日本にとって英国は台湾と並ぶ大事な友人
FNNが昨日、「英国が3月中にもTPP加入で大筋合意する」と報じました。事実なら大スクープですが、このFNNの報道自体、やや先走っている感は否めません。もっとも、英国はずいぶん前からTPP入りに強い意欲を示しており、また、これが実現すれば、日本にとって良いことこそあれ、悪いことはありません。英国はかつて日本と軍事同盟を結んでいた相手国ですが、それと同時に現在の日本にとっても、経済、金融、外交、軍事の各方面において立場を強化するうえでカギとなる、台湾と並ぶ潜在的な友好国だからです。
目次
「環太平洋パートナーシップ」協定
TPPとは “Trans-Pacific Partnership” のことで、日本語としては「環太平洋パートナーシップ」と訳されます。
当初は米国を筆頭に、日本、豪州、チリ、メキシコ、シンガポール、ニュージーランドなど合計12ヵ国での発足を目的に関係国で協議が進められていたのですが、ドナルド・J・トランプ政権が発足した直後の2017年1月に米国が協議から離脱。
その後は米国を除く11ヵ国が参加する「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」、あるいは英語の “Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership” を略した「CPTPP」が、2018年12月30日に発効しています。
ただし、外務省『環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉』のページによると、18年12月の発効時に国内手続を終えて加盟したのは7ヵ国、その後は2ヵ国が国内手続を終えていますが、残り2ヵ国はまだ国内手続が終わっていないようです。
2018年12月30日の発効時に加盟した7ヵ国
- メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、ベトナム
その他の4ヵ国の状況
- 2021年9月19日に加盟…ペルー(同年7月に国内手続完了)
- 2022年11月29日に加盟…マレーシア(同年9月に国内手続完了)
- 国内手続未了…ブルネイ、チリ
ちなみにこの「CPTPP」のことを、政府は「TPP11」(ティー・ピー・ピー・イレブン)などと呼ぶこともあるようですが、ブルネイとチリの2ヵ国がまだ国内手続を終えていないため、個人的には「TPP9」(ティー・ピー・ピー・ナイン)などと呼んだ方が正確ではないか、という気がしないではありません。
いずれにせよ、厳密にいえば「TPP」は「TPP12」、つまり米国が離脱する前の2015年11月時点の協定であり、これと区別するために、現在の協定を「CPTPP」ないし「TPP11」と呼んでいるようですが、実務上は「CPTPP」や「TPP11」などもまとめて「TPP」と呼んで良いでしょう。
FNN「英国が3月中にもTPP加盟で大筋合意か」
さて、前置きはともかくとして、「これが事実なら大スクープ」、といったところでしょうか。
FNNは28日、TPPに英国が加入することで「3月中にも大筋合意する」ことが「取材でわかった」と報じました。
【独自】イギリスがTPPに加盟へ EU離脱後から各国と交渉 12カ国目、日本に次ぐ経済大国
―――2023/03/28 14:51付 Yahoo!ニュースより【FNNプライムオンライン配信】
FNNはこう述べます。
「複数の政府関係者によると、3月中にも、12カ国目としてイギリスが加盟することで大筋合意するという」
…。
事実ならば、大変に良い動きです。
実際、英国のTPP入りという話は、以前から散発的に報じられてきた論点でもあります。
たとえば、Bloombergによると、英国のケミ・バデノック国際通商大臣は23日、下院で「我々は直ちに(TPPに)加盟することを検討している」(原文でいえば “We are looking to join imminently” )と述べたそうです。
UK Looks to ‘Imminently’ Join Trans-Pacific Trading Block
―――2023年3月23日 20:52 JST付 Bloombergより
そのうえでバデノック氏は「交渉は順調であり、良いニューズがあるだろう」( “We have reached a great stage in negotiations <and will have> good news <in due course>“ )と述べた、などとしています。
ちなみにBloombergによると、英国は3年前の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)以降、脱EUの「メリット」を生かすためにTPP入りを模索してきたと指摘。すでにTPP11のうち半数以上の国と貿易協定を結んでいるものの、TPP入りは「世界GDPの13%の経済圏」のメリットをもたらすとしています。
ただし、TPP入りを巡っては、野党・労働党が残留農薬などの基準が弱まることなど、食品基準を理由に反対しているそうですが、バーデノック氏は「英国は食品の基準を守るために努力している」と応じたのだとか。
「今月中」…本当に!?
もっとも、英国が「なるべく早くTPP入りを目指している」ことに関しては間違いなさそうですが、それと同時に今回のFNNによる「3月中の英国のTPP入り内定」については、どうも留保が必要であるという気がします。
その理由はいくつかあるのですが、その最大のものは、昨晩時点でFNNしかこれを報じていないようである、という事実です。
FNN以外に英国のTPP入りを報じた記事としては、たとえばロイターの次のものがあります。
Britain to join Trans-Pacific trade pact as soon as this month -FNN
―――2023/03/28 16:53 GMT+9付 ロイターより
しかし、この記事はタイトルでもわかるとおり、「日本のフジ・ニューズ・ネットワークが火曜日に報じた」というものであり、ロイターの独自取材に基づくものではありません。
また、『ポリティコ』が今月1日に配信した、「TPP入りはリシ・スナク政権にとってブレグジット以来の成果となり得る」とする記事を読むと、やはり「数日中に加盟することで大筋合意に達しようとしている」、などと記載されていましたが、この記事から「数日」どころか、すでに1ヵ月近くが経過しています。
UK closing in on major Pacific trade deal after Sunak’s Brexit breakthrough
―――2023/03/01 4:24 PM CET付 POLITICOより
先ほどのFNNの報道では「3月中に」という話でしたが、本日はすでに3月29日であり、「3月中」だと実質的にあと2~3日しか残されていません。
こうした状況を踏まえると、英国がTPP入りを模索していることはほぼ間違いないにせよ、現段階ではFNNの報道を裏付けるには若干力不足であり、英国の正式なTPP入りに向けて、もう少し情報が欲しいところです。
英国は日本にとって重要な国:安倍総理のFOIPが実現へ
もっとも、英国がTPP入りすれば、日本にとっても大きな成果です。
故・安倍晋三総理大臣が提唱し、菅義偉総理大臣が強く推進した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」(『近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた』等参照)が、少しずつ現実化しつつある証拠にもなるからです。
日本時間の土曜日早朝、菅義偉総理は訪問先の米国で史上初の対面での日米豪印首脳会談に臨みました(厳密には、今年3月のテレビ会議を含めれば、首脳会談としては2回目ですが…)。少しインドのトーンが弱いというのは気になるところではありますが、ただ、今後は「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)が日本外交における基軸となることは間違いありません。まさに菅政権の最後の仕上げ、というわけです。クアッドではなくFOIPが重要先日の『日本外交は「クアッド+台湾」>「中露朝韓」の時代へ』では、「最後の最後まで仕... 近隣国重視から価値重視へ:菅総理が日本外交を変えた - 新宿会計士の政治経済評論 |
安倍総理は「自由、民主主義、法の支配、人権」といった普遍的価値の大切さを早くから提唱してきましたが、ロシアによる違法なウクライナ侵略以降、G7を中心とした西側諸国がこの理念のもとに結束することが、これまで以上に大切になってきています。
おりしも中国による違法な海洋進出や台湾海峡危機の高まりを受け、ウクライナ戦争は私たち日本人にとっても他人事ではなくなりましたし、日本人を拉致した犯罪国家・北朝鮮は、最近、頻繁にミサイル発射などを行っています。
こうしたなかで、共通の「ルールに基づく秩序」を重んじる国が増えてくることは、日本にとってプラスにこそなれ、マイナスになることはあり得ません。
英国は外交面でも軍事面でも重要な相手国
しかも英国はかつて同盟を結んでいた相手国でもありますし、日本にとっての現在の同盟国である米国を介し、間接的な同盟国のようなものでもあります。その英国は米国その他の諸国との間で、「ファイブアイズ」(英米豪加NZ)や「AUKUS」(豪英米)などの枠組みを設けています。
そんな英国が日本と防衛協力を深めていけば、近い将来発生するかもしれない台湾有事や半島有事に備えるという意味でも、また、北朝鮮などの「瀬取り」行為を取り締まるという意味でも、日本にとっては大変に有意義なことにあります。
とりわけ英国や豪州の間では、「AUKUS」を「JAUKUS」(日豪英米)に、「ファイブアイズ」を「シックスアイズ」(日英米豪加NZ)に発展させるような構想がある、といった話も聞こえています(『中国共産党が恐れる「シックスアイズ」こそ日本の進路』等参照)。
ファイブアイズ、という「同盟」があります。これは、米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドの5ヵ国がおもに軍事情報などを共有するための協定ですが、これについて①たんなる軍事情報協定から資源・経済同盟に拡充させるべき、とする議論と、②これに日本を招き入れて「シックスアイズ」に発展させるべき、とする議論が、おもに英国や豪州の保守派の議員から提起されています。ただ、この議論に対し、中国共産党の機関紙である環球時報が、「米中対立局面で日本は米国の味方をするな」と主張しているのです。ファイブアイズファ... 中国共産党が恐れる「シックスアイズ」こそ日本の進路 - 新宿会計士の政治経済評論 |
すなわち、英国は外交面でも軍事面でも、日本にとっては非常に重要な潜在的友好国、というわけです。
日本が目指すべき多国間連携
日本としては日米同盟を基軸に据え、経済面ではCPTPPで先行して豪州、英国などとの関係を深めつつ、金融面では日米英欧瑞加6ヵ国・地域の為替スワップ網を維持しつつ、外交面ではクアッド(日米豪印)やG7に主軸を置きつつ、軍事面ではJAUKUSとシックスアイズで立場を強化するのが国益でしょう。
図表 日本が目指すべき方向性とは…?
分野 | 枠組み | 関係国 |
経済面 | CPTPP | 日豪NZなど11ヵ国 |
金融面 | 常設型為替スワップ | 日米英など6ヵ国・地域 |
外交面 | G7、クアッド | 日米英独仏伊加+日米豪印 |
軍事面 | JAUKUS、シックスアイズ | 日米英豪加NZ |
(【出所】著者作成)
そして、将来的にはこれらの枠組みに、日本と基本的な価値を共有し、戦略的な利益を共有する大切な友人である台湾にも入ってもらうと、よりいっそう日本の立場は頑強になるでしょう。その意味で、英国は台湾と並び、日本にとって潜在的にもっとも重要な相手国のひとつなのです。
いずれにせよ、岸田文雄・現首相におかれては、「約束を破るウソツキ国家」との「関係改善」よりも、こうした潜在的な友人を大切にする方が遥かに重要であるという点をしっかりと認識していただきたいところですが、いかがでしょうか?
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>いずれにせよ、岸田文雄・現首相におかれては、「約束を破るウソツキ国家」との「関係改善」よりも、こうした潜在的な友人を大切にする方が遥かに重要であるという点をしっかりと認識していただきたいところですが、いかがでしょうか?
岸田文雄氏は「約束を破るウソツキ国家」が「もう約束を破らない!トラスト ミー!次の政権は知らんけど!」と言ってるのを信じるのに一生懸命なので、基本的価値観を共有する潜在的な友人との関係構築に何処まで気が回るものか…。
ウクライナ訪問等、良いこともやっている岸田さんだが、厳しくもの申すべきリン外相が、お土産もってへらへらと晩餐会出た日にゃ、全て台無しになること、分かっているのだろうか。
英国TPP加盟、大歓迎。貿易、金融、そして防衛同盟として大変信頼できる友邦国です。地理的にも欧州を海で渡った所なので、対露、対中に背後から襲えます。
日本を加えた「JAUKUS」、「シックスアイズ」に成るのが日本の進むべき道ですね。
対中戦略だけでなく、対米けん制という意味でも非常に重要なので速やな英国のCPTTP正式加入を期待します。
併せて、ルールを守ることも重要ですが、ルールを作ること、それを守らせることも負けず劣らず重要であり、英国加入後のCPTTPで日本の政治家、経営者には是非英国を見習ってもらいたい。
そのためには国力維持・増強が必要で、その点では英国は反面教師。
特に外交。英国ほどえげつなくとは言わないが、エッセンスくらいは取り入れても良いのでは。
素晴らしい!
あとは台湾の早期加盟と
中国・韓国の排除で良いですね。
英国は、ヨーロッパを離れて世界に目を向けたほうが良いのかもしれませんね。
大英帝国の復活を目指すなら、インド太平洋地域での存在感を示すことが不可欠だと思います。
日本にとっても、英国との関係を深めることは、対米、対EUとの立場を強化すると思います。
英国とは、戦闘機の開発でも協力する予定ですので、日英関係は新たな段階を迎えることになると思います。
以前の日英同盟は対ロシアでしたが、今後は日英共同で、対中国+ロシアについて協力するという形になるのでしょうかね。
但し、日本は今まで米国の顔色を見ながら政治を行ってきましたので、英国と対等に付き合っていくためにはより一層外交力を高める必要があると思います。
TPPはともかく、シックスアイズとかのような進展は岸田政権では信用的に無理じゃないでしょうか?