韓国ネームのサムライ債発行が日韓関係「改善」のきっかけとなるのか――。答えは、「NO」です。韓国メディアによると大韓航空が1年半ぶりに日本で200億円程度のサムライ債発行を計画しているほか、ほかにも100~200億円程度のサムライ債発行を計画している証券会社もあるそうですが、債券発行残高が1000兆円(!)を大きく超える日本市場において、数百億円レベルの発行額は正直「ゴミ」のようなものだからです。
サムライ債の発行額は多くない
「サムライ債」と呼ばれる債券があります。これは、正確には「非居住者が日本国内で(円建てで)発行する債券」のことですが、その規模は決して大きくありません。
日本証券業協会『公社債発行銘柄一覧』などのデータをもとにすると、日本における公募債(※国債を除く)の発行額は毎年だいたい20~30兆円規模であり、このうち非居住債の発行額は全体の数パーセントというレベルです。図表1は、2021年、22年(いずれも暦年)の債券発行市場の規模です。
図表1 日本の公募債券発行市場の規模(暦年、国債を除く)
債券種別 | 2021年 | 2022年 |
社債 | 15.0兆円(50.16%) | 12.0兆円(47.59%) |
地方債 | 7.3兆円(24.42%) | 5.7兆円(22.60%) |
財投機関債等 | 4.4兆円(14.66%) | 3.7兆円(14.70%) |
非居住者債 | 0.7兆円(2.29%) | 1.3兆円(4.99%) |
その他 | 2.5兆円(8.47%) | 2.5兆円(10.11%) |
合計 | 30.0兆円(100.00%) | 25.1兆円(100.00%) |
(【出所】日本証券業協会『公社債発行銘柄一覧』をもとに著者作成)
これに対し、国債発行額はここ数年、毎年200兆円を少し超えるくらい(※当初予算ベース)ですので、債券市場では国債の存在感は圧倒的に大きいといえます(というよりも、日本の債券市場がいかに大きいかという証拠でしょうか)。
このサムライ債、過去には年間2兆円を超える金額が発行されいてたこともあるのですが(図表2)、近年に関しては発行実績は多いとは言い難いようです。
図表2 サムライ債発行実績
(【出所】日本証券業協会・公社債便覧等過去データをもとに著者作成)
フランスが圧倒的に多く、インドネシアなどがこれに続く
このあたり、日本円建ての「オフショア債券市場」の規模は、米ドル、ユーロ、英ポンドに続いて4番目の規模ではあるのですが、昨年は円安の影響もあってか、28年ぶりに4千億ドルの大台を割り込む局面もありました(『オフショア円債券発行額が28年ぶりに4千億ドル割れ』等参照)。
世界のオフショア債券市場では2022年3月末時点において、日本円での債券発行額が4000億ドルを割り込みました。4000ドル割れは1994年以来28年ぶりのことです。その一方で、相変わらず債券市場では米ドルとユーロが圧倒的な存在感を放っており、人民元は小幅で債券発行額を増やしているものの、依然として「国際通貨」と呼ぶには規模が小さすぎます。通貨の実力を読む手段通貨の実力を読むうえで重要な要素はいくつかあるのですが、そのひとつが、「その通貨が発行国を越えてどの程度通用しているか」という尺度でしょう。そして、「そ... オフショア円債券発行額が28年ぶりに4千億ドル割れ - 新宿会計士の政治経済評論 |
つまり、日本の債券市場は、その規模の大きさのわりに、意外と海外発行体の発行件数は多くないのです。
ちなみに2021年に関しては、発行額は6,855億円でしたが、このうちフランス国籍の発行体(金融機関)が4,442億円、インドネシア国籍の発行体(インドネシア共和国政府の円建て国債)が1,000億円であり、その他の国が1,413億円、といったところでした。
また、2022年には数年ぶりにサムライ債発行額が1兆円を超えたのですが、その国籍別内訳は図表3のとおり、やはりフランスが最も多く、続いて英国、香港、インドネシアなどと続きます。
図表3 2022年(暦年)におけるサムライ債の発行体の国籍別内訳
国籍 | 発行額 | 割合 |
フランス | 6248億円 | 49.86% |
英国 | 1151億円 | 9.19% |
香港 | 1120億円 | 8.94% |
インドネシア | 810億円 | 6.46% |
メキシコ | 756億円 | 6.03% |
韓国 | 620億円 | 4.95% |
その他 | 1826億円 | 14.57% |
合計 | 1兆2531億円 | 100.00% |
(【出所】日本証券業協会『公社債発行銘柄一覧』をもとに著者作成)
韓国ネームのサムライ債発行は2年半途絶えていた
こうしたなか、2022年の発行体のなかに、日本の隣国である韓国も登場します。
具体的には、韓国ネームとしては2年半ぶりに、22年1月14日付で300億円分を起債した大韓航空(韓国輸出入銀行保証付)と、10月14日に新韓銀行が発行した3本のソーシャルボンド(合計320億円)、合わせて620億円分です。
これについては韓国ネームとして久しぶりに発行されたサムライ債だった(『韓国の債券発行が2年連続ゼロ…サムライ債市場の現状』等参照)ということもあり、一部の韓国メディアが大騒ぎしていたのですが、正直、これを日韓関係の「悪化」、「改善」と短絡的に結びつけるべきではありません。
韓国の企業・銀行などによる日本の債券市場での「サムライ債」の発行実績が、2020年から21年にかけての2年間、ゼロでした。日韓関係の「悪化」が公募サムライ債市場にも及んできたのか、それともほかに理由があるのかはわかりませんが、公社債市場における韓国のプレゼンスは低下しつつあるのかもしれません。本稿では円建債券市場の現状と推移とともに、債券市場から見える日韓関係についても紹介したいと思います。円建てのオフショア債券の種類当ウェブサイトでは普段から指摘しているとおり、ある通貨が国際的に通用するかどうか... 韓国の債券発行が2年連続ゼロ…サムライ債市場の現状 - 新宿会計士の政治経済評論 |
単純に、日本の債券市場ではもともと外国企業の発行が少ないという事情があるのに加え、近年はおそらくはコロナ禍などの影響もあり、発行が低迷していたという事情も考えられます。
というよりも、日本の機関投資家(とくに銀行、信用金庫、信用組合、農業協同組合など)は、たいていの場合、利回りと金融規制上・企業会計上の取り扱いなどにおいて、均衡が取れていて自身のリスク・アペタイトに適合しているなどと判断すれば投資します(そうでない銀行もありますが…)。
韓国ネームのサムライ債の発行が2年半途絶えていたのも、単純に、日本市場での起債環境が良好でなかっただけの話と考えるべきでしょう。
中央日報「サムライ債発行…韓日関係改善効果期待」
こうした事情を踏まえると、やはり、こんな記事には違和感を覚えざるを得ません。
大韓航空、今年初めてのサムライ債発行推進…韓日関係改善効果期待
―――2023.06.07 17:19付 中央日報日本語版より
韓国メディア『中央日報』(日本語版)の報道によると、大韓航空が今月中にサムライ債発行に向けた需要予測を進めるのだそうです。発行規模は200億円水準で、実現すれば約1年半ぶりですが、これについて中央日報は記事タイトルで「韓日関係改善効果期待」、などと述べます。
(※ただし、「大韓航空のサムライ債発行で韓日関係改善効果が期待される」という趣旨の表現は、記事本文中には出てきません。記事本文とタイトルが異なるのは韓国メディアにはよくある話なので、あまり気にしないようにしましょう。)
ちなみに中央日報は、「業界」は「サムライ債を通じた資金調達を考慮する企業が増えると期待している」としつつ、「韓国投資証券も証券業界で初めてサムライ債発行を準備中」、「7月の発行を目標に100~200億円を調達する計画」、などとしています。
ただ、正直、100億、200億という単位は、発行されている債券の規模が1000兆円(!)を超える日本の債券市場に照らし、ゴミのようなものでもあります。また、日本の場合、極端な話、北朝鮮やイラン、ロシアのような無法国家でなければ、基本的にはどこの国籍の発行体でも自由に債券を発行することができます。
たかだか数百億円程度のサムライ債発行を日本で成功させたくらいで「韓日関係改善」と言われても、どうも困惑する限りです。
View Comments (11)
>韓日関係改善効果期待
620億円借りてやるから日本は有難く思うように!!
ってことなのかな?
>たかだか数百億円程度のサムライ債発行
すばらしく政治的な動きです。
他所の国の金で成功しようというのですから、ビジネスマンの風上に置けない、せこい話だ。
金融蓄積の弱さ、経験不足の顕れとサイト主どのは譴責するでしょう。
「たかだか数百億円程度のサムライ債発行を日本で成功させた」(嘲笑)。やる事がみみっちい割に「日本がお願いするから借りてやる」みたいな事、言わんといてくれよ。そんなチンケな金額、話題にもならんわ!
買い手アルんかいな?とおもいましたが、害務省やら罪務省あたりを横圧しして本邦公的プレーヤーに押し付けるツモリなんカシラン??
「NOジャパン」の韓国人は絶滅したんかいな。
確かに、100億200億と聞くと凄い額だと思うけど、分母が1000兆円と知ると大した額ではないよな。
何故、韓国が発行する債権に“サムライ債”という名前を付けるのか。
キムチ債でもBTS債でも、韓国が世界に誇る文化にちなんだ名前を付ければいいのに。
キーセン債でも慰安婦債でもいいから、日本を利用しようとするな。
フランスなんて、よく分からずに「サムライ債ということは、日本が発行したものだな」と勘違いしたまま買っていそう。
供給資金は豊富、さほど高い金利を付けなくても売れる、という日本の起債環境を考えれば、もっとサムライ債の規模が膨らんでいても、おかしくない気がするんですが、やはり受け取れるのが「円」、利払いも「円建て」というのが、魅力を減殺しているのでしょうか。少なくとも海外企業は、このまま円安がドンドン進んで、将来支払わなければいけない利息が、ただ同然になるとは、考えてないってことなんでしょうね。
サムライ債を最大利用しているのがフランス系の企業というのは、明確な理由があるはずですが、大体がルノー絡みってことなんでしょうか。
ところで、今朝のシンシアリー氏のブログは結構面白かった。
『今度は二次電池・・韓国メディア「やはり国産化しかない。経産省が公開した二次電池協力国リストに我が国は入っていない」』
https://sincereleeblog.com/2023/06/08/k-okusanka/
言及されているネタ記事の内容なんかは、タイトルだけ見ればそれで十分。
サイト主さんが常々主張されている「秩序だった段階的関係の希薄化」。こいつが、だんだん姿を露わしてきて、薄ら寒さをようやくにして感じ始めているから、こんな「ゴミみたいな」サムライ債発行でさえ、さも慶事の如くに騒ぎ立てるのかも知れませんね(笑)。
サムライ債 → 低金利で借り入れた”円”を原資に、米ドルを調達したい算段なのかもですね。
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以前にサムライ債の起債が見送られたのは、札割れ(赤っ恥?)を恐れてのことだったと思います。
政治的に薄日が差したからって、個々の企業等の信用状況に変わりはないと思うんですけどね。
あゝ、「恥はかくものではなく、かかされるもの」って文化でした・・。
カネが友情や友好の確かな証し、って事なんじゃないですかね?