米株安で対外純資産がゼロになるほど脆くない日本経済
米国発の株安で「戦後営々と築き上げてきた経済大国日本」が消えてなくなる――。こんな主張が出てきました。米国の株安ごときで「消えてなくなる」ほど日本経済はやわなものではありませんが、それ以上に、対外直接投資、対外証券投資などの基本的な概念に照らし、さらには資金循環統計などの基礎統計などのデータを検証すると、また違った姿が見えて来るのではないでしょうか。
目次
国の借金論
東京・山手線の駅名を冠した怪しい自称会計士は「金融評論家」を標榜していますが、これは経済のなかの、さらに金融というニッチな分野に着目しているからであり、もし「金融評論」を「経済評論」の一分野と捉えるならば、この怪しい自称会計士も、広い意味では「経済評論家」の端くれなのかもしれません。
こうした立場がら、世の中の「経済評論家」と呼ばれる人たちの主張、提言などを興味深く拝察しているのですが、なかには非常に参考になる意見もある一方で、大変な違和感を覚える記事などに出会うことが多いことも事実です。
この点、著者自身の持論ですが、経済評論にしても金融評論にしても、理論に加え、現実の数字をなにより大事に扱わなければなりません。
たとえば、「日本経済は『国の借金』の負担でいずれ崩壊する」、とする主張があったとしましょう。
これは、「日本の『国の借金』は1200兆円前後にも達している」、「国民1人あたりに換算したら1000万円前後だ」、「山ほどおカネを借りたら返せなくなる」、「だから今のうちに増税をして国の借金を返していかなければならない」、などとする主張です。
経済主体がまったく違う
これの、どこがおかしいのでしょうか。
結論的にいえば、理論も現実の数字も無視しているからです。
そもそも「借金」(?)とやらを負っているのは「国民」ではありません。「日本政府」です。そして、経済理論の基本ですが、「政府の借金」は「国民の借金」ではありません。
閉鎖経済の前提で、一国の経済主体は大きく家計、企業、政府などに別れ、それぞれの主体の金銭債権・債務を合算すると、理論上、両者はピタリと一致します(※ただし、実務上は多少の誤差が生じるため、必ずしも一致するとは限りませんが、これは統計上の誤差をどこまで許容するかという論点です)。
また、日本のような開放経済の国だと、海外との資金のやりとりが発生しているため、家計、企業、政府などの金銭債権と金銭債務の額にズレが生じますが、その差額は海外が日本国内に対して生じている金銭債権債務のズレと、プラスマイナス逆で一致しているのです。
そして、国債を発行している人がいるということは、裏に国債を保有している人がいる、ということです。以下、2023年6月末時点の資金循環統計の数値を確認していきましょう。
現実の数字で見ると…国債は8割以上が国内消化されている
まず、国債を発行するのは政府セクターですが(※厳密にいえば政府だけでなく、資金循環統計上は「公的金融機関」である財政投資資金も広義の国債を発行しています)、国債を保有しているのは日銀、保険・年金基金、預金取扱機関など国内の主体が中心です(図表1)。
図表1 国債の保有主体(2023年6月時点)
主体 | 金額 | 構成割合 |
中央銀行 | 584兆円 | 47.07% |
預金取扱機関 | 129兆円 | 10.45% |
保険・年金基金 | 241兆円 | 19.45% |
社会保障基金 | 50兆円 | 4.02% |
海外 | 181兆円 | 14.61% |
合計 | 1240兆円 | 100.00% |
(【出所】日銀『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトのデータをもとに著者作成)
国債保有者のうち海外投資家は181兆円と全体の14.61%に過ぎず(しかも100兆円以上は国庫短期証券=TDBです)、8割超が国内で消化されています。とくに長期債保有者は国内の投資家が主体であり、言い換えれば、「政府が国民からおカネを借りている」ようなものです。
なお、日銀が半額近くの国債を保有している状況が「マズい」のではないか、などと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながら、この理解も正しくありません。
日銀のバランスシートを見ると、資産側に国債が584兆円に加え、ETFなどが62兆円ほど計上されているのですが、負債側には「日銀預け金」が544兆円計上されています。この「日銀預け金」は預金取扱機関などの、おもに民間金融機関から受け入れている負債です。
ということは、民間金融機関にとっては日銀に対し、同額の資産があるということであり、民間金融機関の負債側を確認すると、1735兆円という巨額の預金が計上されているのです。もちろんその債権者は家計や企業です(ちなみに家計が保有する現金預金は1117兆円、きぎょうが保有する現金預金は359兆円)。
すなわち、日銀は国内における資金的な裏付けをバックにこれらの国債を保有しているのです。
「海外部門に470兆円の差額」の意味
また、先ほども指摘したとおり、日本は開放経済の国ですので、国内の経済主体(家計、企業、政府など)の金銭債権の総額と金銭債務の総額にズレが生じていれば、そのズレは海外部門に同額、貸借逆転して出現するはずです。
図表2は、当ウェブサイトで常々説明している資金循環統計の残高集計です。
図表2 2023年6月末・金融資産・負債の状況
©『新宿会計士の政治経済評論』/出所を示したうえでの引用・転載は自由
レイアウトの都合上、「海外」は図表の右下に表示しているのですが、これで見ると海外部門は負債の方が1009兆円と、資産(538兆円)を、じつに470兆円も上回ってしまっています。
これは、「海外」が「日本国内」に対し、1009兆円の「借金」(?)を負っていて、「海外」が「日本国内」に対して所有している538兆円の資産を差し引いても、なお、純額で470兆円の債務を負っている、ということでもあります。
これが何を意味しているか――。
要するに、日本国全体が外国に対し、470兆円の純資産を持っている、ということです。
ただし、ここでいう「純資産」は、日本が海外に保有している貸出金、外国の国債、株式などの投資と、海外が日本に貸し付けている貸出金、日本国債、株式などの投資の差額が470兆円分ある、という意味で、べつに特定の誰かが470兆円を持っている、という意味ではありませんのでご注意ください。
「百年に一度の大恐慌」で「日本の対外純資産が全消失」!?
そして、このあたりの事情を踏まえて読むと違和感を禁じ得ない記事が出ていたのを発見しました。記事を配信したのはウェブ評論サイト『JBプレス』です。
百年に一度の大恐慌到来で、日本の対外純資産は全消失の危機に
―――2023.10.16付 JBプレスより
ウェブページ換算で8ページ、文字数で9000文字超という長文で、熟読しようとすると心が折れそうになる人もいるかもしれません。
記事タイトルに、「大恐慌で日本の対外純資産が全消失する危機にある」、とあります。
しかし、そのようなタイトルのわりに、記事の中で資金循環統計や国際与信統計などの話はヒトコトも出てきませんし、ましてや国際与信、対外直接投資、対外証券投資などの専門用語もまったく出てきません(リンク先記事の執筆者の方のご経歴を見ると、一流の外資系金融機関などでの職歴もおありのようですが…)。
記事冒頭には、こうあります。
「今の日本は戦後最大の経済危機の入り口にある。/これから起こる米国株大暴落からの世界大恐慌による日本経済への打撃は、バブルの崩壊やリーマンショックの比ではない。/経済大国でいられるのか、それとも急激に『超没落国家』になるのかの分かれ目にある」。
この冒頭の記載だけで、ツッコミどころはいくらでもあります。
また、9000文字超の記事を敢えてやや乱暴に要約すると、「GPIF(年金管理運用独立行政法人)の運用ルールの見直しが5年に1回しかなされないので、その間に米株急落が生じれば、日本の対外資産がなくなってしまう」、といったところでしょう。
ただ、そもそも論として、この記事の前提となる「対外資産」の定義が間違っているので、正直、議論が現実とかみ合っていません。そもそも論として、「対外資産」には、大きく「対外直接投資」やと「対外証券投資」、という違いがあります。
このうち「対外証券投資」(2023年6月末で763兆円)は、たしかに米株が暴落するなどすれば、その分、価値が減ります。しかし、「対外直接投資」(2023年6月末で283兆円)に関しては基本的に海外の工場、子会社など、売却を予定しない資産であり、マーケット(相場変動)と無関係です。。
また、国際与信統計などで断片的に確認すると、その対外証券投資にしたって、米国株式だけでなく、米国債、欧州国債、豪州国債など、さまざまな種類があります。
アセットアロケーション次第で価値がゼロになる…のか?
さらにいえば、GPIFの運用資産の中身は、国内債券、国内株式、海外債券、海外株式がそれぞれだいたい4分の1ずつであり、米「株」の暴落が生じたとしても(また米国発の株安が世界に波及したとしても)、GPIFの運用資産の価値がゼロになるわけではありません。
それに、あくまでも一般論ではありますが、リーマン・ショックなどの金融危機の際にはリスク資産である株式の価値は急落しますが、安全資産とされる債券の価格が上昇するため、ポートフォリオのアロケーションである程度のヘッジ効果が図られているのです。
GPIFなどの機関投資家の資産運営が日本のすべての国富に影響を与えるというのもなかなか無理がある解釈ではありますが、リンク先記事では、末尾にこんな提言がなされています。
「今からすぐに、GPIFの『戦略的アセットアロケーション』を起点とする『日本国民の国富を守る』ための最短最善の『有事即応体制』の構築とトップ以下の人選を『ワンチーム』で行わなければ、戦後営々と築き上げてきた『経済大国日本』は消えてなくなるだろう」。
お言葉ですが、アセットアロケーションの機動化はファンドのリスク管理の在り方として悪い話ではないかもしれませんが、「戦後営々と築き上げてきた経済大国日本」は、アセットアロケーションひとつで消えてしまうほど脆弱なものではありません。
また、運用マネージャーにとっては、「米国の資産を売却する」とした場合に、売却した資金でどこの資産を買うのか、という問題にも直面しますが、この点についても具体的な提言が見当たらないのも気になるところです。
いずれにせよ、経済を論じるならば理論と数字を大事にすべきではないかと思う次第です。
本文は以上です。
日韓関係が特殊なのではなく、韓国が特殊なのだ―――。
— 新宿会計士 (@shinjukuacc) September 22, 2024
そんな日韓関係論を巡って、素晴らしい書籍が出てきた。鈴置高史氏著『韓国消滅』(https://t.co/PKOiMb9a7T)。
日韓関係問題に関心がある人だけでなく、日本人全てに読んでほしい良著。
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名前に見覚えがあって「もしかして」と思って調べたら民主党政権のブレーンで「高速道路無料化」を言ってた人。
静かに消えたかと思っていたが、また騒いでる。
「ミスター破綻」藤巻健史が日本の財政破綻で稼いでいるので、俺もと思ったのかもしれない。
藤巻氏くらいに突き抜けて、ブレないとむしろ尊敬してしまうw
この人、Wikipediaには当時の民主党との関わりが一応書かれているのに対し、
JBプレスにあるプロフィールには民主の字がサッパリ出てきていませんね。
つまりは、「そういう人」なんでしょう。
書いてある事も「アメリカも日本もオワコン!かもね?」と目新しくもないですし。
仮にアメリカと日本両方がオワコンになったら、第二次世界大戦もかくやと言うレベルで
世界中が荒れ放題になると思うんだけどなあ。中国だって欧州だって
メチャクチャになって、覇権争いどころか生存だけで必死になるだろうし。
株価が下がっても債券が上がればリスクヘッジできるんじゃないでしょうか?
信託を受けた投資資金は、債券主体に運用されてると思うんですけどね・・。
紫の髪の人って元気にしてるのかな?