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今度はドラマで原作改変…不祥事は日テレの体質問題か

日本テレビといえば、看板番組『24時間テレビ』を巡る「系列放送局による募金横領」でも知られていますが、ここに新たな問題も浮上したようです。とあるドラマを巡り、原作者との約束を破って内容を改変した疑いが出てきました。しかも原作者の方は29日、自ら命を絶ったとみられる状況で発見されたとのことです。日本テレビ側は、少なくとも原作者の方の生前の主張には答える義務があると思うのですが、いかがでしょうか。

2024/01/30 12:34追記

本人のお名前の伏字が漏れている箇所がありましたので修正しています。

募金横領事件でダンマリ決め込む日本テレビ

以前の『募金横領と「系列局会長の引責辞任」を報じない日テレ』を含め、しばしば取り上げてきたとおり、日本テレビの看板番組のひとつ『24時間テレビ 愛は地球を救う』の募金を巡って、系列局である日本海テレビで幹部職員による長年にわたる横領が発生していたことが昨年、判明しました。

ただ、著者自身が見たところ、現時点までに日本テレビがこの問題について、公式に何らかのコメントをしたという事実は見当たりません。

いちおう、『公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会』のウェブサイトを閲覧すると、目立たないように、『お詫び』と題し、本件に関する釈明が小さく掲載されていますが、それだけです。日本テレビウェブサイトトップページ、日テレ『24時間テレビ』番組ホームページを見ても、本件についてはまったく触れられていません。

それどころか、驚いた話がもうひとつあるとすれば、不祥事を起こした株式会社日本海テレビ自身の対応でしょう。

日本海テレビのウェブサイトについては、少なくとも昨年末時点では、トップページに昨年11月28日付で公式に公表したプレスリリースへのリンクが目立つところに明示されていたのですが、現時点で同社ウェブサイトを開くと、このリンクがトップページからは消滅しているのです。

まさかとは思うのですが、日本海テレビは視聴者や募金者への「お詫び」はもう済んだとでも勘違いしているのでしょうか?

このあたり、今から20年近く前の2005年4月25日に福知山線事故を発生させたJR西日本は、現在でもトップページで当時の列車事故のページへのリンクを示し続けているのとは対照的です。

もちろん、列車脱線事故と募金の着服事件を同列に比較するのはおかしい、といった指摘はあるかもしれませんが、少なくとも募金という多くの方々の善意を着服し、それを飲み代やギャンブルなどに浪費したとされる事件が社会に与えた衝撃は甚大と言わざるを得ないでしょう。

すでにサジェスト影響が進行中

こうした日テレやそのグループの「体質」は、なかなかに深刻です。

一般社会通念に照らし、自社が発生させた不祥事にダンマリを決め込み続けること自体が、世間一般の常識に照らして多くの人に違和感を覚えさせますし、なにより企業で何らかの不祥事が発覚した場合、日テレを含めたマスメディアが舌鋒鋭くこれらの企業を批判したり、取材したりするわけです。

自分たちが不祥事を特権的に追及する立場にある一方、自分たちは説明責任を果たさない、といった態度だと、なかなかに世の中からの理解は得られないのではないでしょうか。

なお、メディアがいくら「報道しない自由」を使ったとしても、最近だとそれを隠しおおせるというものではありません。

たとえば最近、検索エンジンでは「サジェスト機能」が実装されており、「24時間テレビ」、あるいは「24じかんて」などと入力すれば、「着服」などのキーワードが表示されることもあります(図表。ただし、表示するブラウザ等の設定や検索履歴、検索時期などに応じて変化するようです)。

図表 検索エンジンで「24じかんて」と入力した結果の例

(【出所】https://www.google.co.jp/の検索ボックスで2024/01/04 11:30頃に実施した結果のスクリーン・ショット)

検索エンジンのアルゴリズムの詳細についてはよくわかりませんが、想像するに、世間一般では「24時間テレビに募金してもどうせ着服される」、などと思っている人が増えているからこそ、このような結果が表示されているのかもしれません。

(※なお、くれぐれも検索エンジンで「うそのしんぶん」などと検索したりしないでください。)

いずれにせよ、『24時間テレビ』が番組として、あるいは日本テレビ(やその系列局)が社・グループとして、この募金着服事件について何らかの公式コメントを発したわけではなく、したがって日本テレビがこの事件をどう考えているのかはよくわかりません。

ただ、現時点に至るまで何らコメントが出て来ていないという事実自体が、日本テレビという会社の体質を象徴しているのではないでしょうか。

ドラマ原作者の漫画家、が自ら命絶ったか

こうしたなかで、大変痛ましい事件が発生しました。

すでに複数のメディアが報じている通り、漫画家の女性(50)が29日、栃木県日光市内で亡くなったのだそうであり、状況から見て自ら命を絶った可能性が濃厚とみられているのだそうです。

これについては報道よりも、ご本人のブログ(※削除済み)のアーカイブを読むのが早いかもしれません。

これによると、彼女の作品を日本テレビが実写ドラマ化し、全10話が放送されたのだそうですが、このうちの第9話と第10話について、原作者自らが脚本を書いたことが明らかにされています。

そもそもこの漫画自体、まだ連載中であり、作者自身がまだマンガの結末を定めていないことから、「ドラマ化するならば必ず原作に忠実にしてほしい」、というリクエストが原作者側からなされました。また、原作者や編集者らは、ドラマの放送が終了するまで、脚本家とはただの一度も会ったことがなかったのだそうです。

  • まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさないよう、原作者があらすじからセリフまで用意する」。
  • 原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたいので、ドラマオリジナル部分については、原作者が用意したものを、そのまま脚本化していただける方を想定していただく必要や、場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある」。

原作者側はこうした条件を設定し、小学館を通じて日本テレビ側に伝達し、日本テレビ側と合意が取れたためにドラマをスタートしたものの、毎回、漫画を大きく改編したプロットや脚本が提出されたのだそうです。

「漫画で敢えてセオリーを外して描いた展開を、よくある王道の展開に変えられてしまう」、「個性の強い各キャラクターは原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される」、「原作者が作品の核として大切に描いたシーンは大幅にカットや削除される」、といった具合です。

他にも、原作者と小学館を通じた日テレ側とのやり取りを見ていると、思わず頭が痛くなるものばかりです。

肝心の日テレ側の報道は?

もちろん、これはあくまでも原作者の側からの視点であり、日テレ側にはそれなりの言い分もあるのかもしれませんが、それにしてもお粗末です。

とりわけ、日テレ側の当初脚本には作品の核となるベリーダンスの表現の間違いも多く、ベリーダンス監修者との連携もろくに取れていないことが「手に取るようにわかった」、などとする記述を読むと、原作品に対する敬意のなさもさることながら、当初の約束を守らないテレビ局の傲慢さが伺えます。

いずれにせよ、本件については現在進行形の話でもあり、現段階で「日テレ側に過失があった」と断言するには少し慎重であるべきですが、ただ、日テレという企業の「体質」に照らすならば、今回の件も日テレ側からのきちんとした釈明が欲しいところです。

ところが、肝心の日テレが報じた記事が、これです。

漫画家・●●●●●さんが死亡 「●●●●●●●●」など連載

―――2024年1月29日 17:50付 日テレNEWSより

(※なお、記事タイトルには実名や作品名が含まれていますが、当ウェブサイトのポリシーにより、これらについては伏字に改変しています。)

日テレは「先週26日に自身のSNSでドラマの9話・10話の脚本を自ら担当した経緯を明らかにしていた」、「28日になって経緯のコメントを削除し、『攻撃したかったわけじゃない』『ごめんなさい』というコメントだけを残していた」、などと記述。

日テレのコメントはなかなかに強烈

そのうえで、日本テレビ側のこんなコメントを報じています。

●●●●●さんの訃報に接し、哀悼の意を表するとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。2023年10月期の日曜ドラマ『●●●●●●●●』につきまして日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である●●さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。本作品の制作にご尽力いただいた芦原さんには感謝しております」。

なかなかに、強烈です。日テレは原作者の側の主張になにひとつまともに答えていないどころか、謝罪のヒトコトもなく、それどころか、まるで自分たちには過失がまったくないかのような言い分です。

現に原作者が第9話と第10話の脚本を担当したという事実があるのですから、さすがにこれには無理がりますし、また、日テレ側は少なくとも原作者の見解に応える義務があるように思えてならないのですが、いかがでしょうか。

新宿会計士:

View Comments (42)

  • 最後の日テレのコメント部分で、原作者の方のお名前の伏字への変換が漏れているところがあります。

    余計なお節介ですみません。

    • 匿名のコメント主様

      大変ありがとうございます。ご指摘、とても助かります。

    • すみません、最後のコメントの最後のほうで、もう一箇所、伏せ字漏れがあるようです。

  • 毎度、ばかばかしいお話を。
    日テレ:「大事にしないように、上手く対処しなかったプロデューサーが悪い。そのプロデューサーを守らなかった制作会社が悪い」
    今回の件も、「制作会社が、制作会社が」と何故か言うのでしょうか。

  • テレビ局特有の上から目線
    お前の脚本を使ってやってるんだぞ
    という傲慢な姿勢に憤りを感じます。

    本来であれば原作を貸していただくという謙虚な気持ちが必要になるのでしょうが、そうした姿勢は話題になってる上位スタッフ陣からは感じられません。

    もちろん原作を尊重して作品を作る制作者もおり、そうした作品の方が評価が高いとなれば
    自ずと原作者の意志を尊重するべきです。

    ジャニーズ含めて実写関係の病巣は深いと思います。

  • このニュースは本当に酷い。
    どちらの言い分が正しいのかはわかりませんが、常識的に考えて原作者の言い分のほうがスジが通ってます。
    だいたいのあらましは以下の通り。

    脚本家が1−8話は自分がかいた。
    評判の悪い9、10話は原作者がねじ込んできたので自分は無関係です。
    と、原作者が自己顕示欲のため無理矢理脚本をねじ込んだような表現となってます。
    で、原作者はそれに対しての反論を小学館と事実関係を照らし合わせたうえで発表。
    内容は
    あらすじ、セリフは極力かえない。脚本をこちらで手直しします。漫画自体完結してないのでドラマオリジナルはこちらのストーリーをキチンと脚本に落とし込める方にお願いしたい。
    それが無理ならドラマ化自体なくなっても構わない。
    で、OK貰ったのに出てくる脚本全てが漫画からかけ離れたのが提出。
    8話までは漫画家自身が手直しする。で、ドラマオリジナルの9,10話も自分の出したのとはかけ離れたのが出てきた。
    時間ないので9.10話は脚本家にやり直し出来ず慣れない中漫画家自身がかく。
    漫画の締め切りがあるなかかいた9.10話は不評。
    それなのに脚本家が心無いツイートで、それに反論というか事実を告白しただけ。

    自分はこの作者の漫画好きで読んでました。
    が、今回の事件は作者自身の命だけでなく、漫画の中のキャラクターたちの生命も奪いました。

    漫画家の死で連載が終わるのが最近増えてきました。
    が、今回のは防げたというか、ドラマ化さえなければなかった話です。

    もう、漫画のドラマ化を禁止すべきです。
    漫画はアニメ化まで。

    この様な事は今まで何度も何度もありました。
    脚本に漫画家がブチ切れタイトルかえたドラマになったりもあります。
    誰も幸せにならないドラマ化はやめてほしいです。

    • sey gさま

      原作者のブログを読みました。
      事の経緯を分かりやすく、誰かを感情的に攻撃することもない、優れた文章だったと感じました。
      そして、プロデューサーなのか小学館なのか日テレなのか、この中の誰かが原作者の意向を敢えて汲み取らずに話を進めていたように読めました。

      また、件の脚本家は原作クラッシャーとの呼び声高い方らしいので、悲劇は担当した脚本家がこの方だったとの要素もあると感じています。
      ただ脚本家が原作者の意向を知っていたのか知らなかったのか、現段階では不明なので、これ以上は続報を待ちたいです。

      再発防止には原因究明が不可欠です。
      日テレ小学館共に二度と悲劇を繰り返さないと違ったのであれば、原因究明なされるでしょう。

      • 今回の事件の根本は
        “漫画に忠実でなければドラマ化しなくてもよい。”
        という約束のもと
        “原作に忠実でない脚本が毎回提出された事”
        だと思います。
        これが事実なら、脚本を毎回訂正せずに、ドラマ化取りやめでも良かったのです。
        そこを、あえてわざわざ書き直すあたり漫画家の責任感の強さとかがみえます。

        で、漫画の表現とドラマの表現では出来ること出来ないことがあると思うのです。
        なので、漫画家の要望としてはあらすじセリフを変えずに漫画的表現を上手く実写的表現に落とし込める方に脚本をお願いしたと思うのです。
        が、件の脚本家は原作クラッシャーの異名を持つもので、この時点で日テレ側に約束を守る気がサラサラなかったわけです。
        で、日テレ側の思惑ですが契約さえしたらこっちのもの。脚本が出来たら、どんなに原作と違っても作者は黙って認めると考えてたのではないのか。
        が、思惑に反し全ての脚本に漫画家が手直しする事に。
        この時点でドラマ班は面倒くさい作者だなぁ、迷惑だなぁとしか考えてなかったと想像します。
        しかし、契約があるので作者の書き直しは認めざるを得ず、作者の苦労も心の辛さも考えずにいつものやり方を進めていったのではないか。
        真面目に真剣に契約を守る気であれば、書き直しをされた時点で脚本家の交代を検討できたはずです。
        もしくは脚本家に漫画に忠実にしろと要求できたはずです。
        しかし、脚本家は自分たちの仲間。漫画家は敵の様な位置づけになってたのなら、最後まで漫画に忠実でない脚本が出てきたのは当然かも。

        では、脚本家だけが悪いのかというと、そうではありません。
        テレビ側の漫画へのリスペクトがないのが根本にあると思います。
        で、昔はテレビドラマと言えばオリジナルが普通でした。
        昨今は、オリジナルでは企画が通らず、すでに人気のある漫画しか出来ないことが原因の一つです。
        脚本家も漫画の下請けでなく自分で考えたオリジナルドラマが作りたくとも出来ない鬱憤が原作クラッシャーとなって現れるのでしょう。
        かといって、勝手に漫画の内容を自分の思い通りに書き換えるのはプロとしてあるまじき行為です。

        そして、最後に日テレが 私達は契約通りにやったから自分達に原因は全くないよ みたいな声明を出して終わらそうとしてます。
        しかし、何故脚本家が漫画に忠実な脚本をかかなかったのか?それはテレビ側の意志なのか、それとも脚本家のせいなのか?何故漫画に忠実でない脚本をかく脚本家を交代させなかったのか?8.9.10話はドラマオリジナルで漫画家があらすじもセリフも考えたのに全く違う脚本を書いたのは何故か?脚本家のせいなのか?テレビ側がそう指示したのか?
        というところを、一つも全く報じてなく、有耶無耶のまま早く過ぎ去って欲しいという態度が見え見えです。
        そこをキチンと報じない限り、この問題が収まることはないでしょう。

    •  哀悼の意を表します

      >漫画のドラマ化を禁止すべきです。
      極論です
      原作(漫画・小説等)付の映像化(ドラマ・映画・アニメ化等)は
      ①原作のイメージを守るため映像化を許さない
      ②一定の妥協を行う
      ③原作と映像化は別物と考え自由にやらせる
      基本 原作者は3つの選択がある

       発端は脚本家への批難
      脚本家は保身のため責任回避を行う
      原作者は経緯を説明せざるをえない状況になる
      問題は
      ①製作と脚本家・製作と原作者・原作者と脚本家の相違(意思疎通が不十分)
      ②製作と脚本家の力関係(脚本家が我儘をとおした可能性も否定できない)
      ③原作者代理人(小学館)対応の拙さ(原作者を守る対応が不足)
      ④製作の企業体質
      ④については内田康夫氏の「浅見光彦シリーズ」のエナメル靴問題
      ※内田氏の再三の申し入れにも関わらず改善されないので原作引き上げ(経緯の概要は内田氏もエッセイにしている)
      参考
      http://forthemoon.seesaa.net/article/2732427.html

      • 漫画の実写化禁止は極論です。
        解決方法はわんわん様の言うとおりです。
        そして原作クラッシャーは今までもありました。
        あの「ナースのお仕事」も、実は「おたんこナース」という漫画の実写化が、脚本の時点で漫画家の許可がおりず、題名をかえて出てきたものです。
        それでも「ナースのお仕事」は面白いドラマで続編も出来るほどです。

        根本的原因はテレビ側が漫画を下にみてる事です。
        これがなくならない限り同じような事は何度も何度も繰り返されるでしょう。

        おそらく、今後日テレで漫画のドラマ化にOKを出す漫画家が激減するかゼロになるかもしれません。

  • 小学校の教育書に、こんな話があったような。(うろ覚えなので話の骨子だけをご理解ください)。

    ある日、ダンテが街を歩いていると鍛冶屋の店先で、鍛冶屋がダンテの新曲を鼻歌で歌い乍ら、トンチンカンと熱い鉄塊を叩いて鍛えていた。その鼻歌の調子がとても酷いので、ダンテは、その赤い熱い鉄塊を足蹴にして、鍛冶屋を怒鳴りつけた。
    そうすると、鍛冶屋は、人の造っているもの(著作物)を足蹴にするとは何だ!と猛然と怒った。
    すると、ダンテは、「おまえだって自分の造っているものをこんな風に足蹴にされたら怒るだろう。おまえは、わたしの作った曲を、そんな風に鼻歌で酷い調子で歌っている、しかも、トンチンカン、と。おまえのやったことは、おまえの造っている鉄塊を、わたしが足蹴にしたのと同じことなのだ。」と、一喝した。
    すると、鍛冶屋は、それは本当に悪かった、と心から謝った、と。
    その時の授業の主旨は、他人の著作物には敬意を持ちなさい、ということだったと思う。この事は、今日まで深く心に残っている。
    日テレの社員や幹部は、小学校を出ているのだろうか?
    又、中世の鍛冶屋よりも理解力が乏しく、又、誤りを認めて謝る謙虚さもないようだ。

  • しろくまカフェ問題など小学館が著作者を守らないのは今に始まったことではありませんし
    日テレで名探偵コナンや葬送のフリーレンのアニメ放映もしている以上
    日テレ以上に小学館側が早々に手打ちにして仕舞でしょう。残念ながら。

    • 現状日テレがやたら叩かれてます(さもありなんとは思います)けど、もう一つ間に入っていた筈の小学館もかなり怪しいと個人的に思いますね。
      どちらも金のことしか頭になくて、原作者の事は二の次どころか何も考えてないかもしれません。憶測ですが。

  • 本題は痛ましいだけでなく日本社会の社会正義を守るための構造として由々しき問題だと思います
    他のメディアが絡む様々な問題も一緒ですが、本質的に経済の仕組みの中で弱い立場の人間の権利が守られない仕組みとなっている
    さらにはそこで強い立場の人間が説明を放棄し報道しない自由を行使する
    一切の社会的責任を果たさないことが当たり前になっている
    構図が、日本のソフトパワーの源泉となる才能溢れる人間が、たいした才能もないくせに、社会的な既得権益を持つ団体に属するだけの凡人のために潰されてしまう
    こんな仕組みでは国益を大きく損ねてしまうと思いますね

  • フジテレビの別のドラマでも原作を大幅に改悪した脚本家風情ですからねこの人・・・。小学館が作者への痛ましさより日テレ寄りのコメントをしたのといい憤懣やるせません。

    • 自分もそう思いました。
      もっと作者側によったコメント出すと思ってました。
      おそらく、コナンで儲かってるから日テレと争いたくないと、穿った見方されても仕方ないと思います。

  • 民放である以上スポンサーがいるはず。
    スポンサーなしでは(金が出ず)何も進まないはず。
    スポンサーに企画を持ち込むのは通常は広告代理店じゃないのか?

  • これからは、契約には、法的代理人、つまり、弁護士を介在させることが必要ですね。
    そうすると、契約そのものを嫌がるでしょうけれど、それで嫌がるような契約厳守意識のない相手とは、取り引きしないという強い気持ちがないとやっていけない業界なのかもしれませんね。

    • 原作を利用するときにそもそもちゃんと契約をしているのか気になります。
      契約書がない単なる口約束では、破られても何ら対抗手段がありません。また、素人が気づきにくい、一方的に不利な契約をさせられることもあります。
      まあ、契約違反でも逃げ回ったり、違約金/賠償金を払えばいいんだろと開きなおる相手はいますが。

      • >まあ、契約違反でも逃げ回ったり、違約金/賠償金を払えばいいんだろと開きなおる相手はいますが。

        ついでに、裁判沙汰にして長期戦に持ち込み、相手側の息切れを待って示談に持ち込むっていう「YNKR」方式なんても、

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