国際刑事裁判所(ICC)は今年3月、ロシア大統領であるウラジミル・プーチン容疑者の逮捕状を発行しました。ICC加盟国は2016年11月時点で世界124ヵ国に及びますが、プーチンはこれらの諸国を訪れることがますます難しくなった格好です。こうしたなか、ウクライナのメディア『ウクルインフォルム』(日本語版)は11日、「もしもプーチンがオーストリアを訪問した場合、オーストリアとしてはプーチンを逮捕するだろう」としたオーストリアの閣僚の発言を報じました。
ICCがプーチンの逮捕状を発行
国際刑事裁判所(The International Criminal Court, ICC)は今年3月17日付で、ロシア連邦大統領でもあるウラジミル・ウラジミロビッチ・プーチンらの逮捕状を発行しました。
Situation in Ukraine: ICC judges issue arrest warrants against Vladimir Vladimirovich Putin and Maria Alekseyevna Lvova-Belova
―――2023/03/17付 ICCウェブサイトより
ICCによると、プーチンはウクライナの占領地域からの児童の不法な連行という戦争犯罪に責任があるとの疑いが掛けられており、ローマ規程第8条第2項第a号(vii)、第b号(viii)に抵触するとして、逮捕状を発行したものです。
ちなみに国連ウェブサイト『国際刑事裁判所』によると、ICCの発足は1998年7月17日、ローマで開かれた全権大使会議で採択された『国際刑事裁判所ローマ規程』によって設立され、そのローマ規程は2002年7月1日に発効した、比較的新しい組織です。
2016年11月現在、締約国は124カ国であるとされ、また、外務省『国際刑事裁判所(ICC)』の説明によると、わが国は2007年10月1日付けで正式な加盟国となったのだそうです。
プーチンの外国訪問は次第に難しくなる
なお、ICCのウェブサイトに掲載されていた画像によれば、中国、米国、ロシア、インドなどは参加していませんが、欧州・中南米諸国の大部分や豪州、ニュージーランド、日本、カナダ、韓国、アフガニスタン、さらにはアフリカ大陸でも半数以上の国が参加しているようです(図表1)。
図表1 ICC加盟国
(【出所】ICCウェブサイト “Current under- and non-represented countries” )
これらの国をプーチンが訪れた場合、逮捕される可能性がある、ということです。
ちなみに日本政府も、たとえば、ウクライナ戦争そのものについて、昨年3月9日時点でICCに付託しているほか、4月4日にはブチャを含めたキーウ近郊でのロシア軍の残虐行為を巡ってもICCに付託したことを、林芳正外相が談話で明らかにしているなど、このICCに積極的にかかわっています。
想像するに、もしウラジミル・プーチンが日本にやってきた場合は、日本政府としても当然、このICCの逮捕状に基づき、プーチンの身柄を拘束し、ICCに引き渡すのではないでしょうか。
また、ロシア制裁に参加している国は、昨年3月24日時点で、基本的に世界の48ヵ国にとどまります(ただし、『ロシア制裁参加国は48ヵ国だが金融面の影響力は絶大』でも説明したとおり、この「48ヵ国」の通貨は国際送金市場で90%以上のシェアを占めているなど、ロシアに対する影響力は絶大です)。
ロシア制裁に参加している国はたった48ヵ国に過ぎませんが、この48ヵ国を「通貨」という観点から見ると、その支配力は90%を優に超えていることがわかります。とくに世界の外貨準備の構成通貨、オフショア債券市場の通貨別市場規模、国際送金シェアなどの「数字」で見ると、これら「たった48ヵ国」の国々が持つ力が絶大です。少なくとも国際的な送金市場などにおいて、ロシアが除外された措置は、ロシア経済を着実に苦しめます。ロシア制裁参加国は「たった48ヵ国」英国防衛省による「ロシアが外債で戦費調達」指摘昨日の『ロシアが戦... ロシア制裁参加国は48ヵ国だが金融面の影響力は絶大 - 新宿会計士の政治経済評論 |
その一覧は、図表2のとおりです。
図表2 ロシア制裁への各国の参加状況(2022年3月24日時点)
(【出所】『通商白書2022』ウェブ版『第Ⅰ-1-1-1図 各国のロシアへの対応』)
しかし、図表1で示す「ICCへの参加国」の範囲は、図表2で示す「ロシア制裁への参加国」よりも広く、とくに中南米諸国が広範囲に含まれてしまっているため、プーチンとしてはこれらの国を訪れることが難しくなってしまった格好です。
オーストリアの閣僚が「プーチン逮捕」を明言
こうしたなかで、ウクライナのメディア『ウクルインフォルム通信』(日本語版)に先日、こんな記事が掲載されていました。
オーストリア政府、プーチン氏の同国渡航の際には逮捕することを確認
―――2023/04/11 17:03付 UKRINFORMより
ウクルインフォルムによると、オーストリアのエドシュタドラー欧州問題相は独ターゲスシュピーゲル紙のインタビューに対し、「国際刑事裁判所(ICC)の発布した逮捕状に従い、プーチン露大統領が同国を訪れた場合、同氏を逮捕する」と認めたのだそうです。
ICCが発行した逮捕状をICC加盟国が執行することくらい、べつに目新しい話題ではありませんが、それと同時に定期的にこのような話題が出て来ること自体、ロシアに対する牽制となることもまた間違いありません。
とくにオーストリアといえば以前から今回のウクライナ戦争を巡り「軍事的中立」を明言している国ですが、そのオーストリアの閣僚の口から「プーチン逮捕」が明言されたことは、それなりにプーチンに対する圧力となるでしょう。
いずれにせよ、ウクライナ戦争は戦線が完全に膠着している感がありますが、長引く戦争はロシア経済にも確実に打撃を与え続けており、これに「プーチン逮捕状」が追い打ちをかける形で、プーチン自身がさらに追い込まれていることは間違いありません。
その意味では、私たち西側諸国の国民としては、引き続き、この戦争がロシアの敗北に終わることを祈り続ける価値があることは間違いないでしょう。
View Comments (1)
>想像するに、もしウラジミル・プーチンが日本にやってきた場合は、日本政府としても当然、このICCの逮捕状に基づき、プーチンの身柄を拘束し、ICCに引き渡すのではないでしょうか。
個人的にそうあってほしいですが、同時に法的に見てなかなか面倒な話だと思います。
というのも、一般国際法上の原則として国家元首や行政・外交の長には、外交使節団の長と同様の特権・免除が認めれています。
その上で、国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下、規程)は、「免除の放棄及び引渡しへの同意に関する協力」について第98条1項でこう規定しています。
「裁判所は、被請求国に対して第三国の人又は財産に係る国家の又は外交上の免除に関する国際法に基づく義務に違反する行動を求めることとなり得る引渡し又は援助についての請求を行うことができない。」
たとえば被疑者国籍国の第三国が規程当事国であるとき、国家元首であろうと人的管轄の例外ではないとする第27条1項及び2項を受諾していることから、特権・免除を放棄したものと見なされるため、他の規程当事国はICCの請求に従い、入国してきた当該第三国の被疑者の逮捕・引渡しの義務を問題なく果たすことができます。
一方で被疑者国籍国の第三国が規程非当事国であるとき、ICCはその国家元首が享受する特権・免除と抵触する請求を規程当事国に対し行えないことになりますから、規程非当事国のロシアのプーチン大統領の逮捕・引渡しには困難を伴うことが予想されます。
実際の例を見ると、ICCが現職の国家元首に対して逮捕状を発行したのは今回が初めてではなく、ダルフール紛争に関しスーダンのバシール大統領に逮捕状が発行されていて、こちらのケースでは国連憲章第7章のもと国連加盟国にICCへの協力を義務付ける安保理決議1593が採択されていたため、少なくとも法理論上は、逮捕・引渡しはスムーズに行ってもおかしくないはずでした。
なぜなら、国連加盟国は国連憲章第103条に従い、国連憲章上の義務と抵触する他の国際法上の義務が存在する場合、前者を優先する決まりになっているため、一般国際法上の特権・免除に配慮する必要がありませんからね。
それでも規程第98条1項を根拠にしたアフリカ諸国の非協力的な姿勢もあって、バシール大統領の現職中には逮捕・引渡しが実現しなかったぐらいですし、ロシアの拒否権から安保理決議など望むべくもない今回のケースでも、ICCへの協力に難色を示す規程当事国が出てくるかもしれません。