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筋が違う「輸出管理協議」と岸田首相の実務能力の低さ

くどいようですが、「日本が韓国に譲歩しなかった点があった」という理由で、今回の「岸田ディール」を「日本の勝利」だと考えてはなりません。その時点で「ゼロ対100」理論の罠に嵌っているからです。こうしたなかで、経産省がさりげなく対韓輸出管理適正化措置を巡り、「2019年7月以前の状態に戻すべく韓国と協議を開始する」と発表しました。

「ほぼ日本の完勝だ」は完全な間違い

自称元徴用工問題を巡って、日本政府がやってはならない譲歩をやってしまったのではないか――。

これについては、「日本としては勝利の条件を満たしている」、「日本が韓国に敗北したわけではない」などと述べる人が多いのは事実でしょう。

いわく、「日本企業の資産売却は避けられた」。

いわく、「岸田文雄首相が新たな謝罪談話を出すことは回避した」。

さらには、尹錫悦(いん・しゃくえつ)韓国大統領が「3・1節演説」で、日本を「普遍的価値を共有するパートナー」と呼んだことは、「日本に謝罪を求めることが多かった歴代韓国大統領と異なり、尹錫悦政権の日韓関係改善にかける意欲が本物であることの証拠だ」、などとしたり顔で述べる者もいました。

要するに、「外交は相手があることだから、日本が100%勝つことはあり得ない」、「今回のディールは日本が90%勝ったのだから、ほぼ日本の完勝だ」、といった理屈でしょう。

しかし、これらの考え方は、間違っています。

昨日の『【日本外交の敗北】林外相は韓国政府の対応を「評価」』や今朝の『自称徴用工問題で安倍総理の遺産を食い潰した岸田首相』でも相次いで報告したとおり、韓国が好む戦略のひとつに「ゼロ対100理論」というものが存在するからです。

日本国民は外務省や宏池会政権が考えるよりも遥かに賢い自称元徴用工問題で韓国に譲歩するという愚かな決定を下した宏池会政権に対し、著者自身は「失望」はしていますが、「絶望」はしていません。なぜなら私たち日本国民は賢明だからです。その証拠が、「日韓関係改善だ」と前のめりになっているオールドメディア各社の報道に対し、『Yahoo!ニュース』やツイッターなどで垣間見える一般日本国民の反応が冷ややかであるという点でしょう。ゼロ対100に嵌る人たち喜々として記事をツイートした佐藤正久氏韓国政府が6日に公表した自称元...
自称徴用工問題で安倍総理の遺産を食い潰した岸田首相 - 新宿会計士の政治経済評論

ゼロ対100理論の罠に嵌っていませんか?

ここで「ゼロ対100」理論とは、本来ならば自分たちの側に100%の過失があるにも関わらず、詭弁や屁理屈を駆使し、自分自身の過失割合を減らすような態度のことです(『「ゼロ対100」が大手メディアに掲載される時代に!』等参照)。

自称元慰安婦問題は、日韓歴史問題のなかでも、韓国にとっては「最も成功した謝罪利権」であることは間違いありません。なにせ、もともと存在しなかった問題を捏造し、それにより日本をひれ伏させ、延々謝罪させることに成功したのですから、気持ち良くてたまらなかったのではないでしょうか。こうしたなか、「ゼロ対100」という、どこかの怪しげな自称会計士が唱えている用語が、新聞に掲載されたようです。単なる偶然でしょうか?それとも…。ゼロ対100理論おもに無法国家が好む「ゼロ対100」理論当ウェブサイトではこれまでしばしば...
「ゼロ対100」が大手メディアに掲載される時代に! - 新宿会計士の政治経済評論

「今回のディール、日本の勝ち分は90%で、韓国の勝ち分は10%だった」。

この時点で、すでに相手の術中にはまっているのです。

もちろん、「今回のディールでは日本の勝ち分が従来の日韓交渉と比べて非常に大きかった」という見方自体は、ある意味では正しいものです。実際、韓国国内ではこの自称元徴用工問題の解決案を巡り、自称元徴用工らがデモ活動を行った、といった報道もあるからです。

「物乞いするような金は受け取らない」 外交部前でデモ…強制動員賠償案に反発

―――2023.03.07 06:48付 中央日報日本語版より

要するに、「韓国政府が国内世論を説得しなければならない状態に追い込まれたのだから、裏を返せば日本の勝利だ」、という論調ですね。

しかし、それはあくまでも無理やり自分を納得させているだけに過ぎません。

そもそも論として、「ゼロ対100理論に基づくゼロサムゲームでは、最大限勝てたとしても、日本の取り分はゼロである」、という点をすっかり忘れてしまっています。つまり、勝利割合が「日本90、韓国10」だった場合、日本は10失い、韓国は10を獲得する、ということです。

今回の自称元徴用工ディール、韓国にとっては自称元徴用工判決にかかる賠償金を日本企業からむしり取ることには失敗しましたが、2018年10月と11月の3件の違法判決の是正をしなくて済んだわけですから、これは大勝利というほかありません。

また、岸田首相が新たな「おわび談話」を出さなかったという事実をもって「日本の圧勝に向けた前進」などと述べる者もいます(たとえば例の「口だけ達者な髭の隊長」あたりがその典型例でしょうか)。しかし、これも正直、認識が甘過ぎでしょう。

さらに不可解な経産省の発表

こうしたなかで、さらに不可解な発表が経産省からなされています。

日韓の輸出管理に係る発表

日韓両国政府は、輸出管理に関する日韓間の懸案事項について、双方が2019年7月以前の状態に戻すべく、関連の二国間の協議を速やかに行っていくこととしました。

このため、日韓間の輸出管理政策対話を近く開催することとしました。

なお、韓国政府は、関連協議が行われる間、WTO紛争解決手続きを中断することにしました。

貿易経済協力局貿易管理課長 黒田

担当者: 平山、久保寺

電話:03-3501-1511(内線 3295)

03-3501-1479(直通)

メール:bzl-boeki-kanri-inquiry★meti.go.jp

※[★]を[@]に置き換えてください

―――2023年3月6日付 経済産業省HPより

経産省によると、日本政府が2019年7月に発表した韓国に対する輸出管理の適正化措置を巡って、「双方が2019年7月以前の状態に戻すべく、関連の協議を速やかに行っていく」、などと唐突に発表しました。

「不可解」というのは、そもそも経産省などのこれまでの発表に基づけば、日本政府が韓国に対する輸出管理手続を厳格化した理由は、日本政府において韓国に対する信頼が損なわれたのに加え、「不適切な事案」が生じていたからです。

ということは、輸出管理はその国の実情に合わせて運営していけば済む話であり、実際、韓国を「(旧)ホワイト国」、すなわち現在の「グループA」から「グループB」に引き下げた理由も、「韓国の輸出管理自体がグループAにふさわしくないから」、というものだったはずです。

ということは、韓国の輸出管理の現状が「グループA」にふさわしければ、経産省がそれを見直して「グループA」にすれば済む話であり、逆に韓国の輸出管理が「グループB」でも甘いと判断すれば、経産省がそれを見直して「グループC」にでもすれば済む話でしょう。

なぜ「2019年7月以前に戻す」という「結論ありき」で話を進めるのでしょうか?

しかも、韓国が日本をWTOに提訴している件については、「取り下げ」ではなく「中断」とあります。

この点、西村康稔経産相は先月21日の会見で、自称元徴用工問題と「輸出管理の問題」を巡って、両者は「まったく別の問題」としたうえで、輸出管理については「韓国の適切な対応が必要」と述べていたはずです(『輸出管理で「韓国側に適切な対応求める」=西村経産相』等参照)。

対韓輸出管理適正化措置と自称元徴用工問題を巡り、西村康稔・経済産業省が21日の閣議後記者会見で、両者を「まったく別の議論だ」としたうえで、対韓輸出管理緩和を巡っては「まずは韓国が開始したWTOのプロセスを停止することが何よりも必要」、「韓国側に適切な対応をまずは求めていきたい」と述べたそうです。まったくの正論です。岸田首相に聞かせてやりたいほどです。自称元徴用工問題と輸出管理適正化は別問題これまで何十回、何百回となく申し上げてきたとおり、日本政府が2019年7月に発表した韓国に対する輸出管理の厳格...
輸出管理で「韓国側に適切な対応求める」=西村経産相 - 新宿会計士の政治経済評論

経産省内でいったい何が発生したのでしょうか。

西村氏自身も変質してしまったのでしょうか。

謎は尽きません。

日本国民は非常に賢い

もっとも、こうしたなかで、やはり一般国民が日本政府(というよりも宏池会、外務省、経産省)などに対して注ぐ視線の冷ややかさは、いくつかのメディア記事でも明らかでしょう。

たとえばTBSが『Yahoo!ニュース』に配信した次の記事を読むと、本日午前10時過ぎの時点で2700件を超える読者コメントが付されています。

韓国がまた“ちゃぶ台返ししないか”という疑念も…岸田総理「健全な関係に戻すためのものとして評価」徴用工問題“解決策”発表

―――2023/03/06 16:52付 Yahoo!ニュースより【TBS NEWS DIG配信】

エコノミストで経済評論家の門倉貴史氏はこの記事に対し、「今回、韓国側が示した徴用工問題の解決策によって、この問題が完全に決着したとみることはできない」としたうえで、次のように述べます。

韓国では政権交代のたびに対日政策が大きく変わってしまい、慰安婦問題や徴用工問題が蒸し返されてきたからだ。韓国との経済関係を強化しすぎると、政権交代で韓国の対日政策が180度変わったときに、日本経済や国内企業が大きなダメージを受けるリスクがあるだろう」。

まったくそのとおりです。

そして、日本企業の経営者はこのリスクをあまりにも軽視し過ぎています。

門倉氏はこう続けます。

そもそも日本が半導体の部品輸出について、韓国をホワイト国から除外したのは、韓国が輸出管理を適切に行っていなかったからであり、徴用工問題とは何の関係もないことだ。それを韓国が『政治的な動機』として反発し、WTOに提訴していたのであって、徴用工問題の解決と輸出規制の解除をパッケージにするべきではない」。

ちなみにこの門倉氏のコメントに対する「参考になった」という評価は1万件を超えていますが、それだけではありません。一般のユーザーによるこんな趣旨のコメントにも、非常に高い評価が付されています(※引用に当たっては不適切な表現を修正しています)。

絶対にちゃぶ台返しにあう。韓国は約束を絶対に守らない。慰安婦合意と同じで、解決しない。あのときも米国は民主党政権で、副大統領がバイデン氏、日本の外務大臣が岸田氏だった」(「いいね」は33235件)。

政権が変われば反故されます。募集工はそもそも韓国の国内問題ですので、関わらず放置しておくのが最善と思います。レーダー照射問題等も解決してない間は協議する必要もありません」(「いいね」は15510件)。

過去の談話を踏襲して謝罪をすることに反対します。これは河野談話以上の衝撃的な結果をもたらします。日本人の名誉と尊厳は未来永劫毀損され続けます。日本は国際社会から悪のレッテルを貼られ続けます」(「いいね」は13007件)。

一括解決って間違っていませんか?徴用工や慰安婦はすでに解決済みで韓国の国内問題。日本からもらったおカネは韓国発展のために使ってしまいましたっていわないんですかね?レーダー照射も解決していませんよ」(「いいね」は12344件)。

岸田首相の実務能力の著しい低さ

これらの読者コメント、正直、宏池会政権や外務省、経産省の役人らと比べて、はるかにマトモで見識のある見解ばかりです。

これで一般日本国民を騙せると思えるというのが謎です。

というよりも、今回の自称元徴用工問題を巡るディールで痛感したのは、岸田文雄首相率いる岸田「宏池会」政権の著しい実務能力の低さです。

2015年の日韓慰安婦合意のときのような「肉を切らせて骨を断つ」という力技は、安倍晋三総理大臣、そして安倍総理の下で当時の官房長官を務めていた菅義偉総理大臣のコンビネーションだからこそ出来たようなものかもしれません。

今回の「岸田ディール」も、辞任後も自民党最大派閥を率いていた安倍総理が亡くなり、無派閥の菅総理では岸田現首相に対する抑えが十分に効かないなかでなされたものだと考えると、トップに誰が立つかで日本の命運が大きく変わるという点において、本当に恐ろしい事例であることは間違いありません。

もちろん、岸田内閣には安保3文書の制・改定や原発再稼働・新増設方針などのような「成果」も上がってはいるのですが、それらのうち安保に関しては、どちらかといえば安倍、菅両総理の路線を踏襲したものに過ぎません。

それに、2015年の世界遺産登録、慰安婦合意などに「当事者として」関わっていたわけですから、これで予定通り韓国がいずれ「ちゃぶ台返し」をしたら、「韓国に3度騙された政治家」として、歴史に名を刻むことでしょう。

いずれにせよ我々有権者としては、岸田首相に対して自民党内がこれからどう動くかについては、とりあえずじっくりと見極める必要がありそうです。

新宿会計士:

View Comments (22)

  • >>「双方が2019年7月以前の状態に戻すべく、関連の協議を速やかに行っていく」
    日本は戻さないとは言っていない程度と捉えれば、あまり悲観的に捉える必要は無いのでは無いかと思いますが。
    米中関係で、日本が韓国を説得する機会が増えた程度で宜しいのでは無いでしょうか。

  • これからスワップをくれとか言ってくるんじゃない?

    焼け太りを許すな。

  • 輸出管理厳格化措置の見直しは、韓国側の貿易管理態勢(←体制ではない)・実務実績の是々非々により判断されるべき事柄です。
    要件に適合すれば緩和し、そうでなければ塩対応を続ければ良いだけことです。

    飽くまでも「要件に適合すれば」との前提条件を崩さないでほしいですね。

  • >日韓両国政府は、輸出管理に関する日韓間の懸案事項について、双方が2019年7月以前の状態に戻すべく、関連の二国間の協議を速やかに行っていくこととしました。

    この経産省の発表が韓国政府の自称元徴用工解決策発表、日本政府の「評価する」表明と同日に行われた点も従来の日本政府の主張「自称元徴用工問題と輸出管理厳格化とは全く次元の異なる問題で関係はない」に相反します。

    これでは輸出管理厳格化措置は日本政府の「関係ない」は表向きで、韓国が固執する自称元徴用工問題の報復措置と白状したようなものでしょう。

    たとえ本音はそうだとしても、このようにあからさまなタイミングで「以前の状態に戻す」発表はするべきではないでしょう。今後同種シチュエーション下で日本政府が打ち出す方策は何を言おうと相手国から報復だと決めつけられます。

    安倍政権が苦労して作ったロジックを安易に破壊した副作用は今後の外交で嘘つき呼ばわりされる可能性すらあります。外交上の建前は1ミリも後退させてはなりません。

  • おい、団塊世代(保守も含む)
    テレビを今すぐ切れ!今もつけてるだろ?
    碌でもない反日マスコミの意見を頭にいれるな!
    あんたらは韓国に甘すぎるから、こうなったんだ
    田中角栄から鳩山由紀夫までの約50年間の日本の国益を損なってきたことを申し訳なく思いなさい
    救う価値のない韓国人に申し訳なく思うのはやめなさい
    むしろ、彼らに失礼だ

  • アメリカがイラン核施設に忍び込ませているヒューミントからの報告によればウラン濃縮に必須のフッ化水素が大量に見つかった。ロット番号から日本から韓国に輸出されたものだった。
    こんなことヒューミントの命にかかわるから言えないよね。

  • 慰安婦合意と同じく韓国が反故にするという前提でやってるのかな?ちゃんと被害を最小限にしつつ疎遠にできるように努めていただきたいのだわ。

  • 「上からの指示」なのでしょうね。経産省の担当部署におかれましては、韓国や上の人の顔を立てる名分はあげたとしても、戦略物資の対韓輸出は実質的に管理下に置くような省令だか通達もセットにして欲しいものです。安全保障に関する事案ですから。面従腹背で。

  • ごく少数の政治グループが運転手気取りで社会規模の宮廷工作のようなことをやっているような嫌な印象がしてなりません。何が起きているのでしょうか。

  • 「日韓関係、特に貿易を以前の形に戻す(B→Aか?)」。
    「徴用工問題は韓国企業が財団に募金する」。
    「日本企業は自主的に参加したい所は出損して良い」。

    こんな子供騙しな結論を言われっぱなしで良いのですか?黙ってたら、日本は韓国の言う事を承認した事になります。佐藤正久議員も両手を挙げて絶賛している。阿呆かいな。

    結局、日本側は断固とした態度を取れなかった。米国も圧をかけたのか。また数か月後、イチャモン付けますヨ、韓国は。
    それと韓国国内では自称元徴用工問題の解決案を巡り、自称元徴用工らがデモ活動を行った、といった報道がある。つまり、決定に納得してない。尹は民意に弱いから、また日本にオネダリしてくるのは、間違いない。

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