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「たった53秒」のために国益を犠牲にした日本の国会

かねてより、国会日程中に首相や閣僚を国会に縛り付ける日本の国会運営は日本の国益を損ねてきましたが、林外相のG20欠席を巡り、与野党の責任の押し付け合いが始まったそうです。著者自身は本件を巡り、最も大きな責任は最大野党・立憲民主党にあると考えていますが、やはり岸田文雄首相の指導力ないし調整力の弱さという問題についても指摘しておく必要があります。

G20会合欠席という「あり得ない決断」

たった53秒のためだけに、あれだけ外交上の国益を損ねた――。

有権者としては、何とも納得がいかない話です。

インドで開催されていたG20外相会合に、日本の林芳正外相が「国会日程」を理由に出席しなかったという話題については、当ウェブサイトでも『国際的な信頼関係ぶち壊す林外相「G20欠席」の衝撃』で「速報」的に触れました。

せっかく安倍、菅両総理が作り上げてきた「FOIP」という遺産を、岸田文雄・現首相や林芳正外相らは台無しにし、潰してしまうつもりなのでしょうか。林外相は予算審議を名目として、G20外相会合やクアッド外相会合に参加しないつもりだそうですが、時事通信によるとインドのメディアはこれについて「信じられない決定」と総じて批判的に報じているそうです。当たり前でしょう。故・安倍晋三総理大臣が私たち日本人に遺してくれた最大の遺産のひとつは、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」ではないでしょうか。このFO...
国際的な信頼関係ぶち壊す林外相「G20欠席」の衝撃 - 新宿会計士の政治経済評論

改めて説明するまでもありませんが、インドは今年のG20議長国であり、日本は今年のG7議長国です。G20議長国が主催している国際会合のなかでもとくに重要度が高い外相会合に、G7議長国の外相が参加しないというのは、常識的に考えれば「あり得ない決断」です。

しかも、菅義偉総理大臣や故・安倍晋三総理大臣の「置き土産」である「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を推進していかねばならない立場にある現在の日本にとって、インドは「日米豪印クアッド」の一角を構成しているという意味において、極めて重要な相手国です。

さらには、ウクライナ戦争の開戦から1年が経過するなかで、「侵略国」であるロシア、そのロシアに対する制裁に及び腰な中国からも外相がやって来るという場は、無法国家群に対してG7としての立場をぶつける絶好の機会でもあります。

硬直的な国会運営

この点、「G20がほぼ形骸化しているフシがある」という点については、著者自身、必ずしも否定するものではありませんが、だからといってG7議長国の外相が、よりにもよってインドで開かれた今回のG20に参加しなかったことは、日本だけでなくG7全体、ひいては自由・民主主義国全体にとっても大きな損害です。

ではなぜこんなことになったのか――。

その原因は、日本の硬直した国会運営にあります。一般に首相や国務大臣が外国を訪問する際、国会日程中であれば、それを国会に事前に通知しなければならず、さらには憲法や国会法の規定上、首相や国務大臣は要求があった場合、国会に「出席しなければならない」のです。

日本国憲法第63条

内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。

国会法第71条

委員会は、議長を経由して内閣総理大臣その他の国務大臣並びに内閣官房副長官、副大臣及び大臣政務官並びに政府特別補佐人の出席を求めることができる。

しかも、国会運営の慣例上、最大野党側から出席要求があれば、首相や国務大臣がその出席を拒むことは極めて難しいのが実情です。

実際、最大野党にとってはこうした慣例を悪用し、その気になれば政府の手足を縛り、国政を停滞させる手段にもすることができます。したがって、今回の失態についても、最も大きな責任は、むしろ最大野党である立憲民主党にあると考えて良いでしょう。

答弁はたった53秒!

参議院ウェブサイト『インターネット審議中継』のページによると、3月1日の予算委員会で発言したのは、予算委員長である末松信介氏(自民党)を除けば、立憲民主党の4名と自民党の3名でした。また、それ以外の政党の関係者は3月2日に質問していることが確認できます。

3月1日予算委員会での発言者(敬称略)
  • 杉尾秀哉(立憲民主党)
  • 辻元清美(立憲民主党)
  • 小沢雅仁(立憲民主党)
  • 徳永エリ(立憲民主党)
  • 丸川珠代(自由民主党)
  • 上月良祐(自由民主党)
  • 島村大(自由民主党)
3月2日予算委員会での発言者(敬称略)
  • 西田実仁(公明党)
  • 竹内真二(公明党)
  • 音喜多駿(日本維新の会)
  • 猪瀬直樹(日本維新の会)
  • 串田誠一(日本維新の会)
  • 舟山康江(国民民主党・新緑風会)
  • 小池晃(日本共産党)
  • 山本太郎(れいわ新選組)
  • 浜田聡(NHK党)
  • 石橋通宏(立憲民主党)

こうしたなかで、このうち3月1日の審議に関しては、日経電子版の次の記事などによれば、林外相はおよそ7時間出席したものの、質問は自民党の上月良祐氏による1問のみで、答弁時間は53秒に過ぎなかったのだそうです。

外交より国会慣例、林外相がG20欠席 答弁は53秒のみ

―――2023年3月2日 0:09付 日本経済新聞電子版より

なんとも呆れる話です。3月1日の質問時間の多くを費やした立憲民主党が、肝心の林外相にはほとんど質問しなかったというのですから、本当にこの政党は日本の国益を妨害していると断じざるを得ません。

結局は首相の指導力・調整力の問題?

もっとも、おもにインターネット上での批判があまりにも大きかったためでしょうか、立憲民主党はのちに態度を変え、3月3日の「クアッド外相会合」に関しては林外相の出席を認めました(『林外相「クアッド出席」も-G20欠席で失われた国益』参照)が、立憲民主党が日本国民を愚弄しているという事実は変わりません。

あまりに批判が強かったためでしょうか、林芳正外相に対し、インドの「クアッド外相会合」には参加する許可が出たようです。ただ、G20外相会合を「日本の外相が」欠席したことの打撃は計り知れません。議長国・インドは日本にとって「クアッド」という重要な相手であるにもかかわらず、そのインドのメンツを潰したほか、G7議長国である日本が欠席したこと自体、G7としてのウクライナ戦争に対するコミットメントを揺るがせかねない状況にもあるのです。国会日程が足かせに国会日程のために首相や外務大臣などが重要な外国訪問に...
林外相「クアッド出席」も-G20欠席で失われた国益 - 新宿会計士の政治経済評論

ただ、立憲民主党の「国益妨害体質」はいまに始まったことではありませんし、自民党の国対としても、国民世論に訴えかけるなどして、もっと以前から立憲民主党などを説得することはできなかったのか、という点については疑問に感じざるを得ません。

つまり、本件については政府・与党も真剣に調整した形跡は見当たらないのです。

これに関しては産経ニュースが2日付で、与野党双方に対して苦言を呈す記事を掲載しています。

林外相のG20欠席 与野党が責任押しつけ

―――2023/3/2 19:50付 産経ニュースより

産経は「国益を損なう事態を招いたことに与野党などが責任を押し付けあう泥仕合も始まっている」、などとしたうえで、「そもそも林氏のG20会合出席に待ったをかけたのは国会側だ」としつつも、「外務省の日程調整の動きが鈍かったことは否めない」としています。

しかも、産経は自民党の野上浩太郎参院国対委員長による「基本的質疑は首相出席のもと全閣僚出席で行うことが原則だ」との主張を取り上げており、「与野党とも林氏のG20会合出席に積極的に協力した形跡はない」と批判します。

個人的にはやはり最大野党である立憲民主党に最も大きな責任があるとは考えているものの、この産経の指摘通り、やはり与野党、とりわけ岸田文雄・現首相の指導力や調整力にも大きな問題があると考えるのが自然でしょう。

いずれにせよ、私たち日本国民としては、日本外交がこの失地を挽回することができるかどうかについて、引き続き見極めていく必要があることだけは間違いありません。

新宿会計士:

View Comments (23)

  • 結局は日本国民の民度なのですよ?

    政治家のレベルは国民のレベルに比例する。
    その国の政治はその国民の民度に収斂する。

    いいですか?

    国益妨害体質の立憲民主党に多くの国民が投票するからこそ野党第一党なのです。
    相変わらずの国会の停滞が今回もまた見られましたね。

    そして、岸田・宏池会こそが現在の日本国民のレベルを如実に象徴してるでしょう。
    現在の野党、岸田・宏池会こそが日本の縮図であると認識しなければなりません。

    林の欠席について。

    今回、米国のブリンケンは林に厳しいロシア、中国への批判を求めようとしていた。
    大の親中である林は中国との軋轢を恐れG20を欠席した。

    案外、本質はこんなところだと思いますよ?

    もちろん、「親中無罪」により林の責任は問われませんw

    この国は大丈夫なのでしょうか?w

      • 陰謀論を信じちゃう絶滅危惧種です。
        触れずにそっとしておきましょう。

    • 林外相の胸の内は、案外とそんなところなのかもしれませんね。

      どうせ西側同盟の血判状に捺印しろ!
      みたいに追い詰められるから、憲法を口実に行かずに黙っていたのかと。

      余計な言質をとられたら大失点。

      事務方が上げ膳据え膳の箸の上げ下ろしまで段取りしてくれる議会と違って、外国との会合では臨機応変にナマで自分で考えて返事しないといけませんから、逃げよったのだと思いますね。

      逆ギレして改憲に走ってくれたなら、使える人なんだけどなぁ。

      >オーディエンス
      いつもはさておき今回は、よくわかる内容かと思います。
      (僕は是々非々でレスしますね。)

    • この国は大丈夫かって?もうダメでしょ
      どんだけイキり散らして日本は大丈夫!陰謀論だ!売国奴だ!工作員だ!日本人は賢い!って叫んでもさ
      現実は見ないとねェ

  • 本件は、本当の経緯が良く判らないので、コメントしづらいのですが、
    ①外務省から立憲民主党への事前説明が不十分だった
    ②参院自民党・世耕幹事長も「参院軽視」に抗うため、積極的に打開に動かず
    ③岸田政権も、安倍派幹部で岸田政権と距離がある世耕氏に配慮した(衆院は参院に干渉しづらい)
    ではないか、と推測しています。
    まあクアッドには参加したので、対インドでは最低限の配慮が出来ましたが、麻生さんんじゃないですが「ちょいと考えないかんな」ではないでしょうか。

  • この件に関して、野党を批判するのは筋違いと思います。

    国民に批判されるまで、事前にそれ程揉めた形跡がない(あったら、この意見はお詫びして取り消し)という事は、国会議員全体とりわけ与党に責任があると思います。同じボンクラでも行政責任を負っているのは与党ですから。特に外務大臣・首相及び自民幹事長かな。

    •  それでもこんな国会の悪しき体質を放置してきた野党に責任は皆無と言い切れますか?
       普通は率先して「外務大臣はG20に行くべきだ」と背中を押すはずなのに、まるで他人事みたいな態度。
       クズ野党がふんぞり返ってるのが日本政界の不幸ですね。

      • KY 様
         政府及び与党自民党を甘やかしてはいけません。

         国際会議に外務大臣が出席して国益を確保する責任は政府にあります。
         其れを積極的に邪魔したというなら野党の責任を問うこともできますが、
         出席するための交渉を積極的に行ったようには見えません。

         また、外務大臣でなければならない、外務副大臣ではダメな案件が有ったとも思えません。

        という事で、政府及び与党自民党が事の軽重判断を誤ったという事です。

        ところで、ご質問およびご意見への直接的な回答は以下です。

        >それでもこんな国会の悪しき体質を放置してきた野党に責任は皆無と言い切れますか?

         いいえ、そのようなことは申し上げて居ません。
        ”国会議員全体とりわけ与党・・・”と申し上げています。(=野党含む)
        確認ください。

        >普通は率先して「外務大臣はG20に行くべきだ」と背中を押すはずなのに、・・

        これは誤りです。G20会合への出席責任があり、率先して動くべきは政府とりわけ外務大臣及び首相です。また、幹事長に見識が有れば調整も可能と思います。

         

  • 朝8で有本さんも指摘していましたが、これは野党というより自民党及び林氏の意向で欠席したと見るべきかもしれないですね。宏池会政権の毒が徐々に浸透してきたようです。不安な日が続きます。

  • ニュースでは、ブリンケン国務長官が対中ロで孤軍奮闘しているように見えましたね。
    日本の外務大臣の不在をどのように思っているのか気になります。
    逃げたと思っているかも知れません。

  • 林(リン)は確信犯でしょう。G20で中国やロシアを批判したくない。
    宏池会がダメなのか、岸田がダメなのか、両方ダメなのかわかりませんが、私は岸田の責任が重いと思いますね。
    安倍総理がいたらなと本当に悔やまれます。

  • この国を蝕んでいるのは「不安」であり、それを材料にオマンマを稼いでいる勢力がいます。岸田文雄政権が続く限り不安を取り除くことはできない。
    そのような認識が広まって「首相お取替えサイン」が誰の目にも明らかになったとき、閣内不一致など倒閣行動により岸田内閣はあっさり崩壊するのかもしれません。

  • 「災い転じて福となす」
    「転んでもただでは起きない」

    これをきっかけに63条を改憲しちゃえば?
    「やるな」
    とインドにも見直してもらえるかも。

    改憲できなくとも、憲法条文の解釈変更で会期中の外遊を認める運用を野党が認めるならば、それはそれで九条の骨抜きですから、
    「王手飛車取り」
    みたいな一石二鳥かも。

    行け行けキッシー。
    褒めた方が伸びる子なのかな?(笑)

  • 憲法第63条により、国務大臣が答弁又は説明のため出席を求められたら、出席しなければならないという縛りは確かにありますが、「国会審議の活性化及び政治主導の政策決定システムの確立に関する法律(H11.7.30)」により、各省等に副大臣を置き、大臣不在の場合にその職務を代行するものとされ、以後、国会答弁なども副大臣や政務官が代行してもよくなりました。

    なので、最初から副大臣に代理答弁させるべく計らえば済んだ話です。

    故に、野党の責任とか与党内の否定的な声などのせいではなく、キシダ首相とリン外相の「国益に対する認識の問題」だと思いますけどね。

    • 犬HK様、情報ありがとうございます。

      予算審議の基本的質疑なら、慣例として副大臣が出席していないのかも知れないと思い、国会議事録を叩いてみたら、昨年の二日目でしっかり池田 佳隆 文部科学副大臣と渡辺 猛之 国土交通副大臣が答弁までしておりました。大家財務副大臣は一日目と二日目に参加だけはしておりました。

      第208回国会 参議院 予算委員会 第2号 令和4年2月24日
      https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120815261X00220220224&current=21

      これには気付けませんでした。

      これで林外相欠席のニュアンスが、ずいぶん変化してきます。

    • 全くその通りだと思います。
      本件、憲法63条云々などと宣う遥か以前の問題でしょう。日経新聞によればG20外相会議の日程は昨年12月には決定しており、一方、国会審議の進展状況も逐次みながら、内閣は与党自民党経由外相出席の 必要性を野党に十分説明し、理解を得る等の根回しが出来たのであろうし、又、それを強力に推進する必要があった。国益確保のベースにはそもそも国家そのものに対する信頼、信用が存在して初めて確保出来るものであるところ、外相欠席は日本という国家そのものの信用、信頼に対する毀損行為ともいえる。
      しかし慣例だからなどというくだらぬざれ事で結局はG20外相会議に本年のG7議長国日本の外相が欠席。根回しの起点となるのは本件の場合、首相であり外相の強い意思と熱意ではないか。それがなかったというところに岸田、林両氏の資質の問題を感じざるを得ないし、本当にこんな事で今後の厳しい国際情勢において国益を確保出来るのかと大いに危惧するものであります。他の政策でも同様に感ずるところあり。

    • 昨日63条についてコメントを寄せさせて頂いた者です。
      犬HK様の仰る通りだと思います。
      そもそも林外相が出席に消極的だったということでしょう。
      しかし憲法に則った行動である以上、歯痒いですが正面からの批判は困難です。
      先日こちらでも取り上げていた、松川るい議員の意見表明にも見られるように、依然として外務省や宏池会の中韓関係改善重視は強い気がします。
      私たち国民の側から官邸等に、日本の外交方針をもっとFOIP重視に転換するよう訴えていく必要があると思います。

  • 米国国務長官および日豪印閣外相の合計4名が壇上討論会をした様子をインドの新聞社 Economic times が Youtube 投稿しています。The Quad Squad なるタイトルには少々煽りが入っていると感じますが、それもインド側の入れ込みの顕れでしょう。林外相がインドに行けてよかったですね。

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