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円安スパイラルで日本経済崩壊?単純ではない円安効果

円安が日本に対してもたらす影響は、総合的に見れば、ポジティブなものです。理論的に見れば、輸出競争力の上昇と輸入代替効果の発動、資産効果などを通じ、日本経済には良い影響がもたらされる、というのが理論的な評価ですが、現実問題として法人企業統計で日本企業が過去最高益を更新していること、GDPが600兆円間近になっていることなどを踏まえると、こうした理論的な評価は正しいと考えて良いでしょう。

現在の日本経済にはメリットが多い円安

これまでに当ウェブサイトで何度となくお伝えしてきたとおり、現在の日本経済の実情に照らし、円安が日本経済に対して与える効果は、悪い影響よりも良い影響の方が大きいのが実情です。

いちおう、何度も掲載している(そしてこれからも何度も掲載する予定の)円高・円安のメリット・デメリットに関する図表を再掲しておきましょう(図表)。

図表 円高・円安のメリット・デメリット

©『新宿会計士の政治経済評論』/出所を示したうえでの引用・転載は自由

メリットの中でもとくに大きなものは項目は、①輸出競争力の上昇、②輸入代替効果の発生、そして③資産効果です。

長年続いた円高のせいで、日本の産業はすっかり輸出競争力を失い、いまや日本は「最終製品の輸出大国」ではなくなってしまっているのですが、ただ、幸いにして、半導体製造装置を筆頭に、「モノを作るためのモノづくり」、すなわち基幹産業が残っています。

輸入依存度は20%に満たない

また、輸入品物価が上昇するということは、国内で作った方が安いという品目が出現する、ということを意味しています。アイリスオーヤマの例を挙げるまでもなく、最近では少しずつですが、製造拠点を中国など海外から引きあげる動きも生じています。

もちろん、1年や2年、円安が続いたくらいで、製造業のすべてが日本に戻ってくるという単純なものではありません。企業の設備投資は中・長期的な計画として行われるものですのですし、当面は円安による輸入品物価の上昇に加え、日本国内の供給力不足による製造コスト上昇に悩まされるでしょう。

しかし、そもそも論として日本経済の輸入依存度(輸入額をGDPで割った割合)は20%に満たないレベルですし、また、貿易もすべてがドル建てというわけではなく、財務省統計などによれば、現時点において貿易の約4分の1前後が円建てです。

このように考えていくと、「理論上は」、日本経済にとっては円高よりも円安の方が好ましい、といえます。

日本企業は過去最高益

では、実際のところはどうなのか。

財務省『法人企業統計』によると、現実に日本企業の利益水準は増えており、たとえば「全産業(金融業、保険業を含む)」の「経常利益」合計額は右肩上がりで伸びています。

日本企業の経常利益
  • 2008年…31兆8788億円
  • 2013年…72兆7280億円
  • 2018年…95兆2295億円
  • 2019年…81兆1910億円
  • 2020年…73兆3699億円
  • 2021年…96兆4190億円
  • 2022年…107兆7229億円

(【出所】政府統計の総合窓口『法人企業統計調査 時系列データ 』)

また、日本の名目GDPも、2023年4~6月期において589.5兆円で、成長率も年率11.4%(!)という驚異的なペースです。このペースで伸びていけば、1~2年以内に「GDP600兆円台」も現実のものとなるでしょう。

「円安がさらなる貿易赤字と円安を招く」との主張

いずれにせよ、円安が日本経済にとって、総合的に見て良い影響を与えているという点については、理論だけでなく現実の数値で見てもいくらでも挙げることができるのですが、こうしたなかで非常に困ったことに、円安悲観論はしつこく出て来るようです。

円安がさらなる貿易赤字と円売りを招くカラクリ

―――2023/10/24 5:30付 東洋経済オンラインより

ウェブ評論サイト『東洋経済オンライン』に24日付で掲載された記事によると、円安がさらなる貿易赤字と円安を招く、とする主張が展開されています。

記事では「約10年前から確認される貿易黒字の消滅」について、こう述べます。

  • ①日本企業が海外生産移管を進めたこと
  • ②そもそも日本の輸出品が競争力を喪失したこと
  • ③東日本大震災を契機に原子力発電の稼働が停止したこと(≒結果的に一段と鉱物性燃料輸入に依存する電源構成に切り替わったこと)

この②についてはともかく、①と③についてはそのとおりでしょう。

ただ、リンク先の記事に違和感があるとしたら、ここから次のような結論が導かれることです。

製造業が消え、円安でも輸出は増えない」。

原発再稼働遅れはたしかに日本経済のリスク

大変失礼ながら、貿易統計をちゃんと読み込んでいくと、そのような結論が出てくるというのは、ちょっと理解に苦しむところです。

そもそも論として、リンク先記事の執筆者の方は日本がすでに製造立国ではないと思っておられるようですが、貿易統計上、「機械類及び輸送用機器」の輸出高はGDPの1割を占めている事実を無視すべきではありません。ちょっと残念です。

ちなみにリンク先記事では、「日本企業が現在、製品の輸出だけでなく知的財産権の収入でも潤っている」という事実にも言及されているため、記事の執筆者の方が各種経済統計をすべて無視している、というものではありません。

また、民主党政権時代の東日本大震災以降、主要な原発がほとんど稼働していなかった時期もあり、再生エネルギーが安定電源として不向きであるなどの理由もあって、電気代が高騰していることは事実でしょう。

もちろん、今後の円安の進展次第では、エネルギー価格の高騰が日本経済の足を引っ張る可能性も出てきます(だからこそ、現在の状況だと、日本経済の安定的な運営には原発の再稼働、新増設も必要でもあるのですが)。

いずれにせよ、記事執筆者の方がいう「円安がさらなる円売りのスパイラルをもたらす」が正しいのかどうか、あるいはエネルギー価格上昇の影響がどう出て来るのか、などについては注意が必要ですが、少なくとも現実の日本経済が「円安で崩壊する」といった単純なものではないことだけは間違いないでしょう。

新宿会計士:

View Comments (7)

  • 円安歓迎論では、円安で輸出競争力はあがり、結果、GDPも上がると言われます。確かに、GDPも一人あたりPDPも上昇していますが、世帯収入はちっとも上がっていません。世帯収入は上がらないのに共稼ぎは増えいます。30年前は専業主婦とか結構いたのに、今は嫁が働かないと食ってけないと言う家族が殆どです。おかげて子供も産めなくて少子化が進みました。企業は豊かになったのに、個人は貧しくなったと言う事でしょうか?これって幸せな社会と言えるんでしょうか?

    • 専業主婦減ったのは、夫1人の収入での生活が難しくなったてのもあるとは思いますが、最大の要因は女性の社会進出じゃないでしょうか。あとは核家族化ってのも大きそうな気がします。そもそも専業主婦ってのは、アメリカのホームドラマの影響によるブームという側面もあったのでその収束ってのもありそうですが(専業主婦の割合のピークは日本よりアメリカの方が高かったりします)

      世帯収入に関しては、定年後再雇用で収入が激減したり年金生活になったりの高齢者がどんどん増えていたり、核家族化や単身世帯の増加もあって増加はなかなか難しそうですね。ただ、子持ち世帯の収入は10年で2割増ってのを見た覚えはあります
      103万円の壁問題とかの課題が解消されれば共働き世帯の収入は今後伸びそうではありますね

      • ああーっ、その視点は無かった。

        戦後にウーマンリブ活動をやってた世代の女性(重信ママとか上野千鶴子とか)に、なにか共通の串が通らないかと考えてましたが、
        「専業主婦(ヒマ)の増加」
        は、なんとなくビンゴですわ。

  • 年金生活している老人たちには、
    「円高による物価安」=デフレ
    が、とてもとても魅力的なのでしょうね。

    だから円安を執拗にさげすむ。

    産業が窒息しても、雇用がなくなっても、彼ら彼女らには関係ありませんから。

    新聞もテレビも老人しか買わないし見ないし。
    そりゃそちらに向けた意見があふれますわ。

    困ったことに、投票にも老人しか行かないし。
    そりゃそちらに向けた政策があふれますわ。

    やれやれ。

  • 一つ欠けている点があるとすれば:
    円安で海外子会社が海外で稼ぐ利益の円換算額が膨らんでいるということ。
    海外子会社がもつ1億ドルのキャッシュは円安前なら120億円だが今は150億円だ。
    日本の本社に配当しても使い道がないのだろう。そういう意味で日本企業はかなり国際化していると言えるかもしれない。
    日本企業が海外で雇用する人は500万人を超えているという。国内での雇用なら給料はGDPになるが海外では現地のGDPだ。

  • 円安悲観論はもはや宗教なのか、あるいは「組織」に対する「忠誠の証」なのか?

    頭から完全否定するのも良くないですが、中身を見ると「いやそれはおかしいだろ」と
    突っ込みたくなるパターンばかり。でもこういう記事を書いている人たちって、
    「具体的にどれ位の円ドルレートが丁度いいの?」などと言った質問は受け付けませんからね。