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    Categories: RMB金融

「人民元の国際取引が着実に増える」記事に事実誤認も

ロイターによると、ロシア、ブラジル、アルゼンチンなど一部の国・地域において、中国の通貨である人民元の決済比率が徐々に上がっているのだそうです。ただ、この記事自体にはいちぶ事実誤認もありますし、また、中国が国内金融・資本市場を対外開放していないという事情もあるため、人民元決済自体が順調に拡大していくとは言い難いのが実情でしょう。

RMBトラッカーで見る「足踏みする人民元」

国際的な送金システムを運営しているSWIFTがほぼ毎月公表しているレポート『RMBトラッカー』に基づけば、中国の通貨・人民元の国際送金におけるシェアは、ここ8~9年ほど、ほぼ横ばいの状況が続いています。

それどころか、先日の『英ポンドに肉薄:送金シェア急伸の日本円「真の実力」』などでも指摘したとおり、SWIFT国際送金データに基づけば、2023年3月においてシェアが急伸したのは、人民元ではなく日本円でした。

2015年8月、人民元は史上初めて、国際送金の世界において、決済シェア、ランキングともに日本円を抜きました。当時は人民元がこのままシェアを伸ばし、いずれ英ポンド、ユーロ、そして米ドルまでも追い抜いて世界の基軸通貨になるのではないか、といった観測を述べる人もいたほどですが、その後、人民元は「鳴かず飛ばず」です。ところが、2023年3月には、別の意味での「サプライズ」が生じました。日本円のシェアが急伸したのです。そんな日本円の「真の実力」、知っておく価値はありそうです。名前に込められたSWIFTの期待感...
英ポンドに肉薄:送金シェア急伸の日本円「真の実力」 - 新宿会計士の政治経済評論

改めて、国際送金シェアの推移を紹介しておきましょう。

SWIFTはデータを「ユーロ圏を含む国際送金シェア」、「ユーロ圏を除く国際送金シェア」の別に公表しているのですが、人民元の国際送金シェアは、いずれも一時的に増えることはあっても、ユーロ圏込みのデータで2.0~2.5%、ユーロ圏除外データで1.0~1.5%くらいで推移しています(図表1)。

図表1-1 人民元の国際送金シェア(ユーロ圏含む)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』をもとに著者作成)

図表1-2 人民元の国際送金シェア(ユーロ圏除く)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』をもとに著者作成)

むしろ3月は日本円の決済比率が高まった

これに対し、日本円に関してはユーロ圏込みで3~4%、ユーロ圏を除いた場合は4%前後で推移しています。なお、なぜか3月に関しては国際送金におけるシェアが急伸していますが、これについては現時点においては一時的な要因という可能性が高そうです(図表2)。

図表2-1 日本円の国際送金シェア(ユーロ圏含む)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』をもとに著者作成)

図表2-2 日本円の国際送金シェア(ユーロ圏除く)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』をもとに著者作成)

おそらく人民元のシェア増は局所的なものに留まる

いずれにせよ、国際送金における人民元のシェアは、後述する通り、おそらく「一部」では増え続けているものと推察されるものの、その利用はおそらく、局所的なものに留まっている、というのが実情でしょう。

先日の『「米ドルはすでに瓦解しはじめている」=中国メディア』でも指摘したとおり、そもそも中国の金融・資本市場は閉鎖的であり、国際送金の世界では人民元で代金を受け取っても、その人民元でそのまま投資活動ができるわけではないからです。

「米ドルの地位が揺らいでいる」、とする記事は枚挙にいとまがないのですが、そのなかでもとくに強烈なのは、客観的事実に反する内容などをズラズラと並べて、「ドルはすでに瓦解し始めている」などと主張する、中国メディアの記事でしょう。同記事には、例の「BRICS共通通貨」などという寝言も出て来るようです。ただ、敢えて「瓦解」という言葉を使うなら、「瓦解する」のは米ドルではなく人民元ではないかという気もするのですが、いかがでしょうか。通貨のファクトRMBトラッカーでは米ドル、ユーロなどが圧倒的シェア中国...
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もちろん、最近だと(おそらくは)中露貿易などにおいて、人民元の決済比率は高まっているのではないかと推察されます。

これについてはロシアの主力銀行がSWIFTNetから排除されたため、実際のところ、ロシア関連の統計は、SWIFTのデータにはおそらく計上されていません。

ただし、対ロシア金融制裁発動前も、ルーブル建ての国際送金の割合は、せいぜい0.25%前後に留まっていましたので(図表3。ただし、ユーロ圏を除いた場合)、中露貿易の全額が人民元建てになったとしても、人民元決済の割合が劇的に増えるとも思えません。

図表3 ルーブルの国際送金シェア(ユーロ圏除く)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』をもとに著者作成。なお、ユーロ圏を含めたデータだと、ルーブルはもともと、ほとんどランキングに登場しなかった)

こうした統計的事実関係を見るに、人民元決済が局所的に広まることはあっても、現状で今すぐ、米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円などの通貨を追い抜くという状況には至らないのが実情でしょう。

実際、人民元は過去に3回(2014年8月、21年12月、22年1月)、決済ランキングで一時的に日本を抜いたことはありましたが、いずれも一過性のもので終わっています。

違和感を禁じ得ないロイター記事

こうした状況を踏まえたうえで、ロイターに先週金曜日付で掲載されたこんな記事を読むと、やはり違和感を禁じ得ません。

焦点:着実に増える人民元の国際決済取引、ドル以外の貿易体制に道

―――2023年4月28日16:59付 ロイターより

ロイターによると、「中国人民元はゆっくりではあるが着実に国際決済取引における利用が増加している」、としつつ、「これが米ドルに対抗する貿易システムの土台になる可能性がある、というのが専門家の見立てだ」、と述べています。

はて。

「専門家」とは、いったいどなたのことでしょうか?

いちおう、山手線の駅名を冠した怪しい自称会計士も「金融評論家」を名乗っていますが、少なくともロイターが述べる「専門家」がこの自称会計士のことではないことは間違いありません。

ロイターによると、「3月のある日には、中国とのクロスボーダー決済において人民元の比率が初めてドルを上回った」、「アルゼンチンは、通常の中国製品の購入をドル建てではなく人民元建てで行う方針を表明した」、などと指摘。

「世界の貿易決済でドルが支配的な地位を築いているとはいえ、中国との二国間取引では人民元建て決済がじわじわと増えているのもまた事実」、「具体例として中国による中東での石油購入や、中国の対ロシア貿易、対ブラジル貿易などが挙げられる」、などと述べています。

なかなかに、困惑します。

このうちの石油決済通貨については『通貨論と統計データで見る「ペトロ人民元の非現実性」』でも議論したとおり、そもそも人民元を含めたBRIC通貨には、オフショア債券市場もデリバティブ市場もろくに育ってもいません。

またぞろ、「ペトロ人民元」、「ペトロルーブル」に関する報道が目に付くようになりました。ロイターによると対ロシア経済制裁を逃れるためにロシアのエネルギー企業が価格上限を超えた部分を米ドルではなく「その他の通貨で」決済するように求めている、などとする「金融筋」の情報がその根拠のひとつであるようですが、米ドル以外の通貨での取引が増えるにしても、その通貨として人民元やルーブルが選ばれるとも思えません。そもそもの通貨の使い勝手自体が悪すぎるからです。人民元のSDR入りから早くも7年だが…当ウェブサイトの...
通貨論と統計データで見る「ペトロ人民元の非現実性」 - 新宿会計士の政治経済評論

また、『BRICS「ドルを捨て去り共通通貨」構想の非現実性』などでも取り上げましたが、人民元決済に精力的に取り組んでいる(あるいは中国との共通通貨構想を立てている)国の通貨は、そもそも国際金融市場において存在感がないものばかりでもあります。

今度はBRICS諸国による「デ・ドラリゼーション」、すなわち「米ドルやユーロを捨てて共通通貨を採用する」という与太話が出てきたようです。当たり前の話ですが、ある通貨が国際的に信頼され、通用するためには、通貨の使い勝手が良いことと、通貨制度をきちんと運用してきた実績が必要です。信頼は一朝一夕に生まれません。BRICS共通通貨は「やる前から失敗することがわかっている」という代物ですが、果たして、どうなることでしょうか。G20という謎の存在G20参加国は経済規模も発展段階もてんでバラバラ当ウェブサ...
BRICS「ドルを捨て去り共通通貨」構想の非現実性 - 新宿会計士の政治経済評論

ロシア、アルゼンチン、ブラジルだけでなく、あえてロイターの記事に掲載されていない事例を挙げるならば、トルコや韓国、北朝鮮などが、中国の人民元決済圏に入ろうとしているフシがあります。これらの国の共通点といえば、「外貨不足に苦しんでいる」、といったところでしょう。

厳格な管理が続いている通貨が主要決済通貨になる可能性は非常に低い

しかし、ロイターの記事には、こうも記載されています。

中国政府は今後も人民元を厳格に管理し続けたいと予想されるため、世界全体で人民元が主要決済通貨となる公算は乏しい。しかし人民元がかかわる新たな貿易の枠組みは既に生まれつつあり、特にロシアが西側の決済システムからほぼ閉め出されたことで、そうした枠組みの発展が加速している」。

通貨当局によって厳格な管理が続いている通貨が主要決済通貨となる可能性が低いのは当然のことでもありますが、要するに、国際的な決済網から排除されて困っているロシア、外貨不足などに悩むアルゼンチン、ブラジル、トルコなどを引き込んで、「困っている国連合」でも作ろうとしている、ということでしょう。

これについてロイターは、大手アセット・マネジメント会社の香港拠点に勤めるストラテジストのこんな発言を紹介します。

世界最大級のコモディティー輸出国であり輸入国でもある中国、ロシア、ブラジルが一体となってクロスボーダー決済に人民元を利用しようとしている。この協力態勢がそのうち他国を人民元決済の仲間に引き入れ、ドルを犠牲にする形で人民元の地位を押し上げる可能性がある」。

この方、ご自身で何をおっしゃっているのか、わかっていらっしゃるのでしょうか?あるいは単なるポジション・トークでしょうか?

これって事実誤認では?

また、記事にはこんな記述もあります。

一方、国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、世界の貿易決済で人民元のシェアは今年2月が4.5%と2年前の1.3%から増えたが、依然としてドルが84%を占める」。

このくだりは、おそらくは事実誤認ではないでしょうか。

SWIFTの『RMBトラッカー』上で「ドル84%」、「人民元4.5%」となっているのは、「貿易決済」ではなく、「トレード・ファイナンス」、すなわち主に中小企業に対する貿易金融の世界の話です。メディアが事実誤認を堂々と掲載するのはいかがなものかと思います。

いずれにせよ、ロシア制裁などを契機に一部の「困った国」で人民元決済がゆっくり広まっている(らしい)という事例をいくら聞かされても、現実の統計データで人民元の地位が上昇している兆候は見られません。

というよりも、そもそも2015年を境に人民元の国際化がストップしたという話を取り上げないのはいったいなぜなのか、むしろ理解に苦しむと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (3)

  • >ロシア、アルゼンチン、ブラジルだけでなく、あえてロイターの記事に掲載されていない事例を挙げるならば、トルコや韓国、北朝鮮などが、中国の人民元決済圏に入ろうとしているフシがあります。

    語感的には、「共通通貨 ”TRICK” 」を推したいですね。

    TRICK(騙し) = トルコ・ロシア・イラン・中国・コリア

    *大陸の 似た者国家 で仲良くどうぞ・・。

    • トリック、懐かしいですね~~
      もう20年前ですよ!!仲間由紀恵 阿部寛  鬼束ちひろの「月光」も衝撃でした。

      違う、違う、TRICK !

      >TRICK(騙し) = トルコ・ロシア・イラン・中国・コリア
      う~~ん 詐欺師の手品でしょうか?
      今後の動きが楽しみですね。

  • >いずれにせよ、ロシア制裁などを契機に一部の「困った国」で人民元決済がゆっくり広まっている(らしい)という事例をいくら聞かされても、現実の統計データで人民元の地位が上昇している兆候は見られません。

    となると、人民元はアングラマネーに活路を見出す、って事ですかね?