「金星」と書いて「まあず」と読むのが気に入らなければ、自分で「うえぬす」なり「あふろでいて」なり、勝手に読み方を変更すれば良いではないか――。そういう対応が、戸籍法改正で難しくなりそうです。現在は記載されない「名前の読み方」が、戸籍に記載されるようになるからです。もっとも、あわせてこれを機に難読名も一掃されるのでしょうか?
「兎良」「揺無」…読めねぇ!
以前からしばしば当ウェブサイトで取り上げてきた話題のひとつが、「難読ネーム」です。
「兎良」、「揺無」、「恋空」といった、普通に社会生活を営んでいるとまず絶対に出会えないような名前もあれば、「金星」、「雪」、「輝星」などの、「ちょっとひねった系」の名前もあります。
兎良♀
ばにら。「兎」を「ばに」、「良」を「ら」と読んだものか。「兎」を「ラビット」ではなく「バニー」と読む時点で想定外であり強烈。いわゆる「豚切り」系。読めない。
揺無♂
ゆるぎな。漢文の素養があれば「無揺」ではないか、といった指摘もある模様。読めない。
恋空♀
るあ。「恋」の音読み「れん」を無理やり「る」と読ませたうえ、「空」の訓読み「あ(く)」をぶった切ったものか。読めない。
金星♂
まあず。いわずと知れた珍名の代表格。ちなみに火星を意味するラテン語の「マールス」(Mārs)は男性の軍神であるため、男の子に付けるのは間違いではないとの説もあるが、「金星」だと女性の美の女神(ギリシャ語でアプロディーテー、Ἀφροδίτη)を意味するため、あまり男の子に付けるべき名ではないかもしれない。
雪♀
あな。某人気映画の主人公に由来か。一部では「どうせ『あな』と名付けるなら『全日空』にしたら?」といった指摘もある模様。読めない。
輝星♂
べが。詳しくは『「輝星(べが)君の改名問題」について考える』等参照。読めない。
「輝星」と書いて「べが」君。「美音」と書いて「りずむ」ちゃん。この手の名前を見ていると、個人的には違和感を禁じ得ません。社会通念、常識から大きく逸脱した名前を「キラキラネーム」、あるいは「DQNネーム」などと呼ぶそうですが、どうせ書くのであれば、いっそのこと「金星」と書いて「まあず」と読ませるくらいの破壊力があっても良いのかもしれませんね。【参考】「金星(まあず)」君弁護士ドットコムが面白い!自宅で喫煙の60歳教頭、15日の停職に!?『弁護士ドットコム』というウェブサイトがあります。当ウェブサイ...
「輝星(べが)君の改名問題」について考える - 新宿会計士の政治経済評論七音♀
どれみ。7音階(和「ハニホヘトイロ」、英「CDEFGAB」)のイタリア語読みの最初の3音階をとったものか。読めないだけでなく教養もない。
主人公♂
ひいろう。一般に英語で物語の男性主人公を「ヒーロー」と呼ぶことがあるようであり、決して間違っているわけではない…のかな?
難読ネームの傾向と対策
これらの珍名に、「常識的には読めない」という点を除けば、とくに共通点らしい共通点はありません。強いて言えば、いくつかの「傾向」が確認できる、といったところでしょうか。
ちなみに著者自身の分類で恐縮ですが、この手の難読ネームには大きく分けて「なぞなぞ系」、「当て字系」、「単なる無教養系」などに別れるようです。
「なぞなぞ系」とは、漢字から意味を類推させるというもので、「理想郷(ゆとぴあ)」、「諸星(らむ)」、「赤彗星(しゃあ)」、「大熊猫(ぱんだ)」、「六月(じゅん)」などがその典型例ですが、「金星(まあず)」も考えようによってはこの手の「類推系」といえるかもしれません(類推できませんが)。
一方で「当て字系」とは、漢字の訓読みや音読みを駆使するなどし、強引に当てはめた読み方であり、「混乱(まぜらん)」、「今鹿(なうしか)」などはその典型例でしょう。
さらに「単なる無教養」とは、純粋に名付けた人に教養がないというケースでしょう(上記も「単なる無教養ではないか」、との疑問も浮かびます)。「海月」で「みづき」、「心太」で「しんた」、「遊女」で「ゆな」のように、「別の意味」を持っている単語を名づけに使ってしまうケースなどがわかりやすいかもしれません。
なぞなぞ系
たとえば「理想郷(ゆとぴあ)」、「諸星(らむ)」、「赤彗星(しゃあ)」、「西洋麺(ぱすた)」、「大熊猫(ぱんだ)」、「六月(じゅん)」など。読めない。
当て字系
たとえば「混乱(まぜらん)」、「今鹿(なうしか)」など。読めない。
無教養系
たとえば「海月(みづき)」、「心太(しんた)」、「遊女(ゆな)」。それぞれ海でクラゲを見たことがない、トコロテンを食ったことがない、遊郭という存在を知らない人たちなのかな?
これら以外にも、たとえば「読まない文字を名前に使う」といった系統もあります。たとえば「萌咲」と書いて「さき」と読ませる事例があるようですが、この場合、「萌」はいったいどこに行ってしまうのでしょうか?
まったくもって意味不明です、
「読み方」は戸籍に記載されないが…
もっとも、現時点の戸籍法では、人名の「読み方」については定められていません。
極端な話、ややこしい改名手続をしなくても、自分が好きな読み方に変えてしまう、ということもひとつの手です。「金星」と書いて「まあず」と読むのが嫌ならば、「あふろでいて」や「うえぬす」などに自分で勝手に変更してしまえばよいのかもしれません。
もっとも、こうした「読み方の変更」自体が困難になるのかもしれません。
戸籍に読み仮名、閣議決定 キラキラネームに一定基準 「一般に認められるもの」
―――2023/3/7 08:52付 産経ニュースより
産経ニュースによると、政府は7日、戸籍上の「読み仮名」を必須とする戸籍法改正案などを閣議決定したそうです。
そのうえで、いわゆる「キラキラネーム」(あるいは「DQNネーム」でしょうか?)など「本来と異なる漢字の読み方にルールを設け、許容範囲を『氏名に用いる文字の読み方として一般に認められているもの』と明記する」、としています。
法律は最速で令和6年に施行され、新生児が初めて戸籍に乗る場合は読み仮名を付けることが義務付けられるほか、すでに戸籍がある国民は施工後1年以内に本籍地の市区町村に届け出ることとされているのだそうです。
「一般に認められる範囲とは?」
もっとも、ここで気になるのは、「一般に認められる範囲」の解釈です。
産経によると「一般に認められる範囲」については「常用漢字表や辞書への掲載がない場合も届け出人に説明を求めた上で判断」するとしており、これに関して法務省は、「許容されない事例」として、次のような基準を示しているのだそうです。
- 漢字とは意味が反対
- 読み違いかどうか判然としない
- 漢字の意味や読み方からはおよそ連想できない
ということは、「萌咲」は「さき」ではなく「もえさき」、「もさ」などにしなければならないのでしょうか。また、「金星(まあず)」に関しても、読み方を「アフロディーテ」などに変更しなければならないというのでしょうか。
ちなみに本稿で列挙した「兎良(ヴァニラ)」、「揺無(ゆるぎな)」、「恋空(るあ)」、「雪(あな)」、「七音(どれみ)」なども、認められる事例と認められない事例が混在しそうです。
また、たとえば戸籍法改正の折、もしも「輝星」君がうまく「べが」という読み方で認められたとしても、今後は「輝星(べが)」の読み方が気に入らないからといって、「輝星(ぽるっくす)」に変更する、といった対応は難しくなるでしょう。
シンプルに疑問も
もっとも、今回の戸籍法改正で、いくつかシンプルに疑問も浮かびます。それは、どこまで厳格に解するか、です。
たとえば「七音」については「どれみ」ではなく「どれみふぁそらし」、「はにほへといろ」、「CDEFGAB」などと読み替える必要があるのかどうか、気になるところです。
あるいは「真逆の意味合いになる読みが認められない」のであれば、「日本航空(あな)」は認められない可能性が高く、「赤彗星」で「がんだむ」などはもってのほかでしょう。
いずれにせよ、読み方を届け出るのであれば、これと併せて改正戸籍法施行に合わせて改名自体も幅広く認めるという対応が必要になるかもしれません(たとえば「雪(あな)」さんは「全日空(あな)」さんに改名するとか)。
このあたり、続報を待ちたいと思う次第です。
View Comments (11)
パスポートやクレジットカードにはローマ字表記の氏名しか印刷されていません(サイン等を除いて)。戸籍にフリガナの記載はないですが,そのあたりの整合性はどう考えていたのでしょう。
>輝星
あーる136えー1さんですよね。
もうすぐ『ごじらすたー』とよりかっこいい読みになるらしいですが(笑)。
ご存知の方も少なくないかも知れないけど
「戦国最強の中二病患者」こと伊達正宗の長女の名は「五郎八(いろは)」。
やまいぬ様
申し訳ありません。「戦国最強の中二病患者」は伊達政宗だと思います。
我が国における、いわゆるキラキラネームの最初の使用者は森鴎外とか。
子供たちにドイツ人風の名前(於菟、茉莉、不律、杏奴とか)をつけたり、孫の名前にとんでもない難解な?漢字を当てようとして息子夫婦ともめたりしたそうな。
熊猫(とか猫熊)ならパンダであってる
人名にするかどうかは別として
「ゔ」って人名に使えるんですかね。
キラキラネーム(^.^)。
あまりにも読めなさ過ぎは本人に可哀想ですね。最近の親御さんは、確かにヘンテコネームを付ける人がたまに居ます。ま、親そのものが無教養系というのは、スグにバレますわ(笑)。
私はこの歳になって、昨年初孫が2人も(別々に)授かりました。女の子です。可愛いですねー。ただし、名前だけは赤ちゃんが冷やかされるようなのは辞めとき!と息子に伝えました。命名をラインで見た時、「良い名前だ〜」と感動しました(孫バカのはじまり)。「嫁さんが付けた」なるほど〜。やはり若嫁さんは、ずーっと考えていたんだろうねー。しかし、出生が減っているこの時代に、2か月間に2人も授かるとは、ホントに嬉しい限りです!宮前平と吹田市なので、なかなか会えません。
虎雨鷺兎良: コウサギ トラ、雅風揺無:ガフウ ヨウブ、みたいな雅号ならワンチャン。
傾奇者の不便斎さんだって、本名は普通だけどもね……
自分はフリガナを、市役所で一度(いや二度か)、変えたことがあります。
戸籍に読み仮名などない、というのを知っていたからです。
フリガナの変更は、漢字を変える改名とは違って、裁判所で裁判をしなくても、市役所で「読み仮名変更届け」の書類を提出するだけで簡単に変えられます。役場の職員から、理由すら聞かれませんでした。
例えば、「優」という漢字で、本当は「すぐる」という名前なんだけど、「ゆう」って他人から呼んで貰いたかったので、「ゆう」にフリガナ変更をした、といった感じです。
ここ数年、戸籍にフリガナを付けますという予告があったので、悩みに悩んで「すぐる」というフリガナに戻しました。市役所や、運転免許などは何とか「ゆう」から「すぐる」に戻しましたが、パスポートは戻してません。今のところ証明もできないし、何か大変そうなので。パスポートのフリガナ、アルファベットは、戸籍法改正で「すぐる」に戻せるのかな?、と思っています。
今回の戸籍にフリガナを付けるという改正は、フリガナの改名まで裁判所にて裁判官の審判が必要になるということでしょうから、ちょっとこれは大変なことになったなと思っています。
日本語(だけでなく、たいていの言語がそうだが)の基本は音であるにもかかわらず、人名がなぜこのように混乱しているのか不思議なのだが、一応大辞典というものもあり、漢字には訓・漢音・呉音が規定されているにもかかわらず、自治体の住民課が受付続けてしまった、ということだろうか。
細かなことだが、こういう混乱も、社会の効率・ひいては生産性を損ねる。国語学者・当該官庁は猛省して正常化するべきだと思うが、やる気がないのか、大分以前に国語審議会は文化審議会の一分科会に格下げされたまま。なんだか、だらしない社会のようにみえる。