最近、当ウェブサイトに「数字で見た議論」を否定するコメントが湧くようになりました。正確にいえば、反論にすらなっていないのですが、ただ、これらの(ときとしてやや支離滅裂な)コメントを読んでいると、改めて「数字で議論すること」の長所と短所について触れておく必要があると気付きました。本稿ではロシアと韓国を例に、「数字は嘘をつかないがウソツキは数字を使う」、「数字自体の信憑性に疑義がある」、といった点について、あらためて振り返っておきたいと思います。
目次
何事も「数字で見る」ことが大切
著者自身、当ウェブサイトの「特徴」のひとつを、「客観的事実関係」、なかでも「数値を基にした議論」にあると認識しています。何かを議論するに際しては、可能な限り、一次情報、とりわけ「数字」を出発点にすることで、論点がかなり明確になる、というのが著者自身の持論でもあります。
というよりも、たとえば増税・減税などの必要性を議論する際には、著者自身は一次情報のなかでも、とくに「数字」を用いた議論が絶対に必要だとする立場をとっています。
たとえば普段から当ウェブサイトにて主張している、あるいは以前、ビジネス社より刊行した『数字でみる「強い」日本経済』でも詳述した、「数字で見ると日本経済は増税を必要としておらず、むしろ国債増発による積極的な財政投資ないし減税を必要としている」というのも、「数字を用いた議論」の典型例です。
最近だと、岸田文雄政権の増税方針が間違っていることを、「数字とロジックにより」説明する記事を掲載することが多いのですが、読者コメント欄では(ときとしてかなり支離滅裂な)反論コメントが掲載されることもあるのですが、これらのコメントが「反論」としてほとんど体をなしていないのは、興味深い点です。
当ウェブサイトは、月間のページビュー(PV)数はせいぜいどこかの地方紙のウェブサイト並みの水準に過ぎませんが、こんな弱小サイトにも財務省や外務省、宏池会の関係者が一生懸命、支離滅裂なりにも反論コメントを打ち込んでくださっているのだとすれば、何ともご苦労様な話でもあります。
(※もっとも、当ウェブサイトは読者層のレベルが極めて高いため、最近になってときどき湧くようになったこの手の支離滅裂系プロパガンダコメントで読者の思想を誘導することは、残念ながら大変に難しいと思います。せいぜい頑張ってください。)
この「データ」を、どう見るべきか?
ただし、自戒も込めて申し上げておくならば、こうした「数字を用いた議論」において気を付けなければならない点がいくつかあります。
そのひとつは、「前提条件を無視し、数字が独り歩きすること」です。
たとえば、経済を見るときには、その国における資金循環の状況、金利、為替相場といった「定量的な情報」はもちろん必要なのですが、それと同時に、それらの数値をもたらしている「前提条件」を無視してはなりません。
たとえば、ロシアがウクライナに違法に侵攻して以降、ロシアの通貨・ルーブルは一時的に米ドルに対して急落しましたが、最近だと為替相場は安定しており、むしろウクライナ侵攻前よりもルーブルの価値は上昇しているほどです(図表1)。
図表1 USDRUB
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates データをもとに著者作成)
このデータで見る限り、少なくとも「為替相場は」安定しています。
もちろん、ロシアのウクライナ侵攻直後には、ルーブルの価値は瞬間的に暴落しましたし、ロシアの中央銀行も政策金利を一時的に20%にまで引き上げざるを得ないところに追い込まれたのですが、最近は政策金利も7.5%にまで引き下げられています(図表2)。
図表2 政策金利・米露比較
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, Policy rates (daily, vertical time axis) データより著者作成)
このデータを、どう見るべきでしょうか。とくに、こうしたデータを見て、なかにはこんな主張をする人も出て来るのですが、これについてどう考えるべきでしょうか。
「ロシアの通貨・ルーブルは米ドルに対して暴落していない。むしろ米ドルに対し、ウクライナ侵攻前の水準以上に上昇している。しかも、ロシアは一時的に政策金利を引き上げたが、最近だと利下げをしている。このことは、西側諸国のロシアに対する経済・金融制裁がまったく効いていない証拠だ」。
データの前提となる「ロジック」を無視しないでください
これ自体、一見するともっともらしい主張ですが、ちゃんと理論を知っていれば、この主張自体が誤っているということがわかります。当ウェブサイトでは何度も何度も主張してきた、「国際収支のトリレンマ」という理論を無視しているからです。
「国際収支のトリレンマ」とは、「①資本移動の自由」、「②為替相場の安定」、「③金融政策の独立」という3つの命題を同時に満たすことが絶対に不可能である、という、国際金融の世界における「おきて」のようなものです。人間が重力に逆らって飛ぶことができないようなものだと考えれば良いでしょう。
このあたり、図表1は「②為替相場の安定」を、図表2は「③金融政策の独立」を、ロシアがそれぞれ達成している証拠にも見えるのですが、それが上記のような「ロシアに対する制裁は効いていない」とする主張につながっているのでしょう。
しかし、非常に残念ですが、図表1と図表2に示したデータだけをもって、「ロシアには経済制裁が効いていない」と結論付けることはできません。なぜなら、現在のロシアは、トリレンマにおける重要な前提条件である「①資本移動の自由」が損なわれている状況にあるからです。
現在、ロシアの通貨・ルーブルについては、外貨と自由に交換できるという状況にはありません。
ロシア国内ではルーブルの現金を外貨に両替するのにかなりの制限が課せられていますし、また、ロシアの主力銀行は国際的な送金システムであるSWIFTNetから除外されており、クレジットカードの主要国際ブランドもロシア事業を制限している状況にあります。
現実的に、ロシア在住者がルーブルを外貨に両替したうえで国際送金をする、といった取引を行うことは困難ですし、主要国でも経済制裁措置などにともない、ルーブル紙幣の両替の取扱いを停止しているため、たとえばロシア人がルーブル紙幣を国外に持ち出したところで、外貨と両替することは困難です。
なんのことはありません。
ロシアの通貨・ルーブルは外貨取引が大幅に規制され、そもそもの「自由な外貨両替」ができないわけですから、これ以上為替相場が下がりようがない、というだけの話です。
「ルーブルはこれ以上下がらない」からといって、「ロシアに対する経済制裁は効いていない」と結論付けるのは、論理自体がかなり飛躍していますし、本気でそう言っているならば勉強不足、ロシアのプロパガンダを拡散する目的でそう言っているならば悪質です。
このあたり、「数字はウソをつかないが、ウソツキは数字を使う」という格言を思い出してしまうのです。
統計によっては信憑性が疑われる場合もある
もっとも、「数字はウソをつかない」という命題についても、残念ながら、100%信じることはできません。
当ウェブサイトではこれまで、資金循環統計だの、国際与信統計だの、外貨準備統計だのといった、さまざまな統計データを扱ってきましたが、なかには「どう考えてもおかしい」というデータも存在しています。
たとえば、米国財務省は諸外国から米国内への証券投資に関する「TIC」と呼ばれるデータセットを公表していますが(『米「TIC」で見る「日本が世界最大の米国債保有国」』等参照)、このTICを国別に検討してみると、その国の外貨準備高のデータと大きな齟齬を生じているケースもあります。
外国人投資家が米国内に保有する有価証券の残高を示した「TIC」と呼ばれるデータセットがあります。現時点で入手できるのは2022年5月末時点のものですが、これを眺めていると、なにかと興味深いことが判明します。日本の米国債等の投資残高は世界1位ですが、その一方で中国がじわじわと米国債投資を引き揚げているのです。TICとは?こうしたなか、本稿で注目しておきたいのが、米国財務省が集計している「TIC」と呼ばれるデータセットです。これは “Treasury International Capital” のことで、敢えて意訳すれば「米財務省... 米「TIC」で見る「日本が世界最大の米国債保有国」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
その典型例が、韓国の外貨準備高でしょう。
『先月の韓国の外貨準備は4か月ぶりに増加に転じるも…』でも紹介したとおり、韓国の2022年11月末時点の外貨準備高は4161億ドル(このうち現金預金と有価証券の合計額は3923億ドル)に達している「ことになっている」のです。
韓国銀行が公表した先月末時点の外貨準備高は、ドル安の影響などもあり、前月比20.9億ドル増えて4161.0億ドルだったそうです。韓国の外貨準備はこの1年あまりで一気に531億ドルも減少しましたが、ようやくその落ち込みにも歯止めがかかってきたのでしょうか?韓国の外貨準備の減少は、ようやく落ち着いたのでしょうか。韓国銀行は本日、2022年11月時点の外貨準備高に関する統計を公表したのですが、前月比で約20億ドル増加していることが確認できました。増加に転じるのは4ヵ月ぶりのことです。これについて韓国銀行の説明によれば、... 先月の韓国の外貨準備は4か月ぶりに増加に転じるも… - 新宿会計士の政治経済評論 |
ただ、国際通貨基金(IMF)の統計などから判断し、一般的に外貨準備の50~60%は米ドル建ての資産(とくに米国債など)で占めていると考えられるなか、TICレポートから判明する韓国の米国債保有残高が、同国の外貨準備高4161億ドルと比べ、明らかに少ないのです。
データの時点はズレますが、たとえば2022年9月末時点において、韓国が国を挙げて保有している米国債と米国短期証券の合計額は1053億ドルに過ぎませんし、エージェンシー債や社債など、米国債以外の公社債の金額は846億ドルにとどまります。
しかも、これらの金額には韓国銀行が外貨準備で保有しているものだけでなく、韓国の機関投資家(銀行、保険、年金基金など)が純投資目的で保有しているはずの金額も含まれますので、現実に韓国の外貨準備に含まれる米国の公社債の金額は、これよりも少なくなるはずなのです。
すなわち、韓国の場合、外貨準備統計という基本的な統計データ自体の信頼性に疑義があり、これを絶対視することは避けなければならない、というのが、統計データを読む際の注意点でもあるのです。
※なお、韓国の外貨準備統計を巡ってはさまざまな問題点が指摘されていますが、当ウェブサイトでも『韓国外貨準備データと米財務省データの「大きな差額」』のほか、『「韓国の外貨準備は取得原価主義会計が適用」=韓国紙』などでも詳しく議論していますので、よろしければご参照ください。
それでもやはり数字が大切
ここで、「数字を基にした議論」の長所と短所を振り返っておきましょう。
数字を基にした議論の長所
- 議論の客観性・検証可能性が高まるほか、説得力が増すこともある
数字を基にした議論の短所
- 重要な前提条件を無視すると結論を誤ることがある(ロシアへの経済制裁など)
- 統計データ自体が虚偽であれば、その後の議論そのものの信憑性が揺らぐ
ただ、少なくとも客観的事実、とりわけ「数字」を基にした議論自体は有効だというのが著者の信念であり、この点については今後とも継続したいと思っている次第です。
View Comments (18)
>また、ロシアの主力銀行は国際的な送金システムであるSWIFTNetから除外されており、
こういうときこそ暗号資産の出番だと思うんだけど、暗号資産の価値って上がってるのかな??
(,,•﹏•,,)う~ん??
七味様
暗号資産は、世界が好調な時にしか
運営できないと思います。
米国や欧州やその他地域のインフレが強い中では
難しいと思いますし、来年の米国株価暴落の
疑いもあるしね。
景気が好調だから、チョッと怪しいモノにでも
投資、イヤ投機ができるのだと思います。
送金だけなら暗号資産の価値が下がってても使えますよ。
bitcoinなら送金が承認されるまでの30分間くらいだけ、bitcoinとして保有しておけばよいだけです。
送金完了後に即座にリアル通貨に交換する手段がないとマズいですけど。
30分の間にどれくらい価値が変動するかは、リスクとしてありますけど。
暗号資産推しではないんですけど、人類の実験として面白いと思って追っています。
ああ、なるほど!
資産としてではなく、送金機能だけを買うなら問題ないのですね。
ちょろんぼ様、元ジェネラリスト様
コメントありがとなのです♪
暗号資産が流行りだしたときに、「政府からの制約を受けずに、海外とのやり取りを安価にできる」っのがメリットとして挙げられてたように思うのです♪
だから、
・ロシアとのやり取りを法定通貨から暗号資産に移すって動きがあるのかな?
・その結果として、(ロシアから輸入してる企業からの需要が増えて)暗号資産の価値が上がってるのかな?
って思ったのです♪
暗号資産のメリットとして、分散帳簿で書き換えが出来ないから取引は地球の果てまで追いかけられる=盗難の怖れは無い、というのが在ったと思うのです。
が、М・ゴックス事件では追跡を諦めましたからねエ。アレ(優勝に非ず)で信頼性は地に落ちたと思います。
そもそも、ルーブルでビットコインが買えるのでしょうか?
ドルとかに変換しないと買えない様な気がします。
少しだけ調べてみました。
ルーブルから暗号資産に取引が移行しているかどうかはよくわかりませんでした。
次にウクライナ侵攻後にBTCの価値がどうなったか見て見ました。
BTCとリアル通貨の取引はブロックチェーンからは読み取れないので、各取引所が公表しているデータに頼ることになります。世界最大の取引所といわれるbinanceのデータがありました。ちょっとグラフを捏ねくってみました。
https://imgur.com/a/4nvKpYg
折れ線がBTC価格。橙が対米ドル(BTCUSD)、青が対ルーブル(BTCRUB)です。
下の棒グラフはbinanceでの取引高です(左軸)。
横軸は時間で1本が1週間です。破線の十字のある位置が、ウクライナ侵攻開始の週です。
ウクライナ侵攻直前から、BTCRUBが単独で高騰していますが、対ルーブルでのBTC需要増のためと思います。一方でBTCUSDはそれほど上がっていませんし、むしろ需要一服後に下落に転じました。
ウクライナ侵攻や経済制裁によってBTCの価値は一時的に上がりましたが、その効果はあっという間になくなっちゃった(他の要因で見えなくなった)と言えるかと思います。
まあ、よくわかんないですね。(笑)
経済制裁開始後もルーブル建てのBTC取引は継続しているようですが、取引量は若干減少傾向です。
取引制限の緩いbinanceも、ロシア市民の全面取引禁止を示唆し始めているようです。ルーブルでの取引は細る方向かと思います。
関連記事
ビットコインがルーブル建てで急騰した本当の理由
https://www.coindeskjapan.com/142532/
3月のBTCRUB高騰の要因を、大口というより小口で、実需というより投機要素が強いと分析しています。
>BTCRUBが単独で高騰していますが、対ルーブルでのBTC需要増のためと思います
ちょっと雑すぎました。関連記事を誤読していたのもあります。ケジメ付けとかないと気持ちが悪いので。
2/21と3/7のBTC価格・為替レート(RUB下落)を加味すると、もっとBTC価格が上がってもよさそうですがそうなっていません。
BTC価格の推移はその期間中のその時々の取引時の為替レートの累積でもあるので影響を正しく評価するのも難しいです。
BTCの対ルーブル価格の高騰が需要増による、というのはここからは言えないことでした。
ただ、その期間の取引高は増えたので、BTCとRUBの交換需要が高まったのは確かです。
元ジェネラリスト様
面白い記事と解説ありがとなのです♪
こういう見方ができるんだと勉強になったのです♪
数字は嘘をつかないが、その数字を出す人間(あるいは、それを読む人間)は、自身の都合、感情を入れてしまう、ということでしょうか。
その通り。
四半期GDPの数字がちょっと良い方向に出るとテレビで「実感ありますか?」などと言ってニヤリとする。「実感でわからないから数字で出してんだろ」と言いたい。
そのくせ日本の格差が拡大したなどという統計数字が出ると実感などどうでもよくて飛びつく。
それはたしかにその通り
ただ、数字があるからこそ、他と照らし合わせて帰納的、演繹的に導き出される結論と矛盾があれば数字の信頼性が怪しい、と推測できるのも事実。
>たとえば2022年9月末時点において、韓国が国を挙げて保有している米国債と米国短期証券の合計額は”1053億ドル”に過ぎません
10月末での保有額(含民間保有分)は ”998億ドル” なんですってね。
せっかくのFRBのFIMAレポ枠、600億ドルも使い切れるんだろうか?
・・。
最近だと意図的にGDPや賃金をドルベースで換算しなおして、日本を貶める工作が行われているようです。貶めているかどうかは議論の余地はありそうですが。(私はそう思いました)
数字を正しく読み解くのは難しいですね。
>こんな弱小サイトにも財務省や外務省、宏池会の関係者が一生懸命、支離滅裂なりにも反論コメントを打ち込んでくださっているのだとすれば、何ともご苦労様な話
新聞記者や NHK がネットを嗅ぎ回っていると当方の勘が感知しています。きっと現場取材中なのでしょう。深く突っ込んだ記事が時々目に留まっていますが、事情を熟知している内部関係者がヤギに紙を食べさせた結果という気がしてなりません。どうして記者にそんなことが書けるのか。本当に不思議なんですよね。
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
(そう自分に言い聞かせないと、中国と同じく自分は間違えない存在と自惚れそうなので)
中国は、ゼロコロナ政策緩和で、PCR大規模検査をやめて、新型コロナ無症状数発表をやめてしまいました。つまり単位(?)が変わってしまったのです。だから、ゼロコロナ政策緩和で、新型コロナが拡大したのかは分かりません。(北京で霊柩車が行列しているそうですが、ゼロコロナ政策緩和直前は、どうなっていたのでしょうか。WHOによれば、ゼロコロナ政策緩和より前に新型ウィルスが拡大していたそうです)
蛇足ですが、中国で軍人(あるいは、その家族、退役軍人)、治安部隊での新型コロナ感染は、どうなっているのでしょうか。(新型コロナ感染が拡大している以上、彼らのなかでも感染が拡大しているはずです)
駄文にて失礼しました。
「数字で見た議論」を批判するのは当然です。
一つ、二つ、いっぱい、としか数字を数えられない
人達なので、数字を見て数字が大きすぎるから
解らないので、解るようにしてくれと言っている
だけです。
3人いれば、10の案がある人達ですし。
(内容は、まったくない)
ほら、「10年」を永遠の時間だと表現する国が
近くにあるでしょ?