衆院解散・総選挙を巡って、先般より当ウェブサイトでは、「6月解散なら自民党惨敗シナリオは考え辛い」との仮説を提示してきました。しかし、この前提条件は、先週の「解散見送り」で崩れました。それどころか「LGBT法」「少子化対策増税」など、岸田首相は今後、支持率を落とす可能性が高い課題に直面していく可能性すらあります。これに関連し、髙橋洋一氏が「あの時解散していればよかったということになりかねない」と指摘しています。
目次
数字に基づく選挙予測
当ウェブサイトにひとつの「ウリ」があるとしたら、それは「数字に基づく議論」にあります。
当ウェブサイトでは今月、2021年10月や2017年10月の衆議院議員総選挙における現実の選挙データを使いながら、「もしも小選挙区で政党A候補者から政党B候補者にX票が移転した場合、選挙結果はどう動いたか」に関する分析を、ずいぶんと実施しました。
これらについては次のような記事のなかで、さまざまな角度から議論していますので、ご興味があればご確認ください。
- 『数字で見る衆院選:選挙協力解消で自民党58人影響か』(2023/06/01 17:15)
- 『数字で見る衆院選:「維新の大躍進がまだ難しい理由」』(2023/06/02 05:00)
- 『数字で見る衆院選「希望の党が躍進できなかった理由」』(2023/06/07 13:45)
- 『衆院選「維新勝ちすぎシナリオ」をより精緻に検証する』(2023/06/09 12:00)
- 『選挙でカギを握る自民・立民「99人のボーダー議員」』(2023/06/14 12:00)
手前味噌で恐縮ですが、この手の分析、ニューズサイト等ではあまり議論されているものではなさそうですので、是非ともご参照くださると幸いです。
「6月解散」なら自民党惨敗シナリオの可能性は低かった
これらの記事で述べて来た内容をまとめると、「もしも6月に解散が行われ、そのまま総選挙に突入した場合、自民党が大敗を喫する可能性は高くない」、「むしろ『維新タナボタ効果』で自民党は議席を増やす可能性すらある」、というものです。
その理由は簡単で、衆議院議員総選挙では多くの場合、大勢は小選挙区で決まるからです。
小選挙区で勝ち上がってきた議員のうち、第2位の候補者との得票差が2万票未満だった議員を「ボーダー議員」と定義するならば、こうした「ボーダー議員」は自民党が58人と最も多く、続いて立憲民主党が41人、その他政党が16人です。
もしも自民党に逆風が吹いていれば、こうしたボーダー議員の多くが議席を失う可能性もありますし、それらの票が立憲民主党に行けば、自民党大敗、立憲民主党大躍進という可能性もありますが、現実問題として現在、自民党が票を失ったところで、それらの票のすべてが立憲民主党に移動するとは考え辛いところです。
自民党から逃げた票の行き先として、最も可能性が高いのは日本維新の会ですが、その維新にしたって、一部報道等では全289選挙区のうち、候補者選定に間に合うのは120か、せいぜい130選挙区程度です。
仮に自民党と立憲民主党がともに票を失い、それらが日本維新の会の候補などに行ったとしても、失われるのが1~2万票程度であれば、自民党が大敗を喫する可能性は高くありません。そもそも日本維新の会の候補が全選挙区で立候補できていないからです。
それに、むしろ「ボーダー議員」の全議員に対する割合は、自民党よりも立憲民主党の方が高く、大敗を喫する可能性が高いのは立憲民主党の方です(ただ、1~2万票程度の喪失で済めば、立憲民主党は最大野党の地位は維持できるかもしれませんでしたが…)。
いずれにせよ、あくまでも現実の数字で予測する限りは、自民党が単独過半数を割り込むほどの惨敗は考え辛く、それどころか日本維新の会が選挙準備に間に合っていないなかで総選挙に打って出れば、自民党はそこそこの議席を確保し、岸田首相も来年の自民党総裁選で再選の可能性が高まっていたはずです。
現代ビジネス予測だと自民党政権崩壊も?
ただ、現実には、岸田首相は先週16日、衆院の解散をしませんでした。
これについて、なぜ岸田首相が解散しなかったのか、そのきちんとした理由についてはよくわかりません。
一説によれば、『数字で読む「衆院選・自民過半数割れはあり得るのか」』でも取り上げたとおり、ウェブ評論サイト『現代ビジネス』が報じた「衝撃的な議席予想」におじけづいたからだ、といった説明をする人もいます。
果たして、自民党は次回衆院選で大敗を喫するのか――。その精緻な予測を出すことは現時点では困難ではありますが、前回の選挙結果やいくつかの報道で見る限り、その可能性はあまり高くなさそうです。ただ、なぜそんなことを述べるのかといえば、ウェブ評論サイト『現代ビジネス』が14日夜、今選挙をすれば自民党が過半数割れを発生させる、といった趣旨の記事を配信しているからです。これについて、これまでの当ウェブサイトにおける「数字を使ったシミュレーション」も交えつつ、検討してみましょう。解散総選挙の可能性初めに:おこ... 数字で読む「衆院選・自民過半数割れはあり得るのか」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
その内容を再掲しておくと、こんな具合です。
現代ビジネスが報じた「議席予想」
- 自民…220議席(▲42)
- 公明…*23議席(▲*9)
- 立民…114議席(+17)
- 維新…*75議席(+34)
- 共産…*13議席(+*3)
- 国民…**9議席(▲*1)
- れ新…**6議席(+*3)
- 参政…**1議席(+*1)
- その他…9議席
もしこの予想通りなら、自民党が42議席も減らして過半数(233議席)を割り込む一方、維新が34議席、立民が17議席も増やしており、公明党も議席を減らすため、結果的には自公連立はかろうじて過半数を維持するものの、現在よりもかなり勢力は弱くなります。
また、公明党が自民党を裏切りるというシナリオも、現実味を帯びてきます。
公明党が自民党との連立を解消し、立憲民主党や日本維新の会などとともに連立を組み、ここに国民民主党や日本共産党、れいわ新選組などが加われば240議席となり、辛うじて過半数を獲得し、議席数で自民党をほんの少し上回ることが可能です。
あるいは「公明・立憲・維新」の3政党で合意すれば、「少数政権」とはなる可能性はあるにせよ、条件さえ整えば政権交代を成し遂げることが可能です(この場合は「泉健太首相」となるのか、それとも「馬場伸幸首相」となるのかはわかりませんが…)。
現代ビジネスの予測はタテ計すら合っていない
ただ、以前から指摘しているとおり、この予想にはいくつかの難点があります。
まず、「タテ計」が合っていないことです。現代ビジネスが報道した議席数を全部足し上げると470議席となり、定数を5議席上回ってしまいます。現代ビジネス側の計算ミスなのか転記ミスなのか、それとも単なるでっちあげなのかは知りませんが、合計値が一致していない時点で「やり直し」、といったところでしょうか。
また、当ウェブサイトでは「自民が減り、維新が増えるときには立憲民主党も増える(可能性がある)」とは指摘してきましたが(これがいわゆる「維新タナボタ効果」です)、この場合は「立憲民主党が票を減らさない」という条件が必要であり、これ自体、現実と合致していません。
あくまでもメディアの世論調査などから判断する限りにおいては、自民党が多少、票を減らす可能性はあるにせよ、例の「小西問題」などの影響もあってか、立憲民主党もかなり票を減らすと想定されるからです。
もちろん、自民党だってLGBT法案のゴリ押しなどの影響もあり、故・安倍晋三総理大臣のころには確実に存在していたとされる「岩盤保守層」が離れてしまうという可能性は指摘されていますが、この「岩盤保守層」が間違っても立憲民主党に投票することはないでしょう。
いずれにせよ、岸田首相が解散総選挙を避けたことの影響が、自民党にとって吉と出るか、凶と出るかはわかりません。
髙橋氏「LGBT法は核廃絶とのバーター」
ただ、これに関し、官僚経験者でもある髙橋洋一氏が19日、ウェブ評論サイト『現代ビジネス』に寄稿したこんな記事が参考になるかもしれません。
岸田首相「解散先送り」で政権支持率はヤバい事態に…LGBT法案と少子化対策はどうする
―――2023.06.19付 現代ビジネスより
髙橋氏は岸田首相が解散を見送った理由として、自民党に対する支持率が低迷する原因となった①自身の長男を巡る問題、②マイナカードのトラブル、③少子化対策、といった要因だけでなく、「急転直下成立したLGBT法案」が影響を与えた可能性があるとの見方を示しています。
髙橋氏によると現代ビジネスが報じた「自民党調査」はLGBT法案が可決される直前の6月第2週末時点のもので、自民党によるLGBT法案を巡る強硬的な進め方が「自民党支持のコアな保守層に影響した可能性があり、岸田首相の解散見送りに大いに影響を与えたと見られる」、としています。
髙橋氏はまた、このLGBT法案が米国(というか米国民主党)を「懐柔」するためのものだった、との見方も、併せて示しています。G7広島サミットで「核廃絶」を合意文に呑ませるのと引き換えに、米民主党が推進しているLGBTに関する法を日本でも推進する、といった約束でもした、ということでしょう。
なお、肝心の法案では党議拘束がかかったにも関わらず、「衆院で高島修一、杉田水脈、参院で山東昭子、青山繁晴、和田政宗各氏は明らかに造反」した、などとしていますがこれについては当ウェブサイトでも『衆院解散見送りで高まった岸田政権「短命化」のリスク』あたりで触れているとおりです。
理念だけで政治はできないが…「保守新党」に期待して良いのか岸田首相が解散総選挙を見送ったことは、結果的に岸田政権を短命に終わらせる結果となるかもしれません。なぜなら解散見送りで、岩盤保守層からは評判の悪い「LGBT法」が、参院で可決成立してしまったからです。これによる自民党の得票数への影響は読めませんが、ポジティブな効果をもたらすことは考え辛いところです。ただ、こうしたなかで、やはり一部で出てきているのが「保守新党」への期待ですが、正直、理念と能力を兼ね備えていない人物が政界に打って出ても、保... 衆院解散見送りで高まった岸田政権「短命化」のリスク - 新宿会計士の政治経済評論 |
言外に岸田首相の迫力不足を指摘
それはともかく、髙橋氏は解散見送りについて、こう述べます。
「一見すると、政権支持率が下がったので、解散見送りは岸田首相としては正しい判断と思っているだろう。<中略>それでも岸田政権としては、これから支持率を上げていけばいいと思っているはずだ。これは、実に官僚的な、普通のスタンスだ」。
「しかし、2005年の郵政解散の狂気を間近に見た筆者からみれば、常識的すぎて物足りない。その当時も、自民党の内部調査では、惨敗という結果だった」。
髙橋氏によると、ときの小泉純一郎首相は参院で郵政法案が否決されると、「衆院解散という、まったく訳のわからない行動」をとり、「小泉首相による解散の記者会見は、鬼気迫るものがあった」と述べます。現実の選挙戦では自民党は圧勝しましたが、これを髙橋氏は「やり方は常識外れだが、これぞ政治だった」と述べます。
現在の岸田文雄首相に、当時の小泉首相のような「鬼気迫るもの」はない、という言い方が含まれているようにも思えますが、そうした髙橋氏なりの疑問は点は次の記述でも明らかでしょう。
「今回の岸田首相は、広島サミットで核廃絶を言いたかったのだろう。それなら、それなりに争点にできたはずだ。防衛増税、LGBTなどでも、主張はないのだろうか」。
こうした文章から判断するに、じつは髙橋氏も岸田首相には政治家としてのインテリジェンスが欠如していることを認めているのかもしれません。
髙橋氏は防衛増税、少子化増税などに関連し、とくに少子化政策については「便益が大きく、その効果が長期に及び、十分な資金確保が必要なので、税財源に依存するのは適当でない」と一蹴していますが、それと同時に「財務省の言いなりの岸田政権では実行は難しい」と予測。
こう結論付けます。
「こうしてみると、LGBT法案も最終的な増税においても、起死回生の逆転が起きにくい。解散先送りが、さらなる支持率低下になり、にっちもさっちもいかなくなる危険をはらんでいる。あの時解散していればよかったということになりかねない」。
この高橋氏による「あの時解散していればよかったということになりかねない」とする記述には、基本的に同感です。今後の解散総選挙が年内なのか、年明けなのかはわかりませんが、この6月ほどのタイミングの良さはない可能性が濃厚だからです。
もちろん、岸田首相だって日本維新の会の動向だけを見ながら解散するかどうかを決めているわけではないでしょうし、敢えていえば、LGBT法案については解散総選挙の時期を遅らせれば、「岩盤保守層」の怒りもある程度は落ち着いているかもしれない、といった期待もあるのかもしれません。
ただ、岸田首相にとってG7広島サミットのような「起死回生策」には乏しいこともまた間違いありません。
これに加え、髙橋氏の論考では触れられていませんが、日本維新の会が選挙準備のスピードを加速させていくと予想されることも気になります。個人的に日本維新の会が「素晴らしい政党」だとは思いませんが、ここで重要なのは、一般国民が「自民に代替する投票先」と考える可能性があるかどうかです。
このように考えていくと、「6月解散ならば発生し辛い」と予言した「維新大勝・岸田内閣崩壊」シナリオについても、そろそろ知的ゲームとして考え始めておく必要があるのかもしれません。
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ロイターの報道だと、政府関係者の話で韓国とのスワップ再開に向けた協議を行うとのことなので、もしそうなった場合はさらに厳しくなるかもしれませんね。
岸田さんは行動の指針が「どうするべきか」という責務にも「どうしたいか」という主体的な意思にもなく、残念ながら「どう見られるか」という点にある人物であるように思う
そしてそれは国民や有権者でなく、自民党議員や派閥、或いは官僚の方に向いている
どれだけ立派で理由や根拠めいた言を並べようと発言がどうしても薄っぺらく軽い
自分としては、この人物の評価は民主党元総理の鳩山氏と菅氏に次ぐ位には悪い
岸田首相には一刻も早く引退して欲しいので、解散総選挙を取らなかったのは良かったかも知れません。しかしこのままのらりくらりやっても、与党の死に票が増え、野党に生き票が増える。立憲民主党や日本共産党、公明党が議席を現状維持か微減に収まるようでは困ります。「ボーダー議員」は自民党が58人と一番多いですからね。
しかし岸田氏は本当に政治家としてセンス無し、政治オンチです。こんな人がやってたら、日本人の良識が疑われます。いったい何がしたいのか?LGBT可決したり、増税したり、対韓宥和工作したり。米国民主党しか見てないのでしょうか。
いわゆる「骨太」の政権では無く、何もかもが「遅きに失した」となるでしょう。
「締め切りは伸ばせば大丈夫、そのうち追い風が吹く」
目前の現実と正面対峙することを極力避ける「岸田氏らしい」行動だったと当方は結論します。
上念さんが「人々は経済的に困窮すると、ヤケを起こして、普段は見向きもされない過激思想に救済を求める」と言ってます。
2008年9月リーマンショック→2009年8月民主党政権誕生
(メディアクーデターでしたけど、財務省もわざと景気悪化させたのでは)
これと同じようなことが起きても、自民の受け皿が維新であればマシでしょ。
一寸先は闇の景気ですが、韓国発?アメリカ発?恐慌が起きたら心配です・・・
私は岸田が解散しなかった理由は、LGBT法案を廃案にしないために(公明党かエマニュエルの)外圧がかかったと思ってます。
もちろん、髙橋氏の言う通り核廃絶を言いたかっただけの取引かもしれないし、現代ビジネスの42議席減の予測に恐れをなしたのかもしれませんし、それら全部もしくは複合要因かもしれません。
ただ、もし解散してLGBT法案が廃案になれば、衆院選選挙期間中のメディアのネガティブキャンペーンもひどかったんだろうな、と思います。岸田はそういうのを一番嫌いそうです。
私個人的には解散して欲しかったですが、岸田が解散しないと決めたので生暖かく見守るだけですね。悪くなることはあっても良くなることは無いと思います。
あとは、自民党の支持率が下がり続けてくれれば、レームダック化からの岸田おろしが始まればいいと思います。
>G7広島サミットで「核廃絶」を合意文に呑ませるのと引き換えに、米民主党が推進しているLGBTに関する法を日本でも推進する
これが交換条件になっているなんて、保守層を完全に無視あるいは馬鹿にしていますね。
ゼレンスキー大統領訪日まではマスコミもやや好意的でしたが、ソロソロ運も尽きたようです。
自民党内には増税先送りの話もあるようですが、先送りで国民が納得するとは到底思えません。
また、対韓宥和政策はアメリカの指示なのか知りませんが、これが現在の自民党にとって致命的な失策であることに気付かない首相に国を託すことはできません。
これから内閣支持率は上がることは無いと思います
けれど岸田下ろしが起こることもないでしょう
このままずるずる総裁選挙になるのではないでしょうか
理念と戦略なき政治が、あと一年は続くことになってしまったので、その間、日本が持つかが心配です。
やはり、最も総理にしてはいけない人物だったんですね
>この高橋氏による「あの時解散していればよかったということになりかねない」とする記述には、基本的に同感です。
自民党の立場に立ってみれば、私も同感です。
解散していれば現有議席を大きく減らすことになったでしょうが、今後支持率が上がる要素が無い(増税、LGBT法案内容の浸透等)ため、いわば早めの損切をした方がましだったということでしょう。
岩盤支持層の支持を失った自民党、今後は凋落の一方でしょう、焦った岸田さんは今日夕方から記者会見を行うという話でしたが、会見はどうなったのでしょうかね?
もっとも、私は完全に自民党を見限っていますので、自民党になんら興味は湧きません。
滅んでいった在りし日の民主党を見る思いです、数々の国益に反する政策をした民主党は、結局、東日本大震災によりとどめを刺されました。
チワワ岸田さんを推し抱く自民党、とどめを刺したのが岸田さんの支配者かつ庇護者であるエマニュエル総督であったことは皮肉です。