体製造装置、化合物、鉄鋼フラットロール、科学光学機器など、装置や半製品といった「モノを作るためのモノ」が輸出品目の中心を占めているのです。
いわば、日本の産業は海外に作った子会社や海外の合弁会社などを通じて製品を生産し、それをさらに欧米諸国などに輸出するという、一種の「迂回貿易」で儲けている、という構造にあります。そのヒントは、貿易統計ではなく、経常収支統計で見ることができます(図表5)。
図表5 日本の経常収支推移
(【出所】財務省『国際収支の推移』データをもとに作成)
連結ベースの製造業経営に強い金融業
財務省のデータによると2023年の経常収支黒字は20兆6297億円で、これは過去5番目に大きな水準ですが、驚くのはそれだけではありません。第一次所得収支に限定すれば34兆5574億円の黒字で、これは2022年の34兆4622億円を上回り、過去最大でした。
すなわち、現在の日本経済は、「自分の国で直接、最終製品を組み立てて外貨を稼いでいる」というわけではなく、どちらかといえば、「中国や韓国、台湾、ASEAN諸国といった協力国」にモノを作らせて、それを欧米に輸出して儲けた利益を配当などのかたちで吸い出している、という構図が見えてくるのです。
このように考えていくと、現在の日本は、事実上、製造業に関しては「モノづくり」で稼いでいるというよりも、「海外子会社に製品を作らせて、その利益を配当で吸い上げる」という、「連結ベース経営」が成り立っているようなものでしょう。
実際、日本国内で現金が有り余っていて、有望な投資先がなかったという事情もあり、現在の日本は「世界最大の債権国」となっています。
『日本の国際与信で「ASEAN>中韓」の傾向が強まる』などを含めてこれまでにずいぶんと指摘して来たとおり、国際与信統計で見れば、日本の金融機関の対外与信は米国や英国などを抜いて世界最大である(しかも8年連続)、という事情があります。
このあたりは、現在の日本が、じつは過去に稼いだ財産(対外資産:とくに対外直接投資や対外証券投資)をしっかり運用し、それを大きく育てて来たという実績が、大きく関係しているのです。
(ついでにいえば、最近はサービス収支のうちの「旅行収支」がプラスになっているようですが、この点については機会があれば別稿にて取り上げたいと思います。)
もちろん、現在のような「鉱物性燃料の輸入で貿易収支は大赤字」、という状況は早期に解消されるべきでしょうし、稼働できる原発の再稼働と並んで、次世代型の原子炉を含めた原発の新増設が推進されるべきです。
ただ、現在の日本は貿易赤字状態にもかかわらず、そこまでの緊迫感がないのは、利息・配当を通じて経常収支のプラスを維持しているという事情も関係しているのかもしれません。
いずれにせよ、現在の日本経済は貿易赤字状態であっても、「いまのところ」はまったく問題ないと考えておいて良いでしょう(※もっとも、だからといって「原発再稼働や新増設などをいつまでも遅らせても良い」、という話ではありませんが…)。
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>日本国内で現金が有り余っていて、有望な投資先がなかったという事情
「有望な投資先がなかったという事情」については、現在の賃金問題にもつながるし、まじめな考察が必要かと。
ご指摘、同意いたします。
社員に雌伏忍従を強いてきたのは会社だけではありません。社会全体がそうなってしまっている。こんな思いをして働かないといけないのか、生きていかねばならないのか。そしてメンタルストレスが「弱いところ・弱いやつ」に集中する。寒さが緩み暖かくなって自死事件が増えると当方は懸念しています。そのうちのいくつかは巻き添え殺人を伴うと容易に予測できます。家族に対する暴行事件も今以上に悪化するかも知れません。心の歪み心の捻じれを見ないふりしてはいけないのです。
いまのところ、に、「」が付いているのが、意味深。
『一種の「迂回貿易」で儲けている』
「鵜飼貿易」という感じでしょうか。
年金生活に似てないか。
年金収入だけじゃ赤字基調。配当収入がありがたい。
しきりに喧伝される2024年問題は政府プロパガンダです。
新たな二級市民階級を作って楽な年金生活を続けたいと願ってやまない勢力がいる。
金融資産倍増プロパガンダ、それもまったく同源と当方は判断しています。
>中国との貿易額(2023年時点で24兆4177億円)のうちの輸入概況品目に関していえば、その主要品目は通信機(スマートフォンなど)や事務用機器(PCなど)
iPhone は中国の鴻海精密工業で作って日本に輸出しているが会社は台湾籍、製品はアメリカ発、部品は日本、韓国製。中国には組立賃が残るだけでは?
億単位の製造能力を発揮できるのはいまところ中国工場しかありません。
Designed by Apple in California これでアメリカは何の問題も感じてはいない。日本国が同じ方向性を目指すかどうかはまだちょっと分からないと考えています。そうならないかも知れない。自分の頭で考え自分の手で作るのはとても楽しい人生であり、日本人はそれを愛して止まないからです。
>実際、日本国内で現金が有り余っていて、有望な投資先がなかったという事情もあり、現在の日本は「世界最大の債権国」となっています。
そんな「事情」の原因って、やっぱり「みんながみんな、自分の懐から出て行くお金を減らす事ばかり優先して、デフレスパイラルに陥ったから」って事であってるんでしょうかね?
で、市中で余っているお金を日本政府が上手い事回収して日本社会の底上げに回す事を妨害したのが財務省で。
>日本の産業は海外に作った子会社や海外の合弁会社などを通じて製品を生産し、それをさらに欧米諸国などに輸出するという、一種の「迂回貿易」で儲けている、という構造にあります。
タイには日本の自動車メーカーの集積地があるが、タイ国内で売るばかりでなく東南アジア、中東に輸出している。この輸出などは日本の貿易統計には出てこないだろう。しっかり儲けて日本に配当してもらいたいものだが、現地で成長していると配当などしていないで投資するという決断になるかもしれない。
前にも書いたけど
日本郵船、商船三井、川崎汽船3社のコンテナ事業を集めたシンガポール拠点の合弁会社One(Ocean Network Express)の純利益が2年続けて2兆円超。
日本に配当しているようだが、この会社が将来のためにもっと船が欲しいということになれば配当せずに投資するのだろう。
ナイスです。当方は sqsq さまの本質を見抜く視点にいつも感服しています。
タイが完成車輸出で儲けている件、どうしてそうなっているのか。理由の全部ではありませんが、例えば対豪州関係にあってはこんな前座「事件」がありました。
自動車など輸送機械の自国生産増はどの国でも夢見る未来です。テクノクラートが育成を試みますがうまく行かない途上国産業未熟国も多い。豪州は何年も昔に政策変更して自動車の自国内生産優遇方針を断念しましました。ものにならないと認めたのです。それで潤ったのがタイです。かくして日本の鵜飼産業は新たな市場を獲得したということらしいのです。
川上は川下を支配しているのか、それとも川下へ納品する下請けか?
どちらにせよ、稼げているかが肝要で、川上の方が利益が少ない(1人当たりGDPが小さい)、ではいけない。
そこそこ良い製品を作っている製造業者が販路を持ってないので販売を商社に丸投げする。そうすると大きく儲けるのはたいてい商社と相場が決まっている。
このサイトの記事は、最近、内容と表題がズレているのを気付いていますか?
内容は、現実に沿った冷静なものですが、表題は、このサイトの読者受けする少し極だったままですが。
サイト主様も変わって来て、冷静で客観的で現実的なものの見方が出来るようになったようです。
コメントされる方々は、相変わらずですが。
日本経済は、1895年のプラザ合意以後の円高不況と、民主党政権時代の超円高という試練を、製造拠点の海外移転という形で耐えてきたという事でしょう。
今のところ、アメリカやEUの利上げに伴う円安で小康状態ですが、この機会に競争力のある商品やサービスの向上、あるいは人手不足に対応するための省力化投資など、生産性の向上に取り組む必要があります。
特に中小企業の再編や効率化を促進する制度や税制が必要ではないでしょうか?
「よくがんばったで賞」制度を通じて、高齢経営者の円満退場と事業納得清算推進を通じて経済活動を活性化するのがいいと考えて来ました。こうゆう査定こそ地方中小銀行が企業成績をよく了解しているはずなのですが、共犯関係がばれるから「いやどす」なのか。
×1895年
〇1985年
1895年は、日清戦争に勝利し、清国との間に下関条約が結ばれた年ですね。
同時に朝鮮の独立が承認されましたが、1910年に「大韓帝国」は日本に併合されてしまいます。
太平洋戦争へと続く曲がり角の時代でした。